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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第3章 オリアンの町 1
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アルヴィース様

 陽が沈みかけ、空から真っ赤な色が広がる頃、私たちは兵士たちが利用する食堂に居た。12人かけの大きなテーブルがいくつもある中、私たちは隅っこでバルブロさんの給仕を待っていた。


 この世界の人の食事時間は、私たちの2〜3時間程早い。多分、太陽とともに生活しているためだと思われる。勿論、レギンたちもそうだった。今の時間はもうすぐ17時になるあたりだと思われる。


 私とレギン、アーベル、ヨエルの他にディック町長とグレーゲル先生も一緒である。話題は、アルヴィース様についてだ。

 アルヴィース様とは、この世界を良き世界に導く人、賢者、魔法使いと伝えられている人で、過去、何人かのアルヴィース様と呼ばれる人々が歴史に登場する。


 最初に話しを聞いた時には、歴史上で偉大な偉業を成し遂げた人が、段々アルヴィース様と呼ばれるようなったのかな? と思った。でもやっぱりちょっと違ったのは、この世界の人はアルヴィース様を待ち望んでいるが故に、いつ現れてもいいようにシステムが構築されていた。


「そのアルヴィース様は、この世界に生まれてくるの?」

「そうだなぁ〜、初代のアルヴィース様は5歳の時に目覚められたし、一番新しいアルヴィース様は、10歳だったと思うけど……」

「先生は、どうしてそのアルヴィース様に詳しいの?」

「この世界にあるものについて調べると、いつもアルヴィース様の名前が出てくるんだ」

「そうなんですか?」

「たとえば、この世界で使われている魔法や護符は、初代のアルヴィース様が体系化して、魔法の力がそれほどない者でも使用できるように、護符を作られたと言われているよ」


 目覚めるって何? 私みたいに、気がついたら誰か別の人間の体にいるという状態? それとも、普通にしていて、ある日『ピピピ!』と膨大な知識が溢れるとか? 前者なら私はそのアルヴィース様とやらの可能性がある。『アルヴィース様』なんて二つ名を持つほどのスペックはない。


「アルヴィース様は、どの方もこの世界を大きく変えるんだ。一番新しい記録のアルヴィース様は、ペッテルと言う少年だったんだよ。その子は、狩人の家に生まれて、父親を仕事を手伝っていたそうだ。その子は、ある日突然、瀕死の猟犬を見たこともない方法で助けたそうだよ。その後、ペッテル様は、家畜などの病気や怪我などを治す方法や、どのようにして、健康な家畜を育てるのかなど、いろいろな知識を我々に教えてくださった」

「あっ、それ知っています! ヒツジの毛を効率よく、最も多く刈れるのを教えてくれたって聞きました」

「ペッテル様のお陰て、家畜の出産も安全になって、死産なんて言うのも少なくなったって話しだよ」

「俺、初めてのウシのお産で、まさか足を引っ張るなんて思わなかったんです。もう、怖くて怖くて……」


 アーベルと先生の家畜かちく云々(うんぬん)を聞きながら、やっぱり、ある日思わぬ知識が〜という感じなのか、私と同じようなパターンなのか判別がつかない。その『アルヴィース様』が、私に当てはまるのかどうかと思ったので、『アルヴィース様みたい』との発言になるのだろうが、私がその『アルヴィース様』だという実感はない。


「軟らかいパンで世界を変えるの?」


 つい、口をついてそんな言葉が出てしまった。呟き程度だと思っていたけど、レギンもアーベルも先生も私に注目したかと思うと、アーベルと先生が吹き出した。


 まぁ、もしそのような伝説的人物が登場する世界でも、私にはちょこっと料理を変えるとか、品種改良とか、知られていなかった植物の効能とか、道具の改良とかが精々だ。でも、これはいずれ誰かが気がつくようなもので、劇的に何かが変わるとは思えない。初代は、魔法を体系化したと言った。ペッテル様は家畜の飼育の世界に変革をもたらしたようだし……。


 違うな、私はイレギュラーな何かの現象だと思われる。前から言っていたように私は、こんな現象でのお約束『チート』でもなければ、これと言えるほどの知識があるわけではないのだ。


「先生、本当にエルナはアルヴィース様だと思うの?」

「う〜っん、アルヴィース様候補の子たちは、王都で手厚く保護されているし、そんな子供が《禁忌の森》に突然現れるのは変だよね〜」


 あははは、なんて笑っているけど、先生が言い出しっぺです!


「王都で保護されているの?」

「うん、だから目覚めたらすぐに解るんだよ」

「なるほど、じゃぁ、その子供達の1人でも居なくなったらすぐに解るんですね」

「そりゃそうだよ」

「……じゃぁ、昔は目覚めても気ずかれずにいたアルヴィース様もいたってことかな?」

「アーベルの言いたいことはわかるけど、世界を変えるような異質な子供は、すぐに噂になるからね。いつまでも隠れてはいられないんじゃないかな」

「まぁ、そうですよね」


 そんな訳で、私はアルヴィース様ではない。という結論をみたのである。


 しかし、突然に歴史や文化の流れに反して、加速をさせるアルヴィース様とはなんとも不思議な存在だ。そう言えば、私の見た護符は初代のアルヴィース様が作ったのだと先生は言った。と言うことは、その人は漢字を知っていると言うことか? 私が、初代アルヴィース様が作った護符が読めるとなると、まだぞろ「アルヴィース様か?」なんてことになりそうだ。それは勘弁して欲しい、たとえ私がアルヴィース様だとしても……。


