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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第2章 テグネール村 2
23/179

ニルスとエッバお婆さん

 川を眺めていた。なんて、なんか乙女チックに聞こえるかもしれないが、ご想像通り、乙女という単語とは無縁になりつつある29歳の私が、そんな黄昏たそがれは起こさない。川を見ていたのは、魚影を探していたからだ。


 この世界には上等な手作りバターがある、私はとにかく魚が好きだ。以上のことから、白身でもなんでも良いので、ムニエルが食べたいのだ。川を見てから、もう、無償に食べたくなってしまったのです。


「エルナ、シャテーニュが沢山採れたよ」

「ねぇ、アーベル。川には魚がいるの?」

「いるよ、ビアンが釣れるけど」

「ビアンって、皆食べるの?」

「う〜ん、そんなに食べないかな。スープに入れてもすぐにバラバラになっちゃうし」

「身が白い?」

「いや、ちょっと……説明が難しいな」


 とりあえず、ビアンという魚が捕れることは解った。でも、どうも白身魚ではないようで、もしかしたら鮭のような赤身なのかもしれな。心のメモに記しておこう。


 それと、シャテーニュとか言う変な単語が出てきたが、それはクリのことですか? 音自体はフランス語っぽいけど、だとしたら、この実は間違いなく栗なのだろう。ここの所、食材の名前は、私のいた世界のどこかの国の言語の場合、それは私の良く知る食材であることが解った。あくまで高い確率の話しです。例外はシトロンはフランス語でレモンのことだ、味も間違いなくレモンで、形はちょっと丸くて大きいのだが、これは完熟期はオレンジとして食べられるという、一度に二度美味しい果物だ。そんなモノは私の世界には無い。そして、もう1つの例外は、キュウリがこちらではカハと呼ばれている。これはどこの言語なのでしょうか? 私は聞いた事がないので、こちらの言語だとすると、あのキュウリは似て非なるモノなのかもしれない。


 食材は、うっかりすると人体に有害なものがあったりするので、要注意だが、ここの世界の人々が食べているから私も大丈夫! は通用するのか解らないのが正直な所だ。


「エルナ、何か考えごと?」

「お魚食べたい!」

「え〜、美味しくないよ」


 魚が食べたいにすり替えた。しかし、アーベルは私のように色々知っていて、ギョっとするようなことを連発するおかしな子供を、よくも疑わないと思う。普通は気味悪いだろうと思うのだが、私は子供のようには喋れない。聞いたら怪しまれるようなことは、極力言わないようにはしているが、それはあくまでも私の中でのことだ。私は一体、どんな風に見えているのか。


「で、エルナは魚の料理でも考えているの?」

「魚だけじゃないよ、どれがどんな風に料理できるか、いつも考えてる」

「で、今は魚を考えているのか」

「魚だけじゃないよ、川で捕れるものは何でも料理にできるかもしれない」

「川にいるもの?」

「川にはクレーフトゥやアルメハもいる」

「クレフタもいる」


 驚いたことに、情報提供してくれたのはニルス少年だった。が、私に解るのはクレフタがザリガニだと言うことだけだ。


 私が首を傾げると、ニルスくんは唐突にジャブジャブと川の中に入って行く。水は、足首より少し上くらいなのだ。ニルスくんは、岸辺に近い川の中にある石に手をかけると、空いている右手を石の下に入れた。そして、私の前に突き出したのは、5cmくらいの蟹だった。


「クレーフトゥ」

「おお!」

「アルメハ」

「えっ?」


 驚いたことに、器用に指でクレーフトゥと言う蟹をつまみ、手のひらには黒い二枚貝が2個乗っていた。アルメハとは、川に住むシジミのような二枚貝だった。


「これは食べるの?」

「クレーフトゥは、夏に川で遊んだ後に捕まえて、ちょっと火にあぶって食べるけど」

「焼いて食べるんだ」

「あんまり食べる所もないんだけどね」


 アーベルの説明に、ニルスが頷く。ということは、そんなに美味しくないと言うことだろう。だって、蟹って焼いて食べる? 蒸すか煮るかして食べる方が美味しいし、沢ガニみたいな小さな蟹は潰して出汁だしにした方が断然美味しいです!


