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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第2章 テグネール村 2
33/179

パブロフのヒツジとハンバーグ

 私とアーベルはヒツジの厩舎の前にいた。陽が沈み、遠くでボーとグンが吠えているのが聞こえる。そろそろ、ヒツジを厩舎に集めるのを2人はもう知っているのだ。


「アーベル、このベルを鳴らしたらアーベルは何をするの?」

「動かないヒツジとか、端の方にいてベルが聞こえないヒツジを追い立てるかな」


 私は、アーベルからベルを奪うと、力一杯振った。いやぁ〜、思ったより五月蝿い。

 ベルの音が敷地に響き渡ると、さらに大きな声でボーたちが吠えた。見ていると、ボーとグンに追い立てられてやってくるヒツジが、真っすぐに厩舎を目指す。

 もう一度、ベルを振る。


「……ほら、見てよアーベル」


 ボーとグンが吠えている場所とは、まったく反対の方からやってくる一団を指差した。のそのそとゆっくりだけど、確実に厩舎を目指しているようだった。まぁ、一頭は途中でまた草を食べ出してしまったが。


 何度かベルを鳴らし、ポーとグンはヒツジを追い立て、いつの間にかヒツジたちの多くは厩舎に収まっている。


「アベル、ヒツジが全部いるかどうやって確認しているの?」

「奥から順に5頭ずつ入れて扉を閉めるのを繰り返して、最後に2つの空の部屋と、3頭しかいない部屋になったら終了」

「じゃあ、数えはじめちゃって」

「……」


 心配そうな様子のアーベルだったが、私が言うとおり、厩舎でヒツジをそれぞの部屋に入れ始める。

 視界には、ヒツジは見当たらないようだが、もう一度念のためにベルを鳴らした。ボーがもの凄い勢いで北へと走って行く。この2人は、ベルが鳴っている間はヒツジを探すように覚えている。遠くで吠えているようで、そちらにはまだヒツジが残っていたのだろう。仕事を増やすようで悪いけど、ボーとグンには、ベルが鳴っている間は、ヒツジを探すのを覚えてもらおう。


「エルナ、2頭いないよ」

「いま、ボーとグンが1頭連れて来ると思う」

「もう1頭は?」

「そこ」


 一番にやってきたヒツジの群れから、急に離れて厩舎の横でずーっと草を食べているヒツジがいた。厩舎まで帰って来たのは褒めてあげるが、ボーが吠えていようが、ベルが鳴らされていようが気にせず食べている。あっぱれ!


「また、こいつか……」


 なおかつ、いつもこんな感じの様だ。

 やっと視界に、ボーとグンに追い立てられて急ぎ足でやってくるヒツジが厩舎に着いた。私がベルがを鳴らしてから20分くらいはたっていると思う。


「アーベル、ヒツジはみんないた?」

「あぁ、ちゃんといたよ!」

「時間がかかりすぎた?」

「いつもより、早いくらいだと思う、一体、どうなっているの」

「だって、毎日毎日、ベルが鳴る、ボーとグンが吠える、追い立てられる、厩舎へ行くっていうのが習慣になっているんだから、ベルの音を聞けば、『あぁ、もうそんな時間か、厩舎に行かなきゃ』って覚えるよ」

「そうなの?」

「そうだったでしょ?」


 アーベルは、数えるために入れた部屋から、特定のヒツジを選び出し、それをパズルのようにあれこれ入れ替えながらそう言う。

 しかし、どうしてそんな面倒なことをするのかと聞くと、親子は離さない、乱暴な雄は隔離する。などなど、理由はいろいろあるみたいだった。


「今度からは、ボーとグンにまかせて、帰ったヒツジをそれぞれの部屋に入れるのが随分と楽になると思う。最初から親子を引き離さないですむしね」

「なんか、魔法を見ているようで、僕には何が何だか……」

「ヒツジたちも一日の行動を理解しているんだよ。特に厩舎に帰る時には、ベルが鳴るからヒツジにも理解しやすいんだと思うの」

「……明日もやってみよう」

「そうだね、明日もやってみよう!」


 持っていたベルが、カランカランと鳴った。それを聞いていたボーとグンが、私の横でおすわりをしたので、アーベルと笑いながら、いい子いい子と頭を撫でた。


 夕飯は、昼の残りのスープと、ハンバーグを作ったのだ。

 ダニエルとブリッドは、大きなお皿にハンバーグを家族分もって帰った。ニルスは、昼間に持って行った鍋を持ち帰り、再度、スープを入れて、ハンバーグを持って帰った。

 ブロルの家は、恐ろしく大家族なのを今知った。なんと7人家族なのだ。いや、この世界では普通なのかもしれない、レギンの所だって、4人兄弟なのだ。そのブロルにも、ハンバーグを7個を持たせることができた。


 腕が痛いです。お肉をミンチにするために、両手にナイフを持って叩きまくりました。明日は筋肉痛間違いなしです。あれ? 幼児は筋肉痛になるのだろうか?


