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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第3章 オリアンの町 1
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出発の朝

 朝は早かった。早いというか、起きたのは丑三つ時なのではないかと思う。が、私はやたら元気で、2日分の酵母菌を作り、沢山のロールパンやコッペパンを焼いた。

 実は、お恥ずかしながら、昨日は熱を出して寝込んだのだ。自分では思っていなかったが、エッバお婆さんに見せられた護符は、相当なショックだったのか、昨日の朝、酵母菌を作っている時にぶっ倒れたのでした。

 冗談で言った知恵熱が、赤子でもない私に当てはまるのかは解らないけど、とにかく、アーベルとレギンが交互にやってきて、私はベッドから出ることが出来なかったのだ。


 お陰で、と言うか何と言うか、いろいろ考えることが出来た。

 この世界に転生なのか転移なのかわからないが、間違いなく、『私の世界』のどこでもなく、何時でもないことをようやく納得した。ヘタに私の世界に近いので、どこかで私は、『私の世界』に属していると安心をしていたのだ。


 でも、パラレルの世界であっても、私の世界が滅んで新たな世界が構築されたのだとしても、確かにここには『私の世界』が存在している。これ見よがしに混在する各国の言語の野菜や果物たち、この世界の人々は北方ゲルマン系か、南方ゲルマンの特徴が見られる人々、少ないが、ケルト系の特徴も見られる人もいた。まぁ、人種の特徴など、何が起因しているのか不明だから、『私の世界』の人々と同じとは言えないのかもしれないが、それでも、ぎょっとするような人間には出会ってない。

 まて、たしかオレンジの髪のノアとか、緑の髪のイェルドさんなんかは、『私の世界』にはいないのは確かだな。


 だが、あれには驚いた。エッバお婆さんが見せてくれた護符とやらは、間違いなく『私の世界』の陰陽師が使っていたものだ。どうして私がそれを知っているのか? それは、『目で見る日本の歴史シリーズ 第7巻 藤原家の政治』で、安倍晴明を調べたとこがあったからだ。まぁ、通常は護符なんかは調べないのだが。取材で訪れた清明神社で売っていたお札が、ちょっと変わったものだったからだ。そもそも護符なんか、一般の人は見たことも聞いたことも無く、精々、映画や小説、漫画で見知っているくらいだ。

 そんな身近でないものが、この世界にあり、効果があると思われている。私たちは、そんな護符をせいぜいプラシーボ効果だとか、『気休め』程度に思っている。まぁ、この世界の護符が、どれほどの効果を持っているのかわからないが、それでも平安時代の人々が信じていた程度には信じているようだ。


「エルナ、本当に大丈夫?」

「大丈夫、昨日は一日寝ていたから」

「でも……」


 心配するアーベルだが、アーベルだって昨日の夕方には熱が下がっていて、今に至まで熱は出ていないのを知っているのに、過保護なほど心配する。


「……これ以上、ベッドにいろって言ったら、暴れるからね」

「うっ……」


 嘘ではない、暴れる気満々だ。

 そう脅されて、アーベルはそれ以降は心配するのを止めたようだ。でも、レギンには脅しなど聞かなかった。それでも、町へ行くことは許可してくれたのだが、寒くないようにと、掛け布団のようなものを馬車に積んでいるのを見て、荷馬車に布団を敷いて、そこに寝かされるのではないかと思ったほどだ。


「そんなにパンを作ってどうするんだい?」

「町でパンを売っている人に、どれくらいで売れるのか聞きたいし、私たちはもう、このパンを食べないと生きていけない体に……」


 私の話しを最後まで聞かずに、アーベルとヨエル大笑いした。


「そうだね、昨日の夜は久しぶりの……なんだっけ……そうそう、『ラード湯』だっけ? それを食べたよ」

「どうだった?」

「よくも……あんなものを食べていたなぁと……」


 遠い目をするアーベルに、私が料理をするばかりでなく、アーベルたちにも教えなければいけないと思った。


「それにこの古着はどうするの?」

「パッチワークをするために、この布を同じ大きさに切らないといけないから、馬車で暇になったらやろうかと……」


 カゴに山盛りの古着は、レギンが仕事に使うボロ切れの中から選んできた。


「アーベルは、みんなにお願いされたもののリストを忘れていない?」

「大丈夫、このメモ帳に挟んであるから」


 青い表紙のB6サイズのメモ帳を掲げた。そのメモ帳は、アーベルが肌身離さずに持ち歩いているものだ。


「アーベルの持っているメモをする帳面は高いの?」

「まぁ、紙は貴重だからね、特に僕の持っているのは、糸で綴られているから、銀貨2枚くらいはするよ」

「たか〜い!」

「そうなんだよ、もっと安くなってもいいのにさ」


 私が知恵熱(?)で寝付いたお陰で、この世界の通貨とその価値を聞き出すことが出来たのだ。熱が下がると、暇になってベッドを抜け出そうとする私を、ベッドに縛り付けるために、アーベルがいろいろと話してくれたのだ。

 この世界での最小効果は小銅貨で、それが10枚になるたびに、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨となっていく。銀貨の後に続くのは、金貨、大金貨となるのだが、実は、金貨1枚は銀貨100枚の価値があるのだそうだ。だから、単純に10倍の計算では行かない所が面倒であった。

 つまり、大金貨1枚=金貨10枚=大銀貨1,000枚=銀貨10,000枚=大銅貨100,000枚=銅貨1,000,000枚=小銅貨10,000,000枚となる。小銅貨が1円だとすると、大金貨は1千万円になるという感じだ。

 だから、私の作ったパンは銅貨2枚だから、20円くらいという感じだろうか。おお〜、妥当な値段だ!


