ご用聞きと村人たち
「そうだ叔父さん、明後日オリアンに行くけど、何か買って来るものはある?」
「そうだなぁ、お砂糖と胡椒を一袋、サムエル産のワインを3本、それと町役場に届けてもらいたい書類があるのと、受け取ってきてもらいたい書類がある」
「解った、明日また聞きにくるよ」
「そうだなぁ、アーダにも聞いておくよ。それと、エッバさんの所でも聞いて行ってくれないか」
村役場で、アッフたちの催し物の予約をした。初日の5番目の鐘の後半で予約が出来たのはラッキーだ。
アーベルは、明後日行くことになったオリアンでの用事を村長に聞いていた。行商人が来るほどだから、町で手に入れたいものは多かれ少なかれあるのだろう。村のみんなで、知らせあって町へ行く人にお使いを頼めればもっと便利になるんじゃないかな。それとも毎週、皆でお金を出し合って、町への荷馬車を運行させればいいかもしれない。
「じゃあ、心当たりのある家に聞きに行くよ」
「そうしてくれると助かるよ」
村長さんと別れて、私とアーベルは家に戻った。小さい荷車を持って来るためだ。ある程度の家にご用聞きに行くついでに、パンとバターや牛乳なんか痛みやすいものを売っちゃうつもりなのだ。明後日は町に行き、一泊して帰るというちょっとした旅行のようなものになってしまった。一番近くの町まで、12時間以上もかかるそうなのだ。
「皆に声をかけて、ご用聞きするって言うのは助かるよね」
「そうだね、僕たちも時々頼んだりしているからね」
「どんなものが多いの?」
「頼まれるものは食料品が多いよ、エッバ婆さんからは護符の追加とか頼まれるけど」
「売れるものはないの?」
「チーズや羊毛、野菜なんかは売ったりするけど、うちの村には特産品がないからね」
「そうなの? チーズとかバターとか売れそうだけど」
「それは別に、この村だけで作られているものじゃないからね」
「そっか……」
この村に何か特産品があればいいんだけど、と思うが今のままでは情報が色々と少なすぎる。この村の特産品だからといって、他の町や村で必要とされるとは思えない。
「ねぇ、アーベルは便利になったらいいなって思うものはある?」
「そうだなぁ、ヒツジたちを早く厩舎に入れられるようになればいいな」
「そっ、そんなこと?!」
なんと些細な願いごとなのだろうか。私も驚いたけど、何故かアーベルも驚いている。
「そんなことって、そんなに簡単なことじゃないよ」
「簡単じゃないけど、出来ないことじゃないよ」
「そうなの?」
あれ? でも、アーベルは厩舎に入れるときに大きなベルを鳴らしていたではないか。あんだけ毎日ベルを鳴らしてヒツジを集めているのだから、ベルを聞いただけでヒツジは厩舎に戻って来ると思うけどなぁ。
「そう言えば、アーベルとかはどうやって文字を覚えたの?」
「学校に行ってだよ」
「学校って、何歳から行くの?」
「6歳からだけど……そうか、エルナの学校どうしよう?」
「今は学校はお休みなの?」
「お祭りが終わった後から、支度月まであるよ」
「その後はまたお休みになるの?」
「雪が深くなるからね、春の水張る月まではお休みだよ」
「学校は、この村にもある?」
「村の役場の二階が教室だよ」
「おぉ〜」
なるほど、村役場は学校も兼ねているのか。ということは教師もこの村に住んでいるのか? そのうち出会うと思うから今はあえて聞かないことにした。どうやら、このままいけば、お祭りが終わったら私も学校に行かされそうだ。しかし、私は何歳なのだろうか?
「で、誰にご用聞きをするの?」
「まずは、エッバ婆さんの所に行ってみよう」
「そうだね、護符が足りないとみんなが困るもんね」
わたしとアーベルは、それからご用聞きの行脚へと向かった。アッフたちがちゃんとフェルトを作ってくれることを願いつつ……。
この村はとても素敵だと思うことがある。それは、自然の恵みがチートだと言うこと。そして、村の人々はとても温厚で穏やかに見えることだ。
エッバお婆さんから、護符や薬草の注文を聞き、肉屋さんとパン屋さんに向かう途中、いろいろな人々に出会った。それはもう、私には覚えきれないほど。
そして、面白い人たちにも出会った。最初に出会った面白い人は、イェルドさん。まだ二十歳前半の若い男の人で、緑の髪をしているところからして、印象深かった。
「やぁ、アーベル」
「イェルドさん、赤ちゃんが産まれたんだってね、おめでとう!」
「そーなんだよ、もし良かったら後で見てやってくれよ、そりゃもー可愛いんだよ!」
人の親はみんなそう言うよね。なんて思っていると、アーベルが私をイェルドさんに紹介をしてくれた。愛想良く挨拶をすると、私の顔をまじまじと見つめる。あぁ、そうだね私はエイナに似ているんだね。
「君は………、うん、ポテトが好きだね」
「ええぇ〜!」
「そうなのエルナ」
「えっ、うん……そうだけど……」
私はジャガイモが好きだ。スライスして油で揚げても、蒸かしてバターで食べても好きだ。マッシュポテトも好きで、ポテトサラダも好きだ。何故解った!?
