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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第3章 オリアンの町 1
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追跡者 2

 野営をする時は、通常は馬の足を縄で結び、遠くへ行かないようにするのが普通なのだが、いきなり現れた馬にぎょっとさせられた。月もない真っ暗な森で野営をしていた所に現れたのだ。馬だと解るには、目の前に来るまで解らなかった。


「な、なんでぇ、驚がせやがって!」


 馬は敏感で繊細な生き物だ。こんな暗闇で、俺がこんなに大きな声を出せば、耳を後ろに倒して警戒するはずなのに、この馬ときたら……。


「お前……こんな所で何をしてるんだ? どこからか逃げ出して来たんじゃねぇのか?」


 馬は平然と、自分を見下ろしていた。何て肝っ玉の座った馬なのだろうかと呆れた。が、その風貌に心引かれてもいた。この馬を見ていると、昔に父親から聞いた話を思い出した。

 隣国のルンデル王国には、野生馬がいるという。広い草原や森林を、群れになって疾走する姿は、それはそれは壮大な景色らしい。その野生馬の群れにはリーダーがいて、その馬は他の馬よりも少しだけ大きく、そして賢い。その姿は、何者にも恐れず、風吹く草原に凛として立つ。その姿を見た父親は、『あれは神だよ』と言って笑うのが常だった。


「しかし、どうしたもんかなぁ」


 この馬が現れた原因は解らないが、ここに立ち尽くす理由は解った。自分の持っている燕麦えんばくなのだろう、自分の眼前から退く気をまったく感じられない。


「おいおい、これは俺の馬にやるんだよ……」


 そうは言っても、馬に話しが通じるはずはない。溜め息をついて、燕麦えんばくの入った麻袋の口を広げて、前に突き出した。が、その馬は微動だにしない。

 なんと、まさか馬の商いをしている自分が、馬の気持ちを推し量れないとは、正直、かなりのショックだった。


「お前、こいつが欲しいだろう?」


 改めて麻袋を前に出すと、フイっと顔を背けて、少し後ずさりをした。何がしたいのか、さっぱり解らなかった。

 しばし、立ちすくむが、思い切って自分の馬へと近づき、麻袋の口を広げてた。自分の馬は少し間を置いて口を入れた。


「今日も良く働いてくれたから、良く食べろよ。ウォルテゥルもあるぞ」


 ぴくりと耳を動かす。それに引き換え、俺のボエルは解りやすい。ボエルとは、馬の名前だ。馬に名前をつけるのは貴族だけだが、昔から自分の馬には名前をつけることにしている。それは、馬の商いをしているので、家に複数頭の馬がいるのだが、その判別のためだった。でも、そのうちこいつらは、自分がなんと呼ばれているのを理解していることに気がつき、それ以来、馬には名前をつけている。同業者は、そんな俺を頭がおかしいと思っているけどな。


「お前は、名前があるのか? それとも、名付けるのは己自身だと言いたいのか?」


 威風堂々と立ち尽くす馬の王は、人に飼われているのかと最初は思ったが、だんだんと、この馬の主はこの馬自身なのではないかと思えて来た。それでも、野生の馬がいないこの国では、鞍も馬銜はみもない馬とて、誰かに飼われているのは間違いない。とすると、この馬の飼い主とは、この馬の横にいて、その馬上にいて見劣りしない者……それは、どんな人物なのかと思いめぐらす。


 自分がそんなことを考えている間、ボエルは燕麦えんばくを食べ、王なる馬はずっと立ち尽くしているだけだった。


「変なヤツだなぁおい、お前主人はどこにいるんだ。まさか逃げ出して来たわけじゃぁないだろうな。嫌だぜ、お貴族様とか騎士様にお前を返しに行くはめになったら」


 馬相手にそんなことを話していた。自分の家の厩では普通の光景なのだが、人に見られると笑われるので、外では決してしないのだが、暗闇の強い野営地ですっかり気が緩んだのか、それとも、案外、こんな馬に出会えたのが嬉しいのかもしれない。


「すまない、スレイプニルが迷惑をかけて……」


 暗闇から突然に聞こえた声。壮年の低いが良く通る男の声。姿は見えないが、落ち葉を踏む音で、どちらからか人が近づいてくるのが解った。


「驚かしてすまない、この近くで野営をしていたんだが、うちの馬の足音が急に聞こえなくなって、探しに来たんだ」

「あんた、何者だ?」


 怯えるているのを悟られないように、声をかけてみる。『何者だ?』なんて聞くなんて、怯えている証拠なのに気がつき、1人で赤くなる。でも、ここは人里離れた山の中で、追いはぎや賊が出ないともかぎらない。

 しかし、ようやく見えた声の主は、自分と同じような服を着て微笑んでいた。ただ、場違いなのは、その手に剣が握られていたことだ。


「それは、燕麦えんばくか?」


 突然現れたのと同じに、男の問いはこれまた唐突だった。


「あっ、ああ」

「スレイプニル、お前ってやつは……」


 笑いながら、その男は自分の馬の首を撫でるように叩いた。

 闇の中から現れたのは、決して賊などをしているような下卑た感じはしない。それどころか、『自分は騎士だ』と言われれば、至極理解できる。そんな気高さを感じていた。『ああ、この馬の主なんだな』と心で納得をした。


「すまないが、その燕麦えんばくを少し分けてくれないか。売ってもかまわないものがあればだが……」

「えーっと、別に構わないが、そいつの分くらいなら金なんかいらないさ」

「いや、この前の街で、燕麦えんばくが買えなくてな、どうしたものかと難儀していたところさ」

「でもこいつ、これ食わなかったぞ」


 そう言ったが、男は苦笑いをするだけだった。そして、俺でも驚くようなことを言った。


「こいつは、燕麦えんばくがここで得られると、俺に教えたかったのさ」

「はぁ?」

「あんたから貰うつもりはなく、ここで待っていれば、自分の足音がしなくなったので、俺がここに探しに来て、きっとあんたから燕麦えんばくを買うと解っていたのさ」

「そっ、そんな……そんな話し聞いたこともない……」

「まぁ、俺がそう思っているだけなんだがな」


 男はそう言って笑った。

 訳が分からずも、その男に麻袋1つの燕麦えんばくを渡して、料金を受け取る。


「あんた、こんな所で何をしているんだ?」

「盗まれたものを追っている」

「盗まれたもの?」

「ああ……盗まれた大切なものだ」


 男の表情が、暗闇で歪んだのが、見えた気がした……。切なそうな悔しそうな顔。だから、それ以上は聞く気もおきず、口を閉じる。


「1人で野営をしているなら、一緒にどうだ? ちょうど美味い酒と肉が手に入ったんだ」


 自分の思わぬ申し出に、男が驚いた顔をする。が、すぐに笑顔になると、俺に手を差し出す。


「私は……アレクシス、抗いがたい誘惑なので、ご一緒しよう」

「あははは、俺はオーヴェだ。俺は馬を商いにしているんだが、その馬のことを聞いてもいいか?」

「構わないが、あまり変な質問をすると、こいつの機嫌を損ねることになるが、それでもいいか?」

「機嫌を損ねると、どうなるんだ?」

「鼻面で、頭を殴られるから気をつけろ」


 片方の眉をあげて、少し悪そうな表情をするアレクシスは、最初に感じた年齢よりずーっと幼く見えた。

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