禁忌の森
アーベルくん、お姉さんは君はもっと精神年齢が高い子かと思ったよ。大きな溜め息をついて、レギンを見た。
レギンの表情は、微笑んでいる。が、その微笑みには、呆れたという感情も含まれているようだった。
テンション高過ぎるでしょうが!
「凄いよエルナ! こんなに小さいのに」
「え〜っと、美味しい?」
「うん!」
『食いしん坊さんめ』と微笑ましく思えばいいのか、『そんなに貧しい食生活だったのか』と哀れむべきなのか、謎ではある。
かたやレギンはと言うと、美味しいと言ってはくれたものの、目立ったリアクションはなかった。でもまぁ、気に入ってくれたことは伝わった。
「エルナはそんなに小さいのに凄いね、料理をするのは好きなの?」
「うん」
「パンとかも焼いたりするの?」
「うん」
「凄いね、エルナは」
今日、何度目になる『凄い』の後、レギンが真面目な顔で話題を変えた。
「エルナ、もう一度聞くが、昨日は1人だったか?」
「うん」
「どうやって、あの森に入った」
「……わからない」
「解らない?」
「気がついたら、レギンに投げられていた」
なんのことだ? と眉をひそめられた。
「兄さんは、エルナを僕に投げて寄越しただろ」
「そうだったか?」
「そうだよ」
自分では心当たりが無い顔だったのに、アーベルが肯定すると、それが正解だと言うように『そうか』と納得してしまった。
「で、エルナは僕らに会った前のことは、何も覚えていないんだよね」
「うん」
いいえ、雪の積もった道を駅に向かって歩いていましたよ。
「何か、頭を強く打つとそう言うことがあるらしいからね」
「頭を?」
「エッバ婆さんからそんなことを言ってたよ、ほら、ダニエルが木から落ちた後さ……」
レギンは、アーベルが話している途中で椅子から腰を上げる。そして、私のもとにやって来たかと思うと、髪の毛をかき分けて、頭を調べ始めた。うおぉ〜、髪の毛ぐちゃぐちゃだよ。心配してくれるのは解るけど、目に見える怪我をしていたらすぐに解るよ。そもそも、頭を打ってないんだから。とは思うものの、その事実は口には出せない。だから、なすがままである。
「痛いところは無いか?」
「うん」
張りつめていた緊張が少し解れたのか、緊張を解く為なのか、レギンは大きく息を吐いた。
「アーベル、今日の仕事は?」
「今日は、チーズとバターを作ろうと思っているけど。兄さんは?」
「……エルナを見つけた所にもう一度行ってみようと思う」
「私も行く!」
勢い良く、テーブルに手をついたが、それまでである。
本当なら、テーブルをバーンと叩いて立ち上がりたかったのだが、子供になっていたのだ。椅子に座ると、足はぶらぶらと空中にある。
「ダメだ」
レギンにきっぱりと否定された。ダメだと言われるのは想像できていたが、私は悲しそうな顔をレギンに向けていた。誤解しないでほしい、自分が足をぶらぶらさせる子供だと、再び衝撃をうけていただけなのだ。私を見て、レギンは『うっ』と声を漏らして、ちょっと体を引いた。
「エルナ、あの森は本当に危険なんだよ」
「そうなの?」
「あの森は《キンキの森》と言って、魔獣がうじゃうじゃいるんだ」
「そうだ」
レギンお兄ちゃんは、アーベルくんに私の説得を押し付けたようだ。
しかし、また出ました《キンキの森》。魔獣がうじゃうじゃ出るといことは、《禁忌の森》という字で当たりだな。って、魔獣と言いましたか? 魔獣ということは、魔法か? 魔法がある世界なのか??
「魔獣?」
「魔獣に襲われていただろう?」
「私が?」
「怖くなかったの?」
驚いてみたが、そういえばオオカミみたいなのがいたなぁと、思い出す。それよりも、状況に大混乱だったので、恐怖も何も、そんな大事だったのか?
