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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第4章 テグネール村 3
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晩餐会

「ソールとノートに感謝を」


 恒例のレギンの「いただきます」で、晩餐が始まった。

 無事に、エッバお婆さんとニルスも間に合い、宿屋は近所で手伝いをしてくれる方に任せて、ブロルの家族も全員そろった。

 「これは何?」と、最近良く聞く質問を防ぐために、レギンの「いただきます」の前に、今日の献立の説明をさせていただいた。人数が多いので、バルロブさんの提案で、豚の角煮をバルロブさんに作ってもらった。復習の為に、バルロブさんは是非に作ってみたいと言ったので、採用させてもらった。それに、肉命の方々の為に、肉料理が増えて喜ぶだろうと思ったし……。もし、肉が無かったら、ダニエルあたりが、肉の大合唱を始めそうだ。


 私は、何をさておき、バルロブさんの角煮を食べさせてもらいました。柔らかくて、甘辛くて、白いごはんが欲しいです。完璧です、バルロブさん!


「これって、魚のスープって本当かい?」

「魚と、アルメハとかクレフタとか入っています」

「肉は入っていないのかい?」

「お肉がよかったですか?」


 私がそう尋ねると、クヌートさんがふるふると首を振る。


「魚でどうやって、この美味しさを出せるんだ? やっぱり他にアルメハとかクレフタを入れたからかい?」

「まぁ、魚だけでもいいですけど、より深い味を出すには、他のものを入れた方がいいので、野菜も細かく刻んでいれてあります」

「野菜が?」

「もう、溶けてしまっていますけど、美味しさはスープの中に入っています」


 美味しいものが好きだと言っていたクヌートさんは、いろいろと質問をして来るので、私はクヌートさんにかかりきりだ。時々、ダニエルが豚の角煮をアーダさんに教えてくれと、叫んでいた。

 とりあえずは、どれも気に入ってもらえたようで一安心だ。やはり、豚の角煮はみんなから大絶賛だったし、今まで魚をあまり食べたことのないこの村の人々にも、魚の美味しさを味わってもらえて良かったよ。


 クヌートさんの質問の嵐が鳴りを潜めた頃、村長さんがお願いしていたことについて、話してくれた。村長さんは、仕事が早い!

 殆んどの人がお腹いっぱいにして、食事が終わろうとしているのに、クヌートさんはまだ食べています。


「ところでエルナちゃん、例のフェルト工房のお手伝いだけどね」

「はい、どうでした?」

「何人か声をかけて、明日の昼過ぎに顔を出すように言っておいたよ」

「ありがとうございます!」

「何だい、何の話だい?」


 料理について興味を示していたクヌートさんは、今度は村長との話しにも興味を覚えたようで、料理よりはややテンションが低いですが、その話しにも参加してきた。


「エルナちゃんがね、フェルトの工房を立ち上げるんで、手伝ってもらえそうな人に声をかけたんだ」

「フェルト工房? フェルトって何だい?」

「エルナちゃんが作ったヒツジの毛の製品なんだけどね、オリアンのギルド長も気に入って注文をしたらしいよ」

「今日、町長さんのマットレスを渡した時に。マットレス3枚と座布団を30個欲しいって言われたんです。だから、声を早めにかけてよかったですよ」

「そんなにかい? マットレスって確か……」

「銀貨10枚からです」

「ぶーっ!」


 私と村長さんの会話の途中で、クヌートさんがスープを吹き出した。


「銀貨10枚って……」

「それどころか、クヌートが毎日食べている柔らかいパンの作り方と、自分の食べるためだけに作ったり、家の料理人などに教えたりする権利なんか、金貨1枚以上で売れたらしいよ」

「き、金貨……。そ、それじゃぁ……僕の家でも出さないと……」

「いやいや、それはいいんです。タダでもいいんですけど……」

「そ、それじゃぁ、こちらが申し訳ないよ!」

「マッツさんのお店が立ち行かなくなるのは困りますけど、村の人には自分の家で自由にパンを焼いて欲しいと思うんですよね」

「でも、そんな高価な金額で売れるのに」

「この柔らかいパンは、自分で食べたかったから作っただけですから」

「クヌート、そのうえ、いろいろ売ったりするやり取りが面倒なんだってさ」

「面倒? あはは、エルナちゃんは面白い子だね、無欲と言うかなんと言うか……ブロルとオーサに言ったら、顔を真っ赤にして怒るよ」

「だろ? その上、フェルト工房を建てて、水路を使うからって、水路の修繕もやってくれるって言うんよ」


 村長さんがそう言うと、クヌートさんは目線を天井に移して何やら思い出しているように、柔らかい微笑みで言った。


義兄にいさんを思い出すなぁ〜」


 クヌートさんの言葉に、村長はテーブルの一点を見つめて苦笑した。


「本当だねぇ〜、兄さんのやり方はいつも俺達には想像つかないことばっかりだったねぇ」

「人が良くて、困っている人にはすぐに手を貸してたし、それも、村長のくせして私たちを手伝わせることはしなかったね」

「そーそー、『お前たちには自分の仕事があるだろう』って……」


 話題は、レギンたちの父親であるようだ。2人にとって、とても良い兄であったのは、その表情から解る。そう言えば、お祭りの日にアッフたちが揉めて、舞台の道具を壊した時も、お金で弁償をさせる代わりに、来年の祭りで村人を楽しませる催しものをするようにって、アッフたちに言ってたらしい。レギンたちのお父さんに会ってみたかったよ。レギン、アーベル、ヨエルという素敵な人達を育てた人なのだから。


