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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第1章 テグネール村 1
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村長

 荷台の中で、自分の容姿について、うーんとうなっているうちに、とある家の前に止まる。 見上げるような二階建ての建物で、ドアや窓枠に、いろいろな木彫りが見られる。

 おおー、これが村長の家かと納得する。今まで見た中では、最も立派で最も大きい。

 そんなことを思っている私を無視して、レギンが荷台から降ろしてくれる。まだ地面がゴロゴロと響いているようだ。そして、アーベルに手を引かれ、いよいよ村長とご対面である。私の運命が決まるのか?


 ドアをくぐると、驚いたことに人の住んでいるようには見えなかった。

 暖炉と数脚の椅子とテーブル、そしてカウンターが目に入って来た。カウンターの向こうの壁には、いくつにも区切られた棚が見える。中にはほとんど何も入っていない。入っているものは紙のようなもの。アメリカの田舎町で雑貨屋兼郵便局はこんな感じなのを思い出した。

 ここは、村長が住んでいる家ではなく、村長の業務をする場所ですか? 2階に続く階段を見ながら、2階は住宅かもしれないと考える。


「おはよう、レギンとアーベル」

「おはようございます」


 カウンターの中から声がした。いつの間にか1人の男が立っている。突然の出現だった。カウンターの中で何かをしていたのだろう、でなきゃ、魔法を使わなければ不可能。


「その子が噂の《禁忌の森》の子かい?」


 穏やかに微笑む顔が、カウンターの上から私を見下ろす。それを見上げる私。

噂って何? 私、さっき初めて村人1号のニルスくんと不発の挨拶を交わしたばかりだ。それとも、私が知らぬ間にレギンかアーベルが知らせたのか?


「……ニルスだな」

「まぁ、当たらずも遠からず」

「ニルスがダニエルに話しをしたんでしょ? ダニエルじゃ、《禁忌の森》のことまで推測できないもんね」

「そんなところだ」


 アーベルの推測は、ニルスが発信源だと言い、それをカウンターに頬杖ついて微笑みながら肯定をした。

 知らぬ子登場+昨夜の《禁忌の森》での様子を聞いたレギン=《禁忌の森》にいた子と思ったのだろうと言うが、ちょっと、ニルス少年の思考回路どうなっているの? 外れていたら、飛躍し過ぎだと笑われる。当たっているから凄いと思えるの? 偶然か解らないが、後で聞いてみたい気がする。


「エルナは何で自分が《禁忌の森》に居たのか覚えていないって言うんだ」

「えっ?」

「名前だって、ブレスレットに記されていたから解ったんだ」

「頭でも打ったか、とても強いショックをうけたのかな……」

「兄さんが見たけど、どこにも怪我らしきものは無いみたいだけど……」

「この村の近在で、誰かがいなくなったとは、聞いていないしなぁ」

「そうだよね、こんな小さな子がいなくなったなら探しまわっているもんね」

「後は、人買いの所から逃げてきた。または、一緒にいた人がすべて死に絶えてしまったか……」


 う〜んと考え込むカウンターの男性は、レギンを見つめる。


「人買いは無いと思います。エルナを見つけた時から、酷い扱いを受けている様子は無かった」

「そうだよね、ちょっと小奇麗な子だよね」

「手がかりはこのブレスレットだけで、エルナを見つけた場所をもう一度探してみましたが、特に何も見当たりませんでした」

「レギン、一人で《禁忌の森》に入るのはやめなさい。君が強いのは知っているけどさ」


 呆れた顔の男性に、レギンは少し肩をすくめて見せるだけだった。

 それにしても、レギンがこんなに丁寧にしゃべるなんて、この人は村長なのだと確信をした。村長と言えば、かなりお年を召した方だと思っていたが、それは私の固定観念だったようだ。そんなことを考えながら、村長とおぼしき男性とレギンを交互に見ていると、その男の人はカウンターをくぐり抜けて出てきた。

