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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第2章 テグネール村 2
32/179

意図せず

 主立った人へのご用聞きを終えて、荷車を引きつつ南側の門を目指していた。


「そう言えば明後日から2日間、ヒツジたちの世話はどうするの?」

「ノアの家の人にお願いするんだ」

「ノアって、アーベルの親友の人だよね、オレンジの髪の」

「そーだ、エルナは僕の誕生日に紹介したんだよね」

「うん」

「ノアの家はお隣さんだからいつも色々とお世話になっているんだ」

「ノアのお家も大きいけど、何か飼っているの?」

「ヤケイとダッグを沢山飼っているよ」

「ダッグ?」

「そう、白くて黄色い嘴で、人を追いかけ回す鳥」

「羽毛をとっているの?」

「えっ、何で?」


 いやいや、こっちが『なんで?』だよ。アヒルなんて、それ以外ないでしょ? あっ、もしかして食用ですか? だとしたら、もの凄く勿体ないですよ〜!


「アヒルを食べるの?」

「そうだね、あとは、尾羽をペンにするんだ」

「なんと!」


 そんな話しを聞いたことがあるが、アヒルの羽ペンだなんて、なんともエコだなぁ。


「羽毛もとればいいのに……」

「羽毛って何にするの?」

「ほら、寒くなると色々着込んだり、お布団も何枚も重ねたりするでしょ? それって重いし動きずらいじゃない」

「まぁ、そうだよね」

「羽毛を使うと暖かいよ、なんと言っても軽し」

「羽毛が暖かい?」

「今度ノアに羽毛を貰ってやってみてもいいよ」

「……面白そだなぁ〜」


 そんなことを話しつつ、ノアの家の前に行くと、アヒルたちが暢気に日向ぼっこをしているのに遭遇した。ああ、やっぱり大きく見える。あの嘴に挟まれたら嫌だ。

 でも、この世界には羽毛を広めない方がいいかもしれない。と急に思う。

 羽毛は、本来は食べるために殺した後に毛を抜き、その羽毛を利用したのが始まりだ。だけど羽毛の生産が優先されたため、今は残酷に鳥を生きたまま毛をむしったりするのだ。それはそれは、残酷な世界が繰り広げられているのだ。そんなことをしてまで儲けたいと思う人間が、この世界にいないとは思えない。


「あー……ここでは、羊毛のためにヒツジを殺したりするの?」

「ええ! そんなことしないよ、だって、ヒツジはまた毛が生えてくるんだよ?」

「そのヒツジの毛に、ヒツジを10頭飼うお金が支払われるとしたら?」

「ひどいよエルナ、そんなことのために、ヒツジを殺しちゃうの?!」

「だよね〜、そんなことあり得ないし、頭が可笑しいと思うよね」

「ぞっとするよ!」


 アーベルは私の話しを聞いて、プリプリと怒っていた。ヒツジの世話をしているアーベルには、ヒツジは単なる家畜ではないのだ。


「アーベルは、ヒツジを大切にしているんだね」

「そりゃぁ、毎日世話をしているし、ヒツジは臆病だけど可愛いんだ。魔獣に襲われた時に、余りにも悲しくって、魔獣を5匹も斬り殺したよ。あんなことは、もう嫌だね」

「そっ、そうか……」


 アーベルを怒らすのはまずいのでは? リアルファーがこの世界に存在しないことは、本当に良かったと思う。生きたまま羽をむしられるアヒルが、この世界に存在しないように、羽毛を普及させるのは諦めよう。趣味で作ってもいいかもしれないけど……。


 門が見えたので、走って行って開ける。アーベルは少し速度をあげて門をくぐる。

 そう言えば、アッフたちは上手くフェルトを作っているだろうか? あの4人をブリッド一人で面倒が見られるのか? 泣かされているんじゃないか? なんて心配をしてみるが、家の裏の水場で、大騒ぎをしているアッフたちに、ちょっと嫌な予感を覚える。