「私も会ってみたかったです」


 3人でしんみりとしてしまった。


「レギンたちのお父さんって、誰に似ているんですか? レギン? それともアーベルですか?」

「あははは、レギンとアーベルが似ているんじゃなくて、2人が兄さんに似ているって話しだよね」

「そーそー、そうでした。ヨエルはアーベルに似ていると思うし……」

「そうだなぁ〜、レギンは兄さんにそっくりだよ、でも、ちょっとレギンは真面目すぎるかな?」

「レギンは、アレクシス様に似ているって義兄にいさんは言っていたよ」

「そーそー、私も祖父のことはそれほど覚えていないけど、性格も似ているんじゃないかな?」

「そうなんですか?」

「祖父は国一番の剣士で、騎士だって言われていたけど、私の記憶ではとても優しい人だったよ。甘やかしてはくれなかったけど、話し方も諭し方も凄く優しかった」

「レギンの曾お爺さんは、この村を作った人ですよね」

「もうさぁ、爵位を捨てて王様の命令で、国の人たちの為に魔獣を討伐しちゃうって話しを思い出すたびに、レギンが頭に浮かぶんだ」

「あー……解ります」


 そんな話しをして、しんみりしていた雰囲気も笑いがこぼれるようになってきた。きっと、レギンのお父さんも、ここの場所に居て、この話しを聞いて笑っているんじゃないかと思いたい。


「エルナ! プリンはどうしたんだよ!」


 突然、ダニエルの絶叫が聞こえた。ダニエルを見ると、すぐさま、その頭を叩くイーダさんが見えた。クヌートさんが、いつまでも食べていたので、食事が済んでいる確認を忘れていた。


「ごめーん、今、用意するよ」

「私、手伝うわ」


 いつの間にかそばにいたブリッドが、手伝いを申し出てくれた。


「本当に、行儀がなっていない子で済まないね」

「もう、ダニエルは……」


 村長とブリッドは困った顔をして謝ってくれるのだが、これもダニエルなのだ。


「ダニエルは、あのままがいいですよ。物怖じしないし、どんな人でも引き込んじゃうのは長所だから」

「そんなこと言うのは、エルナちゃんだけだって」


 村長さんは笑った。家族の中で、きっと明るい空気を作りだせるのは、ダニエルだけだと思う。


「だって、ダニエルがいるだけで、家の中が明るくなるでしょ?」


 私の言葉に返事はせずに、村長さんは微笑んだ。

 その後は、ダニエルの無言の圧力にせかされるように、ハーブティーを入れたり、プリンを小皿に分けたりと忙しく立ち回る。みんなに配りはじめると、ダニエルが匙を手に待っている。


 みんなに行き渡って、ダニエルが待ってましたと飛びつこうとした時、レギンが当然、話し出した。普段は目立つようなことはしないし、口数が決して多くないレギンが、改めて、皆に向かって話出したのは、私のことだった。


「エルナ、君についてみんなに話しておこうと思うが、いいだろうか?」

「えっ、私?」


 私のことについてとは、アルヴィースとかの話しだろうか、それとも私がここではない世界から来たことを言うのだろうか?


「俺は、エルナを守るとを誓う」


 レギンが話そうとしていることが重要だった。口べたで寡黙な人が、親族を前に私のことを話すのは大演説に違いない。それでも私のことを話すのは、きっと何か意味があるのだと思う。

 どうせ私は、レギンとアーベルがいなければ、ここに存在してないかもしれない。それを思えば、レギンに賭けてもいいのではないかと思うのだ。

 私はレギンに頷いた。


 レギンの演説は、最初から私がアルヴィース様ではないかと思ったこと。いろいろ調べてみたことろ、まだはっきり否定できないことを話した。みんなの反応は、納得したように頷いた村長やイーダさん、言われて『なるほど』と思ったと言うクヌートさん、心配そうなアーベルにアッフ。


「エルナがアルヴィース様だということは、はっきりするまで調べ続けようと思う。が、叔父さんや叔母さん、そして従兄弟たちへお願いがある。しばらく、このことは秘密にして欲しい」


 レギンはそう言って頭を下げた。そして、アーベルが参戦してきた。


「エルナはこれからフェルト工房とかをして行きたいって言っているんです。この村で、男手がない家、母親が1人で働いている家、子供が多い家とかの人が、少しでも楽に生活できるように、そんな人たちに仕事をしてもらいたいそうです。もし、エルナがアルヴィース様だとしても、その恩恵を独り占めしようなんて思っていないんです。ただ……もう、家族を無くしたくないんです……」


