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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第3章 オリアンの町 1
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座布団に目をつけた人

「こっ、これが町……」


 オリアンに到着したのは、空が夕焼けに赤く染まる頃。町に入って最初に私の口から出た言葉だった。もう夕飯時なので、出歩く人が少なくなるとは思うのだが、でも、これはあまりにも少ないのでは?


「兄さん……何かあったのかな……」

「……わからん」


 アーベルは不安そうにレギンに問う。レギンも少し緊張しているようだった。ああ、やっぱり何か変なんだな。


「今日は、早めに宿に入ろう」

「そうだね、宿屋の人から聞いてみよう」


 私は黙って町の様子を観察する。

 町にはあまり人影がなく、この町の入り口から真っすぐ伸びる道には、ただの人が住む家とは思えない建物が多かった。多分、店舗や事務所(?)みたいなものかもしれない。ここは、オリアンのメインストリートだろう。幾らなんでもこの町のどこの道もこんなに広いはずがない。

 村では見られない、仕立ての良さそうな服を来た人が幾人か見える。

 それにしても、汚い道である。ゴミなのか、枯れた草木なのかわからないが、あちらこちらにある。布切れの様なものが丸まって、建物に張り付いていたりして、拾って捨てろ! って思うのだが、それは私が日本人だからなのか? この道が敷石なのが、さらにそう思わせるのかもしれない。テグネールの村みたいに、土の道なら気にならないんだけどなぁ。


 私たちは、馬車をゆっくり進ませ、かなり奥まった場所にある大きな建物の前で止めた。おお、RPGに出て来た宿屋だ。建物の横にはうまやと馬車の置けるスペースもある。

 レギンは、御者台を降りると、うまやから走り寄ってきた、ヨエルくらいの歳の少年にお金を渡しているようだった。


燕麦えんばくと、野菜も食べさせてやってくれ。馬の世話は、後で俺がしに行く」

「はい、旦那様」


 16歳のレギンに旦那様は……似合いすぎて笑えない。

 少年はお金を受け取ると、馬を誘導してうまやの前のスペースに荷馬車を止めた。私とアーベルとヨエルの3人は、馬車を降りてそれぞれの手荷物を持って、レギンに続いて宿屋の戸をくぐった。

 宿屋の一階は、酒場にでもなっているのか、2人の旅人が食事をしていた。私たちが宿屋に入るのを待っていたかのように女性がやってくる。


「4人で1つの部屋で、夜と朝に食事と、体と足を洗うお湯をいただけませんか」

「はいはい、お湯は桶3つで間に合うかい?」

「はい、それと食事は部屋でしたいのですが」

「構わないけど、もし遅くなるようだったら、下に取りに来てもらうけど良いかい?」

「あぁ〜…じゃぁ、食事にしたくなったら、僕が取りに行きます」

「そうかい、悪いけどそうしておくれ」


 何だか人のよさそうな女将おかみさんだ。この人なら町がこんなに閑散としている訳を教えてくれるかもしれないと思った。アーベルなら、聞き出すのはお手のもんだろう。

 私たちは、女将おかみさんの後について2階に上がった。上がったすぐそばの部屋で、見た感じは狭そうなんだけど、ベッドが3つあって、小さなテーブルと椅子があった。でも、椅子は3つしかないんだけど……。


「今、お湯を持って来てあげるよ」

「ありがとうございます」


 女将おかみさんは、すぐに下に降りて行った。ヨエルは靴を脱ぎ捨ててベッドに飛び乗り、アーベルとレギンは、椅子に腰を降ろす。


「ちょっと町、変な感じだね」

「そんなこと言って、エルナはこの町を知らないどころか、村からも出たことないじゃないか」

「ヨエルもそうでしょう?」


 笑うヨエルに、私がそう突っ込むと、脱ぎたての靴下を投げられた。思わず避けてしまったが、しまった、拾うのは私じゃないか。靴下を拾ってヨエルに返す。つでに足をバシっと叩いた。


「靴下を人に投げるなんて、お行儀が悪い!」

「そうだぞ、ヨエル。人にものを投げるのはダメだって言ってるだろ」

「なんだよ! アーベルだって、俺によく物を投げるじゃないか!」

「お前はいいんだよ、アッフだから」


 そう言ったアーベルに、ヨエルがまたもや靴下を投げた。アーベルは笑っているだけで、靴下をかわした。


「この町は、こんな閑散としてるはずないよね?」


 私の問いかけに、レギンは頷いた。


「何か変に静だったな」

「レギンは、ここには何度も来ているんでしょ?」

「ああ、だけどこんなことは、今までに無かった」

「ちゃんとした身なりの人を見かけたんだけど、あれは貴族の人?」

「あっ、エルナも気づいたんだ。多分そうだと思うよ。甲冑を来た騎士みたいな人も見かけたし」

「ほんと? 俺、見たかった!」

「私も!」


 ヨエルに釣られて言ってしまったが、ちょっと子供っぽかったかなと思った。ああ、私、子供だったね。

 そんなことを言い合いつつ、本当の『一息』ついた時に、女将おかみさんが戸をノックして入って来た。その手には大きな桶を持っていた。アーベルが、慣れた動作で女将おかみさんを手伝うと、女将おかみさんは笑って言った。


「まぁ、ありがとうよ」

「僕、下に取りに行きます」

「大丈夫だよ、いつものことだしね」

「でも……」

「そんなことより、お嬢ちゃん……妹の足を洗っておやり」

「あっ、1人で出来ます」

「まぁまぁ、しっかりしたお嬢ちゃんだこと」


 そう言ってまた笑った。そう言えば、さっきうまやで少年に会ったが、あの少年はこの女将さんの子供だろう。赤い髪に、笑うとえくぼができ、絵に描いたように口角が上に上がる。そっくりだ!


