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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第3章 オリアンの町 1
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温泉を欲す

 シニルとグラニは、のんびりと荷馬車を引く。周囲の風景も何処までも広がる麦畑、道の両側に植えられた糸杉のような並木道を進む。

 そんな牧歌的な情景ではあったが、荷馬車に揺られる4人はお固い会話をしていた。


「アーベル、村に住んでて困ったことはない?」

「困ったこと?」

「例えば、病気になった時にエッバお婆さん一人では難しいとか……」

「ああ、それは思うよ。エッバ婆さんはヒーラーで、大怪我した人とか重病人には手があまるって言っていたし、村に医者がいればいいのにって思うけど」

「医者って、村には来てくれないよね。お医者が居るのは大きな町だけなのかな」

「人が多ければ、患者が多くなるから村より町でお医者をするだろうね。でも、人は少ないけど、けが人が多い鉱山の町とかでは、お医者さんを領主様が雇っている場合もあるよ」

「お金があれば、村でお医者さんを呼ぶことが出来るのね」

「あははは、それは無理だよエルナ。一体どんだけお金がかかるか……」


 いやいや、金は心配ではないのだよ、アーベルくん。


「その他には?」

「獣医がいれば嬉しいな……」

「そうだね! 村には沢山の動物がいるしね」

「そうだねぇ〜、ヤケイなんかは1羽が病気になると、みんな死んでしまうこともあるからね」


 えぇ〜っと、それは鳥インフルエンザではないですよね。でもまぁ、獣医は死活問題だな。レギンの家では家畜で生活できているんだし、そんな家は東側に多くある。なんでも、ヤケイはそれぞれの家の裏で飼われているとも、前にアーベルが言っていたし。

 しかし、獣医も医者もいるのかこの世界。何だか、バランスの悪い世界だなと思う。


「他には?」

「後は……水車がもう一台ほしいかな。エルナは何かある?」

「6日に1回でも、オリアンに向かう定期便が欲しい」

「あははは、そんな贅沢だよ」


 アーベルは笑っていたが、医者と獣医を確保するには、フェルトとフワフワのパンを売るルートを確保しなければならないのだ。目下のお客さんはオリアンの町の人々だと思うし……。

 そして、温泉も収入源になればいいと思う。


「でもさ、医者が来たらエッバお婆さんが生活しづらいと思うんだよ。ニルスのお父さんは、ニルスが小さい頃に死んでしまったから、お婆さんがニルスを育てているんだ」

「アーベル、だから温泉なんだって!」

「えっ?」

「さっき、温泉に入った人の傷の治りが早いって言っていたでしょ、温泉を作って、エッバお婆さんの家で管理をしてもらうのよ。ついでに、温泉に長く浸かりすぎると、目眩を起こしたり、気分が悪くなったりする人もいるかもしれない。そんな人は、エッバお婆さんが護符で治せるでしょ?」

「ええ〜っと、凄くいい案に聞こえるけど……そんなに上手くいくかな?」

「問題は、この話しを村のみんなが理解してくれるかってことと、温泉を国中の人にどうやって広めるかが問題」

「えっ、お金じゃないの?」

「じゃないの」


 パンやフェルトを行商人なんかに頼んで広めたら、わりと広まりやすいと思う。そう言えば、祭りの日に行商人が来るって言っていたしな。


「ニルスの家が助かるなら、その案は良いと思う。でも、お金は本当に大丈夫なの?」

「ふわふわパンは売れないと思う?」

「……そうか、あれを村の特産品にすればいいのか!」

「そーそー、それにフェルトも売れるよ」


 と言う私のセリフに、アーベルは眉を寄せる。

 私は御者台にある座布団をパンパンと叩いた。


「お尻、痛くないでしょ?」

「!」


 このフェルトの利点は、いろいろな商品に化けることだ。私がちょっと考えただけでもマットレス、座布団、アップリケ、靴底などすぐに出てくる。村人がこのフェルトを知れば、もっと他の使い方を思いつくと思う。


 色々と考えて、皆が納得する案を考えるのは、温泉が欲しいからだ。大きな露天風呂に、雪見酒。ああ、私は飲めないのだが……。あの気分を味わったら、みんなとりこになること請け合いなのだ。


「ほんと、エルナって変だよね」

「私、不便なこととか、無駄なことが大っ嫌いなの」


 おほほほ、と作り笑いをする。ヨエルには、それが面白かったのか、お腹を抱えて転げ回る。釣られてアーベルもレギンも笑った。


 笑っていられるのも今のうちですよ、私はいつか村に温泉を作って、村に収入を得て、お医者さんと獣医さんに住んでもらうよ!


