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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第5章 王都・アンドレアソン 1
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湖の東岸

 4日前に、王都の第4騎士団は二手に別れていた。団長のランバルドは、騎士団の部下たちを連れて、ヒミン湖の西側を北上しているはずだった。

 副団長のバルタサールは、お目付役のマティアスを引き連れ、手足のごとく命令している騎士団を見回す。


「……やりにくい……」

「それはそうだろう、ここにいるのは、お前がはな垂れ小僧の頃、『剣を教えろ』と言っては纏わり付いていた者たちだからな」

「くっ……」


 バルタサールたちは、ヒミン湖に東ルートを北上するつもりだった。その為、ノルドランデル侯爵、バルタサールの父親が自領の騎士団を送って寄越したのだ。

 だが、マティアスが言った通り、この者達は、バルタサールが子供の頃から何かとご迷惑をおかけした人々なのだ。特に、団長のイェリクは、もう、いろいろありすぎて、出来れば顔を合わせたくはないのだ。


「若様、侯爵の命により、ただ今、参上さんじょうつかまつりました」

「うっ……」

「我ら、バルタサール様の命に従います」

「……やめろ、イェリク……」


 膝をつき、最上級の挨拶をするイェリクに、バルタサールは少し慌てたように遮る。が、顔を上げたイェリクは面白そうな表情だった。決して真面目に挨拶をしたわけでなく、あの腕白小僧が、今では王に仕える第4騎士団の副団長なのだ。イェリクにとっては、バルタサールを見るたびに思い出すのが、自分の腰にしがみついて、剣を教えるまで離さないと駄々をこねていた子であり、あまりの悪戯に、侯爵に木に縛られていた子なのだ。


「そなた……わざとだな……」

「あははは、若様が第4騎士団の副団長とは、大きくなられましたな」


 イェリクは、体も大きいが、目鼻立ちも大きい。その笑い声も実に大きくて豪快だ。


「大きくなったとか言うな」

「いやいや、大きくなられました」


 子供が大きくなったと言うように、イェリクは言った。バルタサールは、一生、こうやって揶揄からかわれるのだろうと思っている。イェリクは、そういう男なのだ。


「して、我らは何をすればよろしいのでしょうか?」

「とある行商人たちの足取りを追っている」

「行商人ですか?」

「そうだ、そしてあいつ等が盗んだものを何が何でも取り返す」

「盗賊ですか?」

「いや、どうもそれは解らないが、ただの盗人ではないようだ」

「?」

「ヴァレニウス公爵家の警備から、何の形跡も残さずに、誰にも騒がれることもなく盗まれたそうだ」

「……若……歯切れが悪いですなぁ」

「そうだな……俺にも何が起こっているのかさっぱりだな……場所を移す」


 バルタサールは、急に真剣な顔になり、イェリクに着いてくるように言う。ランバルドと最後の打ち合わせをした場所に、イェリクを誘った。そこには、すでにマティアスが待っており、防音の護符も発動中だ。


「ご無沙汰しております、マティアス様」

「イェリク殿に……様付けされる日が来ようとは、感慨深いですよ」

「何をおっしゃいます、マティアス子爵」


 マティアスは、引きつった顔で微笑む。このマティアスでも、子供の頃はイェリクにとっては、クソ生意気なガキ扱いだったのだからと、思い出してバルタサールは溜め息をついた。





 





 マティアスに事件の内容と、これからの方針を聞き、イェリクは大きく頷いた。


「なるほど、エルナ様の一大事。アレクシス殿が領地の安全を度外視してまでも、我らに若様のもとに向かわせるはずですな」


 イェリクの出自は平民だ。剣の腕はなかなかのもので、王都の騎士団の入団試験には受かったのだが、それだけだった。2年に1回行われる騎士団総当たりの試合に、当時、第1騎士団の副団長だったノルドランデル侯爵と、イェリクはお互いに最初の試合の相手として剣を交えた。その試合は、後世に語り継がれるほどの試合であり、語れば丸一日かかるほどのストーリーを持っている。

 その試合以降、イェリクはアレクシス・ノルドランデルの片腕として、常に傍らに立ち続けているのである。今のノルドランデル侯爵を、『アレクシス』と呼ぶのは、イェリクだけなのだ。


「で、では、領地はがら空きなのか?」


 イェリクの言葉に、バルタサールはぎょっとて尋ねた。


「一応、ヴィリアム殿に10人の精鋭を預けて参りました」


 バルタサールだけではなく、マティアスも絶句して声が出なかった。領地を10人だけなど、前代未聞だと誰しも思うだろう事態だ。


 ノルドランデル領は、国の東側にあるオーズレリル川を含む、平地にある広大な領地だ。ヴァレニウス公爵領を真っすぐ西に向かうとノルドランデル侯爵領である。接する領地とはもめ事など存在しないし、領地の西端に流れるオーズレリル川の対岸は、もう違う国だったが、隣国のルンデル王国は、遥か昔に、ヴァレニウス王家の領地だった。その領地が、王国として独立した。

