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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第1章 テグネール村 1
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ラード湯の華麗な変身

 人生は長く生きていれば、それなりに色々と経験するよ。

 食事が不味いなんてことは、そんな珍しいことではないし、セロリの青臭さが嫌だとか、魚の生臭さが嫌だとか、好き嫌いとか好みも多分に影響すると思うけど……。

 いやいや、これは無いよ。不味いよ、激不味だよ!

 どう不味いのか、説明するのは簡単だ。簡単に言うと、クタクタになった葉っぱみたいなものが混じった、ラードを溶かした湯。想像だけでも身震いしてくれると思う。

 これを食べろと言うなら、喜んで雑草や野菜をかじってやる。


「エ、エルナ?」


 慌てて、アーベルが私の口を拭いたくれた。あまりの不味さに再び思考はフリーズだけど、体はブルブルと震えているのだ。人は、本当に不味いものを口にすると、身震いするらしい。


「ごめんよ、俺も兄さんも料理が不得意なんだ」


 あっ、『まずっ!』って言うのは理解できたようだ。ということは、私の言葉もちゃんと言語として通用しそうだ。


「これ、何?」

「ええっと……スープ」

「何が入っているの?」

「何って…オニオンとポテトとウォルテゥル……それと羊の肉」


 オニオンはタマネギ、ポテトはじゃがいも、ウォルテゥルは何のことか解らないけど、肉は羊のものらしい。スープの中をあさってみる。あっ、なんだかぷるぷるした固まりがあった。これって、豚の脂身みたい。

 『不得意』という言葉から、ここの料理の基準がここまでひどいわけではないと思われるが…。『出されたものは黙って食え』が私の信条だが、これは「ごめんなさい」だ。『黙って拷問を受けろ』は、全力で阻止させていただく。


「あっ、じゃあチーズだけでも」


 なに? チーズがあるの? 自分でも目がキラリと光ったのではないかと思われる。

 奥から持ってこられた大きな器には、大きなチーズの固まりが3つ入っていた。その3つは、表面が白いものとそうでないものがあり、中の黄色い部分が白に近いもの、私が見知っている色、卵の黄身のように濃い色のものがあった。


「これは、やわらかくて、何もしないで食べれるよ」


 アーベルはそう言うと、腰からナイフを抜くと、最も黄色の濃いチーズを削いで私の口の前に差し出した。これは、『受け取れ』ではなく、このまま口の中に入れろと言うこと? そのまま口に入れてみた。


「おいひぃ!」

「そうだろ、これは家で作ったチーズなんだよ! もともとはもっと薄い色なんだけど、いろいろ工夫してみたら、こんな色になったんだよ。不思議なんだけど、この濃い黄色のチーズの方が、美味しく感じるんだよなぁ。それに、このチーズは、いろいろなチーズを合わせて作っているからね」


 おっと、急に饒舌じょうぜつになった。

 と言うとことは、アーベルはチーズを作るのが好きか、自分で作ったチーズの価値を嬉しく思っていると言うことか? まぁ、職人気質なのかもしれない。

 とにかく、チーズの味が濃い。あのラード湯の後だからなのか解らないのが残念だが、私はチーズに特別こだわりがある訳ではないのに、このチーズはサイコー!

 でも、酒の肴として、簡単に喉を通すにはもったいない気がする。


 削られるチーズが山積みになっていくのを見ていると、フッと疑問に思った。 チーズがあると言うことは、バターが存在しているはず。あのラード湯みたいなものは、『旨味』がまったく無かった。たとえば、バターで、肉を焼き、野菜をいためてから水を入れれば、あんな馬鹿味にはならない旨味が出ているはずなのである。バターで炒めることをしなくても、そこそこ旨味が出てくるはずなのだ。

 日本でも、鰹で出汁をとるだけでなく、昆布も一緒に使うのは、動物性と植物性の出汁を会わせると、旨味が相乗効果で何倍も美味しくなるからなのだ。


 黙ってもぐもぐとチーズを食べている間、アーベルはチーズについていろいろと話してくれた。

 この家では、羊毛のためにヒツジを多く飼っているようだ。あと、ウマが2頭、ウシが5頭、ヤギが5匹。あと、ヤケイとかいう生き物が沢山いるらしい。

 なるほど、このチーズは牛乳だか山羊乳だか解らないけど、それが手に入るので、バターやチーズも作っているのか。と、納得しできた。


 テーブルに5つの椅子があるのを最初に確認したが、レギンとアーベルの他に登場する人物がなかなかいない。

 レギンが16歳なら(今のことろこれ以上恐ろしい事実はまだない)、両親がいて、祖父とか祖母とかも居るのかもしれない。それと、まだ小さい弟か妹もいると思う。私が座っているのは、随分と底上げされた子供用の椅子だからである。