「なんか騒がしいけど、大丈夫かなぁ」

「ブリッドがいるから大丈夫だよ」

「ええ〜、4人を相手に?」

「伊達にダニエルのお姉さんはやってないと思うけど」

「あっ、そうか……」


 そう言えばそうか、ブリッドはダニエルのお姉さんなんだ。朝の出来事で、ブレンダがお姉さんと記憶が塗り替えられていた。紛らわしいことに、ブリッドとブレンダなんて……そう言えば、ダニエルのお母さんはアーダさんで、ブロルのお母さんはイーダさんだ。この2家族は名前が似すぎている。そのうえ、アーベルの叔父と叔母の家なのだ。付き合いも同じぐらい多くなりそうなのに。


「どうしたの?」

「ブリッドとブレンダって名前が似ているし、私はブレンダを見てダニエルのお姉さんみたいって思っちゃったから……」

「ぷっ、それでイーダさんがダニエルのお母さんだよね」

「あっ、アーベルもそう思う?」

「思う思う」


 2人で笑いながら、アッフたちが作業している場所へと向かう。

 目の前に繰り広げられているのは、泡だらけになって水をあびて遊んでいるアッフたちだった。


「ちょ、ちょっと……」

「よぉ、エルナ。何かいい案が浮かんだか?」

「ダニエル、どうしてそんなに泡だらけなの?」

「どうしてって、フェルトを作っているからに決まってるじゃないか!」

「フェルトを作るのに、そんなに泡だらけになる必要は無いと思うけど?」

「石鹸水を作ることにしたんだ」


 ブロルは額の汗をふきつつ、刻んだ石けんをダニエルが入っている桶に入れた。なるほど、石鹸水を作って、その水で羊毛をこすれば手間がかからない。

 なかなかどうして、ブロルには応用力があるらしい。


「まぁ、考えついたのはニルスだけどね」


 訂正、ニルスは応用力があるらしい。


「賢い、ニルス!」


 ニルスはさらに顔を下にして、ふるふると首をふり、フェルト作りに精を出す。どうやら照れているようだ。


「それで、フェルトは出来た?」

「出来たやつは、ブリッドが干しているよ!」

「どこ?」

「洗濯を干す場所だよ」


 ヨエルに誘われて、ブリッドのもとに行くと、驚くことに20枚近くのフェルトが干されていた。それも、私が作ったものより大きなものが何枚もあった。


「あら、エルナとアーベルお帰りなさい」

「ただいまブリッド、凄いね」

「すごいでしょ? フェルトを作るのが楽しいみたいで、みんな夢中で作っているわ」

「これ、水入れの大きさのままなの?」

「ええ、ほら、もうちょっと大きく作りたいってエルナが言っていたし、ヨエルにマットレスって言うのを見せてもらったけど、この大きさなら3枚並べれば、レギンでも十分使えるでしょ?」

「ありがと〜」


 うう〜、泣きそうだ。私の意図をふまえて、こんな大きなマットレスを作ってくれるとは。


「ニルスがね、そうした方がいいって言ってたの。ニルスは、どんなふうに使うのか、今のままでは小さいものをいくつも繋げないといけないって」


 またもやニルスか! 本当に気が利くなぁ。ニルスはマットレスを気に入っていたから、理解も早かったのだろう。よし、今晩はニルスのために、デザートを作ろう!


 マットレスを干し終えたブリッドとみんながいる場所に戻った。いつの間にかアーベルもフェルト作りに参加している。

 あのゴミ葛として、地中に埋められる運命だった羊毛も、もう無くなりそうだ。


「ねぇ、エルナ。このマットレスって暖かいって言っていたけど……」


 ブリッドは、栗色のツインテールにした髪を指にくるくると絡める。モジモジして何か言いたそうなのだが、私に推察しろと言うことなのか?


