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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第3章 オリアンの町 1
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商人ギルド

 翌朝、私たちは早くから身支度を整えて宿を出た。

 昨夜女将さんが『こんなに美味しいスープを食べたのは生まれて初めて』とのお褒めの言葉をいただいた。そしてその成果のスープとパンを食べた。

 宿を出る時、約束していた座布団を女将さんに手渡す。


「これは……」

「あのままだと、ちょっと不格好なので、カバーを作ってみました」

「しかし、随分とつぎはぎなのねぇ」


 女将さんは座布団を眺めている。


「それ、わざとなんですよ」

「わざと?」

「色々な色の布を同じ大きさに切って繋いでいます」


 私が選んだ色は、一番多かった茶色系統(素材そのままってこと)、黄色系統、そしてオレンジまでのグラデーションだ。


「この布を女の子が好きそうな色にすると、可愛くできるよ」

「う〜ん、言いたいことは解ったよ。なるほどね、端切れでも形を整えて繋げるって言うのは面白いね。そうすれば、ボロ切れがこんなものになるんだね」

「カバーをつけておけば、中の座布団が痛むこともないです」

「なるほど……良いものをありがとうね」

「女将さん、お買い上げありがとうございます」


 私が頭を下げると、その挨拶は王様や貴族にする挨拶だって言われた。女将さんは笑ってくれた。ああ、私はこの世界のことは全然知らないのだと痛感した。思えば、村の人が頭を下げているなんて見たこと無いもんなぁ。

 頭を下げるのは、日本人の習性みたいなものだし、これをしないようにするのは、ちょっと難しそうだぞ。


 町はやっぱり静だった。特に早朝には、色々な村や町へ荷を運ぶために馬車が多いらしいのだが、今日は殆んど見られないと言う。盗人がこの辺りをうろついていると思っているのか、急ぎの荷以外は、運搬を控えているのだとレギンは言った。

 村の外に一歩出れば、用心棒を引き連れていなければ、盗まれ放題なのだから仕方ない。自分で戦えるのならいいけど……。


 レギンに連れられて立ち寄ったのは、商人ギルドの事務所だった。何でも、売買を行うために、ギルドで承認を得て券を発行してもらうのだ。これは、不正な値段で勝手に売買をさせないためだ。ひいては物価の安定に繋がるのだ。また、レギンは商人でも店を持っているわけではなく、個人として物を売っているので、こんな手間が発生するのだそうだ。


「え〜っと、マットレスとか酵母菌とか売っているけど、私はいいの?」

「エルナの売る量なんか、たかが知れているから大丈夫だよ」

「でも、今後のことを考えてエルナに商人ギルドで登録をするつもりだ」

「兄さん、でも僕らはまだ……」

「書類は村長に作ってもらっているから大丈夫だ」


 いつの間に!

 ギルドの一員になれば、私は好きな時に物を売ることが出来るってこと?


「いつの間に……」

「村長が、エルナにパンを売るって提案をしたんだって?」

「あぁ……そう言えばそうだったなぁ。あぁ、だからマットレスとパンを持って来たのか」

「本当は、村長が来るつもりだったみたいだ」

「村長さん、ありがとう……」


 テグネール村に向かって合掌だ。いやいや、それじゃぁ村長さんが死んだみたいではないか、マズイマズイ……。


 商業ギルドの建物は、観音開きの戸が大きく開けられていて、石造りの大きな建物だった。外からでは、何の建物なのか解らないのは、このメインストリートに建っている他の建物と変わらない。

 レギンは建物に入ると、カウンターの中にいる女性に紙を2枚差し出した。1つは、羊毛の卸しの許可願い、そしてもう1つは、ギルド加入の申し込みだ。

 カウンターに両手をかけて、少し背伸びをすると、ちょっと見える。カウンターの中の女性は、一枚の紙に何やら書き込んた。


「羊毛は規定の袋1つで、現在は銀貨5枚と大銅貨5枚ですが、いいですか?」

「はい」


 ほほぉ、値段を言うということは、それなりに変動しているのか? その値段は、いつもより多いいの? 少ないの?