 今でも、ルンデル王国は、国王の序列をヴァレニウス国王の下に置き、両国は兄弟国としてその関係は友好的に続いている。

 領地として、何も心配はないのだが、それでも過去にない丸裸状態に状態になっていることは確かだ。


「だ、大丈夫なのか?」

「ヨンたちを置いてきましたので、大丈夫ですよ。それに、ヴィリアム様でしたら、上手いことやってくださいます」


 領地の様を聞き、素早く立ち直ったのはマティアスである。残っているヴィリアムなら問題ないし、この領地の騎士団長はもともと大雑把なので、今更何を言っても意味がないのを悟っている。であるなら、思いっきりこき使って、素早くこの事件を治める方が早いと思ったのだ。


「して、その者たちの足取りは追えているのですかな」

「ああ、ランバルド殿によると、目撃された荷馬車は、ヒミン湖に向かう街道の奥の、放置された農場の建物で見つかったと言うことです」

「乗り換えたか……」

「同じ大きさの荷馬車に乗り換えたようです」


 イェリクは、マティアスに次々と質問を浴びせ続けた。そして、バルタサールは、それを聞いているだけだった。


 イェリクは話しを聞くと、難しい顔をしていた

 追っている行商人は、今ある情報の中で、一番怪しいと言うだけなのだ。その細い線をたぐり寄せるのは、とても危うい感じがするのは、イェリクだけではない。

 ランバルドもバルタサールも、アルヴァー騎士団長より話しを聞いた時から、この事件を追っているが、いつも『これでいいのだろうか?』という疑問と戦っているのだ。


 しばらくすると、イェリクは、もの凄い勢いで頭を掻くと立ち上がった。


「少し、部下に探らせてみます」

「探らせる?」

「部下に、人を追うのが上手いヤツがいますので、周辺を探らせてみます」

「わかった……頼む」


 バルタサールが頷くと、イェリクは踵を返して、一塊になっている自分の部下たちの方へと歩いて行った。


「人を追うのが上手いとは?」

「ああ……俺はまだ面識は無いんだが、何でも子供の頃から祖父の狩りについて回っていたらしい。森に入れば、人の痕跡を見つけ出す能力はすごいと言っていたなぁ」

「なるほどな……では、ランバルド殿の方で重宝するのではないか?」

「……そうだな……こちらのルートは外れみたいだしな」

「では、イェリク殿にその旨を伝えに行って来る」


 マティアスは、イェリクの後を追うように消えた。


 二手に別れているランバルド騎士団長からもたらされる情報は、追っていた行商人の足取りがやっと掴めたというものだった。途中で荷馬車を変えるなど、怪しいにも程がある。が、それがすぐにエルナをさらった者たちであるとは言えないと、バルタサールは思っていた。












「なぜ、あのような小物が来るのだ!」


 足音荒く、進むバルタサールの後ろをマティアスが続く。


「人手不足なのだろう」

「まったくもって、不愉快だ」


 イサクソン卿経由でアルヴァー第1騎士団長の命を受けているバルタサールたち、第4騎士団に、王宮からエルナが攫われ、それを探せとの命が下った。それを持って現れた者は、マルムロース男爵という下級貴族であった。


「あれは、小物ですから無視でいいですよ」

「そんなことは当然だ」

「まぁ、本人にとっては国王直々の伝令係だからな」

「それで、己が王にでもなったつもりか!」

「小物とはそういうものなのだよ、バルタサール」


 マティアスは中級貴族の生まれであり、バルタサールは上級貴族の生まれ、そして2人とも貢献によって子爵位を与えられている。マルムロース男爵より上位である。

 だが、マルムロース男爵は王の勅命を帯びてやってきたのだから、自分の方が偉いと思っているような対応に、マティアスは呆れ、バルタサールは憤慨しているのだ。


 バルタサールは、爵位などに興味はなかった。表面上はそれらしく振る舞うことは出来るのだが、爵位そのものが人をひざまづかせるものであってはいけないと、父親であるノルドランデル侯爵に言われて育った。

 それ故に、ただ爵位のみで人に上下があると言わんばかりの対応をする兄・アードルフによって、ますますそのように考えるようになった。それ故に、兄と心を通わせることができなかったのかもしれないと思う。