「ところで女将さん、今日は町で何かあったの?」

「ああ、何でも王都で悪さをした連中が、この町を通ったらしいんだよ」

「悪さ?」

「詳しいことは知らされていなんだけどね、何か凄い宝を盗んだとか言う話だよ」

「泥棒ですか」

「まぁ、そんなもんだろうね。お陰で、領主様のところのお役人やら、騎士の人たちもやって来て、みんな不安がってしまってね」


 なるほど、何があったのか詳しくは解らないことが起き、みんな不安がっているのか。だったら良かった。この町で事件があったわけではないんだ。まぁ。王都では事件があったようだけど……。


「ところで、ちょっと聞きたいんだけどね」

「はい?」

「うちの息子が……馬の世話をしているんだけどね」


 ああ、あの少年はやっぱり女将さんの息子だったんだ。つい微笑んでしまう。偉大なるDNA! そんなことを思っていると、戸の影からその息子が顔を出す。その手には、御者台に忘れて来た座布団があった。


「母ちゃん……」

「モンス、入っておいで」


 手招きされて、おずおずと座布団を差し出して、『忘れ物です』と言って、レギンに差し出す。


「ありがとう」

「それは、何なんだい?」

「これは、『ザブトン』と言って、お尻の下に敷くものです」

「?」


 私は、椅子の上に座布団を敷く。座布団と言っても、マットレス用に作ったものだから、長い座布団なんだけどね。


「女将さん、ここに座ってみてください」

「えっ……でも、物の上に座るのはねぇ〜」

「いいんです、これは上に座るものですから」

「僕が座っていいですか?」

「じゃあ、モンスくんだっけ、モンスくんに座ってもらったら?」

「そうだね、じゃぁ、どうぞ!」


 『じゃぁ、どうぞ』って、椅子を勧める言葉としてはどうよ?

 アーベルに言われ、モンスは女将さんと違って迷わずに椅子に腰掛ける。そして、ごにょごにょとお尻を動かしている。


「母ちゃん……お尻が痛くなくて、ずっーっと座れそうだよ」

「そうなのかい?」

「うん!」

「こりゃ、何で作ってあるんだい?」

「ヒツジの毛で作ってます」

「……編んでいるわけじゃないようだねぇ」


 それは、企業秘密です。


「これは売り物かい?」

「これは、レ……お兄ちゃんが疲れないように使ったもので……」

「いやいや、これを売ってくれなんて言わないさ。ただ、うちのせがれが、商業ギルドで働いているんだけどね、働きはじめたばかりで、一日中椅子に座ってお金の計算をさせられているもんだから、夜帰ると、上向いて寝れないって……。まぁ、慣れればどうってことないんだけどねぇ」


 そっか、こんな固い木の椅子に1日中座れとは、なんたる拷問だ! 私なら逃げるね。

 アーベルを見ると、困ったような表情。なぜか、ヨエルの後ろから、口を塞いでいるのだ。レギンを見ると、不思議なことに嬉しそうに微笑んでいる。


「レ……お兄ちゃん、あの桶いっぱいのヒツジの毛は幾らくらいなの?」

「そうだな……大銅貨8枚だな」


 一層、笑顔が増したレギンは、私の頭をわしゃわしゃする。どうしたんだ、レギン兄さん!


「今回は、材料代を頂くだけで、特別にお譲りしますよ。その代わり……」

「その代わり?」

「この『ザブトン』を皆に宣伝してください」


 私に変わってアーベルが商談を始める。やっぱり、子供の私が商談したら可笑しいよね。助かったよアーベル。


「そんなことでいいのかい?」

「はい!」

「じゃぁ、今、持って来るよ」

「まってまって〜、これじゃぁ大きすぎるから、ちゃんと椅子に合うように作り直します」

「エルナ、明日には出来るかな?」

「うん、明日の朝に渡せるよ」

「女将さん、それでいいかな?」

「あぁ、構わないよ。これでせがれにお祝いが出来るよ」


 女将さんとモンスは部屋を出て行った。それに続いてレギンがお湯を取りに行き、アーベルは座布団を作る道具を借りに行ってくれた。

 何だよ、何だよぉ〜、売り込みしてないけど、上手いことに興味を示してもらったよ。これで、ギルドの人に座布団が知れ渡るだろうし、それが商業ギルドだって言うんだから、これは願ったり叶ったりだ。


 私は、レギンに足を洗ってもらい……どこぞの姫さんかよ! と自らに突っ込みを入れつつ、こそばゆくて笑ってしまった。

 そして、長いマットレス2枚を正方形に3つに切り分けた。よかったよ、レギンとアーベルの分が残って。

 座布団がこのままだと不格好な気がしたし、座布団として宣伝効果を得るために、2枚で1つの座布団にした。だから、パッチワークをするのに持って来た古着たちを思い出し、早速、座布団カバーを作ることにした。


お買い上げありがとうございます!

<エルナ 心のメモ>

・オリアンの町への入り口は、敷石のあるメインストリート。でも、ゴミが目立つ

・王都で、何か大切なものが盗まれた。その盗んだ人たちが、この町に立ち寄ったというので、お偉い貴族様や騎士の人が来ていた

・王都の事件のせいで、人々は用心しているのか、町に人通りが少ない

・泊まった宿屋の馬番のモンスが、座布団に興味を持ち、母親である女将さんに座布団を譲ることになった。明日の朝までに座布団を完成させよう!

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