村のはじまり
昼を終えると、レギンに教えられた場所にある、昔使っていたヒツジのエサ入れとか水入れを作業のしやすい場所に運び、私はアッフたちにフェルトの作り方を教えた。作りたいものがマットレスなので、そうそう失敗はしないだろう。ありがたいことに、ブリッドが監督・指揮をしてくれると言う。
お言葉に甘えてブリッドにアッフたちを押し付けて、私はアーベルと祭りの会場になる広場とよばれる場所に向かった。
「アーベルひどいよ!」
「えっ?」
「こんな面倒なこと、私に押し付けてぇ〜」
「あはは、ごめんごめん。僕も全力でエルナの手伝いをするよ」
「そんなこと言って、アーベルはお家の仕事もあるでしょ?」
「勿論、それが終わったらだけどね」
アーベルに手を引かれて、右手に《禁忌の森》との境となる壁をながめつつ歩く。この道は村に行くときに使う道で、しばらくすると、ニルスの家や村の共有林が見えてくる。そう言えば、水車小屋からの帰り道にやたらと大きな空き地があったのを覚えている。
「そう言えば、アーベルは『手品』という言葉を知っている?」
「テジナ……解らないなぁ」
「じゃあ『マジック』は?」
「魔法は知っているよ。実際にこの目で見たことはないけどね」
「この村の人で、魔法を見たことのある人はいるのかな?」
「エッバお婆さんは、若い頃に治癒の護符とかを使うための勉強をした時に見たことがあるって聞いた。後は、マリー=ルイスは魔法の素養があるから、少しは魔法が使えるって話しだけど……」
「マリー=ルイス……さん?」
「雑貨屋の最長老だよ」
「オロフさんの……」
「お婆さん」
「なるほど」
「マリー=ルイスは、アグレルの家の人で、アグレイ家は副団長の家柄だから、西側の端にある家の生まれなんだ。」
『キョトン』である。アグレル家は副団長の家柄は理解できる。しかし、その次の『だから』が理解できない。なにが『だから』なのだろうか。
「え〜っと、アグレル家は副団長の家柄だから西の端に家があって、だから? なにが『だから』なの?」
「ええ〜、エルナにこの村のこと話したよね」
「えっと、80年前に王様の命令でここに村を作って魔獣が《禁忌の森》から出ないようしていて、今でも魔獣を滅ぼすためにこの村では魔獣狩りをしている……って聞いたよ」
「そうだっけ?」
「そうだよ!」
「あははは、ごめんごめん。じゃあ、この村の成り立ちを教えよう!」
「アーベル偉そう!」
「えへん、80年前にこの国、ヴァレニウス王国はヴァレニウス47世が治めていました。この王様は戦争が大好きな恐ろしい王様で、近隣の国に軍隊を送ってはその国の領土を掠め取ったり、人々を連れて来ては鉱山などで厳しい労働をさせたりしていました」
アーベルの語ったこの国の歴史は、まぁ、良くある話と言えば良くある話しだった。
迷惑なヴァレニウス47世の行いに意見をする者は、捕らえられたり処刑されたりしたもんだから、王に諌言をする者もいなくなった。が、そんな王でも幼なじみであり、当時の騎士団団長であり、ノルドランデル公爵家の次期当主であったアレクシスの諌言に対しては肝要な態度を示していたらしい。アレクシスは、ことあるごとに意見をしたがそれを聞き入れられることは無かったと言われている。
ある時、アレクシスの諌言に寛容だった王が、アレクシスを騎士団から解任して地方へと左遷をさせてしまったと言う。何故そのようなことになったのか、どんな経緯だったのか、知っているものは当のアレクシスと王だけなのだ。
とにかく解っているのは、アレクシスの諌言は、戦争の拡大より地域で人々を襲ったり、農作物を荒らしたり、家畜を襲う魔獣をどうにかしないとこの国は餓死者で溢れると言うものだったらしい。内政を等閑にし、戦争ばかりする王の領土は、非常に荒れていて、それに比例するように魔獣も増えて行ったと言われてる。
「で、王様が『そのように魔獣が気になるのなら、お主はただひたすらに魔獣が尽きるまで狩ることを命じる』と言ったらしい。バカ正直だったのか、それとも嫌がらせだったのか、それとも僕らが考えもつかない理由からなのか、僕の曾お爺さんはここに村を作ったんだって」
「えっ、アーベルって公爵家の人?」
「あ〜、そうなのかもしれないけど、今は普通の人と同じだね。曾お爺さんは貴族位を返還したとか言っていたし。でも、今のノルドランデル公爵家の親戚ではあるかな」
「へぇ〜、どこかで歴史が違っていたら、アーベル様とか言ってひれ伏さなきゃいけなかったんだ……」
「あははは、それはないよ。曾お爺さんがテグネール村を作らなかったら、僕は生まれていないよ」
「かもしれないね」
