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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第2章 テグネール村 2
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ブロルとオーサ

 早朝からパン作りをした。イーダさんとブリッドとマッツさんと、数時間後に再びパンを焼かなければいけないのに。

 今日は、朝からテグネールのアッフたちが来月のお祭りを控え、何の催し物をするか会議だそうだ。お陰で、6人分の朝食を用意しなくてはならない。昨晩、多めに作ったコーンクリームスープを朝にも出して、焼いたソーセージや炒めたキャベツ、スクランブルエッグ、火をとおしたハム、保存食としていたトマトソースを用意した。

 焼けたパンに切り目を入れて用意していると、ダニエルとブロル、そして見知らぬ少女がやって来た。


「よぉ、エルナ! 今日は何を食わしてくれるんだ?」

「おはよう、エルナ」

「おはよう」


 謎の少女に視線を移すと、小さな声で「おはようございます」と言った。うむ、なんと美しい少女だろう。推測するまでもなく、ブロルの兄弟だ。


「こいつ、オーセ。ブロルの双子の姉さん」


 ダニエルは、他人の家に見知らぬ人間を、朝食に連れてくることに何の抵抗もないらしい。日本じゃ信じられないことだが、ここはここ、私も別にそう言うことに頓着する性格ではない。まぁ、自分が尋ねる側だとしたら、かなり気を使うけどさ。


「おはようございます、そして初めまして、オーサ。私はエルナ」

「初めまして、エルナ」


 オーサはブロルに似た美人さんだった。なるほど、まだ知らぬイクセル少年が惚れるのも無理からぬこと。ちょっと人見知りをする感じだが、髪の毛はちゃんと梳かされていて、可愛らしいピンクのリボンをしている。金色の髪と青い瞳は、ブロルと同じだ。


「今日は4人で話し合いをするんだよね」

「祭りに何をするか決めるんだよ」

「それはどれくらい時間がかかるのかな?」

「う〜ん、わかんねぇ」


 わかんねぇのかよ!

 と言うことは、昼もかなりの量を作らなければならない。そうなると、今朝の二番煎じになるけど構うものかと献立を決めた。悪くなりそうな野菜も、この際、処分してしまおうと思う。


「オーサも一緒に何かするの?」

「……ヨエルが壊したのは……私を助けてくれただけだから……」


 なんと小さい声。思わず耳をそばだててしまった。年寄りくさい仕草が自然と出てしまい、我ながら呆れた。体がいくら若くても、習性や習慣はいかんともしがたい。


「あははは、なんだよエルナ、エッバ婆さんみたいだな」


 やかましいわ!

 ダニエルは、私の仕草を見逃さなかった。その上、遠慮と言うものを知らない。私も遠慮なく、ダニエルにパンチを食らわす。が、ダニエルには屁とも思っていないようだった。


「ところで、昨日エルナが作ったパンを食べたよ」

「どうだった?」

「驚いたよ、あんなに柔らかいパンが作れるなんて思わなかった」

「今日、イーダさんが来るから、明日から毎日食べられるんじゃないかな」

「あの柔らかいパンは、コウボキンとか言うヤツを入れるから?」

「そうだよ、あれでパンが発酵……おいしくなるんだよ」


 ブロルは、ちょっと考えて言った。


「そのコウボキンを毎日うちに売ってくれないかな?」

「えっ?」

「うちは宿屋だから、朝は結構忙しいんだ。そのコウボキンは簡単にできるのかな?」

「うーん、簡単と言えば簡単だけど、前日にその次の日に使う分を作らないといけないし、ちゃんとできているのか、かなり手間をかけないといけないかも」

「パン屋には、銅貨8枚で売るんだろ?」

「そんな話しになったよ」

「じゃあ、ウチにも銅貨8枚で、そのコウボキンを2つ売ってくれないかな」

「ええ〜っと、そんなこと勝手に決めていいの?」

「父さんには、僕が話しをしておくから、明後日からでいいかな?」

「いいけど……」


 あれ? 君は確か9歳ですよね。今年小学3年生?

 何ですかこの会話は?


