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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第3章 オリアンの町 1
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ラード湯、ふたたび

「でも、ただの盗人だったら、こんなに仰々(ぎょうぎょう)しくはならないよね」

「そうだな、騎士団までいるしな……」

「きっと、もの凄く大事なものを盗まれたんだろうな……王様の王冠とか」

「王冠?」

「そー、代々受け継がれている王冠で、何でも凄く奇麗な宝石が埋め込まれているんだって、その宝石は王冠についているものだけしか無いらしいよ」

「ってことは、王宮に泥棒が入ったの?」

「もしもの話しだって! 王宮に忍込むなんて、出来るわけないよ」


 アーベルは笑った。が、どんなに完璧だと思われたシステムでも、それを破ることは絶対に無いとは言い切れない。でもまぁ、問題は、『絶対に見つからない』あるいは、『絶対に捕まらない』という強い信念、思い込み? 妄執? が無ければ、この世界で最も護りの固い城になんか入らないだろう。


「でも、出来るかもしれない……」


 ふと、大泥棒の孫のアニメを思い出して呟いた。


「またぁ、エルナ」


 アーベルは笑った。ああ、自分でも言っていたけど、出来る出来ないの前に、かなり肝が座ってないと不可能なんだと、思い出した。まぁ、所詮、狂人の行いだ。


「……できるの?」


 ヨエルは、ちょっとウキウキした顔で聞いて欲しくはないことを聞く。いや、出来ないことはないよ、いろいろ仕入れなきゃいけない情報があるけどね。


「ねぇ、できるの?」

「……秘密」

「ええ〜、いいじゃないかぁ〜」

「ダメ」

「ヨエル、お前はアーベルと下から食事を持って来なさい」

「は〜い!」


 レギンがヨエルの追求を反らしてくれた。ヨエルも食い下がった割には、レギンに言われた通りにアーベルと下へ降りて行った。

 布を同じ大きさに切り揃えて、縫い始める。色の配色も考えながら、並べておく。


「エルナ、外であまり物騒なことを言うな」

「えっ?」


 言っていることはお小言こごとなのだが、レギンは微笑んでいた。


「そんなことを貴族が耳にしたら、大変なことになるかもしれない。俺達の命なんて、何とも思っていない貴族だっているんだ」

「はい」

「出来ないことを、出来ると言っても何も変わらない。それで殺されては馬鹿らしい」


 おお、レギンの長セリフだ。寡黙であまり喋らないなぁと思っていたが、だんだんと気持ちを口にして伝えはじめてきた。これは、私に慣れたのか? それとも無理しても説明をしておかねばならないと思ったのか……。


「はい」

「解ってくれたらそれでいい」


 また、頭をわしわしされた。


「レギン、でも、出来ないことはないよ」

「?」

「しようと思って出来ないことは、あんまり無いんだよ、レギン。人はね、信念を持って真っすぐに、誠意を持って目指していれば、出来ないことはないんだよ。一を以て之を貫くって言うんだよ」


 レギンには通じているのか正直わからない。

 最初から、レギンについては気になることがあった。母親を早く亡くし、父親と妹を亡くしたばかりの16歳のレギンには、アーベルとヨエルという弟がいる。レギンと同じ年頃の子は、何をしているのか知らないんだけど、私がこの世界に来てから、レギンは、ヒツジやウシの世話をし、敷地を管理し、ヨエルやアーベルに気を配っている。それは、お父さんそのものなのだ。

 でも、16歳のレギンはどこにいるんだろう。したかった事やなりたかった者はあったのだろうか? そんなことを思ってしまう。


 私だって、いろいろ経験した。だから自分で言っていてなんだと思うが、世の中そう甘くないと思っている。それでも、そんな甘いこと言うのはレギンの年頃にあって良いはずだと思う。もし、一生懸命に努力しても手に入らなくても、その手にはもっと他の何かが絶対に残るのだから。


