テグネールのアッフ
私の一言で、2人を思いっきり警戒させてしまった。
《禁忌の森》で、人が2人も発見されれるのは異常だ。私とあの謎の男が無関係とは思えない。『オッカムの剃刀』的な発想だが、何となく嫌な予感がするのも事実で、かと言って、私に明確な証拠や記憶があるわけではない。
そのうえ、私がこの世界に来たのが1日目だとすると、あの男は7日もあの森で生き抜いたのだ。ちょっと笑えない冗談みたいな話しだ。
レギンは、この話しを村長にするつもりらしい。私とあの男が関係があるかもしれない。そして、エルナが《禁忌の森》で彷徨うことになった原因かもしれないことを。
レギンが村長に所に行くために家を出ると、急に外の騒がしさが家の中に入り込んでいた。
「どうしたの?」
アーベルと私は、レギンに続いて家の外に出た。外に出ると良くわかる。ダニエルの大声、ブロルの普段では想像できないような感情的な声。そして、泣きそうに必死になっているヨエルの声が聞こえて来た。
辺りを見回すと、家の前を下った柵の門の所で何やら揉めている。ダニエルをニルスが、ブロルをヨエルが羽交い締めにしているのだ。その上、2人ともやるき満々なのか、ニルスとヨエルを振りほどこうとしている。
レギンが近づいて行くと、2人は大人しくなり、ヨエルは安堵の息を吐き出していた。ニルスは……普段通りです。
「どうしたんだ」
「何でも無い!」
「……」
ダニエルは話したくないようだし、ダニエルとブロルの喧嘩に他者が何か言うのは可笑しいと解っているのか、ヨエルとニルスは無言だ。まだ9歳というガキンチョだが、そこの所の筋は通すのは流石だ。
ダニエルVSブロルだが、思いのほか、ダニエルとブロルの被害は一緒のように見える。ブロルは頭脳派でダニエルは肉体派だと思ったが、これは認識を改めないといけない。
「別にさ、僕たちに話せとは言わないけど、ブロルとダニエルはちゃんと話さないといけないんじゃないか?」
「話したって、ダニエルにはわからないよ」
「何だと!」
「だから、やめろって。それに、ブロルはちゃんと説明する必要があるんじゃないのか?」
「……」
今、ちょっと前まで喧嘩していたヤツが、はいそうですかと、素直になるわけがないよね。とにかく、2人とも頭を冷やすのが先だな。
私は黙って2人の手を引き、家へと引き返した。思いのほか素直に従う2人だ。誰かさんの名言ではないが、喧嘩をするのはいいよ、だって人間だもん。でも、私は妹しかいないので、男の子の喧嘩には慣れていないし、殴り合いには免疫がないのだ。
「2人とも、座って!」
椅子を示して座らせようとしたら、お互いに一番遠い椅子に座りやがった。
「並んで座って! 手当しずらいでしょ?」
私がそう言うと、渋々と2人とも隣り合う椅子に座った。その際、心持ち椅子をずらしたり、無駄な抵抗をした。ふん、そんなことしても、微笑ましいだけだよ。
体にはそんなに怪我はないけど、一番被害が大きかったのは、服だった。
「そんなに服を汚して、イーダさんやアーダさんに怒られないの?」
「う、うるさいな」
そうダニエルは言うけど、2人ともビクリとしたのは見逃さないよ。イーダさんは怒ると怖そうだけど、アーダさんは食が細くて夜泣きの多いスサンを心配して、休養をちゃんと取れないって話しだったので、アーダさんがダニエルにこんな反応をさせるとは……。
「あーあー、顔をこんなに汚して」
「ああ、もう、自分でやる!」
布を濡らして、血だか泥だかを拭き取ると、ダニエルが私から布を奪い取る。ブロルなんて、布を持って近づいただけで、奪い取っていた。
「口の中を切ったりしてる?」
「ああ……」
「ブロルのそこ、痣になりそうだね」
「……」
アドニスがふて腐れても、アドニスはアドニスなのだ。しかし、ブロルの顔を見て最初にあやうく、『顔はやめて〜!』と叫びたくなったよ。
「あのさ〜、どうせ私のことで喧嘩をしてたんでしょ」
おお、言ってみると何ともないが、思い返すと恥ずかしくて死にそうなセリフだ。
「ダニエルは、私がアルヴィース様だと思ったんでしょ?」
ダニエルは息を飲んだ。そして、下を向いてふて腐れたよういに言った。