 身長は、レギンと同じ位で、レギンより細い印象を受ける。年齢 は、30代半ばに見えるがレギンの例もあるから、本当はもっと下なのかもしれない。穏やかな表情に、栗色の髪の毛、青い眼の人の良さそうな人物に感じる。

 村長さん(仮)は、私の前にしゃがんだ。


「私は、ダーヴィド。レギンとアーベルの叔父さんで、テグネール村の村長をやってます。よろしくね、エルナちゃん」

「はじめまして、エルナです」


 (仮)が外れた。


「本当はレギンがやってくれた方がいいんだけどね」

「えっ、レギン?」

「叔父さん、それは……」

「解っているさ、君がもう少し年をとったらね」


 レギンが村長さんとはどう言うことなのだろうか? レギンとアーベルの叔父さんは、村長と聞いて想像する人物よりかなり若いことと関係があるのだろうか? もしかして、前の村長さんってレギンのお父さんなのかな。


「で、ちょっとブレスレットを見せてくれる?」


 私は何のためらいもなく、左腕を村長さんの前に突き出した。壊れているのは、誰の眼にも解ることだが、ダーヴィド村長は、まずその箇所から調べているようだ。

 エルナと書かれている金属板の裏には、私には理解できない文字が書いてあるのだが、村長さんもそれを見て首を傾げた。


「何て書いてあるか解る?」


 アーベルがそう尋ねたので、違う世界から来た私や、この世界に住んでいるアーベルたちでも解らない文字が存在していることが解っただけだった。


「フュルマンでもパルムのものでもなさそうだな」

「キャラルはどう?」

「あそこの人々は、肌の色が褐色だからね。でも、エルナちゃんのこの髪の色は珍しいよね」


 やはりか。黒髪はニルス少年と一緒だが、他に黒髪の人を見かけなかった。あれやこれや聞きたいことが沢山あるのだが、ここで子供の私が矢継ぎ早に質問したりしたら、かなり怪しまれること請け合いだ。

 フュルマン、パルム、キャラルは国の名前ではないかと思われる。で、キャラルとか言う国の人々は肌が褐色だと言うのだから、熱帯気候の国の人ではないかと思う。


「一応は、このブレスレットとエルナの特徴を領主様にお知らせして、商人ギルドなんかにも伝えておくよ」

「でも、もし万が一、人買いから逃れて来ているのだったら、取り返しに来るかもしれないね」

「まぁ、……人買いにはその権利があるからね」


 困った顔でそう言うダーヴィッド村長に、アーベルがくってかかる。


「絶対にエルナは渡さない!」

「落ち着きなさいアーベル」

「だって……」


 人買いって……恐れ入った。人が人を売り買いすることは、当然私の世界でもあった。いや、現在進行形か? 子供が産めない夫婦に売られる赤ん坊、体を売らせてお金を巻き上げることを何とも思わないヤツに売られる女性たち。女性だけでもないか。日本だって、戦国時代には敵国に攻め入って、人をごっそりと誘拐し、国内で売買することは普通で、酷い人はポルトガル船に売られたりもした。そんな人は二度と日本に帰ってこられないし、国内で売られた人は、親や兄弟がどこでどうなっているのか解らなくなる。当然、人買いは唾棄だきすべき行いであると思う。


 でも、私の価値観や道徳心も、その時代でその場所で生きていた人のことが理解できているのかと言うと、それは無理である。だって、死ぬかもしれない餓えは経験してないし、明日死ぬかもしれない戦に巻き込まれる恐怖も経験していない。そんな恵まれた人が、自分の価値観だけを振りかざすのも滑稽なのかもしれ ない。

