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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第4章 テグネール村 3
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川の異変

 鍛冶工房の斜め前にある家具工房に向かうと、エルランド親方が仁王立ちで待っていた。何ごと? とは思ったが、親方は怒った感じではなく、なんだかニヤニヤと笑っている感じだった。いや、笑いを堪えている感じだ。


「どうしたんですか、親方……」

「いや、今度は、ヤンネを困らせてきたのか?」

「ええ〜、人ぎき悪いよ、親方」


 親方が笑って言うには、アーベルが来ると「変なことを頼まれる」と、村で噂になっているようだ。可哀想なアーベル。全て、私のせいですか?。


「ひどいよ〜」

「あははは、アーベルは昔から変なことばっかり言うからな」

「変なこと?」


 親方が言うには、オロフさんがお婆さんのプレゼントに、ゆったりと座れる椅子を作ってほしいと、エルランド親方の所に来たと言う。その時、アーベルが、椅子の部分を少しくり抜いたら、座りやすいのでは? と言って、親方は大変な思いをして、腰掛ける部分にへこみを作ったそうだ。


「アーベル、すごくいい案だね!」

「だろ?」

「平たい板より、お尻の形に窪んでいた方が、お尻がいたくないよね」

「あははは、お前ら言ってることや考えていることがそっくりだな」


 でも、アーベルが言った通りにした方がお尻に負担が掛かりにくいと言うことになり、今では、ちょっと料金を増やせば、椅子の部分を削ってへこみを作ることが多くなったそうだ。


「変なことって、アーベルはいいことを言ったんじゃない」

「そうだよ」

「だから、お前等には何の徳にもなんねぇじゃねぇか」


 親方の言葉に、アーベルは眉をひそめた。


「どう言うことさ」


 アーベルの質問に、親方は大きな溜め息をついた。


「だから、それを言ってもお前には何の徳にもなっていないだろ? 別に金が儲かるわけでなく、儲かっているのは俺ばかりだからな」

「だって、作ったのは親方なんだから、親方がお金を得るのは当たり前じゃないか」

「だから、そうじゃないだろ。アーベルは本当に欲がねぇなぁ」


 苦笑いするエルランド親方は、アーベルの頭をグリグリとこね回した。


「アーベルの半分は、優しさでできています」


 私がそう言うと、2人は一瞬、動きを止めた。

 ランナル親方は、さらにグリグリとアーベルをこね回し、大笑いをした。アーベルは、最初は何を言われたか解らない顔で、私を見ていたが、急に耳まで赤くして顔を背けた。


 わぁ、マジで照れたアーベルを初めて見た。凄く可愛いぞ!


「お前のもう一人の妹は、良くわかってるじゃねぇか」

「もう、親方やめてよ〜!」


 まぁ、アーベルは単純にお婆さんの為に言っただけで、それがどんなことになるなんて考えないのだろう。結構、いろいろ知っていて、頭を使うのが好きなんだね。


「で、その変なお願いです」

「うちにか?」


 素っ頓狂な声を出して、呆れ顔のエルランド親方を、今度はアーベルが笑った。黙ってそばにいるバルロブさんも一緒になって笑っていた。

 損得を瞬時に考えられる頭を持っているのに、時々、こんな無欲なことをしてしまうアーベル。一番にその恩恵にあずかっているのが、各言う私である。それは、レギンにも言えることで、この兄弟の親の顔が見てみたいと思った。残念ながら2人とも鬼籍に入っているのだけど……。

 私は、秋晴れの空を見て、少し感傷的になりながら、レギンとアーベルとヨエルの両親に感謝した。


 エルランド親方の工房を後にして、私たちは荷車を引いてニルスの家の前まで戻ってきた。エルランド親方に、アッフたちの催し物の小道具をいくつか作ってもらうことになり、「また、分けのわかんないことを……」と、ぶつぶつ言われた。

