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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第3章 オリアンの町 1
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兵士の食事

 私にとってこの世界で最も解らないことは、身分制度だ。そんな世界に身を置いたことはないので、本当に想像の世界でしかない。まして、この世界では僻地の村にいて、村で一番偉いのは村長で、でもその村長は他の村の人と同じように畑を耕している。早く言うと、ボランティアです。体のいい雑用係です。

 身分差があるということは、生まれた時からその状況下にあり、なおかつ周囲から上の階級についてしてはいけないこと、または、身分の差によって起こった悲劇などをいろいろ聞かされないと、実感はしないだろう。

 私の人生で、体験している身分差とは、会社の上下関係くらいだ。残念ながら、学生時代の部活動の上下関係で理不尽な思いをしたことがないのだ。貴族に逆らうことが、何を意味しているのか解らない。


「今日は何を作るんですか?」

「今日は、野菜スープと豚肉の炒めものです」

「豚を見せてください」


 厨房につくと、バルブロさんは待ち構えていた。これはもう、予定調和ですね。

 ブロルさんは、広い大きな木製のテーブルの上に食材を並べてくれていた。そこには、豚のお肉の固まり、オニオンにポテトにウォルテゥル、太いゴボウの様な根菜、あとは、何だかわからない野菜ばかりだった。


「調味料は何がありますか?」

「何でもあります」

「醤油とかミソとかもですか?」

「ショウユとミソですか? 一応は用意してありますけど……」


 バルブロさんは戸惑ったように言った。そうか、ミソとかショウユは高価であると言うことは、料理がまだ色々と試せない状態なんだなぁ〜。料理人もどう使っていいのか解らないんだ。


「じゃあ、今日はみそ汁と角煮にします」

「みそ汁とは、ミソを使ったスープですね」


 ああ、ここにもあった日本。みそ汁が通じるよ!


「しかし、みそ汁というのは、豆腐なるものを作り、一部を揚げたものの2品を入れるのでは……」

「それは、豆腐のお味噌汁ですね」

「他にもあるのですか?」

「沢山ありますよ。スープに色々な食材を入れるように、みそ汁にもいろいろな野菜などを入れます」

「そうなのですか! それはどのような」

「その前に、乾物というものはありますか?」

「はい、コンブと言う海の中にある草のようなもの、小さな魚を干したものなどございます」


 おいおい、昆布や煮干しなんかもあるの? 漢字でびっくりしてられないじゃない。


「えーっと、お味噌汁はどの料理人でも知っているものなのですか?」

「いいえ、私は王宮の厨房で習いました」

「じゃぁ、その時にミソとかショウユも使った?」

「はい、王宮では外国の国賓をもてなす料理を作ったり、食に五月蝿い方もいらっしゃいますので、いつも新しい料理を考えるのも仕事でした」

「バルブロさんは、王宮にいたから、いろんな料理や食材を知ってるのね」

「はい」


 ちょっと自慢しているような感じで返事をするバルブロさんを見ると、料理人にとって王宮に勤めていたことは、かなりのステータスになるのだと思った。ラノベ的に言うと、ステータス:王宮の料理人とかになるのかね。


「では、まずショウユとミソを使う料理は、出汁を取ります」

「出汁……と言うと、昆布などを使うのですね」


 おお、出汁の作り方も知っているよ! なんだ、教えることないじゃないかと、ちょっと安心した。と思ったのは早合点でした。


「みそ汁の出汁は、昆布にいたしますか、小魚にいたしますか?」

「はい?」

「えっ?」


 なんと、出汁は昆布+煮干しが基本でしょう? と思ったが、この世界で私の世界の常識を言っても可哀想だ。


「時間がある時に、昆布でとった出汁、小魚でとった出汁、昆布と小魚でとった出汁を作って、味見をしてみてください」

「はい」

「時間が無いので、今はできませんが答えを言うと、昆布でとった出汁と小魚でとった出汁の美味しさを10とすると、両方で取った出汁は30です。では、出汁をとってみるね」


 驚いたことに出汁の取り方も違っていた。昆布なんか、グツグツ煮込んだり、小魚は粉砕して入れて煮込んだりとしていた。これでは、ちゃんと出汁が出ないではないか。それよりも苦みなんかも出てしまう。

 私は、出汁のとりかたを教えた。ただ教えるのではなく、なるべく何故そうするのかも教えておいた。そうすれば、バルロブさんならもっと相違工夫を重ねてくれる気がしたからだ。