 カウンターの中の女性は、記載をしたり、別の紙を取り出してきて記入したりする。それは、いつものことのように、淡々とした様子だ。

 そして、いよいよギルド入会の書類だ。


「それでは、この紙をお持ちになって、1番の扉にお入りください」


 おお、何だか新たな動きだ。そう言えば、アーベルがパンと座布団になってしまったマットレスを持って来たと言っていたが、売れそうな商品の品定めをするのかな?。


「アーベル」

「なに、エルナ」

「フェルトは、うちの工房で作ってるって言ってね」

「エルナが……じゃなくって?」

「実際にはダニエルたちが作ったりするし、他の村人も作ったりするかもしれないでしょ? それに一々値段をつけることはしたくないの」

「村の人には、好きに作って使ってもらいたいってこと?」

「うん、村人を工房の作業員にしちゃえば問題ないよね」

「そうだな、じゃぁ、今から工房を作っちゃおう!」

「管理責任者は、アーベルがやってね」

「ええ〜!」


 扉をくぐると、中は小部屋になっており、もう1つ扉があった。

 机とテーブルがあって、もう1つの扉を背に、1人の男の人が座っている。金色の髪をした、ちょっと疲れた様子の年配の男性だ。歳の頃は、きっとレギンくらいの子供はいそうな感じ。でも、ギルドでも偉い人だと言うのは解った。着ているものが上等で、髪も後ろに奇麗に撫で付けて、整えている。


「さぁ、座ってくれ。俺は、このギルドの責任者でディックだ。で、商人ギルドの登録をしたいのは……エルナって……嬢ちゃんか?」


 紙に目を通していたディックさんは、私を見るなり固まった。まぁ、子供が商人ギルドに入るなんてないんだろうなぁ。固まっているディックさんにアーベルが尋ねる。


「子供はダメですか?」

「いや、そんなことはない。別に規則で年齢の制限はないし、なろうと思えば赤ん坊でもなれるが……」

「じゃぁ、エルナでも商人ギルドに入れますか?」

「そりゃぁ……。で、何を売るんだ?」

「羊毛製品とパンです」

「羊毛製品って……衣類とかカーペットなんかか?」

「最初は、マットレスとザブトンを売りたいです」

「ザブトン? なんだそれは」

「これです!」


 じゃじゃ〜んと取り出したザブトンを、ディックさんは手に取ることもなく眺めているだけだった。リアクション、うす〜い!


「これは、お尻の下に敷くものです。長時間、御者台に座らなければいけないとき、一日中計算をしているために、椅子に座り続けなければならない人のために、お尻が痛くならないものです」

「………」

「叔父さんも座ってみれば?」


 ヨエルは机に頬杖をついて、つまらなそうな顔で足をブラブラさせている。そんなヨエルの顔とザブトンを見比べて、おもむろにザブトンを掴み取ると、自分の座っている椅子にザブトンを敷いて座る。

 固唾かたずを飲んで見つめた。


「まぁ、理解した。マットレスとは何だ?」

「そのザブトンを人が眠れる大きさに作り、ベッドの上に敷いたり、野営の時に敷いたりすると、眠るのがとても楽になります」

「それはいいな!」


 ガタンと椅子を倒して立ち上がったディックさんは、身を乗り出した。おいおい、座布団に興味がないからって、落とすなよ〜。


「どれくらいの大きさにでもなるのか?」

「はい、大丈夫ですよ」


 目を輝かせるディックさんに、どん引きだったアーベルは、慌てて答える。しかし、なぜにマットレスにそんなに食いつくんだ? まさか、藁がチクチクして眠れないって言うんじゃないよね。何に困っているのか知るのは良いリサーチになるので、耳をそばだてる。


「そのマットレスを注文する!」

「いきなり注文ですか?」

「そうだ、2枚注文する幾らだ!」

「えーっと、銀貨10枚ですけど」

「買った!」


 いや〜、引いた引いた、引きまくったよ。身を乗り出すこと数度、いつのまにかテーブルに乗っかるようにして、お顔はアーベルの真ん前です。


「ええ〜っと、かなりお困りのようですね」


 困った表情で、アーベルが聞くと、ハッと我に返った。そしてゆっくりと机から体を起こすと、黙って椅子を元に戻した。座布団もひっくり返った椅子と、運命をともにしているのを発見し、そこは慌てて拾い上げ、特に目立つ汚れもないのだが、適当にパタパタと叩く。


「……コホン。で、そのマットレスは、いつになったら手に入るのかな」

「ええ〜っと、ちょっと買い物をして今日は帰りますので、明日作って、明後日に出来ますので、届けに来たいのですが……子供が1人でここにはこれません。出来ましたら、村の中でここに来る人を探して……」

「明後日、人をやる。どこだ?」

「住んでいるのはテグネールです」

「よし、テグネールだな」


 しかし、この人なんでこんなに急いでいるの?