 勿論、何をどのように作ったのは他の人には絶対に話さないと誓ってもらった。なにせ、種明かし満載の注文なのだから。


「そう言えば、僕もその催し物の話しを聞いてないんだけど……」

「エルランドさんの所で頼んだものができたら、みんなを呼んでどうやるか見せるよ」

「楽しみだなぁ」

「で、アーベルはお祭りの時に何かするの?」

「僕? やらないよ」

「ブリッドは友達とフェルトの犬とか、手芸作品を売るって言ってたけど……」

「ブリッドは、手芸が得意だから、去年もいろいろ売っていたよ。僕は、見る、買う、食べる要員だよ」


 そんな話をしていると、やけに騒がしくなってきた。時々、ダニエルの声が聞こえるので、アッフたちが騒いでいるのだと思い至る。


「あいつ等、何やってるんだ?」

「本当だ……結構、風が冷たいのに……」


 アッフたちは、橋の下で何やら騒いでいるのだ。それも、ばしゃばしゃと、水の音も聞こえる。近づいて覗き込むと、案の定、アッフたちが川の中で大騒ぎをしている。


「お前たち、風邪ひくぞ!」

「あっ、アーベル、川が温かいんだよ」

「おい、ヨエル! そこからどいたら逃げちまうじゃないか」

「何してるの?」

「デカいビアンがいるんだよ!」

「川が温かいのと関係あるんじゃないかって思うんだよなぁ〜」


 ええ〜っと……川が温かいらしい。そして、大きな魚がいるらしい。面白いことに、川が温かいことを不思議に思っているのは、ヨエルとブロルで、大きな魚に夢中になっているのは、ダニエルとニルスだった。


「大きいって、どれくらいなの?」

「こんくらいだ!」

「そんな大きくないって、60センチくらいかな」


 ダニエルが大げさに腕を広げると、ブロルが訂正する。ビアンはたしか、マスみたいな川魚だが、マスは50センチくらいにはなると思うんだけど……ビアンはこの世界特有の魚かもしれない。

 それより、私が気になっているのは川が温かいと言うことだ。自然界で、この手の異変があるのは要注意だ。川が温かくなっていると言うことは、やはりここは火山帯で、マグマによって温められたと考えるのが自然だ。噴火するとしたら、北に聳える山々のどれかだ。そうなると、この村は大災害を受けることになる。


「アーベル! レギンのところに行かないと!」

「なっ、どうしたのエルナ」


 私は、レギンのもとに駆けつけるつもりで、走り出そうとした。勿論、アーベルに止められてしまったのだが……。


「落ち着いてエルナ」

「落ち着いているけど、落ち着いてはいられない〜」

「どうしたの?」

「川の水が温かくなるって言うことは、もしかしたら、噴火の前兆かもしれない」

「噴火?」

「そう! 山の噴火は、数百年の周期で噴火するものもあれば、今まで噴火したことがないと思っていた山でも噴火するの」

「ええ〜、それは一体……」

「とにかく、今は《禁忌の森》を調べてみないと!」

「《禁忌の森》?」

「説明は後で……バルロブさん、荷車をお願いします」

「はい!」


 走り出そうとする私たちに、橋の下から大歓声が上がった。ああ、魚を捕まえたのね……ん? 待て……。

 家に走り出して、慌てて橋に戻ると、アッフたちに声をかける。


「それ、家に持って来て! 美味く料理してあげるから!」

「ええ?」

「魚なんて不味いぞ」

「不味くない!」


 私はそう叫んで、レギンを探して走った。アーベルも一緒に来てくれた。

 ああ、久しぶりにこの体の不自由さを感じる。


「レギン〜!」

「兄さん、どこ〜!?」


 レギンは家の中には見当たらなく、放牧場を叫びながら、厩に向かう。が、厩の裏から慌てたようにレギンは飛び出して来た。


「どうした?」

「レギン、《禁忌の森》に連れてって!」

「?」


 慌てて駆け寄ってきたレギンだが、私の言葉は想定外だったのか、立ち止まって私を抱き上げた。


「落ち着け」

「落ち着いているつもりだけど……でも急ぎ!」

「どうしたんだ?」

「今、橋の下でアッフたちが水遊びしているんだけど、川が温かいって言うの」

「川が?」

「川が温かいってことは、山が噴火するかもしれないってこと」

「山が?」


 レギンは、万年雪をかぶった北に聳える山々を見上げる。勿論、黙視で何か異変があるわけではない。よーく観測すると、山は噴火する前に膨張するらしいのだが、そんなの黙視できるわけがない。