 出汁を取り、それを味見をしていたバルブロさんは、いろいろとメモをしていた。私には、この世界の文字が全く読めないので、何を書いているのか解らないんだけどね。


「では、まずは豚肉を片付けちゃおう。兵士さんの数はどれくらいですか?」

「76人です」

「うっ……」


 想像できない量です。仕方ないので、鍋いくつ分つくるのかと聞くと、スープで大鍋3つだそうです。


「ごめんなさい、そんな大人数はどれだけ野菜を使うのか解りません……」

「ああ、そうですね。では、家族分を作っていただいている横で、私は残りを計算してつくります」

「お願いします」


 私が最初にしたことは、みそ汁用の豚肉を削いただこと。これはもう、固まりが大きすぎて、バルブロさんに代わってやってもらいました。

 私が、野菜の山の中から、家族分の料理で使う野菜を揃えている頃、バルブロさんは、兵士達のみそ汁の豚肉を削ぎ終わっていた。


「豚肉の料理をします。まずは、大きなお鍋にヤケイの卵をいれて茹でます」

「1人、1個ですか?」

「いいえ、2人で1個です」

「では、余分に20個ほどでよろしいですね」

「はい、湯であがる間に、お味噌汁の野菜を切ってしまいましょう」


 私が作ろうとしているのは豚汁です。豚汁と豚の角煮と聞けば、白いご飯が欲しくなるのは日本人ですが、実はみそ汁は、パンにとても合うのです。

 私とバルブロさん、そしてお手伝いの女性たちで、ウォルテゥルとカブと呼ばれる蕪そのものを銀杏切りにし、ゴボウみたいだと思った太い木の根っこみたいなラッポラと呼ばれるものを斜め切りにして、リークと呼ばれている下仁田ネギみたいな西洋ねぎみたいなものを小口切りにした。

 そのどれも、なぜそのようき切るのか、灰汁をどうやって取るのか、入れる順番はどうするのかを教えながら進めたので、卵がゆであがっても、全然野菜が切り終わらなかった。


 お手伝いの女性に、ゆで上がった卵を井戸まで運んでもらって、お湯をすてて井戸水でさましてもらい、ついでに殻を取ってもらった。

 私とバルブロさんとで、いよいよ豚の角煮に取りかかることになった。


「これは、とても時間のかかる料理ですので、時間によって、豚の固まりの大きさを変えてください」


 うんしょ、うんしょと言いながら、私は豚のブロックを角煮のサイズに切り分けてみせる。バルブロさんは、すぐに覚えて肉を切り始める。どうして、道具が同じなのに、そんなに早く切れるの? 私はそんなに非力なの?


 切り終わった豚肉を、鍋に油をひいて全ての面に焼き色を入れた。フライパンとかないのかね?


「あの……ここには、平たくて減りが5センチくらいの調理器具はありませんか?」

「ございますが……」

「あるんですか!」

「はい、今持って参ります」


 なんと、鉄板とかフライパンみたいなのがあるんじゃない! そうだと思ったよ。王宮専門の料理人がいたりするんだから、鍋で肉を焼くなんて面倒だとすぐに思うだろう。

 でも驚いた。鉄板の大きさなのに、丸いです。丸い鉄板です。


「これは、どうして丸いの? 四角の方が良くないですか?」

「ああ、この場所では、四角く薪を広げることができますね」

「これは、ここで使うものじゃないんですか?」

「これは、兵士が野営する時に肉を焼くものです。野営のときに薪を燃やすのは、丸くですから」

「なるほど!」


 野営のたき火は、火の周囲に石を並べて囲む。考えたこともないのだが、その時何故だか円形なのだ。だから、鉄板も丸なのだと言う。


 バルブロさんとともに、汗水たらして豚すべての火を通した。勿論、何故表面を焼くのかと聞かれたので、豚肉の旨味が外に出ないように素早く表面を焼くと説明した。


 大きな鍋4つに、焼いた豚肉を放り込み暫く煮る、そして油が浮き出したら火を止めて放置。別の大鍋3つを用意して、出汁を取り根菜類を入れて煮る。

 これで、しばらくは手が空くので、バルロブさんに調理道具などを見せてもらった。殆んどがバルロブさんが鍛冶屋で作ってもらったものであると言う。

 その中で驚いたものが2つあった。1つはトングモドキで、残念なことにバネが付いてないので、開閉が面倒だが、その形はなかなかのものだった。そして、もう1つはすり鉢と粉木こぎだった。

 この世界には乳鉢みたいな『つぶす』機能があるが、『り潰す』という機能はない。が、バルロブさんの乳鉢は、鉢に溝があってまさにり鉢だった。


「バルブロさん、この鉢はどうして溝がついているの?」

「これは、胡椒などを早く小さな粒にするためです」

「それだけですか?」

「はい?」


 まぁ、それだけにこんなものを作ったというのか、恐れ入った。本当にこの人は料理人の鏡である。偉そうなの物言いだが、この人にいろいろ教えれば、さらに美味しいものを考えてくれそうなので、とても楽しみだ。


「ピーナッツってありますか?」

「ございます」

「あるの?」


 ピーナッツはピーナッツで通じたよ。と言うことは、私の世界のピーナッツと同じものだ。落花生なんて畑でそだてているのかな?


