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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第4章 テグネール村 3
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追跡者 4

まっ、間に合った!

 火の前でうとうとしていたようで、僅かな音に反応して目を覚ます。剣の位置を確認すると、身動きせずに耳をそばだてて気配を探るが、特に異変を感じるようなこともなかった。ゆっくりと息を吐き出す。


 追跡を初めてから、まともに眠ったことがない。数ヶ月の疲労が、集中力に影響するのを恐れるが、宿に泊まることも叶わず、森の中での野営をすることが多い。何故なら、逃亡者は町や村を避けるかのように、その軌跡を森や人が住まぬ所に残しているのだ。あの、行商人を装った男達は、あの日からどこに向かっているのか全く予想が出来ない道を行っている。


 最初は南に向かっていた。フレドホルムの領地に入り、街へ入る手前で東に進路を変更し、湖へとたどり着いたようだった。船で東岸へ渡ったのかと思われたが、船の渡しを生業にしている者たちは、行商人を渡した記憶はないと言っていた。とすると、さらに南下したと思われた。


 南下をするのに、なぜ、急に湖へ進路を変更していたのか怪しむところだが、あの者たちと剣を交えた自分には、その理由が容易に理解できたのだ。ヤツらは、人目を忍んで進んでいるのだと。人買いや小悪人ではありえない、あの異様に研ぎすまされた剣術と、動きなれた連携。かなり高位のものに仕えているのか、それとも恐ろしい統率力を持つ裏の世界の者に仕えているような感じだった。


 そばに置く剣に付いている石が、日ごとに輝きを増す。かなり近づいている証しだ。もうすぐ、明けていくであろう空を見ながら、火の始末をする。できれば、いざその時には十分に力を発揮できるように、どこかでまともに眠らなければならないだろうと思う。が、そのせいで、逃すこととなれば、後悔をしても遅い。


 ここはもう、ステンホルム領地の北東。隣国との国境が間近に迫っている。まさか、国境を越えるつもりなのだろうか? できればその前にたどり着きたい。


 荷物をまとめると、愛馬に乗せる。まだ暗い空だが、相棒は出立する気満々だ。思わず苦笑いをしてしまう。相変わらず、じっとしていられないのだ。毎日、厩から外に出された時のはしゃぎっぷりを思い出す。兄弟たちの中で、もっとも早く生まれたのに、やんちゃで兄弟たちを揶揄からかっては喜んでいた。


 森を抜けて、街道に出ようか、それともしばらく逃亡者の痕跡を探すようにこの森の中を進もうかと考える。考えながら、そのまま森を進んだ。たとえ野営の痕跡を見つけたとしても、それがヤツらのものとは言えないものの、やはり、自然と探してしまうのは、ここ一ヶ月程ですっかり習慣になってしまっている。


 しばらく森を進むうち、急に相棒の耳が後ろに倒れ、緊張しているのを体に感じた。何かの気配を感じているのかもしれないと、じっと耳をそばだてる。すぐに聞こえてきたのは、何かが森をかき分けて進んでいる気配と、低木を揺らす音だった。その様子から、警戒心の無いものが、自分の気配を消すことなど全く考えていないようだった。


 近くの低木がガサガサと揺れる、そして、そこからひょっこりと茶色の頭が出てきた。慌てて馬を止めると、小さな女の子が這い出て来た。こんな早朝と言うよりも夜に近い時間に、こんな小さな女の子が這い出て来たのだ。


「たしゅけて」


 その女の子はそう言った。気がつくと、馬を降りて、その子を引っぱり出しているのだった。抱き上げたその幼い少女は、顔を涙でぐしゃぐしゃにしていて、ふたたび『たしゅけて』と言い、自分が来た方向を指差すのだった。


「どうした?」

「ベアタ、たしゅけて」


 人の名前を発したと同士に、自分は子供が指差す方向へと足を進めた。解っているのは、子供が誰かを助けたがっていると言うことだ。この子はどう見ても、まだ言葉で何かを説明する能力のない幼子である。それが、こんなまだ夜と言っていいほどの暗闇の中で、必死に助けを求めて森をさまよっていたのだろうか? 空いた手で剣を忘れてないか確認して、さらに足を早める。


 ここの森には、人を襲うような動物が出るのを聞いたことはないが、絶対とは言い切れない。剣を抜いて、しばしく考えてから声を上げることにした。


「おーい! 誰かいるのか?」


 しばし耳をすましてみる。良くわかる声や物音は聞こえなかったが、鳥の羽ばたきのようなものは聞こえた。迷った末に、その方向に足を進めた。


「おーい! 誰かいるのか?」

「お姉ちゃ〜ん!」


 抱き上げている子供が、声をあげると、弱々しくくぐもった様な声が聞こえてきた。小さく、弱々しい声に、耳をすませながら近づく。


「カミラ、ここよ」

「どこだ?」

「穴、穴に落ちたんです」

「穴?」


 少女の声が、下から聞こえてきた。穴に落ちているようだが、その穴が見つからない。用心しながら、歩くスピードを緩める。すると、何時の間に着いて来ていたのか、相棒が自分の横をすり抜けて、歩いて行く。まさかと思いながら着いて行くと、わりとすぐに立ち止まり前足を2、3回踏みならす。