 太陽が真上を過ぎたころ、私たちは荷馬車の微細な振動から逃れて、近くの空き地で昼を食べることになった。レギンが石を集めて囲いを作り、ヨエルが小枝を拾っている。アーベルは、近くにある村に水を貰いに行っていて、私は鍋に入れてきたコーンスープを温めるべく、レギンの作った簡易竃に置き、家から持って来たパンに野菜やチーズを挟む作業をする。

 今日のパンはちょっと手を加えている。昨日までのパンは、ただ焼いただけなのだが、今回はパンの表面にヤケイの卵を塗ってみた。塗ってよかった、パンの表面はピカピカにコーティングされていて、乾いた様子はない。パンを焼くときに卵を塗るのは、まさか、パンの乾燥を防ぐためなの? 長い歴史を連綿と紡がれてきたものは、やはり美しい。無駄が一切なく、清廉されている。


「エルナ、ちょっと鍋を持ってくれないか」

「はーい!」

「ちょっとでいいぞ」


 少し鍋を持ち上げるとレギンが、火にヨエルが持って来た枝をべると、火が大きくなった。


「降ろしていいぞ」

「ご飯を食べながら、旅が続けられるのは凄く便利かと思ったけど、やっぱりこう言う休憩は必要だね」

「?」

「今でも、馬車に乗っているみたいにガタガタ揺れているもん」


 私の唐突なセリフは、レギンを笑わせた。


 私はエイナに似ている。だから、レギンもアーベルもヨエルも、私を受け入れて、親切にしてくれる。そんな皆に少しでも恩返しができればいいと思う。いやいや、確かにパンが固いのが我慢ならなくって軟らかいパンを作った。ラード湯に怒りを覚えてクリームシチューを作ったさ、藁がチクチクしてるのが不快でマットレスを作ったよ。全部、自分が欲したからだけどさ、それでもそれらがこの家族にプラスになってくれればいいと思う。


「エルナは、自分のことを思い出したか?」


 今度はレギンの唐突な質問だ。私は、首を振るだけに止める。思い出すも何も、忘れていることなど無いのだ。まぁ、この少女のこれまでの記憶が……、と言うなら私には無い。


「そうか……」


 レギンは複雑な表情をする。だが、何故そんな顔をするのか私には解らなかった。


「どうしたの、レギン」

「いや……エルナを必死に探している人が居るのだろうと……」


 いやいや、居ないよ。この世界では。ああ、でもこの少女の体はそうじゃないのか。そうか、今まさに私を必死で探している人がいるんだろう。親なら大概はそうだ。でも、仮にその親が見つかっても、私にはかえって残酷のような気がする。だって、その子はもういないし、代わりに私がいるのだ。

 ああ、そうか。レギンやアーベルは、私を探す人が居ることに心を痛めつつも、私と別れることに、少しは寂しさを感じていてくれているようだ。まぁ、レギンにとっても亡くなった妹が戻って来たようなものかもしれない。だったらなおさら、辛いかもしれない。

 やっぱり、私は本当のことを言わないといけないのかもしれない……。それに、そろそろ限界だった。何がって……私が自分を偽るのに疲れてしまった。そして、これから私があの村で恩返しをするには、自分の正体明かすことが一番いいような気がする。

 最大の理由は、多分、自分の正体を明かしても、レギンとアーベルはそれを受け入れてくれるような気がする。勝手な思い込みだけど、私の親を心配するレギンの複雑そうな顔を見ると、ますますそんな気になるのだ。


 しゃがんでいるレギンに、思わず背中からギュッと抱きしめた。

 やっぱり、私のことを話そう。今夜にでも。

<エルナ 心のメモ>

・村に必要なのは、医者と獣医だとアーベルとレギンに聞いた

・町でお医者を雇うことがあるらしい

・レギンやアーベルの心情を思うと、私が何者なのかを話したいと思う

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