「……違うのかよ」
「良くわからないんだよね」
「良くわからないって可笑しいよ、アルヴィース様はこの世界に来たときには、自分はアルヴィースだって知っているって言うよ」
「えっ、そうなの?」
ブロルの思わぬ知識に驚いた。アルヴィース様はこの世界に来た時に、自分がアルヴィースと呼ばれる賢者だと知っていると言うのだ。
「ええ、じゃぁ私、アルヴィース様じゃない!」
「そうなのか?」
「そうだよ、だって読み書きできないアルヴィース様っていないよね」
ダニエルとブロルが顔を見合わせ、私の顔を見て吹き出して笑い出した。失礼しちゃうわね。
「ぷっ……エルナ、読み書きできないの?」
「あははは、ひで〜、俺でもできるのに」
「ダニエルはまだちゃんと書く方ができてないじゃないか」
「うるせ〜」
この笑いはしばらく続いた。でもまぁ、言い合いができるのだから、この喧嘩はそれほど尾を引かないだろうなぁ。でも、それは重要なことではない。
「あのさ、ダニエルは私がアルヴィース様だと嫌だから、聞きたくなかったんだよね」
「……だって、とーちゃんが、悪いことを口にすると本当にそうなるって……」
「なるほどね……で、ブロルはダニエルがそう思っていたことは知っているの?」
「……知るわけないだろ」
「そうだよね、で、ブロルは私がアルヴィース様か聞きたかったから、尋ねたの?」
「まぁ……」
「で、私がアルヴィース様だったら?」
「……レギンとアーベルに、エルナがアルヴィース様だってことを知られないようにって言うつもりだった……」
「どうして?」
「……エルナがアルヴィース様だと……エルナは王都に行っちゃうだろ?」
「なるほどね」
ダニエルもブロルも、私がアルヴィースとして王都に行って欲しくはないと思ってくれている。しかしまぁ、性格が良く出ているよね。
私は保母さんのつもりで、2人の手を取った。
「あのね、ちゃんと話し合おうよ。ダニエルもブロルも、私がここから居なくなるのは嫌だと思ってくれているんだよね」
「べ、べつに……」
少し赤くなりながらダニエルが言うのを、ブロルは鼻で笑った。
「ブロルは、私がアルヴィースかそうでないかを知りたかったのは、ダニエルと同じなんだよ。それをちゃんと話していれば、こんな喧嘩しなくても良かったのに」
ぷぃとそっぽを向くダニエル。
「あのね、この前オリアンへ行って来たら、この村よりずーっと家が多くて、人も多かった。レギンに聞いたら、オリアンって小さい町なんだってね」
「うん、そうらしいね」
「この村はさ、北の端っこにあって、人も少ないじゃない。それでも、9年前にノルディック家の家系にさ、4人もの男の子が生まれたんだよね。それって凄いことだと思わない?」
「?」
「だって、君たちは、赤ん坊のころから顔を合わせて、幼なじみになって、友達になって、家族と同じように良くわかる間柄になるのは当然でしょ? レギンやアーベルには、そんな友達4人もいないんだよ」
「……」
「喧嘩してもさ、ちゃんと話して、どうして喧嘩になったとかちゃんと知ろうとしないと、また喧嘩をすることになるよ」
自分で話していて、本当に羨ましくなった。近所に血縁の同い年の同性が4人もいるのだ、友達以上の関係になるのは、至極当然のことながら、とても不思議な気持ちにもなった。
「仲直りをしてよね、じゃないとプリンは無しよ」
「えええ〜! するいぞ、約束したじゃないか」
「これから、喧嘩になりそうになったら、ちゃんと自分はどうしたいのか話し合うって、約束してちょうだい。そこ、外で聞いているニルスもヨエルもよ」
家のドアから、顔を出すニルスとヨエルはバツが悪そうな顔をしている。
「ダニエル、ブロルは早く仲直りしてよ」
ヨエルがそう言いながら入って来る。それに、ニルスも続く。
「僕、プリンが食べられなくなるのは嫌だよ」
「ええ〜、ダニエルとブロルが仲直りしないのは心配ないの?」
「心配するわけないじゃん、だって、いつもダニエルはすぐに忘れちゃうもん」
まぁ、ダニエルの性格を考えると納得だ。でも、こんな不毛な喧嘩をいつもしているのか? ちょっと話せば、すぐに解ることなのに? お子様だからなのか?
