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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第4章 テグネール村 3
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肉屋のシモンさん

 風は冷たいが、日差しが熱く照りつける。雰囲気は小春日和である。

 アーベルとバルロブさんとで買い出しに出た。アーベルはチーズやバターを宿屋に持って行く仕事があったし、マットレスの収入のすべてを預けているので、いつのまにかアーベルは私の大蔵大臣になった。

 収入の半分は家に入れて、あとは、私の裁量にまかされた。オリアンからの帰りの馬車の中で、アーベルとフェルトを作るために必要なものを、家具職人のエルランド親方の所で作ってもらうことにした。また、ぜひともすり鉢が欲しいので、アーベルに相談すると、やはり村で陶器職人をしているシーラさんという女性がいるので、買い出しの後に向かうことになった。


 テグネールのメインストリートに差し掛かり、アーベルは宿屋へチーズとバターを持って行く間、私とバルロブさんとで、野菜の買い出しをした。今日、購入のメインはカプロンと呼ばれるでっかいメロンだ。メロンみたいだが、皮が異様に厚く、叩くとスイカやカボチャのような濁った音がする。そのくせ、全体にメロンみたいな編み目が見れるところもある。でも、匂いは何もしない。


「これは、編み目が多くてダメですね」

「ええ? 編み目が多いと甘いものですよね」

「そうですね」


 う〜ん、編み目の多さ=甘さなのは間違いないようだが、甘いとダメって言うことは、これは果物ではないのでしょうか?


「バルロブさんは、これをどんな風に料理しますか?」

「料理というか、スープに入れますね。あまり長く煮ると溶けてしまいますので、扱いに困りますが、スープにオレンジ色がついて、見た目はとても華やかになりますね」


 あまり長く煮ると溶ける、甘いものと甘くないものがある、色がオレンジになる。えっ? これは……かぼちゃ?


「これは、どれくらい日持ちするんですか?」

「そうですね、半年ほどは日持ちしますが、寒い所に置いておかなければなりません。でないと編み目が広がって、どんどん甘くなってしまいますからね」


 半年も保つとは、なんと優良食材だ。買いだ、買い! 大量に購入する。頭に浮かぶのは、カボチャの煮付け、カボチャのコロッケ、カボチャのパイにプリン。ああ、カボチャのスープもできるね。


「これ、10個買います!」

「じゅ、10個ですか?」

「この野菜で、今だけで5つの料理を思い浮かびました」

「買いましょう!」


 編み目の少ないものを3つと、編み目が多くて割安のカボチャと思われるカプロンを大量購入しました! カボチャ、大好きです!

 この他に、いつものジャガイモとタマネギとニンジンを大量購入し、もう、並んでいる野菜の殆んどの種類を購入した。今日、あのお貴族様の所から派遣される2人と、オリアンのパン屋の人が、やわらかいパンを習得にいらっしゃるのだ。


「エルナ、野菜は買えたかい?」

「うん、アーベルお金払って」

「うぁ〜、すごい量だね。カプロンをこんなに買うの?」

「もう、5つも美味しいもの考えちゃった」

「そりゃぁ、楽しみだ!」

「あとね、雑貨屋さんと、お肉屋さんとマッツさんの所」

「雑貨屋では、壷を買うんだろ?」

「バルロブさんが、ブルーベリーの酵母菌とか作りたいんだって、私もストロベリーで作ってみたい」

「エルナも買うのか?」

「うん、ジャムを作り置きしたいし、酵母の種類も増やしたい」

「何だか、エルナは生き生きしているね」

「だって、できなかったことができるようになったり、新しく思いついたことが上手くいったりするの楽しいよ」

「あははは、まぁ、解らなくはないよ」

「アーベルも、変なことばっか考えているからね」


 思わぬ発言に、改めてアーベルと見ると、隣にちゃっかりブロルがいる。相も変わらず麗しいお姿。


「ほんと、エルナってどーなってるんだろうね」


 そして、その黒い微笑みも健在のようで……。


「で、ブロルがさ、エルナに聞きたいことがあるらしいよ」

「昨日、母さんがコウボキンを作ってみたらしいんだけど、上手くいかなかったって」

「どんな失敗?」

「エルナの作ったパンほど膨らまない」

「酵母菌は膨らんだの?」

「いや、そもそもコウボキンがそれほど膨らまなかった」

「う〜ん、明日、もう一度酵母菌の作り方を他の人に教えるから、ブレンダさんか叔母さんが来てくれれば、どこがダメだったのか調べることができるかも……」

「わかった、時間はこの前と同じ?」

「うん」


 ブロルは、黙って行ってしまった。


「やっぱり、コウボキンを作るのは難しいのかな」

「イーダ叔母さんは、何か言っていた?」

「簡単するぎから、どこで間違えたのか解らないのが困るって」


 アーベルは苦笑いを浮かべた。そうなんだよね、どちらかと言うと、作り方よりは環境の方が問題だったりする。温かすぎる場所に置いたり、逆に寒い所に置いたりと言うところか。とすると、温度計などないこの世界では、お宅訪問が必要になるのかもしれない。ああ、でも宿屋へは入ってみたいな。


