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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第4章 テグネール村 3
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テグネールの職人たち

こめんなさです。

遅くなったうえに、次のアップは月曜日の予定です。

 本当に失礼だとは思うが、私は肉屋を出てもあの大きな肉切り包丁を手にして、店から出て来るんじゃないかと、あらぬ恐怖を感じていた。本当は、凄く良い人なのかもしれないけど、ごめんなさい、怖い認定です。


 お肉屋さんを後にして、私はアーベルに連れられて全く行ったことのない場所へと連れてこられた。周囲はそれほど家がなく、大きなため池と広い麦畑があった。家の横には、薪が大量に積まれている。


「ここが、シーラさんの工房だよ」


 アーベルは、ドアをどんどんと叩く。ノックなんて生易しいものではない。

 すると、家の裏から女性の声が聞こえてきた。


「シーラさん、アーベルです。作ってほしいものがあるんです」

「アーベルくん?」


 家の横から顔を出した女性は、思っていたよりずーっと若かった。レギンよりちょっと上くらいかな。こんな若いのに、工房をやっているとは……。


「あら、この子がエルナちゃん?」

「エルナです、こんにちは」

「ふふふ、私はシーラです、よろしくね」


 第一印象は、真っすぐな金色の髪がさらさらで、緑色の瞳がやたらキラキラで、眩しー! でした。話しかけてくる言葉の調子は、とても柔らかくて、私のために膝を折って挨拶をしてくれた。世界では珍しい、女性にも好感を持ってもらえる女性だ。


「シーラさん、こちらバルロブさんて言って、オリアン町長の所の料理長さんです」

「オリアンの?」

「シーラ様、バルロブと申します。エルナ様のパンをお教えいただくために、しばしの間、こちらでお世話になります」

「ああ、あの柔らかいパンね! あれは凄いわね〜、すごく美味しいし」

「ありがとうございます」

「お陰で、ちょっと太っちゃいそうよ」


 そう言って笑った顔は、やっぱりキラキラしていた。


「で、シーラさんに作ってもらいたい物があるんです」

「どんな物?」

「すり鉢と蒸し器です」

「聞いたことないけど……私にできるかしら?」


 私は、地面にすり鉢と蒸し器の図を書いて説明した。真上と側面の図を書いた。勿論、すり鉢の溝や、蒸し器に明ける穴をどんな風にするかなどを詳しく説明した。


「面白そうね……このムシキと言うヤツは、どうやって使うの?」

「お鍋に、このムシキの足の高さと同じくらいの水を入れて、そしてムシキを入れます。ここに、ウォルテゥルとか、ポテトとか、カプロンなどいろいろな野菜を入れて火に掛けるんですよ」

「……水で煮るのとは違うの?」

「はい、例えば、カプロンはスープにすると溶けちゃうけど、これで火を通せば、形も崩れずに火が通せます」

「凄いです、エルナ様!」


 反応したのは、バルロブさんだ。料理人だから、私の言わんとしていることが解ったようだ。


「野菜は、スープで煮たり、炒めたりと他の食材の味の影響を受けます。しかし、このムシキで火を通せば、野菜そのものの味を味わえると言うことですね」

「半分正解です!」

「半分ですか?」

「そーです、確かにポテトはポテト、カプロンはカプロンの味を味わえるのは、味の種類を増やして、料理の幅も広がります。でも、同時に同じぐらい重要なのは、野菜が持っている栄養をそのまま摂取できることです」

「栄養……ですか……」

「そうです」


 シーラさんが、目を白黒させているので、ここら辺で説明を止めておく。


「それに、野菜はムシキで火を通すと、とても美味しいですよ!」


 シーラさんにはいまいち伝わらなかった。まぁ、この世界の人は食に関しては無関心で、あるものを食べると言うことなのだろう。ごちそうといえば、肉。それもただ焼いたり、煮たりするだけだ。「煮る」と「焼く」に加えて「蒸す」が加われば、料理の幅が広がるだろう。


 結局、シーラさんはやってみると約束をしてくれた。ついでにバルロブさんも蒸し器を注文してくれ、蒸し器を広めることに貢献してくれるだろう。


 ふと、気づいたのだが、この世界の食器には高台というものがない。それは、コップも皿もどれも同じだ。何故無いのか知らないが、コップに取手がないことと何か関連があるのかもしれない。いつか、その謎も追求してみたい。何故なら、この世界のコップに取手が着いていないと、私みたいな子供には重労働になるのだ。両手も塞がってしまうし……。