 神だか運命だか知らないが、そうだとしたら、完全に人選ミスだ。もし、万が一私がアルヴィース様だと知られれば、希代のアルヴィース様の中では、実にへっぽこ賢者様だ。これは堪らない。


「先生、アルヴィース様は何人くらいいるの?」

「ちゃんとした人数は不明なんだよ。過去にいらしたアルヴィース様は、初期のころはちゃんと認識されていなかったしね。最近のアルヴィース様は、ちゃんと記録されていて、どんな偉業をされたのかも解っているんだ。ちゃんと記録が残っているのは、5人だよ」


 ええ〜っと、それは多いの? 少ないの? 微妙に感じるのは、この国の歴史の長さを知らないからだと思い至った。2000年の歴史があれば、単純計算して400年に1回に出現していると言う計算だ。あれ? 長さが解っても微妙だぞ。いや、偉人や天才と考えると、少ないよね。


「ペッテル様って、最初の獣医さんだったんだよね」

「そーそー、良く覚えていたね、ヨエル」

「だって、先生はアルヴィース様のことになると、すぐに授業が脱線するんだもん。気がつくと、アルヴィース様の話しになってるし」

「うっ……本当にすまないね、私はアルヴィース様のことになると、昔からつい……」


 「つい」って、何だ?


 でも、この先生の抜けっぷりを見ていると、テグネールの学校の雰囲気がとても面白そうに思えて来る。先生は、所見では『先生らしい』とは思ったが、話しているとだんだん先生に見えなくなる。でも、先生も最初に会った時に言っていた、『ダメな子はいない』という言葉通りに、ヨエルにもアーベルにも態度を変えているように見えないし、まぁ……そもそも先生と生徒と言うよりは、近所のお兄ちゃんと話している感じだ。


 私の想像のテグネールの学校は、先生も生徒もいなくて、みんなで仲良く勉強をしてるんだなぁと感じた。この先生の「のほほん」ぶりには驚くのだが、嫌いではない。それに、この先生は、結構真面目にいろいろと答えてくれそうだし、アルヴィース様の単語に気を付ければいいだけだし。


「もし、アルヴィース様のことが聞きたかったら、私に聞いてね」


 どこまで「のほほん」としているのでしょうか?


「ねぇ、先生はいつ村に引っ越してくるの?」

「来月には……って考えていたんだけどね、どうにも片付かなくてね」

「片付かないって、木箱に入れるだけでしょ?」

「それが……片付けているうちに、メモを読み出してしまってねぇ」


 ああ、解る……本を片付けているうちに、昔の漫画が出て来て、気がついたら読破してたりして……。

 尋ねたヨエルは、いまいち理解できていないようで、首を傾げる。


「ダメじゃん!」

「先生、ヨエルに言われるようじゃ……」

「あははは」


 溜め息が出た。いや、先生に呆れたわけじゃないよ、先生の言っていることを聞いていると、我がことを振り返ってしまうのですよ。


 先生との会遇かいぐうは、私に思わぬ知識を得られるチャンスになりそうだ。勿論、アーベルだって私の大切なブレーンなのだが、先生と呼ばれるだけに、それだけの教育もうけているのではないかと思う。明日にはテグネールに引っ越して来ると言うのだ。まだまだ、明け透けにいろいろなものを質問するのははばかれるが……。


 そんな会話をしているうちに、周囲が俄然、騒がしくなってきた。食堂に先ほどまで訓練をしていた兵士たちが入ってきたのだ。部屋の隅にいる私たちに、『なんでこんな所に子供が?』といぶかしむ者、それとは真反対に、私たちの存在に気がつかない人もいた。


 この食堂はどのように利用されているのかと様子を伺う。それぞれが、勝手に食事を持って、好きな所に座って食事をするのか、それとも学校の給食のように、みんなで一斉に食べ始めるのか?


「エルナお嬢様」


 やめえて〜! と、のど元まで出懸かったが、神の御業みわざか知らないが、実際には声に出ていなかった。


「バルロブさん?」

「お嬢様、お待たせいたしました」


 いつの間にか近づいていたバルロブさんは、厨房でお手伝いをしてくれた女性を手招きした。彼女は、ワゴンを押しながら近づいてくるのだが、あの香しい匂いは懐かしいショウユの匂いで、ミソの匂いだった。


 甘辛い角煮の匂いは強烈で、なんとも胃袋を刺激してくれるではないか。アーベルもヨエルも、レギンすら運ばれて来る料理を見つめている。

 ああ、懐かしくて堪らない匂いに、ちょっとうるるときちゃったよ。

<エルナ 心のメモ>

・アルヴィース様とは、この世界では、良き世界に導く人、賢者、魔法使いと伝えられている人

・アルヴィース様候補者という子供たちは、国で保護されているので、私ではありえないと言う結論になった

・が、エッバお婆さんの見せてくれた護符に書かれていた漢字を思い出すと、一抹の不安を覚える

・のほほん先生は、明日にはテグネールに引っ越してくるらしい

・アルヴィース様の情報をもっと集めてよいのか少し不安になる、情報源のアルヴィース様マニアの先生を考えると

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