 と言うわけで、アーベルの手帳のような代物は、2000円くらいのものだろうか。そう聞くと、安い感じはするが、この世界で2000円と言えば、子供の買い物ではないらしいのだ。家の手伝いをして、貰えるのが小銅貨5枚が相場らしいのだから、子供が貯められる金額ではないのだ。


「ただの紙よりは高い?」

「そうだよ、そうだなぁ〜3、4割は安いんじゃないかな」

「アーベル、そのメモ用紙を見せて!」


 アーベルが大切に使っているメモ帳は、ハガキサイズで、厚さは1センチくらいなのだが、どのページもびっしりと文字で埋まっている。それでも、8割は使っているので、そろそろ新しくしないと思っているはずだ。

 綴り方を見ると、中綴じになっていた。数枚の紙を中心で糸で綴る方法だ。まぁ、この世界ではこれが普通だろう。強力な接着剤があるのなら、無線綴……少年○ャンプのような閉じ方が楽でいいのだけど……。


「アーベル、今度から紙だけを買ったほうがいいよ、閉じ方は知っているから教えるよ」

「ほんとう?!」

「うん」


 アーベルは目を輝かせて私の手を握る。そっ、そんなに喜ぶとは思わなかった……。えーっと、このまま手を握られていると、お姉さん引くぞ。


「アーベル、準備はいいか?」

「ヨエルは?」

「ここだよ〜!」


 幌を張った荷馬車から顔だす。初めての遠出で興奮しているようだった。今度は、ヨエルが熱を出しそうだなと思う。


 私はレギンとアーベルに挟まれて御者台に座った。放牧されたヒツジたちの見送りで、私たちは南門から敷地を出た。

 荷馬車を引くのは、黒い馬と栗毛の馬だった。


「この子たちには名前はないの?」

「えっ?」


 アーベルは驚いた顔をした。えっ? 何か変なことを言った?


「黒いのがグラニ、栗色のがシニル」


 代わりに答えてくれたのがレギンだった。何だか嬉しそうだ。


「えーっと、エルナ」

「なーに、アーベル」

「ええ〜っと、馬の名前なんて聞いちゃダメだ」

「どうして!」


 アーベルが言うには、馬に名前をつけるのは、貴族だけだそうだ。アーベルの家では、曾お爺さんが爵位を返上したとは言え、貴族だった名残で馬に名前をつけてきたのだが、他の人にそれを知られると、奇異の目で見られるという。この世界では、それが普通みたいだ。


「でも、名前をつけるのって普通に思うことじゃないのかな。だって、アーベルだってヒツジを魔獣に殺されて悲しかったって思たでしょ? こうやって、一生懸命に重い荷馬車を引いてくれると思うと、やっぱり『ただの馬』って言うのは違う気がする」

「そうだな、エルナの言うとおりだ。うちの曾爺さんは、騎士だったから、相棒の馬にはことのほか思入れがあったからな」


 レギンはそう言うと、私の頭を撫でてた。


「そーそー、僕は曾お爺さんの記憶はないけど、お爺ちゃんが言うには、凄い雪で厩舎が壊れた時、ウシとかヤギはヒツジと一緒に詰め込んだのに、馬は家に入れたんだって。もう、匂いが凄いし、寝藁ねわらが舞うわで、家族から凄い文句が出たんだけど、結局厩舎が完成するまで、馬は家族と一緒に家で寝泊まりしたんだって」

「あははは、凄いね〜」

「だろ? 俺もさ、グラニを『グラニ』としか呼べないんだけどさ。でもエルナ、他の人はそうは思わないのを覚えておいて欲しいんだ」

「うん、そうだね。わかったよ、アーベル」


 馬に名前をつけたっていいじゃないか! と心で思いながら、私たちは麦畑や野菜たちが植えられた、果てしない農地の風景を見ながら、取り留めない話しをしながら、オリアンの町へと馬車は進んで行った。


 がたがたと揺れる御者台は、一時間も座っているとお尻が悲鳴をあげはじめる。やっぱりか……やっぱり馬車はお尻が痛くなるのだな。こんなことだろうと思って、私は荷台からマットレスを取り出す。ぱららぱっぱぱ〜!