きょとんとしている私に、アーベルは呆れていた。そんな顔しなくても理解してますよ。魔獣なんて、私の世界には居ないのだ。怖いものとは、熊くらいなものだ。故に、魔獣の怖さなんて解らない。そもそも魔獣って何なのだろうか、まさか獣が魔法を使うのかな? 海外のファンタジーは読むが、ゲームのRPGは……やる時間がないのだ。
魔獣の定義が解らない。
「魔獣って何?」
「《禁忌の森》で生まれたモノのことだ」
「どれだけいるの?」
「無数だ」
やはり理解できない。《禁忌の森》で生まれた動物を魔獣と呼ぶ、なんて単純な話しではなさそうだ。だが、ここでいくら行くと言い張っても連れて行ってくれそうにない。
「待ってる」
私の答えに、レギンは頷くと壁に掛けてあった剣を手にする。そして、こちらに振り向いて、立ち上がりかけたアーベルに指で「座っていろ」と合図する。で、1人で行くみたいだけど、レギンは大丈夫なのだろうか? やっぱり《禁忌の森》がどんな怖い所なのか解らない。
「レギンは大丈夫?」
「兄さんは、この村で一番強いからね」
暢気に言うアーベルは、本当に心配していない。
ほら、また解らなくなった。16歳のレギンが、この村で一番強いという基準が解らない。村の大人が弱いのか、アーベルの言葉通りなのか、答えによって《禁忌の森》の怖さが決まるのに。
「魔獣って他の動物とは違うの?」
「魔獣を知らないって、エルナは海の近くの人なのかな?」
「?」
「違ったか。まぁ、魔獣って言うのは、実は良く解らないんだ」
「解らないのに魔獣なの?」
「ほかの動物と違って、変な魔法みたいなのをかけてくるんだ。吠え声を聞くと体が動かなくなるとか、目を見たらありもしないモノが見えたりとか」
それは、特殊技能的なものかな? アーベルは魔法みたいとは言うが、魔法とは断言してないし。
「それに魔獣は雌雄が無いんだ」
「なんと!」
「え〜っと、つい言ちゃったけど、雌雄は解るんだね」
「うっ、うん」
うっかり理解してしまった。気をつけなきゃ……。
しかし、雌雄がないと言うことは、魔獣は不死なのだろうか、それとも何か特殊な方法で誕生するのだろうか。
「殺しても殺しても減らないんだ」
「そんなに沢山いたら、食べ物が無くなっちゃうね」
「魔獣は、普通の動物とは違うものを食べているみたいなんだよなぁ。ラバンて言う魔獣がいるんだけどね、ウサギに似ているんだ」
「それは……可愛い魔獣だね」
「とんでもない! あいつらは、飛びついてきて足を食べるんだよ。ウサギは草を食べるけど、ラパンは草を食べないんだ」
「足フェチ?」
「えっ?」
「うっ、ううん。で、人を食べるの?」
「そう、足だけね」
「それは……随分と偏食だね。でも、そんなに人が食べられちゃっているの?」
「ラパンに足を食べられた人なんか、80年前の話しだよ」
《禁忌の森》にはラパンというウサギに見える魔獣がいると、頭の中に赤字で覚えておこう。あれ、私の世界でもラパンとか言うウサギの凶暴な動物のことを聞いたような…。
「で、ウサギに似ている魔獣だから、草でも食べるのかと思うだろ? でも、《禁忌の森》はさ、高い木が生い茂って薄暗いんだ。だから下草なんか生えないんだよ」
「他に何か食べれるものがあるということ?」
「うーん、どうなんだろう。普通の森にはさ、ウサギがかじった草とか、狐が食べた鼠の骨とか、梟の糞なんかあるだろう。でも、《禁忌の森》には、そう言った動物の痕跡を見つけられないんだ」
「でも、いろんな生き物がいて、それを魔獣って呼んでるんだね」
「そーそー」
うーん、何だか不穏な話になってきたぞ。右も左も解らない見知らぬ国というか次元(?)なのに、そんな物騒な生き物がいるんですか?
「大丈夫さ、やつらは《禁忌の森》から出れないからね」
そう言うと、アーベルは私のくしゃくしゃになった髪を手で梳いた。おぉ、忘れていた。レギンに髪をくしゃくしゃにされたんだった。
《エルナ 心のメモ》
・エッバ婆さんという人がいる
・なんと、魔獣が存在している
・アーベルに言わせれば、レギンは村で一番強い
・海の近くには魔獣はいない
・ラパンというウサギに似た魔獣がいる
・《禁忌の森》には、生き物の生活している様子が見られない
・魔獣は《禁忌の森》から出ない