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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第2章 テグネール村 2
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フェルトとパン作り

 朝食を終え、明日のパンの酵母菌を作っていると、イーダさんとこれまた見知らぬ少女がやってきた。この子は、昨日イーダさんが言っていたブレンダという、ブロルのもう1人の姉であると想像できた。でも、ブロルと似ているのは外見だけで、ブレンダが喋り出すと、私はある人物の姉の間違いではないかと思わずにはいられない。


「おはよう、エルナ。約束した通りに、パンの焼き方を教わりに来たよ」

「おはよう、イーダさん」


 イーダは最初の挨拶をかわすと、両手に一杯持っていたものをテーブルに置いた。


「うちで余った食材や、保存食を持って来たよ」

「こんなに?」

「だって、パンを貰ったし、これからパンの作り方を教えてもらうんだからね。まぁ、そんなのが無くったって、この家の子は私の可愛い甥っ子と姪っ子なんだよ」


 そう言うと、イーダさんは私の頭を少し乱暴にかきまわした。そして、イーダさんの横から顔を出したブレンダは、ニカっと男前な笑顔で私の頭の毛をわしゃわしゃとかき回した。その撫で方も、何だか豪快なのだが……。


「あなたがエルナね、私はブレンダよ。本当はパンを焼くのは苦手なんだけど、頑張って覚えてみせるわ!」

「そんなに難しくはないですよ」

「あははは、この子の不器用さを甘くみない方がいいよ、台所にいるより、表で棒きれ振り回して走っている方が、昔から得意だったんだから」


 イーダさんの言葉に、ブレンダは苦笑いをしてみせる。本人もそれを十分理解しているようだ。これは、ブロルの姉ではなく、ダニエルの姉にふさわしいのでは? と思ったわけですよ。

 そんなことを3人で話していると、遠くから私をよぶ声が聞こえ、それが徐々に近づいて来ていた。扉を開けてみると、ブリッドが早歩き……いや、もはや競歩の勢いでやって来るではないか。何をそんなに慌てているのかと思っていたら、たどり着いたとたんの第一声は……。


「あの犬はどうやって作ったの?!」


 だった。

 一瞬、何のことかと思ったが、すぐに昨晩ダニエルにスサンのおもちゃだと、アーベルの目の前で作ったフェルトの犬のことを思い出した。


「あの可愛さはなに? 私も作ってみたい」


 凄い食いつきだった。そんなに可愛かったかなぁ、いやいや、私の腕もたいしたものだ。なんて、自画自賛をしているところ、イーダさんが割って入る。


「おはよう、ブリッド」

「あっ、叔母さんおはよう」

「何をそんなに騒いでいるんだい」

「あっ、こめんなさい。私ったら……」

「昨日、私が作ったおもちゃをスサンにあげたんだけど、それの作り方をブリッドが知りたいみたい」

「おもちゃ?」

「そうなの、叔母さん凄いのよ! 本当の犬みたいで可愛いの」


 再びブリッドの変なスイッチが入ったようで、弾丸のごとく喋り始めた。いやいや、このテンションを押さえるには、とりあえずどう作ったかを教えた方がいいだろう。これではパン作りに支障を来すことはないと思いたい。