「山は、数百年の周期で噴火するものと、もっと長い周期で噴火するものがあるの、例えば、数千年に1回とか……」

「数千年? この国の建国より前だ」


 アーベルは、驚きの目で私とレギンを見る。


「《禁忌の森》に入ったらわかるのか?」

「うん、ほら、レギンが前に熱い水が湧いているところがあるって言っていたでしょ?」

「ああ」

「もしかしたら、その水が溢れて川に混じっているのだとしたら、川が温かい理由になるでしょ? それなら、噴火ではないのかもしれない」

「……」


 レギンはもう一度、私とアーベルと山々に視線を動かすと、アーベルに向かう。


「アーベル、今の話しを村長に言ってきてくれ」

「解った! エルナは?」

「……連れて行く……」


 アーベルの問いに少し困ったように、眉間に皺を寄せた。でも、レギンは私を《禁忌の森》に連れて行くことにしたようだ。

 レギンは、待っていろと言うと、家に戻って行き、手に剣を持って現れた。そして、私を抱き上げると歩き出した。


「あそこの崩れている所から入るの?」

「いや、あそこから入ると、あの場所には歩かないといけないから、最短の距離を行くためには、共有林の壁を越える」


 レギンは、《禁忌の森》を歩かない最短の距離を行くと言う。そんなに恐れられる場所なのかと、改めて思う。が、私にはやはりその怖さが解らないのだ。


「お〜い、どうしたんだよレギン!」

「今から、《禁忌の森》に入るから、お前たち手伝え」

「俺も俺も!」

「ダメだ、お前達は壁の外で待っていろ」

「ええ〜」


 不満顔のダニエルとは正反対で、ブロルが目を輝かせていた。ヨエルは心配そうな顔で、ニルスはいつもの通りです。


「ニルス、家から剣を持ってこい」

「うん」

「ええ〜! ニルスだけずるいぞ〜!」

「お前が剣を持ってくる時間は無いからな」


 レギンはそう言うと、ダニエルの頭をぽんぽんと叩く。まぁ、それでもダニエルは不満そうだったので、ちょっと可哀想になるよ。


「ダニエル、魚を沢山捕ってくれないかな。夜は魚の美味しい料理を作るから、できればクレフタとかアルメハも捕ってちょうだいね」

「……プリンは?」

「えっ?」

「プリンもつけろ!」

「……解ったから、大人しく待ってて」


 私が渋い顔をして了承すると、ダニエルの顔がぱぁ〜〜と輝く。本当にダニエルは解りやすい。その点、ブロルは回りくどい。


「レギンは、川が温かいのを調べるために《禁忌の森》に入るの?」

「ああ」

「じゃぁさぁ、どうなっているのか、僕にも話してくれる?」

「解った」

「それと、エルナ」

「ん?」

「今晩は、催し物の説明をしてくれるよね」


 今晩? 何故この後ではないの? と思うわけがない。ブロルの目当てはプリンなのだから。


「みんなの分はちゃんと作ります!」

「あの〜、プリンとは?」


 おお、忘れていた。バルブロさんは、ダニエルから魚を預かり、桶に川の水を入れて魚を放していた。なんと、本当に大きな魚だ。

 今晩は、ムニエルだ! そう言えば、川の水が温かいって言っていたが、どれくらい温かいのか体感はしていなかったので、桶に手を入れてみようと、手を伸ばした所、レギンに再び抱き上げられた。


「行くぞ」


 ああ〜! 私も魚を触ってみたい!!

<エルナ 心のメモ>

・アーベルの半分は、優しさでできています

・ランナル親方に小道具を作ってもらうことになった

・《禁忌の森》を流れている川が温かくなっている

・川で魚を捕ったと言うので、今晩はムニエルにするつもり

・《禁忌の森》に入ることになったが、ダニエルたちには今晩の夕飯の食材を確保してもっている

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