「どうしてそんなに急いでいるの?」

「嬢ちゃん、俺はここ数日まともに眠れてないんだ」

「……そうなんですか?」

「領主様の所の役人やら、騎士やらが来て、俺様のベッドを占拠されている状態なんだ」

「ああ、何だか王都で事件があったようですね」

「お陰で、俺はそこの椅子で寝るしかなくなったんだ」


 ディックさんが指差したのは、3人ほどが座れるベンチだった。この世界にソファーがあればいいのにね。


「あれに寝るなら、森で寝たほうが軟らかい」

「確かに……でも、マットレスが出来る頃には、ベッドで寝れるんじゃないですか?」


 アーベルの問いに、ディックさんは渋い顔をした。ああ、お帰りの予定は立っていないんですね。


「宿屋は?」

「何かあった時に、いろいろと不便なんだよ。俺はここの町長でもあるしな」

「!」

「それは……ゴシュウショウサマ……」


 そうか、それならすぐにでも作らないと可哀想だなぁ……。今日、夜に帰る予定なので、素早く作ってしまえば、明日の午前中には乾くと思った。


「明日のお昼までには作りますよ。お昼までに村に来てくれれば、明日の寝る前にはマットレスに寝られると思います」

「そうか!」

「急いで作るので、ちょっと乗せてくれると嬉しいです」


 アーベルは、そう言うとニッコリ笑った。


「銀貨10枚と大銅貨5枚でどうだ?」

「特注で、マットレスの厚さを2倍にも3倍にもできますよ」

「うっ……それは、幾らくらいするんだ…」

「厚さを2倍にすると、銀貨19枚、3倍だと銀貨28枚です」

「2枚で銀貨56枚じゃないか!」

「そうですね」


 なっ、なにしれっとした顔して、そんな大層な金額設定しているんでしょう。私には、アーベルがブロルに見えて来る……。

 止めて欲しい。すでに羊毛の料金に上乗せしてあるのだから、その上に……。そんな金額にしたら、断られちゃうよ?


「3倍の厚さで2枚、銀貨56枚で買った!」

「ありがとうございます!」


 買うんかい!

 またもや、ガクリと椅子から落ちそうになったよ。


「そう言うわけで、とっととギルドの登録を終わらせちまおう」


 それは賛成です。


「で、パンって何だ? パン屋とマットレスとか言うヤツの関連が解んないが?」

「ええ、だって売るもの全部登録しなくていいんですか?」

「お前なぁ、雑貨屋なんか登録するヤツは、品目書くまでにどんだけ時間がかかるんだと思っているんだ」

「じゃぁ、なんで売る商品をって言われたんでしょうか?」

「まぁ、普通は雑貨屋って言うのはどこへ行っても売っているものにそんなに違いはないが、お前の所のは特殊だ。その上、大概は家業を継ぐための申請が多いんだが、それとも違う……となると、新製品だ。新製品は、この目で確認しておかないと、偽物を持ってくるヤツが出る。それが、本物と同じ品質なら問題ないが、まぁ、大概は粗悪品だ。そうなると、相場が混乱するからな」

「なるほど……」

「……俺は、相場を荒らすヤツには殺意が芽生える」

「うひっ」


 いや、口だけじゃないよ、このおじさん! 殺気がただならない。


「てなわけで、このパンもただのパンじゃないんだろう?」


 いやいや、まだ殺気が残ってますよ? でもまぁ、この位の殺気なら、職場での修羅場では普通である。


「これです!」


 アーベルは、カゴごとどーんと机の上に置いた。そして、上にかかっていた布を取る。現れたのは、ヤケイの卵を塗って焼かれた、つるつるピカピカのロールパンだった。


「随分と艶がいいな」

「焼く前に、あるものを塗るとそうなるんですが、それを塗る理由はパンが少しでも乾燥して固くなるを防ぐためです」

「ほぉ……」


 そう感心しながら、パンに手を伸ばすディックさんは、パンに触れた瞬間に魔法にかかったように止まった。そうだろうそうだろ、まず手にとった時に、そのあまりの軟らかさに、村人は全員驚いたものだ。

 が、ディックさんは、思わぬ行動に出た。手をパンから離して、ポロリとカゴに落ちるパンを見つめていた。その間に、ディックさんは何を考えていたのだろうか。商人らしく、触れただけでこのパンの価値を理解し、その頭ではどのように販売したら最も利益を得られるのかを素早く計算しているのかもしれない。

 私とアーベルは固唾をのんで待つ。レギンはいつものていを崩さない。ヨエルはつまらなさそうに、足をブラブラさせている。


 あの〜、そろそろ次のリアクションに移っていただけないでしょうか? こちらもどうしていいのか解らないのですよ。そう思い始めた時だった。


 ディックさんは走り去った。残像を残して……。マジに全力疾走するおっさん、初めて見ました。

<エルナ 心のメモ>

・頭を下げる挨拶は、王侯貴族にする挨拶

・レギンのように、自分の家の生産品を卸す前に、ギルドでどの位を幾らで売るのか申請する。それは、物価を安定させるためのシステムだ

・商人ギルドの偉い方は、オリアンの町長さんでもあった。

・今日帰ったら、町長さん用にマットレスを2枚作ろう

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