 バタンと戸が閉まる音がしてレギンが入って来た。戸の隙間から見える外は、もうすっかり闇だった。

 私は、他の家族がレギンとともに帰ってくるのではないかと思っていたが、一緒に入って来たのは2匹の犬だけだった。


「あっ、犬!」


 つい、声を出してしまった。私は無類の犬好きだ。3つの時に初めて近くで生まれた雑種の犬の飼い主になってから、犬がそばにいない時はほとんどなかった。今は、一人暮らしなので、実家に帰った時しか会えないのだが、いずれ、一人暮らしでも犬を飼おうと思っていたのだ。

 たまらずに、私は慎重に椅子から降りると、暖炉の前で伏せをする2匹に駆け寄った。

 が、手を出そうとして立ち止まってしまった。大きさは、秋田犬くらいで栗色の体毛一色だったが、頭蓋骨は丸く、丸い瞳で、マズルが上を向いている。大きさを無視すると、私の知っているポメラニアンにそっくりなのだが、なんでこんなにデカいの?

 でも、まぁいいっか。と心の中でつぶやいて、私はあごを掻いてやった。何だか、大らかそうな眼差しで、私の好きなようにさせていただいた。頭をなでると、気持ち良さそうな顔をする。ここがどこでも犬は犬だ。


「そいつがボーで、こいつがグンだ」


 レギンは、グンの真横に腰を降ろすと、お腹を撫でてやっていた。おや、この子はお腹が大きいではないか。


「ボーの子?」

「そうだ」


 私も遠慮なくボーの横に座った。最初に見た時には大人の目線で秋田犬くらいと言ったが、そばに寄って、現実の自分の体を意識すると、セントバーナードやピレネーマウンテンのような大きさだ。この感覚は、気持ち悪い。


「兄さん、食べる?」

「あぁ」


 釜にある鍋の中をかき混ぜてアーベルがレギンに尋ねるている光景を、私は眉間に皺を寄せて見つめた。

 また思い出したラード湯。あれを食べるのはもう勘弁してほしい、さらに言えば誰かが食べているのも想像したくない。あんなものを食べさせるなんて、お姉さんはもの凄く憐憫れんぴの情が涌くよ。

 そんな私の表情を見て、アーベルが苦笑いを浮かべた。


「エルナに思いっきり不味いって言われたよ」

「そうなのか?」


 私は遠慮なく頷いた。ただで助けてもらった上に、ただで食べ物を恵んでくれたのに、恩を仇で返すのは誠に申し訳ないが、不味いです。

 海外旅行をして料理が不味い国がある。それは、人間の味覚である甘味、酸味、塩味、苦味、旨味の五種類は、5歳までに体験してないと、習得が難しくなるということに関係がある。日本の場合は、お味噌汁という旨味の詰まったものを幼児にも食べさせるために、一般人でも鋭い味覚を備えることができる。早い話しが5歳までに、本当に美味しいものを食べてないと、美味しいという感覚が鈍いのである。

 ということは、あのラード湯が平気で食べられるこの世界の人間の味覚は、鈍いのかもしれない。でも、アーベルが言うには自分たちは料理が下手だと言う。

 ちょっと好奇心がわいた。


「ん? エルナもやっぱり食べる?」


 何を誤解したのか、アーベルのその言葉に自分でもわかるしょっぱい顔をした。

 私は、鍋のかかっている小さいめの暖炉に行くと、何故だかそばにあった踏み台を鍋の前に移動させた。


「えっ? どうしたの」


 戸惑うアーベルから、お玉のような大きな匙を引ったくると、ぐつぐつと煮立っている鍋をかき混ぜてみる。

 水80%で具が20%の液体。水入れすぎだろ? と心の中で突っ込む。とにかく、アーベルの手にあった器に、水20%の具が80%で盛ってみる。どれ程食べるのか解らないけど、とにかく器に入りきるように盛る。