「今晩は、雨は振らないよね?」

「大丈夫だと思うよ」

「そんなに心配なら、家の中で乾かしたら?」

「そうか……ご飯が終わったらそうしようかな」


 アーベルは、今晩の天気を晴れだと言った。なんでも、夕焼けが奇麗だったからなのだそうだ。レギンも今夜は降らないだろうと言うし、外に干しておいてもいいんだけど、濡れるとまた乾かすのに時間がかかる。

 明日は、明後日から2日間も家を空けるので、悪くなりそうな食材の処分や、バターや牛乳を売ったりと、しなければならないことがてんこ盛りだ。

 私にも酵母菌のことがある。あれは毎日作らないといけないものなので、明日は普通に作って配達をし、明後日は出発前に2日分を作って、食糧庫に入れておき、ブロルが夕方に取りに来ることになった。

 なんと! 家には鍵をかけて行かないのだという。レギン曰く『取られて困るものはない』そうだ。


「エルナ、食べていい?」

「それは、私じゃなくてレギンに聞いて?」


 いつもはテーブルに料理が並べられ、皆が席に着いたのを確認すると、いつものアレを言うのだが、今日はみんなが席についてもレギンはいつものアレを言わないので、食べられない状態になっている。


「兄さん、何かあったの?」

「早く食べようよ!」


 珍しいことなのだろう、アーベルは、ちょっと警戒するように尋ねたが、ヨエルはもうトマトソースをかけられたハンバーグに気もそぞろだ。


「ヨエル」

「何?」

「ヨエルは明後日はイーダ叔母さんの所に残るか?」

「えぇ〜、嫌だよ僕も行く!」

「そうか」


 まず、ヨエルに留守番がいいか、一緒に行くかを確認した。それ、オリアンに行く言いだした時に確認したよね? 再度の確認なんて、レギンらしくもない。それとも、心配ごとができたのだろうか。私もレギンが何を言うのかと考えて、ちょっと身構える。


「アーベルは剣を持っていくように」

「う、うん」

「ヨエルは明日、馬車に幌をかけるのを手伝え」

「うん……」


 剣って……この世界は、隣町に行くにもそんな装備をしないといけないの? それなのに、子供たちだけ……レギンはそう見えないけど子供の域だよね。隣町へ子供だけで行っていいのかな? でも、村長はアーベルとご用聞きに行った時には何も言わなかった。