「なぁ、話しは終わったか? 俺、腹へっちゃった」


 ダニエルくん、君は間違いなく小学3年生ですね。


 レギンはアーベルとヒツジを放牧場に放すために、ヨエルとニルスは牛の乳搾りと、朝からみんな働いている。その人たちが帰って来てないのに、なんと遠慮のないことか。でも、ダニエルは裏表がなくって、真っすぐで、正直だから憎めない。お得な性格ですね。


「レギンたちが帰ってきたら、食事にするよ」

「じゃあ、俺、手伝ってくる」


 そう言い終わらないうちに裏手から外に飛び出して行く。本当にじっとしていられない子だ。

 一方ブロルとオーサは、私が作っているものに興味を示していた。


「これは何かな?」

「パンに、ウインナーなんかを挟んで食べるんだよ」

「ウィンナー……でも、ここには、ハムとかもあるじゃないか。これも挟むの?」

「そうだよ、このキャベツを炒めたものを最初に入れて、ウインナーを入れるの」

「ここにある、ものをパンに挟むんだね」

「好きなものを好きなだけ入れて食べるの。最後にトマトソースをちょっと掛けて食べてもおいしいよ」

「これって、簡単でいいね」

「そうでしょ?」

「うちの宿で使えないかなぁ……」


 さすが、宿屋の息子である。そう言えば、ニルスもエッバお婆さんの影響か、植物のことに詳しかった。ヨエルも言われる前に自分の仕事をやっている。

 ダニエルは……まぁ、あれはあれで。


「宿屋で?」

「うちは、カルネウスからステンホルム方面に向かうお客が多いんだけど、朝の食事をとって行くと、ステンホルムに明るいうちに着けないそうなんだ。だから、朝の食事をして行くのは、南へ向かうお客だけになるんだ」

「それだったら、このパンにキャベツとウィンナーをいれて、トマトソースをかけて売ったら? 馬に乗りながらでも、馬車で馬を操っていても片手で食べれるから、売れると思うよ」

「なるほど! 片手で食べられるのはいいね」

「歩きながらでも食べれるしね。その上、作るのは簡単だからいいと思うよ」

「う〜ん、いくらで売れるかなぁ」


 ひょっとしてこの子、宿屋の経営に熱心じゃなくって、お金儲けに熱心なの? お顔に似合わぬ守銭奴しゅせんどなの?


「オーサはどう思う?」

「……小麦粉にコウボキン、キャベツにウインナー、保存食のトマトソースで銅貨3.8枚だから、売り上げとしては銅貨6枚かしら」

「えっ、ええ?」

「銅貨2.8枚の売り上げはどうかな、銅貨7枚でもいいかもしれないな」

「でも、最初はそんなに高いと、薦めずらいと思うの」

「そこはさ、小銅貨8枚だけど、お客さんには特別とか言えばすむ話しだよ」

「それはどうかしら、普通に旅をしている人は、銅貨5枚ちょっとで、一食をまかなっているのだから、やっぱり6枚が無難なところだと思うわ」


 ちょっと、ちょっと! なんなのさ、この姉弟きょうだいは? 正直、ブロルがこの会話を続けても、ちょっと引くくらいなのだが、大人しくて人見知りの美少女の口から、ブロルと同じ様なことを聞くとは、どん引きだ。いや、そんなモノではなく、耳を塞いで無かったことにした。

 それに、この子たちの言葉遣いは、私に負けず劣らず子供らしくないじゃない。もしかして、私が怪しまれないのは、この姉弟きょうだいのお陰?

 それにしても、子供がこんな話しをしているのを聞くのは、本当に怖いです。


「あっ、ブロルとオーサだ」

「おはよう」

「おはよう」


 外から帰って来たヨエルとニルスは、走り寄って来る。あぁ、この2人こそ私の救いだ。

 遅れてアーベルとダニエルも入って来る。


「手を洗ってきた?」

「もちろん!」


 食事の前の手洗いは、ある程度習慣化されてはいるものの、ヒツジや牛の世話をしていて、手を洗わずに食卓に着くこともある。特に、ダニエル!