「ピーナッツは高いですか?」

「そうですね、なかなか手に入りぬませんから、値段はお高めです」


 がっくりとする。なんだよー、せっかくピーナッツバターを作ろうと思ったのに……。お高いのなら、実験で使うのだって勿体ない。


「ですが、主がワインを飲む時に、ピーナッツをからりして塩をまぶしたものが、ことの外、好まれております。ですので、主は畑を作りまして、ピーナッツを栽培しております」


 王宮で勤めていたバルロブさんを引き抜いたり、マットレスや座布団には食いつき悪いのに、パンには即決で金貨を支払うと言う。町長さんは、もの凄く食道楽なのかな?


「では、バルロブさんの手で握れるくらいのピーナッツをください。それと、これくらいのバターとお砂糖をください!」

「はい!」


 私が何かを作ろうとしているのが解っているバルロブさんは、厨房の棚などいろいろの所を物色して、私の希望する品をきっちり用意してくれた。

 バターを炉のそばに置き、り鉢でピーナッツをってもらった。これは、非力な私の最も出来ないことの1つだ。


「おお、これは、お互いにくっつきあって、ミソのようになってきました」

「ピーナッツは、油が多いので、り潰すとそうなります」

「なるほど、これは本来なら粉にするものですが、ピーナッツに含まれている油で、このような状態になるのですね」

「では、そこに砂糖と溶けたバターを入れます」

「はい」


 あっと言う間にピーナッツバターの出来上がりだ。


「これで完成です」


 私は遠慮なく棒についているピーナッツバターの味見をした。ああ〜、幸せの味だ。


「味をみてください」

「はい、では……」

「どうです?」

「こっ、これは……甘くてお菓子を食べているようでいて、深いコクがありますね。お菓子に使うというのはすぐに思い浮かびますが、このコクは何か料理でもできないでしょうか……」

「そうですね……カハを薄切りにして、油のないヤケイのお肉の部分を茹でて、ほぐして和えるのはどうですか?」

「なるほど、それほど味のないものをあえて選んで、このソースのコクを生かすのですね」

「はい、あまり旨味などの味のあるものは、難しいかもしれません。それより、これは私のパンに塗って食べると美味しいですよ」

「あぁ、そうですね、パンがこれを塗るだけでお菓子のようになりますね」


 やはり、菓子なんかい。甘みがあるのものは、どうもこの世界の人は料理と見なさない様だ。甘い=お菓子という図式だ。


 ピーナッツバターが作れたことによって、ふたたび兵士の食事の用意に戻った。角煮は十分に冷えて、表面に油の白い固まりが浮いていた。その油を取り除くのだが、これってラードだから、揚げ物にも使えるんだよね。

 油を取り終えると、茹でたヤケイの卵を大鍋4つに均等に入れて、味の決めてとなる調味料を投入するのだ。

 私は醤油と酒と味醂みりんと砂糖と、生姜を擂り下ろして入れる。でも、ここでは生姜をおろす道具がないので、みじん切りにしてみた。味醂はないので使わないことにして、砂糖と醤油というお高い調味料を使うのは勘弁してもらう。

 みそ汁の具にも火が通り、火から降ろしてもらった。直前に火にかけて味噌を梳かし入れれば、豚汁の完成だ。角煮もあとはひたすらに煮込むだけだ。ただ、煮汁から減るので、時々、お肉に煮汁をかけてやらなければならないが……。


 それより、レギンやアーベル、ヨエルはどこに行ってしまったのだろう?

<エルナ 心のメモ>

・みそ汁、その作り方、めちゃくちゃだけど出汁の作り方がここにはあった!

・豆腐という単語もあった

・当然ながら、昆布と煮干しもあった

・この世界にある調理用具に、鉄板があったが、形が丸い

・バネの無いトング、擂り鉢と擂り粉木があった

・ピーナッツバターが作れることが解った

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