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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第5章 王都・アンドレアソン 1
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オリアンの町

 バルタサールとマティアスが腰を据えている町オリアンでは、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。とは言っても、一般人には何が起きているのか解らないため、町はいささか落ち着きが無いように感じられる程度であるが……。

 王都にあるノルドランデル侯爵の館に早馬を手配したり、ランバルドに伝令を伝えたり、ノルドランデル侯爵の名前を名乗ったという人物について、馬の商人に再度、問いただしたり……。


 王都の館にいるはずのノルドランデル侯爵からの返信がなかなか来ないうえ、馬の商人のオーヴェが言うには、彼の乗っていた馬の名前がスレイプニルだと言うのだ。

 スレイプニルと言う馬は、ノルドランデル家ではとても由緒ある馬である。かの有名なアレクシス・ノルドランデルの愛馬の名前で知られている。その馬の血を受け継いでいるスレイプニルという馬は、まさに、現在の当主であるノルドランデル侯爵の愛馬なのだ。


 しかし、スレイプニルという名は無いとはいいがたいが、オーヴェの証言した男の風体、その会話、名前に続いて馬の名前まで一致する。


「も、もう父上で決定だろう?」

「もう少しお待ちなさい」

「待ってる間に、どんどん嫌な考えに陥るではないか」

「そんなことは知りませんよ」


 落ち着かなく部屋をウロウロするバルタサールに、マティアスは無視を決め込んでいた。マティアスの今の最大の問題点は、ランバルドから入って来る情報と、昨日齎もたらされたオーヴェの話しを照合することだ。

 ランバルドが探索をしながら進んでいるルートは、北の街道へ出て、東西いずれの道を進むかを迷っている状態だった。その場所はもうこの国の端だ。人通りもそれほど期待できないし、村や町なども存在していないのだ。

 なおかつ、オーヴェから聞いた話では、その場所は、ランバルドが通り過ぎた場所を西側に入った所だった。一度北に上がって、元の道を戻ったりするだろうか?

 だとすると、ランバルドの一軍とすれ違っているかもしれない。いや、荷馬車は徹底的に調べて回っているはずだ。すれ違っていないとすれば、オーヴェの見た荷馬車は別のものだと言うことかとも思えるのだが、それにしても、どんな護符にしろ護符の金額を考えると、なんとも怪しく感じるのだ。


 オーヴェは、アレクシスと名乗る謎の男は、盗まれた大切なものを追っていると言っていた。それだけで、頭に浮かぶのは、ノルドランデル侯爵の顔なのだ。


 現在、ランバルド騎士団長の一行は、この情報をもとに、その近辺を探るために別働隊が動いているとの知らせを先ほど受けた。

 そろそろこの町を出立する潮時だとマティアスは感じていた。


「バルタサール、そろそろ町長の所に行かぬか?」

「町長?」

「……忘れたのか、今後の予定を伝えなければならないし、申し出てくれている兵士をどれくらいつれていけるのか知りたい」

「ああ……そうだったな」


 バルタサールは立ち上がって伸びをした。放っておいたが、とにかく落ち着いたようだった。


「少しは落ち着いたか?」

「何のことだ?」


 恍けた答えだが、本心で言っているように見える。が、これもマティアスは、放置をすることに決めたようだった。


「そう言えば、ギルド長もしているのだったな」

「ああ、真上過ぎまではギルドの方にいると言っていた」

「……しかし、町長を呼び出すのではないのか?」

「散歩でもしないと、気が滅入ってしまう。それに、あの町長も小物の被害者だしな」

「被害者?」

「我らが町長の客室を占領している所、あの小物がやってきて、町長の所に押し掛けたそうだ。お陰で町長は部屋の内装を大急ぎですませて部屋を用意したそうだぞ。今や、町長はギルドの建物で寝起きをしているらしい」

