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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第1章 テグネール村 1
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ご面相

「さて、兄さんが帰って来たら、村長の所に行くから荷造りをしなくちゃ」

「遠いの?」

「いや、すぐそこだよ」

「荷造りって……」

「村長の所に行くついでに、バターやチーズを売るつもりだし、今日はヤケイの卵や牛乳も宿屋に持って行かなくちゃ」

「手伝う!」


 アーベルと一緒に、卵の入ったカゴを持って家の外に出た。《禁忌の森》はすぐそこにある。その前を横切る、煉瓦の壁が続いていた。

 魔獣とやらを村に入れないようにする為だろうか。目の前の森は、すぐだけど、ずっと左に続いている壁は、どんどん森から遠くなるように見える。そう言えば、どこかで壁が崩れていたっけ……って、目の前じゃないの!


「アーベル、壁……」


 振り向くと、もう姿が無い。もう一度、煉瓦の塀へ意識を戻す。ちょっと待ってよ、左にはずーっと続いているようだけど、右はすぐそこで途切れているじゃない。これ、大丈夫なの?

 壁の所まで森が迫っているのは、私が立っている位置の右側だけのようだ。レギンの家が一番危ない?


「エルナ〜、何やってるの〜」


 暢気なアーベルの声がした。家の裏から小さな荷台を引いて出てきた。


「アーベル、あの壁はそこまでなの?」

「壁?」


 私が指差すと、なんて事はないという顔をして言った。


「あぁ、まだ途中だからね」

「うっ……」


 そんなんでいいの? 《禁忌の森》ってそんな程度なの??

 とりあえず、アーベルを信じるしかない。私の実年齢からすると、色々と知識を持ち合わせているが、バトルになるとてんで役に立たないだろう。中・高は剣道部だったことは、役に立たないだろうなぁ〜。

 そんなことを考えている間に、とある小屋に着いた。車2台分くらいの小屋だったが、中に入るとちょっと感覚が狂う。小屋の中には、中央に炉があり、奥は2つの部屋に区切られていた。左右の壁には、大小さまざまな杓文字と鍋、陶器製の謎の物体、いや、謎の物体の方が多いなぁ。

 奥からアーベルがチーズを両手に抱えてくる。奥は、チーズの熟成場所かなにかなのだろうと解る。直径15センチくらいのチーズを、荷車に入っているカゴの1つに入れていくのを手伝う。それが終わると、今度は奥の部屋からウィンナーとベーコンの固まりを持ってきて、違うカゴに入れて行く。

 そして最後に、インスタントコーヒーほどの大きさの陶器を3つ持ってきた。布で陶器の口が覆われて、紐で縛られている。


「これ、何?」

「バターだよ」


 そうか、バターはこうやって売られて、保存されているのか。

 色々と知るのは面白い。この世界、と言うかアーベルの家にあるものは、どれも質素で装飾品や色とりどりなんてことはないが、工夫をこらして使い勝手を考えられている。私の世界の中世のヨーロッパよりさらに新しい時代だろう。17世紀か18世紀かなと思う。

 実は、この時代のことは私自身はよくわからない。日本の歴史は、仕事で『目で見る日本の歴史シリーズ』と言う24冊セットの本を担当したことがあるので、かなり詳しいつもりなのだが。西洋の歴史となると、『今と昔、道具の歴史シリーズ』で、いろいろな道具を調べたくらいだろう。


「さて、これで全部だ」


 私の頭に手を置くと、アーベルがニッと笑った。なんだか嬉しそう。


「嬉しい?」

「ん? そうだなぁ〜、自分で作ったものが売れるのは嬉しいよ」


 あぁ、それは解るよ。


「良くできた時には、ちょっと高い値で売れたりしてさ。だから、いろいろと工夫するのも好きだよ。例えば、この前、小さな子はウィンナー1つは食べれないって聞いてさ、普通のとその半分のを作ったんだよ。面倒だったけど、結構売れたってさ」

「それは、良い思いつきだね」

「だろ?」

「大変だった?」

「そりゃそうさ、普通のと時間を同じにすることは出来ないからね」


 そうおどけるように言うアーベルだったが、14歳にしてこの創意工夫の情熱はどこからくるのだろう。私の世界では、この年の子が夢中になるのは遊びごとか部活だよね。でも、アーベルのやっていることは仕事だ。仕事は今あるものが、それまで通りに売れれば変える必要はないのだ。でも、アーベルは喜々としていろいろ試しているようだ。この豊富な種類を売っているのだから、お金に困っている様子はない。あの激マズラード湯を捨てられるほどには……。