「これ、荷台に敷こうよ! もうお尻がイタイ」

「これって、マットレスじゃないか」

「こんな時も使えます……じゃなくって、これは座布団です」

「ザブトン?」

「長い時間どうしても座っていなければならない時、荷馬車や馬に乗ってお尻が痛くないようにするものです」


 わざわざ馬車を止めさせて、座布団を敷かねばならなかった。それも2枚。

 今まで静だったヨエルが荷台から顔を出す。目をこすっている所を見ると、今まで荷台で寝ていたようだ。よく、あのガタガタと細かい振動を感じながら寝れるものだ。


「もう、ご飯?」


 そう言えば、朝ご飯はまだだったのだ。


「じゃあ、ご飯を食べながら行こう!」


 レギンに前の幌をあげてもらい、私はカゴの中にあるコップを4つ取り出し、キルトで覆われた鍋の蓋をあける。


「エルナ、鍋持って来たの?」

「だって、温かい方がおいしいでしょ?」


 コップに鍋に入っているコーンスープを入れる。そして、もう1つのカゴに入ったホットドッグを差し出す。


「これなら、手綱を操りながらご飯が食べれるよ」


 ニッと笑ってみせると、レギンは笑った。荷馬車に私とヨエル、御者台にレギンとアーベルが座り、朝ご飯を食べながら、この食べ物をブロルが、朝ご飯を食べないで出発する旅の人に売れないかと言っていたことを話した。


「本当にブロルは色々と思いつくよなぁ」

「ブロルはそんなことばっかり言ってるよ」


 アーベルが感心し、ヨエルはちょっと呆れたように言う。そうか、私の認識は間違いではなかったのだなぁ〜。そう思いながら、コクコクと頷いた。


「本当は、色々と案はあるけど、ブロルに話すとお金儲けの話しばかりになっちゃうんだよ」

「例えば?」

「お風呂を作る!」

「なっ、お風呂って……」

「テグネールには、村中に水路があるでしょ? その水を利用してお風呂を作れば、もっとお客さんを呼ぶことが出来るし、お風呂目的で来てくれる人たちも増えると思うの」

「お風呂ねぇ〜……ああ、それは、温泉みたいなものかな」

「温泉があるの?!」


 なんと、この世界にも温泉がありました!


「隣の国、ルンデル王国では、温泉っていう入浴施設があるって聞いたよ」

「隣の国か……」

「あんな熱いお湯に入るなんて、頭可笑しいよ!」

「解ってないなぁ、ヨエル。お湯に浸かると、体がリラックスして良く眠れるんだよ。良く眠れると、疲れが取れやすいのよ」

「何でもその温泉施設は、怪我をした人が入ると治りがいいんだって」

「温泉効果って言うんだよ」


 温泉は無理としても、お風呂は作りたいなぁ。別にレギンん家のお風呂で文句はないけどさ。でも、子供の私ではお金も力もないからなぁ。


「《禁忌の森》にお湯が湧いているところがあるが……」

「えぇ!?」


 思わぬ情報源はレギンだった。なんですと! 温泉が湧いているの?!


「そのお湯は、熱いの?」

「手を入れると火傷しそうだな」

「近いの? レギンの家から近いの?」

「一番近いのは、ニルスの家だな」

「距離はどれくらい?」


 だんだん前のめりになる私の服をヨエルが引っ張る。珍しく驚いた顔のレギンが身を引いている。


「川を渡って、200メートルくらい奥に入ったところだ」

「そんなに近いの?」

「その熱いお湯が湧いているのが温泉なの? 兄さんは知ってる?」

「アーベル……北にある高い山は、火山なの?」

「あの山が火山だって? 聞いたことないよなぁ。兄さんはどう?」

「聞いたことはないな」


 火山でもないのに、何故そんな所にお湯が湧いているの? でもかなり熱いお湯のようだから、近くに流れる川の水と一緒に引き込めば、お湯を沸かす手間がいらない。ああ、温泉を作りたいって言いたい! 誰か作ってくれないかなぁ。

 温泉ができれば、この村の観光資源になる。それをプレゼンする能力が私にはないのだ。だって、ただの子供の言うことを誰が信じると言うのだろう。その上私のこの野望の前に立ちはだかるのは、『テグネール村は今のままで何も問題ない』ということだ。これが、貧しい村だったら、この計画にのってくれるかもしれない。でも、テグネール村は、みんなそれなりの幸せそうだった。


「うう〜ん……」


 腕を組んで唸っている私を見守る3人。私が何に対してうなっているのか理解していないだろう。


「家にだってお風呂あるじゃないか。僕は入んないけどさ」

「家のお風呂じゃダメなの?」

「もう少し大きな桶にするか?」


 ほら、心配して声をかける人は、全く違う心配をしている。

<エルナ 心のメモ>

・町についたら、ふわふわパンがいくらで売れるのか調べよう

・レギンの家の黒い馬はグラニ、栗色の馬はシニルという名前だった

・馬に名前をつけるのは、お貴族様だけらしい

・マットレスに続き、座布団は売れそうだ

・なんと! 《禁忌の森》に温泉が涌く場所があるらしい

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