 よく見ると、わずか30センチくらいの穴らしきものが見えた。暴れる幼女を下に降ろすと、走り出そうとする幼女の襟首を捕まえながら、ゆっくりと近づいてみる。


「おい、大丈夫か?」

「は、はい。ちょっと足が痛いです」


 膝をついて覗き込むと、穴は思ったより中は広くなっている。が、ちょっと手を伸ばせば、手をひらひらさせて自分の居所を教えている子供の手に届きそうだ。迷わず、片手で子供を引き上げた。


 穴から引き上げた子供は、へたり込み、カミラと呼んだ幼女を抱きしめた。


「カミラ、大丈夫だった、どこか突っつかれてない?」

「だいじょーぶ」

「ありがとうございます」


 良く似た2人の子供の瞳が、自分を見つめている。茶色の髪と紫の瞳、良く似た姉妹だった。


「足は大丈夫か? 歩けるか?」

「少しひねっただけです、大丈夫です」


 そう言いながらも、地面に手をついて立ち上がるが、右足をしっかりと地面につけようとはしていない。


「あっ、籠は?」


 少女が辺りを見回すと、幼女がピューっと走り出す。慌てて止めようとしたが、その素早さは予想外で、指先をかすめて行く。今姉が穴に落ちて大変なことになったのに、子供というのは後先考えずに走り出す。久しぶりに慌てて追いかけた。


 幼女が3メートル先に落ちていた籠を拾い上げて、戻って来た。まだ、言葉をまともに喋れない幼女と、その子を抱き上げるのも難儀しそうな少女の姉妹は、こんな夜も明けるない時間に、こんな森の中で何をしていたのだろうか? 籠の中にある植物を見ると、見知った草が入っている。


「こんな時間に、2人で何をしていた?」

「弟が熱を出して……」

「親はどうした?」

「昨日から、父はブドウの収穫を手伝いに、母は……いません」


 しゅんと顔を曇らせる少女に、胸が痛んだ。迷わず少女を抱き上げ、相棒の背に乗せ、幼女を抱き上げて自分も馬の背に収まった。


「家はどっちだ?」

「あっちです」


 少女の示す方向に相棒の頭を向けて歩み出す。


「名前は?」

「わ、私はベアタ、その子はカミラです」

「家には、弟一人か?」

「いいえ、もう1人の弟が……」

「弟はどんな様子だ」

「熱がひどくて、呼吸がだんだん苦しくなっているようで、本当は隣の叔母さんにって思ったんです」

「どうしてそうしなかっただ? この森では、人を襲うような動物はいないが、絶対とは言えない。身動きが取れない所を襲われたら、どうするんだ」

「ごめんなさい……でも、隣の叔母さんの所に行くより、森にハーブを取りに行くほうが、近くって……でも、弟が苦しそうで……」


 ぶわっと瞳から溢れた涙をふきつつ、懸命に説明をする少女に釣られ、抱いているカミラも泣き始めた。


「そうか、それは済まなかった」


 子供の頭を撫でてみるが、抱いている幼女の方は泣き止まずに、鼻をすするのだ。最初から、涙でぐちゃぐちゃになっていた顔が、さらに酷くなっていく。手の届く場所にあった布で、顔を拭いてやるが、いやいやと首をふる。


 確かに、森を抜けるとすぐに、ぽつりと小さな家が建っているのに行き会った。周囲は他に家などない。そのかわり、朽ちた広い囲いがあり、膝より高い草に覆われていた放牧場と思われる場所があった。過去にヒツジやウシを買っていたのだろうと思われた。


 抱いたカミラごと相棒から降り、ベアタを抱きかかえたまま、相棒に積んでいる荷の中から袋を取り出した。


「家に入っていいか? 弟と君の足を看ないといけないからな」

「はい、ありがとうございます」


 すまなさそうな顔をして、身を固くしている。まぁ、助けられたとは言え、見知らぬ男が子供ばかりの家に入って行くなど、警戒するどころの騒ぎではない。しかし、幼い子供ばかり、ましてや1人は足を挫いており、もう1人は高熱で苦しがっていると言うのだ。


「私は、アレクシス、うちには君と同じ頃の女の子がいるんだよ」


 遅ればせながら、自己紹介をしてみる。これで少しは安心してくれるといいと思う。


 家の中はとても狭かった。炉とテーブル、ベッドが3つで部屋の中はいっぱいだ。それでも、奇麗に整頓されていて、汚いという感じは全くしていない。思うに、このベアタが、兄弟の面倒をみつつ、部屋の一切をやりくりしているのだろうと思われた。その様を想像すると、自分の娘が炉を前にスープをかき混ぜている幼い姿が脳裏に浮かぶ。


