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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第2章 テグネール村 2
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故人の遺品は

 夕飯の支度の半分が終わって今、私はお風呂に入っています。

 食糧庫の前のドアの1つがお風呂だったのだ。お風呂と言っても、レギンがかろうじて入れるくらいの湯船があり、水が捨てやすいように壁際には窓があって、そこから水を捨てると、溝をとおって、どこかに排出できるよになっているみたいだった。ちなみに、私はお風呂と呼んでいるが、レギンたちは、ここにお湯を溜めて、体を拭き髪を洗うだけらしい。冬の寒い日には、お風呂になるらしいけど……。


 それよりも問題なのは、石けんで髪を洗うことだ。髪が、ぱきぱきになりました。でも、洗わない選択はないのです。清潔な日本人の私としては、よくも3日も我慢できたと、自分を褒めたい。

 幼児な体のお陰で、鍋で湧かして持って来るお湯も少なくてすむし、初めて自分が幼児なのを感謝した。


 今日、最後の8回目の鐘、これは私の中では18時の鐘である。その鐘が鳴って、コーンポタージュを完成させ、さぁ、お肉を焼くぞ! となったのだが、大きなお肉をひっくり返すのが、なんと大変なことか。と、言うわけで、肉を焼くのはアーベルにお任せして、私はレギンに体を洗うことについて質問をした。すぐにレギンは、お風呂なるものがあると教えてくれたのだ。


 なんでも、ここの冬はとても厳しくて、屋根の高さにまで雪が積もるらしい。でも、完全に孤立すると、病気になった時とか大変なので、地域で決められた道の雪かきをするのだ。酷い時には、吹雪の中で雪かきをするので、家に帰って風呂に入るそうだ。時には、足を温めるためにも使われたりするそうだ。日本の風呂の意義とは違うようだが、体を温められ、洗える場所があるのは嬉しい。

 せっかくのお風呂なので、ゆっくりしたいのであるが、外でヨエルが肉の焼き具合を実況してくれる。私は、肉が焼き上がる時にはテーブルについていなければいけないようだ。その様子がとても可愛らしくて微笑んでしまう。


 タオル代わりの薄っぺらい布を頭にかぶせてお風呂から出ると、テンションの高い少年3名と、テンションが高いのか低いのか判断できたことのない青年一歩手前が、ステーキを皿に盛り、テーブルに並べていた。どうやら、間に合ったのだと胸を撫で下ろす。私は4人に給仕を任せて、私専用の椅子に座った。これは下手に手を出したら不味い気がしたのだ。


「エルナ、このオニオンのソースを掛けるの?」

「ヨエル、沢山掛けてね」

「うん!」


 ヨエルは、最初から私に対して一歩を引いていた感じがあった。最初に出会ったのは、私がこの世界に飛ばされて2日目のことだった。最初からダニエルやレギンの後ろに隠れて、何か言いたそうな顔をするだけで、私に話しかけようともしなかった。でも、食べ物でテンションが上がると、普通に話しかけて来る。ふと、ヨエルにとってエイナとはどんな存在なのかと思った。エイナを思い起こす私の存在は、ヨエルにとって苦痛なのか、それとも単に人見知りなのか……。


 レギンたち兄弟にとって、エイナは一番下の唯一のおんな兄妹きょうだいである。エイナの話題は、レギンとアーベルにとって、とても辛いことだと解る。でも、ヨエルがどんな反応をするのかは不明だ。いや、解ったところで、エイナの話題をふるつもりはない。ここの兄弟は、仲が良いほうだし、お互いを思っているのは理解できる。

 実のところ、父親とエイナが魔獣に襲われて亡くなった。という事を聞いただけの私には、その死がどのような状況で、どのような様子だったのかも知らない。どのような言葉が当事者達に突き刺さるのか解らないのだ。本当は、詳しいことを知っていたほうが、いろいろと対処できると思うのだが、でもなぁ〜、これだけは首を突っ込んではいけないと言うか、首を突っ込まない方がいい気がするのだ。


「ソールとノートに感謝を」


 4人の食事前のお祈りの言葉に、私は、ハッとして我に返る。すでに、皆さんはお肉をパクリと口に運んでいた。そして、アーベルは驚いたように目を見開き、ヨエルはニルスと顔を見合わせ、レギンは嬉しそうに次を口に入れようとしていた。今までの食卓とは違い、みんなは無口に食べ続けた。私も食べ始めたが、それはそれは美味しいシャリアピンステーキだった。でも、何より感動したのは、コーンクリームスープに、柔らかいパンを漬けて食べたこと。仕事に行く前に、時間がなくて、スープの素にお湯を注ぎ、パンを漬けて搔き込んだ。そんな日常の再来に、何故か感動をしてしまった。


「ああ、エルナ。なんて美味しいんだ」


 安っぽい詩人みたいな台詞と、溜め息。アーベルくん、お姉さんはちょっと引いてしまったよ。


「それに、凄くやわらかい」


 レギンももの凄く珍しい微笑みを見せている。


「これ、毎日食べてもいい!」


 ヨエルとニルスは、顔を合わせて微笑む。


 でも、皆さん思い違いをしているぞ。そもそも、イーダ叔母さんにもらった肉は、すこぶる上物だと思う。松坂牛とかの高級肉には劣るが、さしが入っていた。勿論、タマネギの効果で柔らかくなってはいるだろうが……。