 この世界には、人買いというものがあると、今はその認識だけしておこうと思う。


「エルナちゃんは、私の所で預かる?」


 そんな声が聞こえた。人買いについて考えているうちに、そんな話しになっていたようだ。


「僕たちだけだと無理かな?」

「アーベルは、エルナちゃんを預かりたいのかな」

「うん、だってエルナは……」


 アーベルは黙ってしまった。レギンは何も言わなかったが、私の視線に気がつくと、なんとも寂しそうに微笑んだ。ダーヴィッド村長さんは難しい表情だ。


「アーベル、エルナちゃんはエイナではないよ」


 ダーヴィッド村長さんの言葉に、アーベルは、はっと息を飲んだ。そして、悔しそうな顔をして拳を握りしめた。

 言われるまでもなく、アーベルも解っている。私はどんなにエイナという子に似ていても、私はエイナではないことはアーベルにだって解っている。でも、理屈と人の心は連動しないことがたびたびあるのだ。だから世の中には『それは解っているけど』という常套句じょうとうくがあるのだろう。


「エイナは、私に似ているの?」


 私の質問に周囲が凍りつくのが解った。おいおい、そんなに身構えないでよ。


「私がエイナじゃないのは、アーベルは解っているよ」

「エルナちゃんは、エイナのことを聞いたかな?」

「ううん、ちゃんとは聞いてないよ。でも、エイナって言う妹がいて、その子は最近……亡くなったんだよね」

「……そうだよ。二ヶ月前に、父親とエイナは亡くなってしまったんだ」


 どうして亡くなったのか、聞くかどうか迷っていると、レギンは私の目の前にしゃがみこんだ。


「エルナは、自分が本当に帰らないといけない場所が見つかるまで、俺たちと暮らすか?」

「兄さん!」

「エルナは、あんなまずいご飯を食べているレギンとアーベルが心配だよ」


 そう答えてみた。アーベルは、先ほどの深刻な顔から一転して、吹き出した。どうせ、私の口からダーっとスープが流れ出したあのシーンを思い出しているのだろう。


「アーベル、笑っているがそれは私も心配だな」

「大丈夫、エルナの料理は凄く美味しいんだ」

「こんな子供に料理させているのかい?」

「エルナは凄いんだ、オニオンもポテトもすごく上手に刻むし、手際だって凄くいいんだ」


 アーベルは、自分のことのように自慢げに微笑む。まぁ、妹の代わりだっていいじゃないか、人は越えられない壁を越える時、人から手助けを受けてもいいんだ。それに、私も大人の中で生活するより、レギンやアーベルのほうが色々とボロが出ないで済むのではないか?

 別に2人をだまそうとは思わないが、やっぱりレギンとアーベルに、あの森で助けられたことには、何か意味を見い出したいと思う。

 そして、少しの恩返しの気持ちもある。


「う〜ん、レギンはそれでいいのかい?」

「はい」

「エルナちゃんもそれでいいの?」

「はい」

「もし、何か困ったらすぐにでも私を頼るんだよ」

「はい」

「……じゃあ、しばらくは頼むよ」


 レギンと顔を見合わせて微笑み合う。私のいた世界では、即刻施設送りだが、ここではそんなシステムはないのだろう。ちょっと、感謝だ。

 ダーヴィッド村長は、ぽふぽふと私の頭を優しく叩いた。


「アーベルとレギンを頼んだよ」

「はい!」

「え〜、僕には何もないの?」


 拗ねるアーベルに、ダーヴィッド村長は笑いながら私にしたよう頭を優しく叩いた。それもまた、子供あつかいだとアーベルを不機嫌にさせたが……。

 この村長、貫禄はまったくないけど、貫禄だけで威張りちらすような人が村長でなくてよかったと思った。

《エルナ 心のメモ》

・ダーヴィッド村長は思ったよりずーっと若い

・村長はレギンとアーベルの叔父さん

・ダニエルと言う少年がいるらしい

・この世界には、人買いがいるらしい

・この村の名前はテグネール村

・テグネールの所属する国の外にフュルマン、パルム、キャラルという国が存在している

・キャラルの人の肌の色は褐色らしい

・黒髪はめずらしい

・エイナは、半年前にお父さんとともに死んだ→事件の匂いがします

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