「ど〜しよぉ〜エルナぁ〜」

「予想通りだよ!!」


 両手にお盆のようなものを持って、アーベルとヨエルが帰って来た。机は皿で満たされたけど、食欲を刺激しない。4人で机の上を見つめる。


「これは……宿敵、ラード湯では!」

「そーだよ、昨日食べたヤツだよ」


 アーベルは絶望し、ヨエルは肩を落とす。そして、レギンは笑った。

 微笑んだとか、ニッコリしたとかそんなレベルの話しではない。大笑いなのだ。これには、アーベルもヨエルも表情を変えた。


「ど、どうしたのさ、兄さん」

「こ、怖いよ」


 失礼な2人である。


「いや……宿敵って……」

「(この世界で)初めて食べたあれを、私はどうやって消してしまおうかと思った……」

「結局、エルナは捨てたな」

「だって、どうやってもあれを美味しくし直すなんて、私には無理」

「そーそー、エルナったら、ちょっと口に入れただけで、ダーって口から出しちゃったんだよ」

「あははは、僕も見てみたかった〜」

「アーベル!」


 そうだ、あのラード湯を食したとたんに、私の体が拒絶して、ダーって口から流れ出したんだっけ。レギンに続いて、アーベルも思い出し笑いにしては、苦しそうに笑っている。そんな2人に、ヨエルは釣られて笑っている。


「しかし……、これってどーする?」

「どうしよう……」

「パンはあるんだよね」


 ヨエルは懐かしき固いパンをクルクルと回す。食べ物を祖末にするなと、レギンに取り上げられたが……。


 しかし、予想していた。でもさ、ちょっとは期待したんだよ、他の場所では違う料理が食べられるかな? っと……。


「まぁ、お昼のスープが残っているから、女将さんに温めてもらってもいいんだけど。どうする、エルナ」

「ええっ、食べ物持ち込みはいいの?」

「どうしてダメなの?」

「だって、そうしたらここの料理が売れなくなるじゃない」

「ああ……エルナ、10日前の僕らでもこれが普通の食事なんだよ。旅の人は干した肉を水で軟らかくした塩味スープと、この固いパンなんだから」

「……みんな、可哀想」


 いや、真面目に泣きそうになったよ。食事は美味しくないといけないし、大勢で食べる方が美味しい。それは、精神的に必要なことだと思っている。この世界の人は、幸せ1個損しているよね。


「しかたないな、女将さんに頼んで、少し食材を売ってもらって厨房を貸してもらうか……」

「そんなことまでしてくれるの?」

「何言ってんだよ、作るのはエルナに決まっているじゃないか」

「作ってもらうのに、ヨエルは偉そうだからあげない」

「ええ〜」

「じゃぁ、エルナ行こう」

「俺はシニルとグニルを見て来るからな」

「ええ〜、僕一人で留守番?」

「だったら、レギンから馬の世話を教えてもらいなさい!」

「は〜い」


 渋ると思ったけど、ヨエルは割と素直に従う。


「邪魔しないようにね」

「ええ〜、手伝うの、それとも見てれば良いの?」

「とにかく、邪魔しないでね」

「は〜い」


 私たち4人は、一緒に部屋を出てそれぞれの場所に移動した。

 アーベルは、遠慮なく厨房に顔を出して、上手いこと言って、女将さんからタダで食材をゲットし、厨房を借りることが出来た。どんな魔法を使ったのか……。

 が、それは厨房に入ってすぐに解った。女将さんが、仁王立ちで言ったのだ。


「さぁ、お嬢ちゃんのスープとやらを教えてもらおうか」


 アーベル!!

 タマネギとヤケイのお肉、ニンジンやジャガイモなどを積まれている調理台には、しっかりとお立ち台が置かれている。もう、準備万端じゃないですか。


 私は深い溜め息をついた。まぁ、女将さんが私の作ったスープを、美味しいと思って作ってくれるなら、別にいいけどね。


 アーベルにタマネギを切るのを任せて、私はその他の野菜とヤケイのお肉を小さく切る。


「オニオンは、そんなに必要かい?」

「オニオンは、このスープの味の決め手になるものなので、沢山入れたいです」

「ヤケイの肉をそんなに小さく切って大丈夫かい? これで煮込んだら、バラバラになっちゃうだろ?」

「このスープは、そんなに煮込まなくても出来るスープなんです」

「煮込まないだって?」


 そっか、この世界のスープは煮込むのが鉄則なのか。

 多分、この世界のお母さんたちは忙しい。家事や子供の世話だけでなく、畑仕事や家畜の世話などもしている。宿屋の女将さんも宿の仕事をしているし、ブロルのお母さんのイーダさんも宿屋を経営している。だから、ぱぱっと具材を切って、鍋にぶち込んで火にかけてお仕舞い! のほうがいいのだ。手間ひまかけて、料理を作る時間などないのだ。