 恐るべし、成長期の男子。


「それにしても、エルナはよくお湯になんか浸かれるね」

「アーベルたちは、お湯に入らないの?」

「雪かきの後に入ったりはするけど」

「そう言ってたね」

「今は水をあびる方が多いかな」

「えっ、もう秋でしょ!」

「そうだよ」

「そうだよじゃないよ、風邪ひくよ!」

「風邪なんかひいたことないな」

「なっ、なんと……」


 どうやら、この時期は水浴びのようだ。少なくともこの子たちは。

 身震いをすると、アーベルが笑った。


「エルナは寒がりだね。冬になったらどうなるのさ」


 どうなるもこうなるも、私は冬もここに居ることになるのだろうか? 考えると、明日になったらふと元に戻っているとかあるかもしれない。とは考えるのだが、そんな上手くはいかないと強くも思う。人生は、自分にとって都合の良いことなんか起こらない。起こるとすれば、都合の悪い事ばかりだ。と思うのだ。


 もとの世界に戻ることとは別に、私はこの世界で生きて行けるのかも心配だ。か弱い幼女には、この世界は危険だと思える。何せ魔獣などという物騒なものがいる世界で、さらに言うなら、この世界のことは何も知らないのだ。

 村長さんは、領主様だとか商人ギルドとかに話しをすると言っていた。私はどこの子なのかも大きな問題なのだ。私、と言うか私の体の本当の持ち主が誰かによって、今後が大きく変わる。本当の両親が現れたら、ここではないどこかへ行くはめになる。何も解らない状態なのに、不慣れな環境は不安がつのる。ここは、何故だか変なことを言う子供を奇異の目では見ないし、レギンやアーベルは子供だからなのか、しつっこく聞いてこない。はっきり言って、ここではやり放題にできるのだ。

 ここにこの体があると言うことは、この子には両親がいて、血のつながった人がいて、この子がいなくなったことで、とても悲しんでいる人がいると思う。でも、この子は生きていると言えるのだろうか。私はどんな状態でこの子に宿っているのか全くわからない。私がもとの世界に戻ると、この体はどうなるのだろうか?


「そんな深刻な顔して、溜め息をつかなくても、ブリッドに頼んでセーターなんか編んでもらうからね」


 私の目に、アーベルとレギンの心配そうな顔が映った。ああ、寒がりのエルナは、冬をどう乗り切ろうと思案していると思ったのか。


「寒かったら、ヒツジと寝る」

「だっ、ダメだよ。ヒツジは気弱そうに見えるけど、神経質だから、蹴られたり体当たりされたりするんだよ。危ないから、絶対にダメだよ!」

「うん、解った」


 冗談のつもりが、アーベルの思わぬ剣幕に素直に頷いておいた。レギンの眉間の皺が増えているし……。

 この世界のヒツジは、少し大きいだけで外見は私の知るヒツジと大差ない。しかし、驚くほど小食だし、毛の生えるのも早い。レギンの家の敷地で、50匹以上のヒツジを飼うのは不可能なので、放牧に行っていると最初の頃は思っていたが、この話をアーベルに聞いて納得した。この世界は、やっぱりチートな世界だ。


「そう言えば、明日はイーダ叔母さんたちが来るんだっけ?」

「うん、パンの作り方を教えるって約束したから。それに、明日は風の日だからパン屋さんのマッツさんも来るね」

「そっか、じゃあ、エルナのセーターなんかをブリッドに頼むかな」

「ブリッドは、編み物が得意なの?」

「そうだよ」

「そう言えば、ブリッドが編み物の道具をくれるって言っていた」

「そうなの?」

「ランナルさんという職人さんが作った、子供用のかぎ針なんだって」

「うちにも、あったはずだけど……」


 うわぁ、またエイナの話題に飛びそうだ。あるとしたら、エイナのものだろう。

 私は、エイナのものを随分と拝借している。ベッドや衣類が最たるものだ。でも、ちょっと心苦しいのです。特に衣類は、丁寧に繕われた所とか、靴下のつま先のほころびとか、特別に縫い付けられた可愛らしいリボンとか。そこには、エイナが「可愛い」とか「大好き」が籠っているような気がする。そんな思いが入っているものは、エイナが死んでも、それはエイナのものなのだと感じるのだ。だから私は、何の飾り気も無いシンプルなものを拝借している。


「アーベル、それはエイナのものなら、私はやっぱりブリッドから新しいものをもらいたい」

「それは、どうして?」

「それは、エイナのもので、エイナが大切にしていたら可哀想かなって思うの」

「でも、エイナは……」

「うん、でもエイナの大切に思っていた気持ちは、消えて無くならないし……」


 日本では、故人の遺品は大切にされる。おじいちゃんが好きだった植木、おばあちゃんが大切にしていた指輪等々。その品物を受け継ぐ人も、それを見るたびに故人を思い出す。知らない人の遺品は、忌諱するでしょ。普通は。

 エイナを思い出して、大切に使うことができる人が持っているべきものだと思うのだ。でも、精神年齢大人の私でも、それを上手く説明できなかった。

 でも、レギンは席を離れて私の頭を撫でてくれた。


「エイナを大切に思ってくれてありがとう」


 そう言うと、食器を片付けはじめる。レギンには伝わったようだし、アーベルもそれ以上は何も言わなかった。

<エルナ 心のメモ>

・冬はものすごい積雪らしい

・雪かきの後や、凄く体が冷えた時のみ湯船に浸かるらしい

・雪に閉ざされて、病気なると大変なので雪かきはかかせない

・今時期でも、水浴びで済ませるらしい(聞いただけで風邪をひきそうだ)

・肉を求める男の子のエネルギーはすごい!

・ブリッドは編み物が得意

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