「じゃあ、オロフさんの所に行こうか」

「家では、何か買うものでもある?」

「ああ〜、そうだなぁ……お皿とかを余分に買っておこうかな、何せ、お客さんが増えるからね」

「そうか……他の人には何処で寝泊まりしてもらうの?」

「南の家で寝泊まりしてもらおうと思っているんだ」

「掃除とかしなくて大丈夫?」

「この前、出し物の会議をした時に、アッフたちに掃除をさせたから大丈夫だよ」

「おお〜」


 どうりで、この前のお祭りの出し物を考える会で、長々と籠っていたはずだ。でなければ、アッフたちは、考えることを止めて外に飛び出していただろう。


 オロフさんのお店では、食器や保存容器を購入した。オロフさんは大笑いしながら、「町で買ってくりゃぁよかったのになぁ〜」と言った。オロフさんには嫌みを言っている様子は感じられなかった。その証拠に、町で買うように安くしてくれたのだ。


 でも、私たちはオロフさんが店をやっていてくれるから困ることはない。それに、経済的なことではなくても、村人同士での協力もあるだろう。だから、本当は村でお金を落としたいのだ。安く買うのもメリットはあるが、村でなるべく経済活動が完結すれば、まずは、近い人から豊にできる。本当は、農業とか養鶏とかをしている人は、村人たちで回せるだけ生産をして、他の時間でマットレスなどの他の地域で売れるものを作って、外からお金を得るほうが、村が潤う一番の近道だと思う。そんなことを思いながら、オロフさんの雑貨屋を出て、マッツさんのパン屋へ向かった。


「柔らかいパンは、どこから聞いて来るんだか、あっと言う間に広がって、今では、焼き上がりの時間に人が並ぶようになったよ」


 苦笑いしながら、マッツさんは頭を掻いている。固いパンはなかなか売れないと言うのだが、その分は少しお高めの柔らかいパンが売れているので、売り上げはどちらかと言うと、良い方だと言う。お陰で、酵母菌10個を1日にお買い上げになるそうです。


「でも、パン代は高くなるのだから、村人の懐が痛んでいるんだよね」

「えっ?」

「ほら、パンを今までの金額で買うことができなくなって、でも、食べる量は変わらないから、絶対に前のパンを買う人もいるんだと思う」

「まぁ、両方を買っている人が大半だなぁ」

「そうすると、豊でない人がいつまでも柔らかいパンを食べれないでしょ?」

「でも、金があるヤツは好きなものを買ったり、食べたりするのは当たり前だ」

「まぁ、当たり前なんだろうけど……でもね、マッツさん。そのお金の無い人は、好きでお金がないわけゃないでしょ? 例えば、働き手が早く亡くなってしまったとか……」

「そりゃぁ……そうなんだけどなぁ」

「そう言うことが理由で、皆が食べれるものを食べれないのは嫌だな」

「俺だって、そういう家には、ちょっとおまけをしたりしてるんだ。それに、あまりやり過ぎると、その人たちの矜持きょうじを傷つけることにもなるしな……」

「そうですよねぇ〜……」


 なんだかんだ言って、マッツさんも悩みはじめる。まぁ、私には打開策はいくつか思いついているのだが、アーベルが私の代わりに良い案を出してくれた。


「そう言う人たちには、エルナの手伝いをしてもらったらどう?」

「えっ?」

「ほら、そう言う家の人って、旦那さんが怪我で仕事ができなくなっているとか、働き手の男がいない家とかだろ? でも、エルナの仕事はさ、エルナでもできることが多いから、女の人でもできると思うんだ」

「なるほど!」

「例えば、ゴミ屑のヒツジの毛を洗うだけの仕事とか、スリッカーをかけて貰うだけとか、仕事を内容で分けるのもいいよね」

「そうだね!」

「そりゃぁ、それが一番いいだろうけどなぁ」


 マッツさんが、大きな溜め息とともにそう言って、この話題を締めくくった。まぁ、私が酵母菌をほかの人に売れば、マッツさんのお店が大変なことになっていく。本来なら、これは行政の仕事だからね。


「マッツさん、固い……前のパンを3つください」

「えっ?」

「あの丸い大きなパンです」

「あんなもん買ってどうするんだ」

「あんなもんって……」

「まぁ、こう言っちゃぁ何だが、俺だって今ではあのパンは食べない」


 おいおいおい!


