マティアスの推測 2
「それで、お聞きしたいのですがね、イサクソン卿の『解決』のラインはどこに引かれているのですか?」
「それは、犯人を捕まえ、奪われたものを取り返す。場合によっては、事件の真相の解明かもしれない……」
「本当にそうですか?」
マティアスは、何故かランバルドに念を押した。が、実はランバルドもマティアスに返答したが、自分で言ってみて何かが引っかかった。
「いや……もしかすると、奪われたものを取り返すことが最優先なのかもしれない」
「そうなんですか?」
「アルヴァー殿が最期に念を押すように言ったことは、『我が国の至宝だ、是非にも取り返して欲しい』とだけ……」
「犯人を捕まえて、取り返せとかではないのですか?」
バルタサールは、驚きの声をあげた。が、ランバルドは思っていた。『お前も聞いているだろ』と……。やはり、バルタサールはアルヴァーに呼ばれ、別の極秘任務を受けたことの重大性が、半分も理解できていないのだ。
「やはりそうですか……」
「やはりとは?」
「何が奪われたのか、解ったような気がします」
「なんと!」
周囲には人が居ないし、隠れるような場所がない所を選んで話し合っていた。その上、半径3メートルの範囲の音がそれ以上広がらないように護符も使用していた。が。マティアスは一歩前に進むと、顔を近づけて小声で語った。
「奪われたのは、エルナ姫ですよ。アルヴィース候補の……」
「なっ!」
その推測は、言われれば納得できるものだった。ここに来る途中で拾ったと言うマティアスの情報は、まさにマティアスの推測を裏付けるものだった。
「ノルドランデル侯爵が、私を無理矢理馬車に押し込めて、ここまで連れて来られたんですけどね。王都を出ると、あちらこちらで騎士達を見ましてね、偶然、顔見知りの者がおりましたので、尋ねてみたのですよ。すると、とある貴族の令嬢が迷子になっていると言うではありませんか」
「なんと、他の者はそちらの捜索に借り出されているのか……」
「こちらが請け負っている命令と、あちらが請け負っている命令。本来なら、人数は逆ではないでしょうか? ましてや、ヴァレニウス公爵家より優先されるのは国王以外にはいないのですから」
どの事件がより重要なのかは、その被害者の身分によって決まる。ならば、優勢順位は、ヴァレニウス公爵の事件だ。ましてや、エルナは国王の姪なのだ。
「ならば、エルナ様は、目覚められたのか?」
「いいえ、それは定かではございません」
「何故? 目覚められたからこそ、アルヴィース様は連れ去られたのだろう?」
「しかし、盗まれたものは『120×50×30センチの箱に入るもの』なのでしょう? アルヴィース様が目覚められ、連れ去られたのであれば、全域にその旨を伝えれば、もっと確実にアルヴィース様を助けることができるでしょうに」
「ではなぜ、アルヴィース様を他の騎士団は『迷子』として探しているのだ? 目覚めたからこそではないのか」
「ええ、確かに、目覚められれば王都に向かうように魔法を掛けられていると言うのは、周知の事実です。ですが、アルヴィース様は、目覚められた時は、自分の居場所もその地理も何もご存知ないと申します。完全なる賢者と言われているアルヴィース様が、真夜中にそのような愚行を侵すでしょうか?」
「……何やら、ますます混乱して来る話しだな……」
「それはですね、口に出して言うには余りにも憚れることですので、誰が関わっていたかの推測は止めておきます……」
暗にヴァレニウス公爵が絡んでいると言ったマティアスの表情は、困ったような表情だった。
「事件の真相を探ろうとすると、混乱いたしますから、どうでしょう……ここは、エルナ様……なんか解らない宝を取り返すという一点で動かれれば宜しいかと……」
マティアスの提案に、ランバルドは考え込む。常に目の前にあるのは、事件が起きたという真実と、あとは推測の山だ。その推測は、およそ真実から遠そうなものから、なんとなく真実に化けるように感じるものもある。その上、それらは、人によって感じ方が違うものだ。故に、それらを撰別するには時間を必要とするものだった。
「バルタサール?」
マティアスは、先ほどから黙っているバルタサールに声をかけた。バルタサールが、いつの頃から、このような表情で2人を見つめていたのか、ランバルドは気づきもしなかった。
しかし、マティアスは、気がついていた。ヴァレニウス公爵家で盗まれものが、バルタサールの姪であるエルナだと言った辺りから、徐々に怒りを表情に出すようになってきた。
マティアスには原因は解っていた。伊達に長い付き合いではない。
「バルタサール言っておくが、私は誰がこの事件に手を出したかと名指しはしてないぞ」
「むっ……」
「そもそも、お主は私が言ったことで、何が大事なのか解っているのか?」
「……エルナが攫われた……」
「そうだ、私たちが最優先にしなければならないのは、血族のエルナを無事に救出することだ」
「わかっておる!」
ふて腐れたような顔をして、バルタサールはマティアスに背を向ける。マティアスには、バルタサールの心情が手にとるように解るのだ。マティアスは、バルタサールの従兄弟にあたる。大恋愛の末に、家族の渋い顔を無視して、マティアスの母は、貴族としては中堅の文官と結婚した。賛成してくれたのは、実の兄であるノルドランデル侯爵だけだった。
同い年として、生を受けた2人。が、身分は全然違う。それでもノルドランデル侯爵は、マティアスを領地の屋敷に招き、バルタサールと同じ様に育てた。気がつけば、いつでもそばにバルタサールがいる生活だった。
ノルドランデル家は、血族の絆が強いことで有名だ。どこの家に嫁いでも、ノルドランデル家の女性は自分の子供たちに、ノルドランデルの血を引いているのを忘れることはさせない。そして、その血族には、無益の献身を常に心がけるように解く。
気骨溢れ、弱きものに慈愛をもって、爵位を返上した騎士の中の騎士と称されるアレクシス・ノルドランデルに誇りを持っている。そして、現在のノルドランデル侯爵の人柄をその目にするたびに、そのことを心に刻むようだ。が、いささかマティアスの場合は違っていた。
確かに、ノルドランデル侯爵を始め、目の前にいるバルタサールは、気骨溢れ、弱きを助けることを自然と行うのをマティアスも知っているし、たびたび目にすることが多かった。が、それは、マティアスのような者が、裏で大変な労力を払っているからこそなのだと、その身をもって痛感している。
それが証拠に、細かいことや頭脳を使うことが苦手なバルタサールに、随行する羽目になっているのだ。
しかし、今回の事件は、本当に第4騎士団だけで解決が可能だと言うのだろうか? やたらと頭が切れて、喰えないイサクソン卿の命令だといえ、マティアス自身はいささか不安を覚えるのだ。
だが、そう考えるたびに、「何故第4騎士団なのか?」という思いが、「第4騎士団でなくてはならない」に変わって行く。そして、ヴァレニウス公爵家から盗まれたものが、アルヴィース候補のエルナなのではないかと言う結論に達した時、やはりこの任務は、第4騎士団でなくてはならないのだと思うようになっていた。
「ところでバルタサール」
「なんだ」
「お主は、エルナ様に最期に会ったのは何時だ?」
「3つの命名の儀が最期だな」
「3つか……そなた、今、エルナ殿に会ったら、それと解るか?」
「……難しいな……兄上とそっくりだとか、クリスティーナ様に似ているとかなら解るが……そのうえ、まだ3歳だったしな……でも……解るんだと思うぞ」
「何だ、その根拠のない自信は」
奪われたエルナを見つけた時に、それがエルナ・ヴァレニウスだと判断できるものは、バルタサールだけだと言うのだろうか?