「お姉ちゃん!」


 家に入ると、ベアタより少し年下の少年が駆け寄る。が、すぐに立ち止まり、部屋の中に入って来た大きな男に、大きな眼をさらに大きくして凝視して固まっている。


「ヨーン、テディの様子はどう?」

「ダメ、水で冷やしているけど、どんどん高くなるみたい……」

「熱冷ましを採ってきたわ。その時、アレクシスさんに助けられたの」

「えっ、お姉ちゃん足どうしたの?」


 大きな男にベッドに座らされた姉に、ヨーンと呼ばれる少年が駆け寄る。


「私は大丈夫よ、ちょっと足をくじいちゃって」

「大丈夫なの?」

「先に弟を看るから、じっとしていなさい」

「はい……」


 苦しそうに息をする男の子は、すいぶんと痩せていて、痛々しそうだった。額に手を当てると、かなり高いのがすぐにわかった。


「いつから、熱を出している?」

「昨日の夕方に、咳をしてたんで寝かせたんです。でも夜になって、息が荒くなって……急に熱が上がってきたんです。家にあった薬は飲ませてしまいました」

「スープ皿に水を入れて持って来てくれないか」

「ヨーン、お願い」

「うん!」


 水を持って来るまでに、袋から取り出した塗り薬と布きれを取り出し、ベアタの挫いた足にそれを塗ってやり、布できつく巻いた。


「この薬を置いていくので、足が痛くなくなるまで、まめに塗っておくように」

「でも、おじさん……」

「いいから、受け取りなさい。君はこの子たちの面倒をみないといけないんだろう?」

「……ありがとうございます」

「おじちゃん、持って来たよ」


 ヨーンからスープ皿を受け取り、袋から紙を取り出して、それを指で押し込むように水に沈める。紙が水を吸い、一瞬だけ青くなった。それから、寝ている少年の服をたくしあげ、胸に別の紙を貼付ける。


「それは、何?」


 心配そうに紙を見つめるヨーンは、じっと眼をみつめている。


「これは、熱を下げる護符だよ」

「護符?」


 年齢は、ベアタのすぐ下のように見える。その下に2人も弟妹ていまいがいるのなら、護符など見慣れているのが普通だ。でも、この少年は、まるで何を見て、何をするのか解っていないようだ。


「そう、魔法の護符だよ」

「えっ、魔法!?」


 大きな声で驚く。好奇心がありありと現れた顔で、じっと見つめられているなか、フッと鋭く息を吹き、胸に乗る護符の上に、指でお決まりの文字を描く。自分の子供達にこの護符を使った時を思い出していた。


「さて……この子は、テディだったかな」

「はい、僕の弟です」

「テディ、起きれるかい?」


 静かに首をゆっくり振る。首の後ろに腕を入れ、少し起き上がらせて、先ほど護符を沈めた水を飲ませる。


「ベアタ、この子に、ときどきこの水を飲ませてやってくれ、熱が冷めたら捨ててしまうように」

「はい……テディは大丈夫ですか?」

「ああ、すぐに熱が下がるが、咳はしばらく続くから、水分はちゃんとこの水で摂ること、そして、パンをスープで煮込んで、柔らかくして食べさせてあげること」

「はい、ありがとうございます」


 いつの間にか横でズボンを握っていたカミラは、眠たげに何度も目をこすっている。抱き上げて、ベッドに入れてやると、あっと言う間に寝てしまう。抱き上げる、こじんまりした重さや柔らかさが、懐かしい。


「さぁ、ヨーンもベアタも少し眠りなさい。テディの熱が下がるまで見ていてあげるから」

「でも、アレクシスさんは……」

「私は、太陽が登ったら出て行くから」

「それはダメです!」


 逃亡者の追跡を一刻も早く再会したいのはやまやまだが、この不安げに袖を引っ張っている少女をこのまま置いていくのは忍びない。

 しかし、今自分は、自分の命よりも大切なものを追っている。


 が、この子たちの有り様は間違っていると思う。こんな幼い少女が、一切の責任を負って弟妹たちの面倒を見て、薬草を求めてこんな真夜中に森に入っていかなければならないなんて。

 しかし、ここの敷地を見れば大体の事情と言うものが見てとれた。父親一人で、生活の為に外に仕事に行かなければいけないほど困窮しているのだ。もとは、家畜を飼って生活をしていたのだろうが、それらを何らかの事情により手放してしまったようだ。


 再び、子供達を見つめる。が、太陽が顔を出せば、ヤツらは動きだしてしまう。かなり肉薄していることは確かなのに、今、ここで見失うとここ数ヶ月かけた苦労が台無しだ。ヤツらは、普通の道は通らない。


 ああ、こんなとき程、頼りになる息子を連れてくれば良かったと思うのだ。




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