「あいつは、もう帰ったのではないのか?」

「何でも、町長お抱えの料理人はもと王宮で料理人をしていた者らしくてな、あの小物はその者の料理を出せと居座ったという話しだ」

「うむ、確かに、昨夜の晩餐は素晴らしく美味なものだったな!」


 とたんに顔を輝かせるバルタサール。食べ物と剣術と馬のことになると、すぐに機嫌が良くなるのは、単純で実に扱いやすい。マティアスは、それを時々利用して、バルタサールの意識を他に向けたりしているのだ。


 ギルドの建物にはすぐにたどり着いた。かろうじて町と言える規模で、メインストリートに主要な建物が並んでいる。

 ここに辿りつくまで、フレドホルム領の大きな街は1つしか通過していない。お陰で、生活にいろいろと制限を受けることになった。しかし、ここの町長宅での生活は、とても快適であった。

 まさか、こんな片田舎……いや、この国では末端の町だと言っても良い場所で、このような待遇を受けられるとは思っていなかったマティアスは、いささか驚いていた。

 それは一重に、この町の町長の目利きが鋭いものだからろうと、マティアスは推測している。話しを聞けば、町長は王都の大店おおだなで見習いを経て、生まれた町に戻って店を大きくし、ギルドの長になり、気がつけば町長になっていたと語っていた。


「あの町長は、実に愉快で心地よい者だな」

「そうだな……」


 バルタサールの意見には同意するが、マティアスにとって町長の価値はそこではなかった。


 商人ギルドの建物に入ると、受付にいる人物は、バルタサールとマティアスの突然の訪問に驚くことなく、立ち上がって頭を垂れた。


「バルタサール様、マティアス様、ただ今ギルド長は商人ギルドの登録中ですので席を外しております。わざわざ足をお運びいただいて申し訳ございません。ただ今ギルド長を呼んで参ります」

「時間がかからないのであれば、待っていますので構いませんよ」

「では、お部屋を……」

「いや、ここでいい」

「しかし……」

「構わない」


 バルタサールは、ギルドの掲示板を眺めて「おっ、小麦が上がっているのか?」とか、新製品の紹介を見て、一々マティアスに感想を述べるのだった。

 が、それも部屋の中から声が聞こえてきて、中断されてしまった。


「ふざけんな、うちのバルブロは、王宮勤めをしていて俺が引き抜いたんだぞ!!」


 2人には、声の主がこの町の町長でギルド長のディックだと直に解った。どうやら、先ほど話題に出た町長の料理人の話しのようだ。

 バルタサールは、迷わずに部屋の前に行くと、ドア越しに耳をそばだてている。マティアスは大きな溜め息をついた。


「バルタサール、それは余りにも行儀が悪いぞ」

「しっ!」


 しばらくは、掲示板の前に立っていたマティアスにも、耳に入って来た言葉があった。それは、とても明瞭に聞こえたのだ。


「えーっと、それでどうやって、貴族サマの鼻を明かすの?」


 聞き捨てならないセリフだが、それよりも、他の人間の言葉はくぐもって良く聞き取れないのに、その子供のような声だけが良く聞こえたのが不思議ではならなかった。


「それは、私がうまくやろう」


 バルタサールの声に、「何を言っているのだこいつは」と思い、マティアスは振り返った。振り返って見たものは、部屋のドアを開け放ち、仁王立ちしている姿だった。

 また、何かに首を突っ込んでいる。そして、マティアスがどんなに関わらないようにしていても、バルタサールは巻き込んでくれるのだ。もう慣れっこだと思う気持と、何がなんでも抗いたい気分の間で揺れるのも、いつものことだった。


「構うな、それより面白い話をしていたではないか。あの爺の鼻を明かすとか……」


 マティアスは『何の話しだ』と思いながら、部屋に入るバルタサールの後ろについた。もう、部屋を開けて一声発したことで、『あの爺の鼻を明かす』とか言うことに首を突っ込んでいるのだ、後は、被害がこちらに及ばないようにするだけだと覚悟を決めた。