 テグネールには、いくつも工房がある。最初の頃に台所のお立ち台を作ってくれた家具工房、シーラさんの陶器工房、猫そっくりの置物が目印の鍛冶工房、細かい木製品を作る木工工房、釜や炉を作り、家を作るのに使用する煉瓦工房、そして、石を扱う石製工房がある。この村に無いのは、武器と防具の工房と、宝石やアクセサリーを加工、作成する装飾品工房、紙を作る紙工房や羊皮紙工房など、結構あるらしい。

 それぞれが師弟関係で工房を暖簾のれん分けで増やすらしい。レアリング・ゲゼレ・マスターシステムそのもので、ギルドがそれぞれを管理しているらしい。


「次は、ヤンネ親方の鍛冶工房だよ」

「う〜んと、確か猫そっくりの置物があるって、ブリッドが驚いていた」

「みたいだね。僕もちょっと楽しみなんだ」

「黒猫って言ってたけど……」

「置物ですか?」


 バルブロさんは首をかしげる。何がひっかかるんですか? それに気がついたのは私だけではなかった。


「置物がどうしたんですか?」

「それは、壷のようなものですか?」

「さぁ、でも猫って言っているから……壷だったら、猫が描かれている壷とか言うんじゃないかな」


 バルブロさんとアーベルは、なんだかトンチンカンなことを言い合っている。


「だって、本物かと思ってビックリしているって言うんだから、猫そのものでしょ?」

「猫そのもの……ですか?」


 えっ、どう言うことでしょう。何故、そんなことで首を傾げるのだろうか?

 3人で、それぞれ首をかしげながら、アーベルに誘導されて鍛冶工房へと向かった。何てことはない、最初の頃に来た家具工房のエルランド親方の工房の近くだった。

 工房が見える頃になると、道と敷地の境に、一匹の猫がいた。というより、真っ黒な金属製の猫が、お座り(?)をしていた。話しを聞いていたので、「ああ、あれだ」と思ったが、知らなければすぐに気がつかなかっただろう。


 それは、つるつるぴかぴかの、麗しい猫ちゃんだった。そして、それはまさしく猫そのもので、なんと凄い洞察力と表現力なのだろうか。ついでに、目に色が入っていた。


「うわぁ〜」


 突然、バルロブさんが叫び声を発したので、ビクちんとしてしまいました。


「これは、作りものではないですか!」


 いや、だから最初から説明してたよね、猫そっくりの置物があるって。


「これは、猫そのものです。驚きました、こんなことができるだなんて」


 料理以外でテンションがあがっているバルロブさんも、めちゃくちゃ珍しいですけど。アーベルも「ほー」とか「へー」とか言いながら、猫を観察している。

 この反応は、まさかの生まれて初めての……ってヤツでしょうか。猫とか犬はこの世界でも身近なのだから、リアルな絵や彫刻を発想するのはそれほど難しくはないはずだ。私の世界だって、1万5000年前に洞窟でかなりリアルなウシが描かれているし、立体物は、エジプトの猫のミイラの棺桶は、かなりリアリティある猫である。


「おっ、アーベルじゃないか」

「ヤンネ親方!」


 いつの間にか、後ろから人が忍び寄っていたのか、振り返ると大きな男の人が立っていた。いや、大きいのは大きいが、子供の私にはもはや大木にしか見えないし、見上げても顔は見えない。「だいだらぼっち」状態なのだ。


「これ、凄いですね!」

「ああ、ハンスのヤツが作ったんだが、こんなもん作ったって、売れるもんか」

「そうですか?」


 私がそう言うと、やっと私の存在に気づいて、驚いてみせた。


「なんだ、このちびっこいお嬢ちゃん」

「エルナです、今、一緒に暮らしているんだ」

「ああ、このちびっ子が《禁忌の森》の子か」

「エルナです、こんにちは」

「おお、ちゃんと挨拶もできるのか」


 鍋摑なべつかみみにたいな大きな手で撫でられた。思わぬほど、優しく撫でてくれたので、驚いてしまったよ。大きな体で、大きな声で、あご髭を蓄えた大男は、思いのほか優しい笑顔でもあった。