「もう1つ」

「えーっと……」


 何がもう一つ? と首を傾げたが、その後に気がついたように器をもう1つ持って来た。そして、同じように器にラード湯の具とスープを入れる。


「ここに置いてください」


 お立ち台から降りた私は、そのお立ち台を大きな匙で指し示した。あっ、足を乗せるものに食べ物を置くのは行儀わるいことだ! と思っている間もなく置かれた。そんなことは気にしていないのだろう。お立ち台には、ラード湯の入った器が2つ並んだ。

 続いて、先ほど山のように削ってくれたチーズをレギンに取ってもらい、それをさらに細かくするように器に投入する。もう、具が見えなくなるまで。あまり上手く動いてくれない指先を駆使し、ちょっとやり終えた感じ。


「これに、一杯づつスープを入れてください」


 アーベルに大きな匙を渡すと、『何をするつもりなのか解らない』と言いたそうに、それでも私の言う通りにしてくれた。

 グツグツと煮立ったラード湯は、チーズの上にかかると、表面から溶け出した。このチーズはやっぱりプロセスチーズだった。


「えっ、何これ!」

「食べて、食べて!」


 アーベルはすぐさま、お行儀の悪いことに器の中に大きな匙をつっこんで、とけたチーズにコーティングされたスープの具を口の中に入れる。瞬時にぱーっと表情が明るくなる。

 レギンも残った器を手にすると、木製のスプーンで口に入れる。こちらは、満足そうに微笑んだ。


「凄いねエルナ! すごく美味しいよ」


 いえいえ、凄くないです。ラード湯をチーズで誤摩化しただけですから。

 もともと味のしない湯にチーズを入れたら、チーズの味しか残らないでしょう?


「このチーズを作るのに、他のチーズを溶かして合わせるんだけど、その溶かしたものをこんな風に食べるなんて考えもしなかったよ」


 感心したように、アーベルが私の頭をこねくり回した。レギンはテーブルに器を持って行くと、お行儀よく食事をはじめた。

 アーベルにもテーブルにつくように指をさす。


「そーゆとこもエイナにそっくりだね」


 一瞬、アーベルは寂しそうな微笑みを見せた。

 これで2度目だ。エイナという名が登場したのは初めてだけど、そのエイナに私が『そっくり』と言う。そーそー、『名前も似ている』と最初はそう言った。ということは、私の姿がエイナに似ているということだろう。

 結論からすると、あぁ、私の推測の結論からすると、私はエイナという少女に姿が似ていて、お行儀が悪いからとテーブルに座れと言われたりしたことがある。そして、それは多分アーベルの知る人物で、なかなか会えないか、もう会えない人物なのではないかと思う。14歳にしてあの寂しそうな瞳は、後者なのではないかと思える。


 私の暗い思考をよそに、2人はテーブルについて食事をはじめていた。いつまでも突っ立っているのも変なので、ボーとグンの所に戻った。


「エルナはさ、料理するのが好きなの?」

「好き」

「家でもお手伝いしてたの?」


 お手伝い? うーんどうかな。一人暮らしだけど面倒くさいので、売っている総菜や弁当が一般的だし、落ち着いて家で食事などする時間はほとんどない。何故なら私は、家で食事をする時間に帰れることはほぼ無いし、休日はパンをかじって寝てばかりだ。

 でも、学生時代は料理はほぼ毎日作っていた。両親は共働きだったし、母は料理が下手だったから。はっきりしているのは、私はメシが美味しくないのは、たまらなく嫌だということだ。でも、グルメじゃないのも確か。

 アーベルは、少しでも私から手がかりを得ようと質問するが、私にはまともに答えることはできなかった。答えられたのは、犬が好きということと、チーズでお腹は満足していること、そしてもう眠くなっていると言うことだけだった。

《エルナ 心のメモ》

・野菜の名前がオニオンとポテトとウォルテゥル、いろいろな言語が混じって聞こえる

・普段の会話は日本語で会話をしているように思える

・アーベルはチーズを作っているらしい

・でっかいポメラニアンのボーとグンがいる

・私に似ているエイナという子がいたが、今はいない

・ヤケイという謎の生き物を飼っている

・主にヒツジを飼っており、ウシとウマとヤギもいる

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