「ここの宿屋さんは、あのスープとパンと、ウィンナーやハムなどの添え物が夜のご飯なの?」

「まぁ、野菜を塩で茹でたものを出したり、パンにチーズやジャムを添えたりもするね」

「そっか……」


 その献立では、私の軟らかいパンは重宝されるだろう。パンに色々と具材を挟めるのなら、一品増えるようなものだ。


「アーベル、お鍋でオニオンを炒めてくれる?」

「わかった」


 鍋に油を引いてオニオンを炒める。少し、火から鍋を離すようにした。


「鍋で焼くのかい?」

「はい、オニオンをこの鍋で炒めるんです。その時に使う油には、オニオンの旨味があるので、それも捨てずに使うためにお鍋で焼きます」


 オニオンがしんなりする頃、ヤケイのお肉も投入。


「肉も炒めるのかい?」

「はい、ヤケイのお肉から出る油も捨てないためです」

「ふーむ」


 まぁ、色々説明するのは構わないが、出来上がって食べてみれば、私の言ったことが解るのだろう。今は特に、女将さんの『ふーむ』は放置だ。

 アーベルの炒めていたタマネギが、ほんのり色づく頃、その他の野菜を投入して、ざっくりと炒めるため、塩と胡椒で味付けをする。そして、ここでお水の投入。


「これで、野菜に火が通れば完成です」

「入っているものを炒めるだけなのかい?」

「そうですよ、炒めるだけで美味しいスープになるんです」

「しかし……」


 女将さんはそう言うと私を見る。私を怪しんでいるのかと思ったが、アーベルがそんなヘマをするわけないと思うんだ。もし、私が暴走しても、アーベルは何故かそれを止めてくれるのだ。ということは、アーベルは明らかに私が可笑しい子なのを認識しているのだ。

 それだけではなく、モスンが座布団を持って来たときに、『売っているものなのか?』と言う女将さんの言葉に、ヨエルの口を塞いでいてくれた。そう、あそこでヨエルが、自分たちで作ったと言えば、大銅貨8枚で売れたかどうか……しまいには、作り方を教えるはめになったかもしれない。フェルトの製品は、村の財源にしようと考えていた私には、アーベルの行動は凄く助かったのだ。


「しかし、お嬢ちゃんはそんなに小さいのに、料理を1人で作ってるんだって?」

「アーベルもヨエルも手伝ってくれるよ」

「でも、凄いじゃないか」

「家は、母が早くに亡くなってしまって、後は男ばっかりなんです、だからエルナは自分の出来ることを探して、料理をするようになったんです」


 アーベルは、顔を伏せてしんみりと語る。

 はぃ? どうしたの、アーベル!


「僕たちも、エルナを手伝ってやりたいんですが、家の仕事もあるし……エルナには、もっと自由に外で遊んで欲しいんですけど……」

「そっ、そうなのかい! 父親はいるんだろ?」

「父は、三ヶ月前に魔獣に襲われて……」

「まぁまぁ、私ったら何てことを聞いてるんだい。ごめんよ、そんな辛いことを思い出させて」


 女将さんはちょっと涙目で、アーベルと私を交互に見つめ、エプロンのような前掛けで、目元を拭いた。

 ちょっと、罪悪感で顔が引きつってしまう。

 が、この後スープが出来上がり、女将さんが驚愕の絶叫をあげるまで、私たちを離してくれなかった。


アーベル……こましなの?

<エルナ 心のメモ>

・レギンの身の上が、俄然心配になってきた

・我が不倶ふぐ戴天たいてんの敵、『ラード湯』をいずれ美味しく変身させる手段を考えねば

・アーベルはこましなの? それも同情を買う身の上話をして、女将さんに取り入るなど、私には無理無理無理!

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