「これって、ハンスさんが作ったんですか?」

「ああ、暇さえあれば、こんなもんばっかり作っているんだ、アイツは」

「これ……売るとしたら、幾らですか?」

「そうだな……材料費だけなら銀貨5枚で……おい、ハンス!」


 親方は値段を決めるのを、ハンスさんに任せようとしたようだ。作業場へ入って行き、ハンスさんの名前を連呼する。


「おい、ハンス!」

「……はい」

「おい、いつも言っているだろう、作業場ではもっと大きな声を出せって」

「……」


 何故か襟首を捕まえて、ハンスさんを引きずってきた。ああ、ヤンネさんにかかったら、どんな抵抗しても、引きずられてしまいそうな人だった。私たちの前に立たされたハンスさんは、俯き加減で、小さい声で、「覇気」と言うものが全く感じられなかった。歳は、二十代後半だろうか。

 こんなに生き生きしている猫を作れる人は、自分の作った作品より生きていなかった。


「このお嬢ちゃんが、これは幾らで売るんだと聞いてるぞ」

「……別に……廃材だし……」

「はい?」


 私は、一番近い位置にいたのに、2つの単語しか聞こえなかった。


「別に……いくらでも」

「ヤンネ親方は、材料が銀貨5枚と言ってたよ」

「じゃぁ、それで……」

「ええ〜!」

「そんなんでいいんですか?」

「いいよ……」


 さすがにアーベルも驚いて念を押す。でも、ハンスさんの返答は変わらない。


「ええ〜、他の費用は? 儲けどころか、赤字じゃないですか。いいですか、物を作ったら、そのものの材料費と一緒に、その材料を作った時の燃料費や、道具の使用料、そして、あなたの技術料も入っているんですよ」

「……めんどくさい……」


 ハンスさんの一言で、親方もアーベルも溜め息をつく。


「これを作るのに、どれくらいの時間がかかったの?」

「……」


 私の質問には無言で首をかしげる。日給計算じゃだめか……。


「じゃぁ、これと同じようなものをお金を出しますから、朝から仕事をしないで作ってくださいって言ったら、どれくらい待てばできますか?」

「……1日半」

「おお〜、早い」

「……寝ないで……」

「……」


 寝ないで作るつもりか? でもまぁ、3日かかるということだから、銀貨35枚と言うところか……。


「う〜ん……銀貨35枚か……」

「なっ!」

「エルナ、その計算はどうして?」

「3日かかるから、日割りで1日銀貨10枚」

「ええ〜! 高くない?」

「やっ、安いでしょ?」


 驚くアーベルの質問に、私は答えたのだが、アーベルは高いと言う。ヤンネ親方は、その横で、私たちと、猫の置物を交互に見ているだけだ。


「ねぇ、バルロブさん、銀貨35枚じゃ安いですよね」

「えっ? 私に聞かれるのですか?」

「だって、お貴族様のことを知っているのは、バルロブさんだけなんですよ!」

「貴族ぅ〜!?」


 私の頭の中では、こんな珍しいものはまず、貴族階級から広がるような気がするのだ。この世界のような社会構造の場合、文化の担い手は貴族だからだ。でも、アーベルや親方はそれが理解できないでいる。