「そーそー、曾お爺さんはここに村を作った時に、当時の騎士団の中で、曾お爺さんに着いて来た騎士たちもいたんだって。だからこの村では、貴族の血族が結構居るよ。それで、アグレル家は当時の副団長だったカール・アグレルの子孫なんだ。団長が、東側の端を護り、副団長は西側に端を護っている。もちろん、魔獣から村をね」
「へぇ〜、面白いね村の歴史は」
「なかなか無いよ、こんな村」
「でも、魔獣を滅ぼすために地位や家を捨ててここに移り住むって言うのは、本当にそれだけの理由だったのかな?」
「ん?」
「う〜ん、上手く言えないけど何か秘密がありそうかな」
「秘密?」
「うん、まず、諌言を聞き流していた王が、何故急に騎士団長をこんな場所に左遷してしまったのかも良くわからないし、戦争をしている国だったんなら、騎士団長を失うのは痛手だったんじゃないかな」
「うん、でも戦争好きで、特に理由もなく隣国の国境線を荒らしていた王が、そのことだけ明確な理由があっても可笑しいと思うんだよ」
アーベルの言うことも解る。が、歴史とは、誰がどの立場で記録したかによって、事実は歪められたりする。魔獣という良く解らないものと、《禁忌の森》という怪しげな場所、そしてヴァレニウス47世とアレクシス・ノルドランデルとの間でのみ理解されている、テグネール村への左遷。他の村のことは知らないが、この事実だけでもかなり面白い村であることは間違いない。
この村の始まりの話しをしているうちに、広場に到着した。おお、結構広い場所だ。
「ちょっと待てて!」
アーベルは、村の共有林の方へ走って行ってしまった。
広場は南北に長い四角形の形で、北側は半円になっている。東西の道沿いには少し人家が立ち並んで入るが、概ね空き地と言っていいだろう。南側では、水路があるようで奥様たちがおしゃべりがてら、水仕事をしているようだった。所々に下草が生えているが、土がむき出しになっている場所も所々にある。
広場には、道との境にいくつかの焦げ後のような煤が丸く点在していた。思うに、ここには何か照明になるようなものが、置かれるのだと思った。とすると、この半円の部分が舞台になるのだろう。
村の共有林から、アーベルが手に何かをもって出て来るのが視界に入った。持っていたのは枝で、地面に線を引き始める。それが舞台の位置と大きさを示していることはすぐに知れた。
「そんなに大きくないね」
「そうかい?」
「こっちが正面だよね」
「そうだよ、みんなは面白そうな出し物が始まると、ここに集まってくるんだ。催し物は1つの鐘で2つの催し物が割り当てられる。前半と後半にね」
「1回目はいつから?」
「4番目の鐘から8番目の鐘で、催し物は6本が最大で、3日間で18本の催し物を見ることができるよ」
なるほど、午前10時から午後9時まで行われているようだ。でも、1つの催し物が1時間もかかるとは思えない。それに、こんな小さな村で18本の催し物なんて、ナイナイ!
「毎年、18本もの催し物をやるの?」
「ううん、毎年その数は違うよ。まぁ、定番もあるんだけどね」
「定番?」
「オロフさんの独唱、イェルドの野菜の発表会、ランナルたちは演劇をするね。そーそー、ロビンさんたちは演奏会をする」
「それだけ?」
「あと、行商をしている人たちが、1日1回、7番目の鐘の後に人形劇をして、8番目の鐘の後に1年間に起こったこの国の面白い出来事や大事件を語って聞かせてくれるんだ」
「なるほど……で、その催し物の順番はどうやって決めるの?」
「村長に伝えるんだよ、まぁ、だいたいは早い者勝ちかな」
「人が多くいる時間帯はどこ?」
「そうだぁ〜、4番目の鐘の後から人は多く集まってくるんだ。真上を過ぎるころは少し人出が少なくなって、5番目の鐘の後ぐらいからまた人が多くなるね。6番目の鐘のころが一番人が多いかなぁ。なんたって、人形劇をやるし、その後の話しも大人たちは楽しみにしているよ」
「子供のお客さんを期待するなら、6番目の鐘の頃がいいんだね」
「人形劇の後が一番いいだろうね」
じゃぁ、ダニエルたちは1日目の6番目の鐘の後半がベストな時間帯だ。
「舞台の北側から人が見ることはあるの?」
「ううん、舞台の北側は壁が立てられて、控え室が作られるから、北側から舞台を見ることは出来ないんだ」
「そっか……じゃぁ、村長さんの所に行って、日にちと時間を決めちゃおう」
「えぇ?」
「じゃあ、アーベル行こう!」
「えぇ、エルナちょっと待ってよ〜」
待たない! 早いもの勝ちなのだからいい場所の確保だ。これがくじ引きだったりしたら急がないけどね。
私がアーベルの手を引いて歩く姿に声がかかる。
「アーベル、エルナ!」
声のする方へ視線を移すと、大きく手を振る村長さんがいた。これを物怪の幸いとでも言うのだろう。
「村長さん、こんにちは」
「こんにちは、叔父さん」
「やぁ、会えてよかったよ。エルナ、いつもアーダとスサンのために、料理をありがとう」
「アーダさんとスサンはどう?」