「今日は、何をするんだい?」


 食卓の上に積まれたパンと、いろいろなハムやウィンナーが個別に盛られている皿と、各自にスープが配膳されているのを見て、アーベルは興味深そうに眺めた。


「みなさ〜ん、席についてください」

「は〜い」

「これってどう食べるの?」

「何か面白そう」


 遅れてレギンもやって来て席につく。私は、椅子の上に立ち上がり、パンを手にとる。


「今日の朝は、みんなで好きなものを好きなだけ食べようと思います。まず、このパンの切れ込みに、炒めたキャベツを入れて……ウィンナーを乗せて、最後に……ミートソースを掛けます」


 私は、作ったホットドックをレギンに渡した。そして、再びパンを手にとると、レタスをとハムを入れ、マヨネーズを少し塗ってアーベルに渡す。そして、スクランブルエッグとウィンナーを入れて、ヨエルに渡す。


「さぁ、好きなものを挟んで食べてください」


 私がパンにいろいろ挟んでいる時は、すごく大人しくしていたのに、私の号令を待っていたかのように、わっと食材に群がった。慌てて、アーベルが止めて、せかされるように恒例の「ソールとノートに感謝を」と、レギンが口にすると、わーっと各々パンを手にとった。

 これは、立ち食いの方が向いているかもしれない。ホットドッグは、言わずと知れたアメリカ生まれの軽食だ。これをホットドックなんてよばないのは、『暖かい犬ってなに?』と聞かれるのが解っていたし、それを説明するダックスフンドなる犬種がこの世界に存在するのか解らなかったからだ。


 レギンは、最初に渡したホットドックを黙って食べていた。アーベルは、隣に座るダニエルに、何を挟んだのかを聞いていた。ブロルとニルスは、どの食材が一番この料理(?)に合うのか話していた。まぁ、ほぼブロルが話してニルスが頷くだけなのだが。

 ヨエルとオーザは、パンにいろいろつめてみていた。ヨエルは楽しそうで、オーサも微笑みながら、ヨエルの薦める食材をパンに挟んでいた。オーサは素の、大人しそうな美少女に戻っていた。果たして、こちらが『素』なのか解んないけど。


 パンに好きなものを入れて食べるというスタイルは、子供には大受けだろう。本当は、アーベルの誕生日に、このやわらかいパンがあれば沢山のお客さんに対応できるて、あんなに疲れなかっただろう。次は、食パンを焼いてサンドウィッチを作ろうと考えながら、私も食べ始める。焼きたてのパンのホットドックは格段に美味しい。


「ヨエルん家は、これを屋台で売ったら、すげー売れるんじゃないか」

「ダニエルの所では、何か屋台を出すのか?」

「いや、おやじは祭りを見回ったりして忙しいし、母ちゃんはスサンで大変だしな」

「僕の店は、兄さんや姉さんも手伝って大騒ぎだし、屋台には興味あるけど僕とオーサだけでできることを思いつかないんだ」

「このパンを売ったらいいんじゃねぇ?」

「小銅貨7枚を出す気があるのか?」

「高けぇーよ!」


 ブロルは、お祭りに屋台を出して小銭を稼ぐ気だったようだ。ダニエルは、それほど深く考えていないようで、相変わらず思いついたことだけを口にする。

 ブロルは、屋台ではもっと手軽に、銅貨1、2枚くらいで売れるものを考えているのだと思う。誰でも屋台を出せるので、その中で選ばれる秀逸な品を売るか、何カ所か回れるその1つに選ばれる安いものを考えるのが、売れる屋台の鉄則だと言う。


「アーベルはどう思う?」

「そうだなぁ……エルナのパンだけでもかなり稼げるんじゃないかな」

「おっ! それいい案じゃないか」

「待って待って、パンはマッシさんが売るから無理だって」

「何だよ、だったら言うなよなぁ〜」

「ダニエルが考えなしに言うからだよ」

「ちぇっ」

「冗談はさておき、ブロルは食べ物を売る気なのか?」

「そうだね、食べ物を売るのが一番楽かな。食材が余っても困ることはないし」

「なるほどね」


 アーベルは私を見た。


「へっ?」

「何かないかな?」


 あっ、卑怯な微笑み。


「……はぁ、しょうがないから、何か考えるよ」

<エルナ 心のメモ>

・オーセは、人見知りで大人しい、声の小さい美少女

・と思ったが、原価計算からどれだけ利益をあげるかと言う話では豹変

・ホットドックは、みんなに好評

・お祭りの屋台を出したいと、ブロルは考えている

・アーベルのお願いで、何か考えることになった。卑怯ものめ!

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