 結局は、喧々諤々(けんけんがくがく)の論争も、お互いに何の証明もできずに、ハンスさんの欠伸で幕引きとなった。


「これ……犬だったら買うのに……」

「お嬢ちゃん、そんな大金あるのかい?」

「パンを売ったお金が……」

「パン? パンをどんだけ売って来たんだ……って、あのマッツのところでこの前から売っている柔らかいパンか?」

「はい、その作り方を売ったんです」

「そっ……そりゃ……すごいな」

「ねぇねぇ、ハンスさん、これって犬も作れますか?」

「……あるよ……」

「あるの?!」


 某スーパーアイドルのドラマのワンフレージではないが、何と、ハンスさんは趣味で色々な動物を作っているのだと言うのだ。


「それ、今度のお祭りで展示してみませんか?」

「……めんどくさい」

「……めんどくさいですね」


 自分で薦めておいて、面倒くさいと思ってしまった。でも、いろいろな動物があると言うので、私が見てみたいのだ。


「じゃぁ、今度見せてください」

「……いいけど……」


 面倒くさいと言ったときとは違う反応だったので、今日はこれで良しとしておこう。これで、この置物に完璧な着色ができたらいいのにとは思う。


「で、猫の置物を見に来たのか?」

「あっ、いいえ。作って欲しいものが……」

「それは、なんだ?」


 私が取り出したのは、ぼろぼろになった木製のスプーンである。


「インクで書いてある部分はいらないんです」

「なんだこれは……」

「スープを飲みながら、この部分でお肉や野菜を刺して食べれるものです」

「あー、まぁ、使い方は解るが……こんなものが必要かね?」


 親方がそう言うので、私はスプーンを口に入れるまねをしてみた。


「スプーンが大きくて、具が乗っていたら、口に入らないし、これで、具を切るのは無理です」

「ほぉ、なるほどなぁ」

「これって、簡単に作れますか?」

「簡単……ではないな」

「私が考えた、簡単な作り方は、薄い板を作り、それをこの形を切り出します」


 私が説明したのは、型抜きをする方法だ。固い金属で金型を作って、柔らかい素材の板に打ち付けてくり抜く方法だ。スプーンなので、くぼみを作る必要があるのだが、それも固い素材の棒の先に丸い球体を着けて、型抜きされた物の上に置いて、金槌で叩くとくぼみが簡単にできると言うものだ。あとは、ヤスリをかけて完成。

 私がしゃがんで、地面にその図をいろいろと描きながら説明していると、いつの間にかハンスさんがにじり寄って、熱心に私の説明を聞いていた。

 一通り説明し終わると、ハンスさんは、機関銃のごとき質問を浴びせかけてきた。先ほどまでの覇気の無さはどこへ?


「ヤスリはどれくらいかける?」

「あまり鋭くすると、扱うだけで危ないですし、口の中に入れた時に切れたら怖いです」

「この窪みは、この道具を作って叩くだけでへこむとは思えない」

「煉瓦くらいの大きさの金属の固まりに、凹んだ部分を作っておいて、その上に板を敷いて、この道具で叩けば、かなりへこみますよね」

「ああ、そりゃそうだな」

「道具をいろいろ作らなければならないですが、沢山注文をしたいけど、これは、1本の値段はどれくらいですか?」


 私の質問に答えたのは、ヤンネ親方だ。ハンスさんは、地面に書かれた図をぶつぶつと何事かを呟きながら見つめている。


「そうだな……銀貨1枚くらいか……だが、道具を揃えるだけで銀貨35枚くらいはかかるか……それを乗せるとなると……」

「ああ、その道具は全部こちらで買い取りますので、その金額は支払います。その道具をそのまま使ってもらっていいいので、以後は、それは銀貨1枚で売ってください」

「はぁ……それじゃぁ、嬢ちゃんが損をするぞ」

「いいんです、これを知ってもらえば、便利になるから」

「変なお嬢ちゃんだなぁ」

「親方、これ、俺がやっていいか?」

「あっ、ああ……」


 ハンスさんは、親方の了解を得ると、さっさと作業場に入って行った。


「あいつ、鍬の修理どうすんだ……」

「あの勢いは、もう、忘れていると思うんですけど……」

「アイツは腕はいいんだが、変わったものとかの仕事をする時以外は、普通に鍋の底の穴を塞ぐみたいなことには本当に見向きもしねぇからなぁ」

「ああ……想像できます」

「困ったもんだよ……」


 親方の大きな溜め息。


「じゃぁ、あの仕事が終わったら、また別の変わったものをお願いしたいです、本当は一緒にお願いしようかと思ったけど……」

「まだあるのか?」

「まぁ、あと5点ほど」

「……」


 だんだんと、私を見る親方の目が、ハンスさんを見る親方の目と同じものになっていくのを感じた。

<エルナ 心のメモ>

・シーラさんの工房で、すり鉢を作ってもらったが、他の食器に取手や高台がない謎を解いてやる!

・鍛冶工房のヤンネ親方は、大きな大きな大きな髭もじゃの人だった

・鍛冶工房のハンスさんは、仕事を選ぶ職人で、気乗りするものだと、良くしゃべるのに、普段は、真ん前にいるのに聞き取れないほど小さい声

・ハンスさんは、猫の置物以外にも作品がありそうなので、今度見せてもらおう

・先割れスプーンの普及の大きな第一歩を踏み出した

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