「じゃあ、ちょっと待ててね」


 私は桶と水と石けん、昨日奇麗に洗ったヒツジの毛を一握り持って戻った。ブリッドばかりではなく、イーダさんやブレンダも黙ってことの成り行きを見守っている。


「このヒツジの毛は、本当は捨てるものを奇麗に洗って干したものです。この毛の固まりに、石けんと水で揉みます」


 両手で揉んだり、手のひらで転がしたりするうちに、固く丸まっていく。そして、針を取り出してぷすぷすと刺す。

 作り方は、アーベルの前でやってみせたものと同じだ。マズルを作って墨で黒くしいたヒツジの毛を、目と鼻すると出来上がりだ。


「凄い!」

「こりゃぁ驚いたね」

「うぅ〜、エルナ……教えてください」

「いつでも教えてあげるよ。でも、その前にパンを作らないといけないからね」


 パンを作り終えたら、ブリッドにフェルトの人形の作り方を教えることになった。これで、ブリッドは気が済んで、落ち着いてパン作りに参加できるだろう。

 3人でイーダさんから貰った食材を食糧庫に仕舞い、マッツさんが来る前に酵母菌の作り方を教えることにした。


「これは……小麦の殻かい?」

「はい、普通に製粉して出る殻と、さらに臼で引いて細かくした殻の2種類です」

「これがコウボキンの素?」

「これと、お水だけで作ります」


 私は、いつものように作ってみせた。そう言えば、ブロルが毎日2つの酵母菌の壷を売ってくれと言っていた。そうすると、今日は10つの酵母を作らねばならない。


「そして、これが完成した酵母です」

「おや、随分とかさが増えてるね」

「はい、勿論お水を吸っているのもあるのですが、菌が小麦の殻をエサにして、息をしていると思ってくれると近い感じです」

「しかし、ちゃんと膨らんでくのか心配だね。特に難しい行程がないから、逆に失敗しても手がつけられないよ」

「そうですね、私も余分に作ることにしいるの、失敗したらその日はパンが食べれなくなるし……」


 イーダさんは、ブロルそっくりな仕草で考え込む。右手のひらに頬に添えて、右手の肘を左手で支える仕草だ。


「やっぱりブロルの言う通り、コウボキンを買う方がいいかもしれないね」

「あっ、その話し本当だったんですか?」

「あぁ、ブロルがね、コウボキンを作る手間を考えたら、買った方が安いと言うんだよ」


 私が朝に仕込んで、夕方にある程度発酵を確認したら、マッツさんのパン屋と宿屋にそれぞれ卸しに行くことを提案してみた。


「宿のパンはいつ作るんですか?」

「そうだねぇ、4つめの鐘くらいから、パンを作るね。昼を過ぎる頃には、新しい客を迎えたり、食事の仕込みをしないといけないからね」

「酵母を使うにはちょうどいい時間です。あの壷1つで、20個のパンが作れますが、2つでいいですか?」

「そうだねぇ〜……」

「早めに言ってもらえれば、増やすのも減らすのも大丈夫ですよ」

「そうかい? でも、エルナがパンを作った方が儲かるんじゃないかい?」

「えぇ〜、そんなの面倒ですよ。私は他にやりたいことがあるし、時間がもったいないです」

「他にやりたいこと?」

「はい、もっと美味しいものを作りたいですし、不便な所も直したいです」

「もっと美味しいものか……そしたら、その作り方を買わせてもらおうかね」

「はい! その時はよろしくお願いします!」


 イーダさんは私の返答が可笑しかったのか、声をあげて笑った。あぁ、やっぱりイーダさんはダニエルの母ちゃんだな。


 そんなことを話しあいながらマッツさんを待っていると、ほどなく釜の掃除を終えたマッツさんがやってきた。随分と急いでやってきたのか、顔に少しすすがついていた。

 そして、4人に酵母菌を使ったパンの作り方を教え、その傍らで、私は食パンを焼きながら、処分待ちの野菜とヤケイの肉のスープを作った。


 一番最初のパンを休める行程で、皆でお茶をしながら村の話しや今度の祭りの話しをした。マッツさんは、胡桃やレーズンなどが沢山入ったパンを売るらしく、今年はこのパンのお陰て、何か考えないといけないとぼやいた。イーダさんは宿が忙しく、祭りを楽しむことは難しいとをぼやいていた。


「宿屋は、そんなに忙しいんですか?」

「うちは、祭りの間は食事を提供する場所になるし、夕方からは酒場が大騒ぎになるんだよ」

「そう言えば、お祭りは1日だけですか?」

「いや、3日間続くんだよ」

「3日ですか!? 準備とか大変ですね。マッツさんは、パン屋はどうするんですか?」

「広場に屋台を出して、そこで普通のパンも売るんだよ」

「それじゃあ、エルナのパンで大もうけができそうだね」

「まぁ、そうなるだろうとは思うけどなぁ」

「何か心配ごとですか?」

「いや、この柔らかいパンが売れるんなら、俺が屋台で売る木の実が入ったパンは固くて売れないんじゃないかと思う」

「ああ、そうかもしれないねぇ〜」

「イーダさん、屋台で売れるものの条件ってなんですか? 安いこと?」

「食べ歩きができるような簡単なもの。それと、特別な気分になるものは良く売れているみたいだよ」

「特別な気分?」

「お祭りだから食べられるようなもの。例えば、甘いお菓子とか」


 イーダさんの言いたいことは理解できた。お祭りでは財布の紐も緩くなるから、普段は高いようなものもちょっと奮発して買ってしまう。

 日本では、ガッツリ感のあるお好み焼きとか焼きそば。甘いものは、リンゴあめとか綿菓子。おもちゃは水風船やお面なんかが定番だろう。

 まぁ、マッツさんが本当に困るようなら、ホットドッグやサンドウィッチなんかを教えてもいいかな、なんて思っていた。


「こんなもんでいいかな」

「パンの種を休ませること以外は、作り方は一緒だね」


 イーダさんもブリッドも、勿論、マッツさんのパンも普通に焼けた。


「何でこんな簡単な形が、こんな不思議なパンになるんだい?」

「ふふ、ブレンダのパンは、ぼこぼこなっちゃったわね」

「あたしだって、どうしてこんな形になるのか知りたいよ!」


 残念ながら、釜に入れる前は、みんなと同じ形だったのにブレンダのパンは、焼き上がるとぼこぼこと凹凸があるパンになっていた。私にも原因はわからない。イーダさんとブリッドは盛大に笑っているが、ブレンダは少し困った顔をしているだけだった。どうやら、ブレンダは筋金入りの不器用なのか? いや、このいびつなパンを作りだす才能は、不器用を通り抜けて器用の域に入っているのではないか?