 部屋に入ると、入り口付近に数名がおり、その姿から料理人などがいることは解った。問題は、ギルド長と直接話しているくだんの少女達に目を向ける。

 まだ少年と青年の間にいる背の高い者の他に、さらに若いものが3人いた。その中に少女は1人きりだった。

 立ち上がってこうべを垂れる他の2人と違って、椅子に座ったまま、入って行くバルタサールを驚きの表情で追っていた。思いのほか身なりの良い少女で、この国には珍しい黒い髪をしていた。椅子に座っていた4人は兄弟なのだろうか、慌てた兄によって少女と少年が立ち上がると兄たちにならった。


「で、その面白い話を聞かせろ」


 バルタサールはそう言うと、立ち上がっているギルド長のそばにある椅子に座った。そして、ギルド長に顔を向けると、あの懐かしい今まさに悪戯をしようとしている時と同じように、ニヤリと笑ってみせたのだ。頼みの綱であったギルド長も何やら、バルタサールを巻き込む気満々のように見えた。勿論そんなこと、おくびにも出してはいないが……。


「では、私たちはこれで……御前を失礼いたします」


 気がつけば、4人の子供達はそう言うと、すごすごと部屋を退室してしまった。まだ幼女と言って良いくらいの年齢の少女が気になってはいたが、頭を下げたままでは良くわからないのは変わりないと、マティアスは、神経をバルタサールに向けた。


 バルタサールとギルド長の話しで、ようやくマティアスにも話しの全貌が見えて来た。自分の所の料理長を馬鹿にされたので、マルムロース男爵の鼻を明かしたいとのことだった。

 貴族に対して、そんな企てなどしたら不味いのではないか? とは思っていないようだ。それは、マティアスも同じだった。


「それで、どうするつもりなのだ?」

「これです」


 ギルド長が2人に示したのは、片手で持てば隠れてしまいそうな小さなパンのようなものだった。目の前の籠に、それがいくつか入っているのには気がついていたが、それがその秘密兵器だと、ギルド長は言った。


「なんだ、小さいだけのパンではないか」

「バルタサール様、それを手にとってみていただけませんか?」


 ギルド長が嫌な笑顔を向ける。その笑顔を見て、マティアスは全てを諦めた。このギルド長はバルタサールと同じ笑い方をするのだ。


「なんだこれは!」


 突然に上がったバルタサールの驚きの声に、マティアスは我に返った。


「凄く柔らかいぞ!」

「そうなのですよ!」

「それに、凄く良い匂いがするぞ」


 バルタサールはそう言うと、そのパンとやらをちぎって口に運んだ。驚いて止めようと思ったマティアスだが、馬鹿らしくなって止めてしまった。貴族が、ほいほい、そこらにあるものを口にするなどあり得ないのだ。どんな物に毒が仕込まれているのかわからないのだから。

 だが、バルタサールは、そんな注意をものともせずに、平気で口にするのだ。


「これはどうしたのだ、凄く美味いではないか」

「先ほどの……兄弟の所で作りはじめたそうです」

「あの、子供達が?」

「それで、商人ギルドに加えるつもりなのですが、ついでに、私の家の料理人とこの町のパン屋がその製法を買いました」

「これの作り方を?」

「はい、販売しないかぎり、食べるぶんには幾らでも作れる権利と言えば早いですかね」


 バルタサールは、パンを口にほおばると、もの凄い勢いで部屋を出て行った。あの兄弟を捕まえて、自分もその権利を手に入れようとしているなど、マティアスにはお見通しである。


「マティアス様もいかがです?」


 そうギルド長に薦められ、マティアスもパンに手を伸ばす。バルタサールの発言で、「柔らかい」「良い匂い」の情報を得ていたが、改めてそのパンを手にして驚かずにはいられなかった。


「これがパン?」

「はい」

「あの兄弟が?」

「そのようです」

「……どうしてこのように柔らかいパンが作れるのだ?」

「コウボキンなるものを使うとのことです」

「コウボキン? 聞かぬな……」

「はい……」

「で、その代価は?」

「金貨1枚と大銀貨50枚です」


 すぐにバルタサールは戻って来た。ぐったりした幼女を小脇に抱えて……。

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