「すごいね、アーベル」

「そんなことはないよ」


 笑顔でそう言い返すアーベル。ちょっと眩しすぎるぜ。

 アーベルが荷車を引き、私が荷車を押す。全くと言っていいくらいに、何の力添えになっていないのは理解している、今の私は、非力すぎるのだ。そして、牧場(?)の中の道を進み、柵の外にあるあの煉瓦の壁に沿っている道に出た。

 ここでレギンと待ち合わせ? と思いながら当たりを見回す。もう遥かに離れてしまっていた、あの煉瓦が崩れている所から出てくると思って、そちらを見た。


 《禁忌の森》は、針葉樹林だけのドイツにある黒い森のようなものだと思っていた。が、所々に赤や黄色の色が見える。おぉ、広葉樹が紅葉しているではないか。今は秋だったんだ。いや、待てよ……この世界の植物が、普段から紅葉のような色をしていないとは言えないのではないか? 紅葉ではなく、普段から赤い葉や黄色い葉があっても可笑しくはない。いや、光合成をするのであれば、緑の葉のはず……いやいや、それも私の世界でのこと。

 一見、どこも変な所も無いこの場所は、どこが違うのか検討もつかない。だから、普通に考えてしまうのだ。


 そんなことを考えていると、突然と影が差した。慌てて上を仰ぎ見ると、塀の上に何かが乗り出していた。いや、乗っている。


「兄さん!」


 アーベルの呼びかけで、レギンだと解った。お陰で、また『うおぉぉぉ』なんて、幼児らしかぬ声を上げる所だった。

 レギンは、塀からぱっと身軽に飛び降りた。その巨体でその身軽さは何? と思ったが、今の私の基準では大きさの目測は難しい。私にとっては、どれも巨大に見えるのだ。

 甲子園球児を見るかぎり、レギンの16歳はないことはない……と思いたい。やっぱり、年齢詐称ではないかと思えてしまう。


「用意は出来てるか?」

「完璧!」


 確認が終わると、レギンはひょいと私を抱き上げて荷台の空いている場所に降ろす。ちょっと、びっくりするじゃない! という表情になっているだろう私を見ると、微笑んで頭に手を置いた。そして、アーベルに代わって荷台を引く。アーベルも心得ているとばかりに、気がつくと荷台の後ろにいた。この光景に、ちょっとほっこりした。

 この兄弟は、言葉を多く交わすことはないが……主にレギンの寡黙さのせいだろうが、それでも見事な連携プレーが多い。レギンは力のいる仕事や、大変な仕事をさも当然そうに受け持つ。アーベルは、そんなレギンの邪魔にならないように、何か手伝えることがないかと考える。

 いい兄弟だなぁ。


 荷車は、道をゆっくりと行く。何の舗装もしてない普通の道なので、ときどきへこんだ部分などがたがたしている。とりわけそんな場所は、ゆっくりになる。荷車に乗る私を気遣ってくれている。

 やっと前方に集落が見え始め、橋を渡る。人々の家は、レギンたちが住んでいる家よりは、こじんまりしているように感じる。勿論、大きな家はあるが、所々に見える程度で、平屋が多い。どの家も道に沿って立てられているが、僅かに思い思いの方向を向いているように見える。付随の小屋のようなものは、作業小屋なのか、それともヤケイを飼っているのか解りにくいが、それらも不規則に立っている。道もまっすぐな道はあまり見当たらない。


 間近に見えた家は、ちょっと小さめの家だった。家の外観は質素の一言につきるが、家の周囲に草草が生い茂り、花もけっこう咲いている。

 その家の隣に畑のようなものが見えた。畑というのは推測だ。ぱっと見は雑草が生えているのに、畝のようなものがある。

 その畑に、少年が一人で屈み込んでいた。アーベルよりは小さい感じだが、2人と違って黒髪なのに、ちょっと親近感がわいた。


「ニルス、おはよう!」


 アーベルがそう叫ぶと、畑の少年はこちらを振り返って立ち上がる。おはようの小さな声が聞こえた。ニルス少年の体は細かった。黒髪から覗く瞳は鋭く、『おはよう』以外は言葉を発しない。アーベルが手招きで呼び寄せると、素直に従う。が、どこか人を寄せ付けない雰囲気があった。