 まぁ、皆は問題なくパンを焼くことができた。明日のパンを焼く練習として、マッツさんは約束の5つの壷とは別に、2つの壷を新たに購入してくれた。そして、明日渡す5つの壷を置いて行ってくれた。

 イーダさんとブレンダは、2つの壷と練習で焼いたパンを少し持って行ってくれた。さすがに、あの量のパンを消費することはできないから、大助かりだ。マッツさんもパンをもう少し持って行ってもよかったのに……。


 3人が帰って行くと、待ってましたとばかりにブレンダが、持って来た鞄から何やら取り出した。


「これ、この前約束した子供用のかぎ編み針よ」

「えっ、あっ……これ、凄く使いやすい」


 私の手にジャストフィットするサイズの針は、木製なのに丁寧にヤスリがかけられていて、ツルツルだった。


「それじゃぁ、フェルトの犬の作り方を教えるね」


 ブリッドは待ってましたと微笑んだ。ブリッドだったら、フェルトを作るのを手伝ってくれるかもしれないと期待したい。


「ねぇ、エルナはフェルトって言っているけど、それは何?」

「フェルトは、ヒツジの毛を一枚の布にしたものなの」

「ヒツジの毛を一枚の布に?!」

「ちょっと待ててね」


 私は、2階から昨日使ったマットレスを取りに向かった。あの「なんちゃってマットレス」のお陰で、藁の不快な感触を味合わずにすんだ。快適な目覚めだったのだ。

 マットレス万歳!


「これが、フェルト」

「へっ?」

「これはベッドに敷くものだから、かなり厚手に作ってあるけど、これを薄く作ればもっと沢山のことができるの」

「水と石けんとヒツジの毛でできるのね」

「ちょっと作ってみる?」

「ええ!」


 瞳を輝かせてブリッドは立ち上がった。大人しそうな感じなのに、ブリッドは第一印象とは大きく違って見える。もしかしたら、ブリッドは手芸のことになると、こんなリアクションがはっきりとするのかなとも思う。アーベルが、ブリッドは手芸が上手いって言っていたし……。


 私は、アーベルとしたフェルト作りを再現し、ブリッドは積極的に手伝ってくれた。やっぱり、ブリッドをフェルト普及委員会の委員長をしてもらおうと心に誓う。


「本当に簡単にできるのね」

「そうでしょ」

「ヒツジの毛は、水に入れると縮むのは知っていたけど、それをこんな形にしてしまうなんて……」

「このフェルトは、足の形に切って、靴の中に入れるとさらに暖かくなるの」

「ああ! それは凄いわ」

「それに、服を引っ掛けて破いてしまっても、可愛い形に切って、その上に縫い付けると、補修した場所も見えないし便利でしょ」

「可愛い形に切る……」

「丸や三角でもいいけど、赤いフェルトを丸く切って、ヘタを刺繍糸で作ればアップルになるでしょ?」

「えっ?」


 いかん、想像を越えているか? アップリケのことなんだけど……。まぁ、見たこともないものを想像するのは難しいし、私の説明もちゃんとできているかと言うと、かなり怪しい。

 仕方ないので、今度実践すると約束をして、フェルトの犬の作り方へと話しを進めた。今度は、ブリッドだけで作ることにした。それがもう、喜々としてやっている。しまいには、私を放って夢中でやっているものだから、お昼のご飯お支度をさせてもらった。

 そう言えば、アッフやアーベルたちは一度も顔を出してこないけど、大丈夫なのかな? お祭りの出し物を考えている4人に、仕事を終えたアーベルが引っ張り込まれているのは、容易に想像ができる。が、それでも一度くらいは顔を出すのではないかと思っていた。それとも、煮詰まらずに、何かいい案でも出たのかな?

<エルナ 心のメモ>

・ブロルの姉のブレンダは、豪快な姉御だった。

・ブレンダが、スサンにあげたフェルトに犬に思わぬ食いつきを見せる

・イーダさんはダニエルの母ちゃんで、ブレンダは姉ちゃんじゃないかと思うよ

・明日から夕方に、宿屋に2つ、パン屋に5つの酵母菌の壷を配達する

・マッツさんは、祭りに屋台を出して、木の実の入ったパンを特別に焼いて売るらしい

・祭りは3日間も行われる

・宿屋は食事所となり、夜は酒場に変身するようだ

・ブリッドをフェルト普及委員会の委員長をしてもらおう

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