まずっ!
どうやら私は、かなり危ない森で、偶然レギンとアーベルという兄弟に助け出されたようだ。
2人の住む家に逃げ込んだ後、私はブレスレットに刻まれた文字によって、エルナという子であると認識されている。が、私にはさっぱり解らない。そもそ も、そのブレスレットとやらにあるのが、文字として認識できない。アルファベットとも違うし、くさび形文字みたいに単純なものにも見えない、アラビア文字 ほど複雑そうにも見えない。
「腹はへっているか?」
レギンがそう尋ねると同時に、私はお腹が鳴った。きゅるるると。涙が出るくらい可愛らしい音。
微笑むレギンが私を抱き上げると、ちょこんと椅子に座らせられた。
随分と大きくて立派なテーブルには、5つの椅子があったが、ここにいるのは2人だけだ。他の家族はどうしたのかな? などと思っていると、湯気のたつ木製の器と匙が置かれた。
木製の匙など、雑貨屋で見たらほのぼのとした気分になっているのだろう。ここは全てがハ○ジの世界のようだった。
ログハウスのように、木材が丸太のまま利用された家と、すべてが手作りらしい家具たちと、極めつけは暖炉だ。
匙を握ったまま、私はあたりをキョロキョロと観察する。いつのまにか目の前にアーベルと呼ばれる少年が腰をかけていた。
「エルナって、どこの子?」
アーベルがそう訪ねる。が、何度も言うが私が聞きたい。
ふるふると首を振ってみる。私はブレスレットの文字が読めない。彼らの言葉は日本語として聞こえているが、私が喋る言葉が彼らにちゃんと言語として聞こえるのだろうか? 私が発した言葉は『でかっ!』だけである。とりあえずは、首振りだけで済ませようと決心する。
「覚えていないの?」
コクコク。
「誰かと一緒だった?」
フルフル。
「一人で《キンキの森》に?」
驚いて声を上げるアーベル。変な固有名詞が登場した《キンキの森》だ。キンキとは禁忌のことではなかろうかと思う。あの森の暗いイメージがそう思わせるのかもしれない。是非にもその《キンキの森》の意味を知りたいが、首振りだけで済ませようと決心したばかりだ。首を傾げてやりすごす。
「アーベル、エルナが食べれないぞ」
いろいろと質問をするアーベルと違い、レギンは黙って私を見つめるだけだった。
テーブルの上には、私の片手ではつかめそうもない太いロウソクに灯がともっていた。一番遠くにはカゴとそこから覗くまるっとしたものは、毛糸ではないか。そして、いつの間にかパンの入ったカゴが増えていた。
多分、このスープとパンを食べろと言うのだろう。私は隣に座るレギンの顔を見ると、微笑みながら頷いた。
Goサインが出たので、遠慮なくパンに手をのばす。
(固っ!)
パンは何日放っておいたのかと、文句をいいたいくらいに固い。触った感じは、軽石みたいだった。これ以上怖くて、ムギュっとパンの弾力を確認できなかった。
これを食せよとは恐れ入った。ここの人たちはこれが噛めるのか?
『出されたものは文句を言わずに食べる』というのは、私の中にある信条なのだが、何せこのパンを咀嚼できる気がしない。触っただけなのだが、噛めない自信がある。
「そういえば、自己紹介がまだだったね、僕はアーベル。そっちがレギン兄さんだ」
固いパンから視線をアーベルに移す。薄茶色の髪に紫色の瞳だと先ほども確認はしたが、アーベルを見て最初に思うのはやっぱり髪の色と瞳の色だ。日本人 はほぼ黒い髪に黒い瞳だから、つい多色ある西洋人の髪と瞳の色を見てしまうのかもしれない。えっ、もしかしたら私が例外?
まぁ、それはさておき、アーベルの一番の特徴はやっぱりその紫の瞳だと思う。ぱっと見た感じでは小学生の高学年に見えるのに、紫の瞳を見ていると、だんだんと、予想していた年齢を上乗せしたくなる。簡単に言ってしまうと賢そうである。
「食べなさい」
隣に座るレギンが、いつのまにかパンを小さくちぎっては、スープに入れていく。
あぁ、なるほど、この固いパンはスープに浸して柔らかくして食べるのか。食べれると解ると、俄然、空腹が気になりだす。よし、何が入っているのか皆目検討がつかないスープであるが、まぁ、この2人の食べている物のようだから、死にはしないだろう。見知らぬ地の見知らぬ物を口に入れるのが、結構勇気のいる ことだと初めて実感した。
スープを匙にすくい、口にもって行こうとした時、再びアーベルが質問を投げかける。
「エルナは5歳くらい? あぁ、ちなみに僕は14で、兄さんは16だよ」
「ぶっ!」
今、まさにスープが口に入ろうとしていた時だった。思わず吹き出した。と言うか、匙の中の液体を吹いてしまった。
16歳と言ったら高校1年生ではないか。このやたらと落ち着いた寡黙な青年は、まだ少年の分類ではないか。
アーベルの14歳にもちょっと驚いたが、レギンの16歳って……。
私の驚いた顔を見て、アーベルは笑い出した。
「兄さんの歳の話しって、5歳の子にも通用するんだ」
「アーベル、エルナに食事を摂らせろ」
レギンは渋い顔をアーベルに向けると、立ち上がって外に出て行った。
血に濡れた刀を持って現れた、あの戸をくぐったので、外に出たのは間違いはないと思う。
私は何の気無しにレギンを目で追っていた。
「さぁ、エルナ。早く食べないと、俺が兄さんに怒られちゃうよ、兄さんは戸締まりをしに行っただけだから、すぐに戻ってくるよ」
えっ、私、そんな不安そうな顔してた? 次に何が起こるのか全くわからないし、自分の状態もどうなっているのか何も解らないのは変わってないが、私は16歳の少年(?)を頼りにする程、若くはないんだぞと思う。
が、どうも体が子供であることと関係あるのか、先ほど思わず泣いてしまったことといい、精神年齢が退化しているのかと不安になる。
そーそー、今の状況は現実世界でよく校正の仕事が回ってきていたラノベの世界と似ているではないか。しかし、大きく違うのは、私はどうもチートキャラで はないと断言できることだ。だって、体が子供って……腕力、体力は無いだろう。何だか、魔法も使えるような気がしない。何だか都会という場所でもないの で、地理的にも身分的にも、特典がなさそうなのだ。
「エルナ、早く食べちゃいな」
匙を握ったまま、ラノべのことなんか考えていたら、アーベルが目の前のテーブルを指てコンコンと叩いた。
そう言えば私が食べないことで、レギンはアーベルを嗜めていた。彼が戻ってきて、まだ手をつけてなければ、アーベルが怒られるのだと気づく。
私は、今度こそ考えなければならないことを脇に押しやり、スープを口に入れた。
そして、入れてわずか数秒で、口の中から、ダラーっとスープが出る。
最大の拒絶。
「まずっ!」
《エルナ 心のメモ》
・私を助けてくれたのは、レギン(16)とアーベル(14)という兄弟
・私のいた場所は《禁忌の森》と呼ばれる危ない場所
・食べた料理が不味かった