「して、ランバルド殿からの連絡はどうなっている?」

「今は、湖を抜けて、街道の手前だそうだ。が、その近辺は村も存在しないようで、目撃者を見つけるのは難しいらしい」

「北の街道か……さて、荷馬車は西に行くのか、はたまた東か……」

「西に行くわけはなかろう」

「どうしてだ」

「西に行くなら、わざわざ湖の西岸を行くわけなかろう」

「そうか? 仮に目的地がノルドランデル公爵領だとしたら、私は麦畑や水田が広がっている街道を行く馬鹿なまねはしないぞ」

「まぁ……そうか……」

「この状況は、お主にとっては不満だろうが、頭を働かせることをいとうな」

「不満? ああ、不満だとも!」


 バルタサールは、椅子を蹴倒して両手の拳を真上に真っすぐに伸ばして立ち上がった。椅子は、大理石に当たって少しはずんで、さらにはずんで止まった。

 エルナがさらわれたかもしれないと聞き、第4騎士団に犯人を見つけ、エルナを取り戻す任務が与えられたのは、オリーブ月のことだ。それから、雷の月、豆の月となり、とうとう色の月になってしまったのだ。

 その間、湖で見つけた行商人の確かな手がかりを追っているランバルドの報告を聞きながら、こちら側に進路を変えないように、同じ速度で湖東岸にある街道沿いに北上してきた。その間、最初に懸念していた通り、『一面に広がる風にそよぐ麦畑の中を、馬にのって欠伸を噛み殺す仕事』に従事していた。


 バルタサールは今、爆発寸前の状態なのだ。しかし、マティアスはいつもの通り、焦りを見せることもなく、イラつくこともない。欲求不満のバルタサールを尻目に、マティアスはこの町の町長に会いに行くと言って出て行ってしまった。


「副団長、例の荷馬車を目撃したと言う者を見つけましたが」

「ここに連れて来い」


 バルタサールは、椅子を起こして再び腰を降ろした。

 暇だし、体力は有り余っている。暇を潰すのは持ってこいだが、それでも目撃者から話しを聞くと言うのは、目くらましみたいなものだと、バルタサールは溜め息をついた。

 ただ、追っている行商人は、ランバルドの話しではヒミン湖の西岸を北上していると言う話だったが、それが、西岸から少し離れたこの町で、目撃者が出るとは思えなかった。


「入れ」

「へい……」


 ドアが開いて入って来たのは、普通の一般の民だった。ちょっと、おどおどしている様子も、貴族を前にする民の反応としてはごく一般的だった。


「で、怪しい行商人たちを見たと言うのはどこだ?」

「へぃ……クロンヘイム領からステンホルム領へ向かっている道です」

「お前はどうしてそこにいた」

「私は、馬の行商をしておりますです。クロンヘイムの騎士団様に馬を納めて帰る途中で会いました」

「で、その行商人たちの何が可笑しかったのだ?」

「はぁ……かなり大きな荷馬車でしたが、あのような道を通るのを見たことがございません。それに、その馬車には護符で魔法が掛けられているようでした」

「魔法が?」

「はい、うちのボニエは、魔法をとても嫌がります。その馬車とすれ違った時に、少し暴れまして……」

「ボニエ?」

「あっ……その……」


 バルタサールの質問に、おどおどしていたと思ったら、急に目を泳がせて少し顔を赤くした。そして、何やら小さい声で呟いた。


「……私の……馬です……」


 なるほど、馬に名前をつけるのは貴族くらいだ。一般の民が馬に名前をつけていると、何かと揶揄からかわれたり、「生意気」だと貴族に思われるのではないかと思っているのだろうと、バルタサールは推測した。


「なるほど、時に動物には魔法に拒絶反応を示すものがいるというが、お前のボニエは、魔法に反応する馬だと言うことか」

「はっ、はい」

「それはどれくらい前の話しだ?」

「月の頭です……たしか2番目の風の日だった……と思います」

「場所はどこらへんだ?」

「ステンホルム領に入る1日前の昼です」


 それを聞くと、バルタサールはそばに控えていた従者に声をかけた。


「ヨーナス、マティアスに言って、ランバルド殿に知らせるように護符で伝令を」

「はい」


 茶色い髪の毛を踊らせて、ヨーナスと呼ばれた少年は駆け足で部屋を出て行った。ヨーナスは、騎士見習いとしてバルタサールの従者となっているが、じっとしているのが苦手なのは、バルタサールの比ではない。


「あの……」

「ああ、後でもう一人がもう一度聞くかもしれないから、そこらへんで腰掛けて待っていろ」

「は……はぁ……。あの……」

「何だ?」

「大変失礼ですが、騎士様のお父上は騎士様ですか?」

「あ? あぁ、そうだが……」

「そうですか! では、お父上の名前はアレクシス様と?」


 ああ、オヤジの武勇伝はここでも鳴り響いているのかと、バルタサールは特に驚きもしなかった。が、その後に目の前の男が口にした話しに、何が起こっているのか理解できずに、ちょっとしたパニックになったのだ。


「先ほどお話した馬車を見た夜に、アレクシス様にお会い致しました。その荷馬車のことを聞かれましたので話しました。大変なものを盗まれたとおっしゃっておりました」

次のアップは月曜日になります。

章が佳境になり、推敲いたします。

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