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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第5章 王都・アンドレアソン 1
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血脈

 ミケーレは、動くことはできなかった。ゲレオンの部下たちも同じだった。次の動きは、ゲレオンによって決まる。

 ゲレオンは、静かに眠る少女の顔を見た。顔を見るかぎりは、エルナ・ヴァレニウスだと思うのだが、しかし、着ているものは違っていた。絹のワンピースのような服は、同じ白い色だが、一般の民が着るものに変わっていた。この少女は、どう考えてもエルナ・ヴァレニウスではないのは確かなのだ。


 再び、ミケーレに視線を戻す。そこには、疲れきっているが隙のない様子でこちらを伺う男が立っていた。あの場所から、自分たちを執拗に追いかけて来た男は、魔法や護符をものともせず、ただ一向ひたすらに、娘を追いかけていたのだ。

 親が子に向ける愛情など、自分には無縁だと思いながらゲレオンにも、尋常ではないことだとは理解できた。理屈ではなく、これが子を思う親の行動なのだと。


 ゲレオンは、降ろしていたはずの剣をすっと上げて男に向ける。ミケーレも覚悟を決めたように剣を再度握り直す。


「お前は何者だ」


 ゲレオンの問いは、ミケーレを驚かした。今、まさに剣を交えようとしていた男は、剣ではなく言葉を投げかけて来たのだ。


「ミケーレ……ミケーレ・ノルドランデルだ」


 ミケーレがそう名乗ると、ゲレオンは息を飲んだ。

 そして、ゲレオンは全てを理解したのだ。いや、理解ではなく、納得をしたと言った方が近いものだった。一瞬驚いた表情をしたが、諦めたような、それでいて少し楽しそうな顔を見せた。


「お前たちは、馬に乗れ」


 ゲレオンは静に部下たちにそう言うと、エルナであったと思った娘を部下から受け取り、そっと地面に降ろした。いつの間にか部下の1人が、ゲレオンのそばに馬を引いて来る。部下たちはすでに3頭の馬に乗っていたのだ。

 ゲレオンには選択肢がいくつもあった。本来の自分たちの仕事として、ここで親子共々亡き者にするのが普通なのだ。しかし、このミケーレと名乗った男は、相当な腕の持ち主であるとを部下から聞いているし、自分の目で見た今は、その評価を否定できなかった。そして、この娘を殺せば、この父親は地の果てでも追いかけて来ることは、親の情など知らないゲレオンでも想像に難くない。

 それに、どうやら時間切れがやってきたことに気がついた。


「……後方より、騎馬が近づいてきます」


 馬を引いてきたゲレオンの部下は、そう小さい声で言ったが、神経を研ぎすませ、この先に何が起こるのか警戒をしているミケーレにも聞こえた。

 ゲレオンは馬に乗ると、もう一度ミケーレを見据えた。


「……ミケーレ・ノルドランデル……親の情とは恐ろしいものだな」


 そう言って、馬の腹を蹴りながら方向転換をした。走り去る途中で、もう一度振り返ったゲレオンだったが、ミケーレの姿は見えなかった。当然、今頃は娘を抱きしめているのだろう。それと同時に、後方から来る10騎ばかりの影を捕らえた。

 更に馬の腹を蹴り、速度を上げたゲレオンには、任務に失敗したと言うことより、人の巡り合わせの面白さや恐ろしさに心を寄せていた。

 そして、少し残念だったのが、ミケーレと剣を合わせてみたかったと言うことだ。


「護符を使え、速度を上げるぞ」

「はい」


 部下たちにそう声をかけると、当初の目的の町・カロッサに馬を進めた。


(どうやっても、主には、ノルドランデルという名が立ちはだかるのだな……)


 ミケーレは、ゲレオンが動き出すと同時にエイナに駆け寄った。地面で横たわっているエイナは、静に眠っていた。

 「まさか!」と思い、慌ててその頬に手を当てると、温もりが手に伝わって来る。ホッとして抱き上げると、強く抱きしめた。三ヶ月ぶりの小さな体から、子供特有の高い体温を感じた。


「エイナ……」


 そう呼びかけるが、エイナは返事をすることはなかった。人形のようにミケーレに抱かれるままになっている。エイナは、びっくりするくらい、寝入ったら起きない子であった。が、これは少し違う気がした。


「エイナ?」


 顔色も別段悪そうには見えないし、体温も高いわけでも低いわけでもない。それなのに、エイナは眠り込んでいるのだ。ミケーレに考えられるのは、エイナが何か薬を飲まされて眠らされているか、それとも何か魔法にかかっているかもしれなと言うことだ。

 もし、魔法なら、誰が解いてくれるのだろう?