「エルナ」

「はっ、はい」

「明後日は、この村を離れる。エルナは俺かアーベルの目が届く場所から離れないようにしてくれ」

「うん」

「それと、声をかけてくるような怪しい男がいたら、すぐに教えてくれ」

「うん」

「相手が女性だからと言って、簡単については行かないでくれ」

「うん」


 話しを聞くと、お父さんが幼い娘に注意するようなことを言う。


「エルナが記憶を無くしているから、色々なことを想定しているんだよ、兄さんは」

「色々なこと?」

「人買いから逃げてきたって可能性もあるだろ?」

「ああ、だから人買いが町で探しているのに出くわすってこと?」

「そーそー、その心配もあるし、エルナはどこからか誘拐されてきて、途中で逃げていると言う可能性もある」

「でも、村長さんが領主様に知らせるって言ってたから、すぐに解るでしょ?」

「う〜ん、どうだろう……領主様に知らせの手紙は出したけど、まだ伝わっていないんじゃないかな?」

「遅っ!」

「だから、エルナは十分注意するんだよ」

「わかった」


 アーベルの説明で、私の問題は解決した。で、まだ何かあるのレギン。と身構える。


「ソールとノートに感謝を」


 レギンはそう言うと食事を始めた。私はと言うと、ガクリとして椅子から落ちそうになった。


「なっ、何これ?」

「ただの肉の割には切りやすい……」

「やわらかいよ〜!」


 すかさずハンバーグを口に入れたヨエルは、100点の微笑みで柔らかさを強調する。アーベルとレギンは、ハンバーグにナイフを入れて固まった。


「それは、ただのお肉ではありません」

「それは解るけど……」

「お肉をミンチにしてみました」

「ミンチ?」

「お肉を細かく包丁で叩くの」

「あぁ、だから音が聞こえてきていたのか……」

「まぁ、食べてみて!」


 再び、沈黙の食卓。みんなの笑顔が眩しいぜ。


 肉をミンチにする技術は、18世紀にドイツのハンブルクでタルタルステーキという名で登場した。騎馬民族のタルタル人が、固い馬の肉を食べるために編み出したものらしい。『今と昔、道具の歴史シリーズ 2巻台所の歴史』で、料理道具を調べた時に知ったものだ。余談だが、アメリカに移り住んだ人たちが食べているハンバーグを見て、アメリカの人々がハンブルク風ステーキとよんでいたのがハンバーグになったらしいですよ!


「これは、お年寄りも食べれるね」


 アーベルは、何やら考えこみながら呟いた。


「子供でも食べれるよ」

「この作り方をオロフさんに教えてもいいかな」

「オロフさん? 雑貨屋の……」

「マリー=ルイスは、もう歯がなくてお肉を食べなくなったってオロフさんが言っていたんだ」

「そうなんだ……うん、いいよ。美味しいものはみんなで食べたほうが良いしね」

「ありがとうエルナ」


 アーベルとマリー=ルイスの接点って何だろう? 好奇心旺盛なアーベルが知りたいことを知っている可能性は年長者が多いから、マリー=ルイスにいろいろと話しを聞いているのかもしれない。それとも親戚なのか? あっ、でもマリー=ルイスは副団長の家系だって言っていたから、親戚ではないか。まぁ、これはいずれ聞こうと思いつつ、私はハンバーグに手をつけた。

 やっぱり、絶品チーズがあるから美味しさ倍増だ!


 夕食を終えて私たちは、外に干しておいたマットレスを中に入れて、椅子の背に掛けたり、テーブルの上に広げたりした。アーベルだけは、ご用聞きのメモをまとめていたけど……。お金も預かったりするので、管理が大変そうだった。

 誰に何を頼まれて幾ら預かったのかのメモを整理して、預かったお金を小山にして分けている。今回は、いろいろと頼まれごとが多くて、メモをしないと不安だと言っていた。お金の小山だけで20人以上に頼まれていることが解る。


「やっぱり食料品が多いの?」

「そうだね、この村には売っていないもの……と言うか、この村で高いものは町で買った方が安いからね」

「そうなの?」

「だって、オロフさんの所のものは、町からの運搬費が入っているからね」

「なるほど……でも、オロフさんのお店のものが売れなくって困らない?」

「あはは、そうかもしれないけど、オロフさんは文句なんて言わないよ。この村には行商人も来るからね。その人たちの商品の方が安いし」

「ほぉ……」


 なるほど、どこまでも寛容なのでしょうこの村の人……。


「それに、胡椒やお砂糖なんかの高い商品は、オロフさんはそんなに扱ってないしね」

「まぁ、急になくなるようなものじゃないし、保存もきくからね」


 村で売られていない物が、町でどれだけ見つかるのか、それがどんな値段でどれほど普及しているのか、是非とも時間の許す限り調べてみたい。


「よし、終わった!」

「……」


 小山に分けられていた銅貨や銀貨を1つの袋に入れ直した。アーベルは、紙切れ1枚をぺらぺらと振る。


「アーベル、買い物するお店別に、メモを作っておいたほうがいいんじゃないかな」

「……あっ、そうだよ! 忘れてた」

「お金は、硬貨別に分けておいた方がいいんじゃないかな」

「硬貨別に……お店で早く支払いを済ませることができるね」


 ちょっと緊張しすぎで、頭が上手く回転してなさそうなアーベルは、店ごとに買うメモを作成しだした。

<エルナ 心のメモ>

・明日も、ベル=厩舎への帰還だとヒツジたちに植え込まれているか検証

・早めにハンバーグの作り方を村の人々に広めようと思う。乳歯が抜けている子供たちや、歯が弱くなった老人の食事改善になるしね。

・私は人買いの所から逃げているかもしれないからと、レギンに注意をされたが、その注意の仕方がお父さんみたいだったぞ

・村で売られていないものが、町でどれだけ見つかるのか、それがどんな値段でどれほど普及しているのか調べる!

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