「相変わらず凄いねイェルドさんは」
「あははは、自分でもなんで解るのか知らないんだけどね」
エスパーですよ、それは。
「イェルドさんは、その人の好きな野菜とか嫌いな野菜が解るだけじゃなくて、いろいろな野菜を育てているんだよ」
「趣味で育てているんだけど、何故か変わった育ち方をするんだ」
「変わった育ち方?」
「趣味の野菜は家の裏で栽培しているんだけど、普通の畑で取れるものより大きかったり、実が生るのが早かったりするんだ」
「ああ、品種改良か……」
「えっ、そのヒンシュカイリョウって何?」
「え〜っと……例えば、野菜の中で実のなるのが早いもの同士の花粉を交配して出来た種は、植えると実のなる早い野菜に成長するの」
「あっ……なんとなくわかる。あぁ、でもそれでもそうならない種もあるんだよなぁ」
「全部が全部そうならないのは、その苗の種が作られた苗が、早く実のなる苗じゃないから」
「えっ?」
これからの説明は、確率の問題だ。そして、メンデルの遺伝の法則の話しへと続く。この時代の人が理解できるのか不明だ。そして、そんな話しをした私は怪しまれるとこ請け合いだ。
「その話しをくわしく!」
「え〜っと……イェルドさんのお父さんは、何色の髪ですか?」
「黒だけど?」
「じゃぁ、イェルドさんはお母さんの髪と同じ?」
「うん、そうだよ」
「イェルドさんの奥さんの髪は何色?」
「茶色だ」
「息子さんは?」
「茶色だね」
「ほら、髪の色はイェルドさんのお母さんから、イェルドさんに伝わっているけど、お父さんの黒色の髪は伝わっていないよね」
「そうだ……ね……」
むむ、こりゃぁ例えが悪かったかな。
「えぇ〜っと、子供が親に似るんだけど、時々、お爺ちゃんやお婆ちゃんに似ているって言われる子がいるでしょ?」
「ああ! 俺の妹は母方のばあちゃんそっくりだ」
「それそれ、両親の中にあるその両親、つまり、祖父母の影響を強く受け継いだ子が出るのと一緒で、その実が早く生らない苗は、祖父母の影響を受けているから…」
「そうか……でも、実がなってみないと解らないんだよな」
「そーそー、だから、早く実の生る苗同士を何代にも渡って交配すると、祖父母も実が早くなる苗になるでしょ?」
「おお、じゃぁ、早く実のなる苗をどんどん作れば、それだけ実が早くなる苗になるんだね」
「そうです!」
「で、そのコウハイってーのはどうやるんだ?」
ガクリと肩を落とす。そこからかよ!
「えーっと、話しが長くなるので、今度ちゃんと説明をします」
「絶対だよ!」
「はっ、はい……」
不思議な話しを聞かされたにもかかわらず、イェルドさんの足取りは軽やかです。そして、心を強く保ちつつ、アーベルを見る。
「イェルドさんって、本当に野菜を育てるのが好きなんだなぁ〜」
思わぬ反応に、私は再び肩を落とした。あれだけのことを話しても、アーベルは不気味な物、得体の知れないものを見るように私を見ない。
どうしてなんだろう。私は外見は5歳くらいに見えるのに、その私が誰も知らないことを話すのを恐れないのだ。いくらなんでも、こちのほうが不気味に感じる。
この何故は、この世界に来てから私に憑きまとっている疑問だ。じりじりとしながら、私はこの疑問をぶつけることが良いことなのか、それに、その相手を誰にするのかと考えながら過ごして来た。もし、私の正体を語るのだとしたら、それはレギンやアーベルに他ならないとは思っている。
「うーんと……アーベル……」
「何?」
「……なんでもない……」
結局は、アーベルに話すことはできなかった。それはあまりに不誠実だと心が痛むのだが、私は幼児で何のスキルもないのだ。気味悪がられて追われることになれば、身を守る術が無いのだ。
それからアーベルは、特に変わった態度もなくご用聞きを続け、家から持って来たバターや牛乳を売り、明日の牛乳の注文もこなしていった。
<エルナ 心のメモ>
・アーベルは、夕方にヒツジたちを厩舎に入れるのが大変みたいだ
・オリアンに行くには半日以上かかるので、オリアンに一泊しなければならない
・オリアンに言ったら、テグネールで特産になりそうなものを考えてみる
・村役場の二階は学校になっていて、お祭りが終わったら私も通うのか?
・イェルドさんは野菜を作るのが趣味みたいなものの様
・今度、イェルドさんにメンデルの遺伝の法則を話す約束をする
・私の秘密をいずれは、レギンとアーベルに話す必要があると思っているが、なかなかその踏ん切りがつかない