「暖かいし、変な沈みかたをしないから、体が痛くならないよ」

「あのね、私の友達にエメリという友達がいるんだけど、彼女、藁のベッドに寝れないの……」

「えっ? 寝れないって……どこで寝ているの?」

「カーペットの上よ」

「床の?」

「ええ……」

「それは可哀想ね。でも、藁のベッドで寝るとどうなるの?」

「体中が痒くなるらしいわ、それに、明け方にくしゃみが止まらなくなるんですって」

「ええ〜、その子はパンを食べるの?」

「そりゃぁ食べないとお腹すくでしょ?」

「めまいとか起こさない?」

「それは聞いたことないけど……」

「軽度の小麦アレルギーかなぁ……」

「あれるぎーって何?」

「あっ、何でもないの。それで、その子のためにマットレスが必要なのね」

「よかったら、余ったものを譲ってくれないかしら、勿論、お金を払うわ」

「とんでもない! これはダニエルたちが作って ブリッドが干したマットレスなんだから、持って行ってもらっても構わないよ」

「でも、それじゃぁ悪いし!」

「……それじゃぁ、セーターを編んでくれないかな」

「ああ、アーベルが言っていた話しね、喜んで編ませてもらうわ! エメリは編み物が上手なのよ、きっと喜んで編んでくれるわ」

「じゃぁ、そう言うことでマットレスを持って行ってね」


 ブリッドは嬉しそうに微笑んだ。今さらだが、レギンの血族は美形が多い。ブリッドはレギンたちの従兄弟で、ブロルもオーサ、ブレンダも従兄弟。ここでダニエルは除外したいのだが、実はダニエルは結構整った顔をしている。

 ブリッドはまだ、中学1年生くらいだが、顔のそばかすと、少しうつむき加減に顔を伏せるのでなかなか気づきにくい。栗色のキラキラした髪、エメラルドの宝石のような奇麗な瞳。年頃になるのが楽しみだ!


「エメルに、藁のベッドの上にマットレスを敷いて寝てもらってね」

「藁の上でいいの?」

「マットレスを藁のベッドいっぱいに敷き詰めて使ってね」

「本当に大丈夫?」

「もし、その症状が出るようだったら、私がベッドを設計してあげるよ」

「エルナが?」

「うん、エメルの苦しいのは良くわかるからね。柔らかいベッドでゆっくり寝てもらいたいもの」

「わかった!」


 ブリッドは拳を握ると、強く頷いた。

 そうか、この世界にもアレルギーみたいな症状があるのか。でも、重度だったら、アナフィラキシーを起こして呼吸困難で死ぬ。まして、この世界の主食はパンなのだ。小麦アレルギーなんか生きて行けないではないか。


「さて、夜のご飯の支度をしようかな」

「エルナ、夜は何を作るんだ?」

「ダニエルが食べたこともないようなもの」

「それ、上手いのか?」

「美味しいにきまっているじゃない」

「食べたこと無いものってどんなもの?」

「美味しかったら、作り方を教えるからイーダさんに作ってもらったらいいよ」


 今晩の献立に、ダニエルは真っ先に食いつき、その料理が珍しいと聞くとブロルが興味をしめす。


「トマトソースがまだあったよねぇ〜」

「トマトソースを使うの?」


 ヨエルはトマトソースに反応する。


「ニルスは、今晩は帰るんでしょ?」

「うん」

「じゃぁ、エッバお婆さんとニルスの分を持って帰ってね」

「ありがとう」


 ニルスはお婆さん思いだ。お婆さんにお土産があるのが嬉しいのだろう。


 今日も美味しい料理を作りますか!

<エルナ 心のメモ>

・アーベルの親友ノアの家では、ヤケイとダッグを飼っている

・羽毛で布団を作ったりと考えたが、私の知る世界の羽毛を生産する人々のように、残酷な手段を持ちいらないとは限らないので、止めることにした

・でも、趣味で羽毛布団を作ってやる

・アッフたちは、フェルト作りが気に入ったようで、思わぬほどマットレスが完成した。

・ブリッドの友人のエメリは、小麦アレルギーのようで、藁の上で寝れないのでマットレスを譲るかわりに、セーターを編んでもらうことになった。

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