 そんな不安を他所に、騎馬の一団がミケーレに近づいてきた。エイナの様子の方が重大事なのだから、それが敵ではない自国の騎士団だと確認できれば、それはもう、道ばたの石ころのような価値でしかない。


 騎士団は、ミケーレを見つけると、全員が馬を降りてきた。騎士団は、王都の第4騎士団の者で、その一団を率いている男が近づいて来た。


「そなた、ミケーレ殿か?」


 ミケーレは、自分の名前を知っているのをいぶかしみ、その声の主を初めて見た。そして、その青年の顔を見て驚いたのだが、その青年も同じように驚きの顔を見せた。

 その青年は、金色の髪と青い瞳で、そして何より馴染み深い顔だった。髪と瞳の色は、自分の一番上の息子に良く似た色合いなのに、その顔や表情は見知った顔だった。その見知った顔の子の親は、その子が自分と同じ顔をしていると言って笑ったのを思い出した。と言うことは、目の前の青年は、自分と同じ顔……かなり年上だが、それと遭遇して驚いているのだと、ミケーレにもようやく合点がいった。


「ぷっ」


 青年の横にいた騎士にしては気品があり、眉目秀麗と言う言葉が似合う青年が吹き出した。そして、腹を抱えて爆笑しはじめたのだ。勿論、自分とこの青年が似ているのが可笑しかったのだろうとは思うが、それ以上の理由など、ミケーレには想像できるわけはなかった。

 だが、今はそのようなことに構ってはいられなかった。エイナと何度呼びかけても、体を揺すっても、頬を軽く叩いても、全く目覚める様子が無いのだ。


「エイナ……起きなさい……」

「エイナ? エルナではないのか?」

「ああ、ダメですよそんなに揺すっては……」


 金髪碧眼の青年が、今度は驚いた声とともにエイナを覗き見、眉目秀麗の青年がミケーレの腕を押さえた。


「薬草で眠らされているだけです、落ち着きなさい」

「薬?」

「この匂いは薬草です」


 眉目秀麗の青年は、そう言うが、それを信じていいのか解らずに少し不安を残して、今目の前にある状況を早く認識するために、2人に向き合った。

 金髪碧眼の青年の鎧には、王都の騎士団の紋章が入っているし、眉目秀麗の青年の肩口には、王都の文官の印があった。


「何故、王都の騎士団が……」

「ああ、これは失礼をした。私は、王都の第4騎士団副団長のバルタサールだ。バルタサール・ノルドランデル」

「ノルドランデル!」


 ミケーレにもやっと合点がいった。何故、王都の人間がここにいるのか、ではなく、自分たちが良く似ている理由の方だ。同じ血族なのだ、それは似ているものがいても可笑しくはない。


「ところで、これに乗っていた者たちは、既に逃げた後のようだが……」

「荷馬車から馬を離して、それに乗って行ってしまった」

「追いたい所だが、護符が切れた俺達では追えまいな……」


 ゲレオンたちが去った方を見つめ、バルタサールは溜め息をついた。


「所で、その娘さんは……」

「私の娘で、エイナだ……本当に薬で眠らされているだけなのでしょうか?」

「ええ、大丈夫ですよ……何時、どれだけ飲まされたのか解らないですが、念のために私の知り合いの魔術師に看てもらいましょう」

「それは……助かります」

「まてまてまて、マティアス! では、エルナはどこなのだ?」

「……さぁ?」

「エルナ?」


 ミケーレの言葉に、マティアスは眉を潜めた。何やら訳有りで、ミケーレが立ち入っていい話しではないのかと思った。王都からわざわざこんな場所に来たというのだ、きっと何かミケーレの知らないことが起きているのだと思い、それ以上の追求は止めることにした。


「奴等も、攫った子がうちの娘であると、知らなかったようです」

「何?」

「……そうでしょうね……」


 ミケーレは、男たちとの一連の会話と、これまでのことを簡単に説明をした。聞いている間、バルタサールは一々反応を示すのだが、マティアスは一切の質問をせずに、静かに聞く姿勢を貫いた。


「では、《禁忌の森》で入れ替わったのか?」

「ミケーレ殿は、そこで、エイナ殿と同じくらいの娘を見てはいないのですか?」

「はい……しかし、今思えば、馬車を降りて、《禁忌の森》に入ろうとしていたので……もしかしたら、荷馬車から逃げ出して、《禁忌の森》に隠れたのかと……」

「くそぉ、ではエルナは助からんではないか!」

「だとすると……エルナ嬢は目覚められたと言うことか……では、まだ可能性があるのではないだろうか?」

「可能性?」


 マティアスは、とっさにバルタサールの腕を引っぱり、ミケーレの目の届かない所まで行ってしまった。

 2人に代わってやって来たのは、フランシスを乗せたスレイプニルだった。


「ミケーレ!」

「おお、フランシス……」


 ミケーレは、フランシスの頭を撫でてやった。静かにスレイプニルで待っていてくれたことに、ほっとした。これで、エイナが目覚めてくれて、変な魔法などの影響を受けていないのであれば、もう、すぐに家に帰って息子達に会いたいと思った。

 あの長閑に草を食べるヒツジと、寡黙なレギン、イングリットとそっくりなアーベル、妹ができてもまだまだ甘ったれなヨエル、そして、一丁前に兄たちに小言を言うエイナ。もとの静かな暮らしを思い出して、フランシスの頭を再び撫でる。


「さぁ、フランシス……帰ろう……」

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