 アーベルも頭を下げた後、ニルスも立ち上がってアーベルのように頭を下げた。それに続いて、ヨエルもダニエルも、ブロルもそれにならった。

 ちょっと、ちょっと……私はどうすればいいのよ。急にそんな、きゅんとするよなことしないで〜! ちょっと涙が出そうだよ。


「あの〜、私もこの村と村の人が大好きです。だから、できれば(帰れないのなら)ここに居たいです」


 静まりかえっているのが居心地が悪い。どれくらいの時間、誰もが言葉を発することが出来なかったのか良く解らない。が、最初に言葉を発したのが、村長だった。


「ちょっと、ちょっと待ってよ。今、エルナちゃんはアルヴィース様であると、決まったわけじゃないのに、そんなに深刻に考えなくてもいいんじゃないかな?」

「でも、叔父さん……もし王都に知られたら、エルナは無理矢理連れていかれるし、知っていた人は罰せられるんじゃないの?」


 アーベルの表情は必死だった。


「もし、皆が罰せられるんなら、私は知らない振りをしてくれなんて頼めないよ」

「まって、まって。そんな顔をするんじゃないよ、アーベルにエルナちゃん」

「しかし、イーダ……アーベル君が心配するのも当然なんじゃないかな」

「そんなことは解っているよ。でも、本当の所、エルナはアルヴィース様なのかい、そうじゃないのかい?」


 イーダさんの問いに、ちゃんと答えられることはできなかった。ただ、否定できる事柄を説明することはできた。私が全然、アルヴィース様だと言う自覚が無いこと。そして、最強の理由。


「私、読み書きができません。それでもアルヴィース様なの?」


 再び当たりが静まり返る。


「ぷっ、そりゃぁないな」

「ハッセ、笑ったら失礼よ……くくく」

「ブリッドだって……」

「ないない、アルヴィース様が読み書きできないって聞いたことないよ〜」


 ブレンダなどは、お腹を抱えて笑って言った。


「こりゃぁ、次からすぐにでも学校へ行かなきゃね」

「読み書きできずに、この料理の腕前は……」

「そりゃ、関係ないよあんた」


 笑いをかみ殺して村長がそう言えば、クヌートさんは全く違うベクトルの意見。少し場は和んだが、レギンの顔はまだ強ばっている。こんな時だからなのか、ふと、レギンが幼い少年のように感じる。そんな顔をさせてるのは、私などだと思うと、堪らずに胸が痛んだ。

 私は、レギンのそばに行き、スボンの裾を引っぱり見上げた。


「レギン、そんな顔はしないで」


 そう言うと、レギンは無理をしているように、顔を歪ませた。悲しいだか嬉しいだか、良く解らないというように。そして、膝を折って、私の前に屈むと私の両手を取った。


「エルナ、大丈夫だよ」

「でも、私を守ろうとしたら、レギンたちは罰せられるんでしょ? だったら、私を守ろうとなんかしないで」


 レギンは、いつものように私の頭に手を置くと、わしわしと撫でる。


「エルナを守るのは、俺の役目なんだ。《禁忌の森》でエルナを見つけたとき、何故だかそう強く思った……それに、エルナはもう1人の妹なんだ」

「レギン……」


 レギンの胸の内で、何が存在しているのかわからない。でも、レギンはきっぱりとそう言い切ったのだ。


「でも……」

「そう思う気持ちは変わらない。それでも、王都と揉めることは、この村の人にとっては災いになるだろう。だから、まずは叔父さんと叔母さんに許しを請いたいと思っただけだ」

「そうだよ、エルナはもううちの子だろ?」

「アーベル」

「僕もエルナと最初に会った時、エルナは自分が守る子なんだって思ったんだ。最初は、エイナがいなくなって、エルナをエイナとして見ているのかと思ったけど……でも、やっぱり違った。兄さんが言った通り、エルナはもうひとりの妹って言うのがしっくするんだよ。可笑しいよね、まだ出逢って一巡りしかたってないのに……」


 もしかしたら、エイナを失ってレギンとアーベルにとって、「守るべきもの」認定されたのは、心の穴を埋めるためだと思ったし、今でも完全に否定はしない。でも、確かに、一緒に何かをやったり、おいしいご飯を食べて喜ぶ日々の積み重ねは、一体感を作りだすのだろう。

 それでも、国に罰せられることをもいとわないのは、こちらにとっては大問題だ。レギンやアーベルやヨエル、村の人がそんなことになったら堪らない。


 ここにいる全ての人が、個々の思惑や考えがあるのだろうし、王都と喧嘩しますから、黙っていられるわけもない。そう解るだけに、アッフたちのように、直にレギン側に回るわけにはいかないのだろう。が、それを口にできないあたり、村長さんたちにとってもレギンは大切な身内なのだ。


 重苦しい雰囲気をどうすることもできないし、これはすぐに解決できない。さっきまでの幸せな雰囲気を壊すことになって申し訳ないです。

 が、1人だけ深刻な顔をしていないエッバお婆さんは、静かにハーブティーが入ったコップを置くと、言葉を紡ぎ出した。そして、その声は静まった部屋にその声が染み込むように行き渡った。

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