「はぁ〜、しょうがないなぁ〜」
「ブロル?」
「ダニエル、仲直りだ。俺はちゃんと話しをするべきだった」
「……」
「お前もちゃんと人の話しを聞け。お前の悪い所だ。それに、嫌なことから目をつぶっていても、何も変わらないのをいい加減に覚えろ」
「うっ……」
ええ〜っと、仲直りを言い出したはずなのに、あっという間に責めの言葉がずらずらと出てくるこの状況は? 何か、私の言いたかったことを的確に言っているではないか。私より遠慮がないから、実に単純明快だ。
「ブロル、1つ気をつけてもらいたいことがあるの」
「なに?」
「ブロルにとっては、何でも無いことでも、他の人にとってはとても大変だったりすることもあるの。また反対に、他の人にとって、大した事ないことでも、ブロルにとっては大変で辛いことかもしれない。人によって、どれをどう感じるかは違うし、それは、年齢とか関係ないの……意味は解る?」
「……解る」
「そう、じゃぁ問題ないね」
さて、これから昼の支度をしようと、バルロブさんを呼びに行くつもりで、私の意識はもうダニエルとブロルの喧嘩は過去のこととなった。そして、そもそもこんな喧嘩になった理由をも忘れてしまっていた。
「で、エルナはアルヴィース様なの?」
ブロルの言葉を背中に受けて、やっと思い出す有様。
「ううん、違うんじゃないかってレギンとアーベルと話してそう思ったよ」
私の言葉に、ダニエルとヨエルは笑顔を見せ、ブロルはさらに何かを考え始めた。が、三人の反応より、私が衝撃を受けたのは、ニルスの笑顔だった。普段は、感情が表情に現れないし、何を考えているのかなんて、表情だけでは想像もできないのに。なに、その笑顔。整った顔立ちをしているなとは思っていたが、この笑顔は王子様の笑顔ではないか。そんな笑顔を振りまいたら、どうなることかと思った。まぁ、2度ほど見た少し照れたような笑顔もいいけどね。
「どうしたんだよ、エルナ」
「えっ、いや……ニルスが……」
ダニエルの声で、一瞬視線を離したらニルスはもとに戻っていた。くそ〜、変な時に声を掛けて〜と思いながら、ダニエルをばしばしと叩いた。
「イタイ、イタイ!」
「もう!」
「なんだよ!」
「くぬぅ〜」
ダニエルは、うっとうしそうに、私の頭を掴むと、自分に近づかないように腕を突っ張る。お陰で、私の手はダニエルに届くことはなかった。
「それよりさ、昼は何を食わせてくれるの?」
「夜じゃなくて?」
「夜は魚だろう」
「アーベルに仕事をもらって、やらない人はご飯はなしよ!」
「よし、アーベルの所に行こうぜ!」
ダニエルの号令で、アーベルのもとに去って行く。しかし、やっぱりブロルは残っている。
「あのさ〜、エルナ」
「何?」
「エルナは、アルヴィース様じゃなければ、誰なの?」
「誰って……」
「良くわからないって言ってただろう?」
「アルヴィース様と言えないことがあるの」
「読み書きができないって言うこと?」
「それだけじゃなくって、アルヴィース様になる子供は王都で大切に育てられているんでしょ? でも、私は王都からずーっと離れている場所にいるし、王都で子供が居なくなったって話しが無いらしいの」
「ふーん……じゃあ、やっぱりエルナはあんまり目立たないほうがいいんだ。絶対に違うって訳じゃないんだよね」
「そうだね……まぁ、手加減するよ」
「わかった」
そう言うと、ブロルは踵を返してドアに向かって歩いて行った。そう、ブロルの言うとおり、私がアルヴィース様ではないと言う証しはない。アルヴィース様みたいな賢者ではないと思っているのは、多分私一人なのではないかと思う。
「ねぇ、エルナ」
「えっ?」
ブロルは立ち止まって振り返っていた。
「それでさ、エルナは本当は幾つなの?」