「アーダは随分と落ち着いたよ。結局は覚悟の問題だったんだろうなぁ、スサンがどんな子であっても、私たちの気持ちは変わらないんだからね」
まぁ、普通の親ならそうだよね。産まれてきた子は、どんな性格でも、身体的に問題があったとしても、愛おしく育てるものだからね。単なる覚悟の問題なんだよね。
「スサンの夜泣きはどう?」
「そうだね、夜泣きは減ったけど、一日に泣く量は減ってないよ。あはははは」
「そっか……随分と繊細なのかもしれないなぁ〜」
「繊細?」
「え〜っと、色々なことに敏感に反応するって言うこと」
「……う〜ん」
腕を組んで唸りだす村長。そりゃそうだ繊細だということは、それだけ生きにくそうだということだ。
「でもでも、誰よりも優しい子になるよ!」
「そっ、そうだよ。色々なことに敏感な人は、人の気持ちも理解しやすいし、悪いことばかりじゃないよ!」
アーベルも力一杯、言訳をしているようだ。
「それと、ブリッドみたいに編み物なんかを教えると、とても上手になると思うよ」
「編み物?」
「他にも絵を書くとか、お菓子を作るとか……繊細な人は、物を作るのに適しているんだよ」
物作りに適しているわけではなくって、芸術性に特化するんだけどね。芸術なんて余裕のあることなど、この時代には王都ぐらいしか見られないと思うけど……。
「そっか……まぁ、健康で真っすぐに育ってくれればいいんだよ」
村長は、そう言うと優しい笑顔を見せる。さっきも言ったけど、結局どんな子でも親の気持ちは変わらないのだから。
「そうそう、叔父さんに用があったんだよ。お祭りの催し物に参加したいから登録してよ」
「えっ、もう決まったのかい?」
「うん、ほらアッフたちが去年、舞台を壊しただろう?」
「あぁ、ダニエルたちがするのか……」
「で、いつを予定しているのエルナ」
「初日の人形劇の後」
「人形劇の後なんて、余韻を引きずっていて皆、気もそぞろだよ」
村長さんは、心配そうにそう言う。確かにそうなのだが、それよりもその場にお客さんたちが残っている方にメリットを感じる。『アッフたちが何かをする』という噂だけで、どれだけの集客力があるのかの方が予測しにくい。
「ダニエルたちが、何か催し物をするって聞いて、どれだけの人が来る?」
「う〜ん……そうだなぁ、アッフたちの悪戯に困ってる人もいるけど、面白がっている大人たちも多いし、子供たちにも人気があるぞ。」
「そうなの?!」
結構驚きだった。まぁ、嫌われるようなことをするような子たちでは無いとは思っていたが……。
「ダニエルは、弱いものいじめをしないし、そう言うのが大っ嫌いだから小さい子たちのヒーローだよ。ブロルは女の子に人気だな。ヨエルは、末っ子の甘えん坊だから大人の女性に人気がある。ニルスは、器用で洞察力があるから仕事をしている大人の人は、ニルスを評価しているよ」
そうだったのか……じゃぁ、集客力は結構ある? だとしたら、人形劇の前にぶち込んだ方がいい?
「う〜ん……解った、じゃあ人形劇の前にする!」
「何だか、随分と自信があるようだね」
「うん、催し物のテーマは『皆をあっと言わせる催し物』らしいから」
「あははは、それはダニエルが言ったことだね」
「うん。ところで、どうして村長さんは、広場にいたの?」
「えっ、ああ、エルナは知らなかったのか、あそこが私の家だよ」
村長さんが指し示した家は、広場の南にあった。そうか、あそこは仕事場だったのか。じゃぁ、村役場の二階ってどうなっているのだろう?
村長さんと連れ立って、村役場(?)に向かった。
<エルナ 心のメモ>
・村の最長老はマリー=ルイスさんで、オロフさんのお婆さん。いけない、歳を聞くのを忘れた。
・この村の東側にレギンの家はあるのは、騎士団の団長の子孫だからで、団長は東側、副団長は西側の端に家があり、村を護るためにその配置になった。
・副団長の家はアグレイ家らしい。じゃあ、レギンたちは、ノルドランデル家。ともにもと貴族様。
・この国の名前はヴァレニウス王国
・ヴァレニウス47世は迷惑な王様だったらしく、戦争狂で隣国との国境線を随分と荒らしたらしい。
・レギンの曾お爺さんで、この村を作ったアレクシス・ノルドランデルは、ヴァレニウス47世の幼なじみだった。が、アレクシスの諌言によって、この村に左遷された。
・2人しか知らないこの事変は、何か他に理由がありそうな気がする。そもそも、意味も無く戦争をするって所に無理があるように思う。
・村の共有林近くにある広場の北側に、お祭りの時に舞台が設置される。
・お祭りは、1日に6回の催し物が出来るように時間割されている。
・お祭りの3日間、7番目の鐘の後に行商人たちによって人形劇が催され、8番目の鐘で、この国で起こった事件などを語ってくれるらしい。
・アッフたちは、この村では人気らしい。