「料理に使うんです」

「料理? まさか、スープに入れて……」

「それは、料理とは言いません!」


 私の言葉に、隣のバルロブさんが大きく頷いた。がっちりと握手をしたい気分だ。


 マッツさんのパン屋を出て、通りの反対側にあるお肉屋さんに向かった。初めて入る肉屋をいろいろと想像してみた。私の世界のお肉屋さんは、衛生的で奇麗で、動物の姿そのままの物を、お客さんの目にはさらさない。でも、ここでは自分たちで動物を解体するのが普通なのだ。ちょっと、怖い光景が浮かぶ。さらに問題なのは、私には明確な動物の解体を見たことがないので、某国のドラマなんかで見る、肉が吊るされてずらーっと並んでいる光景を思い浮かべるのが精一杯だ。でも、そんなもんじゃないとは理解している。

 びくびくしながら、最高尾から恐る恐る足を踏み込む。

 最初に感じたのは、匂いだ。血の匂いと脂身の匂い。この段階で、もう、勘弁して〜! と叫びそうになった。が、目の前には、肉片も血も何も見えない。大きなテーブルが、どーんとあるだけで、他の建物と違う所は床が石造りだと言うことだけだ。


 肉屋の人はシモンさんと言って、ひょろっひょろで豚肉の固まりを持って来るのを見ていると、思わず手を貸したくてウズウズする。赤ん坊が歩き始めるのを見ていると、つい、いつでもキャッチできるよう手を前に出す……そんな気分だ。

 顔色は決して悪くはないのに、ひ弱に見えるのは何故? と思いつつ見ていると、髪の毛は見事なプラチナブロンドで、瞳はアクアマリン。色彩がすべて薄いのだ! そして、人を殺すどころか、動物や虫さえも殺せないようなご面相で、儚げなサナトリウムで、こほんこほんと咳をしているようなのだ。

 詐欺だ……。


「牛肉はどれくらい?」

「3キロくらいかな、それとあばらの骨付き肉を3キロ」

「ええ〜、凄いね」

「今日からお客さんが来るんだよ」


 アーベルは、次々と質問している間も、シモンさんはもの凄い早さで肉を切り分けてくれる。


「その子かい、《禁忌の森》の迷子って」

「エ、エルナです」

「人見知りなのかな?」


 ニッコリ微笑んでくれるが、素直に微笑み返すことができずに、アーベルの後ろに隠れる。


「そーそー、マッツさんの所のパンを食べたよ! あれ、凄いねぇ〜、君が考えたんだって?」

「はい、そうです……」

「よければ、うちでも繁盛しそうなものを考えてくれたら嬉しいな」


 会話を聞いているだけなら、人の良さげなお兄さんなのだが、でも彼は大きなお肉をさくさくとさばいていく。


「ヤケイの肉も2羽分欲しいなぁ」

「ええ〜、君の所には沢山いるじゃないか」

「うちは、卵を手に入れるために飼っているんだって!」

「でも、年老いたヤケイもそのまま飼っているんだろ?」

「だから、いいんです!」

「勿体ないなぁ、卵を生まなくなったり、歳をとっているヤケイは早く食べちゃえばいいのに」


 怖い怖い怖い! このお兄ちゃん怖い!


「もし、そんなヤケイがいれば、うちで処理してあげるよ」


 ニッコリ微笑んでいる。親切からの言葉だとでも言うのか? もう泣きそうだ。


 アーベルも、シモンさんと話していると落ち着かなくなると言った。もっと厳ついオヤジが、肉をさばいていれば安心できるのに、何故だかシモンさんは人を落ち着かせなくなる。

 ほら、あれだ、可愛い着ぐるみの人形が、血まみれの斧を持ってるのを見た時と同じ気分だ。


 でも、シモンさんは、これだけの男ではな。それが解ったのは、もう少し後である。

<エルナ 心のメモ>

・カプロンという、編み目で甘さがわかるカボチャを発見!

・明日は、イーダさんかブレンダさんが再度酵母菌の作り方を教わりに来る

・パンが高くなって、村の人たちは困るかもしれない

・お肉やのシモンさんは、「ピエロが怖い」に通じる怖さがある

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