 アーベルは、ベーコンとウィンナーを数本、チーズを1つカゴから取り出すと、近づいて来たニルス少年に持たせた。


「今回の出来はどうか、エッバ婆さんに聞いといて」

「うん」


 ほんとに大人しい少年だな。と思っていると、ニルス少年と目があった。何の変化もしていなかったニルス少年の顔に、驚きの表情が浮かんだ。どしてそんなに驚くの?  瞬時に思い出した。今はいないエイナと言う少女が、今の私に似ているということを。


「おはよう、私はエルナ」

「……」


 私の挨拶にまるで反応しない。じーっと見られていることが、だんだんと落ち着かなくさせる。私は静かに、そーっと荷台に潜り込んでみる。


「えーっと、ニルス」

「……」


 アーベルの呼びかけにも反応はしなかったので、ニルスの肩をトントンと指で叩く。はっと、我にかえって、アーベルを見たニルス少年は、再び無表情に戻った。


「昨日の夜、森から何か聞こえた?」

「アッフが騒いでいた」

「それだけ?」

「少し、森がざわついていた。ここしばらくは、普段より静だったのに……」

「そっか」


 うーんと唸るアーベルに代わって、今度はレギンが声をかける。


「知らない人間を見かけたか?」

「ううん、見てない。見てたらすぐに、レギンに言う」

「そうか……今日は、来るのか?」

「真上すぎてから」

「そうか」


 簡略すぎる言葉の応酬に、2人には通じ合っているのだろう。

 『知らない人を見たら、なんでレギンに言うの?』『真上すぎてからって、何?』あんな短い会話の中で2つも謎を見つける。ここにいることになって、まだ1日も過ぎていない私にとっては、『求む! アーベル的な人』である。


「邪魔したな」


 ぶっきらぼうで素っ気ない声をかけると、レギンは荷車を引き出す。そんな言葉に疑問を抱いていないように頷いたニルス少年。

 この村、こんな人ばかりじゃないよね? と不安を抱きつつ、私はニルス少年を見ていた。あちらも私を見ているので、目線を外すことができなかったのだ。

 10メートルほど遠ざかると、ニルス少年は、いままでのガン見が嘘だったかのよに視線を外した。そして、目の前の道を横断して建物の間へと姿を消した。私から視線を外すと、何の迷いもなく、音も立てずにすーっといなくなった。なんと身軽ですばしっこいのだろう。


「今の子、アーベルの家に来るの?」

「ニルスのこと?」

「真上すぎって……」

「ニルスは、兄さんに剣を学びにくるんだよ」

「すごい!」

「剣を振り回すより、少しは字も覚えてもらいたいんだよね」

「字も教えてるの?」

「字を教えているのは僕だよ」


 なんと、識字率がそれほど高くないであろう17世紀頃のヨーロッパ風のこの世界で、14歳にして文字を教えているのですか!

 識字率が高くない云々は、固定観念だけど。それでも、14歳の子が自分とそれほど年の離れていない子供に、モノを教えるということは大変だろう。

 この兄弟、何かと色々と凄そうだ。


 レギンが気を使ってくれるけど、ゴトゴトと振動が激しい。売られる子牛を思い出すのは、私だけだろうか。

 村人1号のニルス少年が、私を見て驚いていた。時々、出会う人々も、荷台に私がいるのを見て驚いていた。

 最初のニルス少年は、レギンとアーベルと知り合いだから、エイナと似ている私を見て驚いたのかと思った。

 でも、だんだんと不安になってきた。今更なのだが、私が単純に子供に戻ったわけではなく、誰かわからない子供の体に入っているということだ。この世界で、鏡なるものを見てはいないので、今の私がどういう姿をしているのか解らないのだ。

 いやいや、2人の妹であろうエイナなる少女を侮辱するわけではない。が、そのエイナは他人から見たらどうなんだろうか? いやいや、2人を見ているとかなりイイ線いく少女ではないだろうか。いや、ちょっとそれは願望が入っていないか?

 私の思考がグルグルと回る。


 村長とやらに会いに行くのが、めちゃくちゃ億劫だ。荷台で揺れているだけなのに……。

《エルナ 心のメモ》

・村と《禁忌の森》の境界線には2メートルほどの壁がある

・何故かレギンの家の前の壁は崩れている

・作業小屋を見ると、チーズ、バター、ウィンナー、ベーコン、肉の燻製等を作っているようだ

・アーベルは加工品を作るのが仕事

・今の季節は秋のようで、森が紅葉している。

・ハーブ畑で作業するニルス少年と出会う 小学高学年の様

・エッバ婆さんは、ニルスのお婆さん

・《禁忌の森》にはアッフという魔獣がいる

・真上すぎてからって、何?

・ニルスにレギンは剣を、アーベルは文字を教えている

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