「アルメハは食べるの?」

「こんなに小さいの食べるの難しいよ」


 そう言って、アーベルはけらけら笑った。そうだよね、このシジミもどきは。5cmくらいあったら、それこそ焼いて食べるよね。


「クレフタは煮て食べるの?」

「そうだね、でも、食べるのメンドクサイんだよ」


 ごもっともです。とりあえず、川にいるザリガニや貝や蟹は、食べるのがめんどくさいので食べない。というのが正解のようだ。それと、これらは川には沢山いると言う。ちなみに、私の目の前の石をひっくり返してみたら、蟹が4匹ほど逃げて行った。そして、貝は黙視でもかなり居るのがわかった。こっ、これはひょっとして魚さえ釣れればブイヤベースができるのではないか? ああ、やっぱり魚介類はサイコー!


「まぁ、エルナが言うなら美味しいものになるんだろうけど、ちまちま食べなきゃいけないのはめんどくさいよね」

「海だったら、もっと大きなのがいるかもしれないね」


 今日の所はこれくらいで、勘弁してやる的な気分で、私は川を離れた。だが、近々絶対に食べてやると心に誓ったのだ。


 アーベルとニルスに連れられて、一度は収穫物を荷車に乗せるためにもとの道に戻った。途中で転びそうになった私を気遣い、ニルスくんが手を繋いでくれた。無口だが、なかなかの気遣いだ。その上、途中で草むらに手を突っ込んだと思ったら、面白い草を見せてくれた。新芽っぽいのだが、これがもの凄く巻かれている。ゼンマイみたいなのを想像してくれたかと思うが、そんなレベルのものではない。紙テープばりに、巻き巻きされている。勿論、最初に思ったのは、延ばしたらどこまでのびるのかな? と言うことだった。


「これ何? すごく面白い!」

「長い草」

「それは名前?」

「そう」


 ニルス少年は千切れた方を口に加えると、ふーっと息を吹きかけた。するとどうだろう、まるで吹き流しのように伸びたのだ。残念ながら、ピーと音はしなかったが……。


「何それ〜!」

「変だろ、この草」


 何ゆえに、そんな構造? 長い葉の中は空洞で、こんなに巻かれているの? 巻かれているのに緑ということは、光合成をしているんだよね。意味わかんない〜!


「これはね、冬ごもり草とも言われていて、冬の間に虫たちがこの草の中で冬眠するんだよ」

「それ、草にとって何の利益があるの〜、意味不明〜」


 あまりの意味不明な草に、私のテンションは上がる。この草を育てて観察したいくらいだ。


「アーベル、虫が入ってくると、草が伸びるの? それもとじつは放っておいても伸びるの?」

「あははは、それはわからないなぁ。全部中に虫が入っているかなんて確認したことないもん」

「支度月には、みんな伸びている」

「じゃあ、自然にこの巻いてあるところが勝手に伸びてくるんだね。ニルスは良く知っているね」


 ニルス少年は、意外なことに私の質問に答え続けた。冬眠する虫を招くために、中を空洞にして伸びて引き寄せるとなると、やはり、何かメリットがなければと思うのだが。という旨を伝えると、草の根元に虫が入れるような切り口があるのだが、そこのふわふわの突起があるのを指差し、草の先端を指でちぎって、中に丸い突起があるのを見せてくれた。


 実に良くある話だった。草の口にある雄しべにある花粉を持って、虫が奥まで入ることによって、最深部にある雌しべに受粉させるのだと言う。草が冬の間に固くなり、春になって中で実になり種になったものを、虫がからからに枯れた草から出ることによって、種を外に出すのだという。


「凄いねニルス!」

「ニルスは動物や植物のことに詳しいんだよ」


 私は、ニルスくんはこの世界のファーブルかムツ○ロウさんにでもなるかと思ったのだが、それは何か違うように、ニルスくんは首を傾げた。


「変だから見てた」


 何でしょう、その返答。それで全て説明がつくとでも言うのか、それで説明は終わった。


 まぁ、ニルスくんも変わっているが、この世界の自然形態もなかなかに変わっている。さっきの共有林の実りの豊かさは尋常じゃなかった。植物に実る量もそうだが、そんな植物が乱立しているのに、土地がやせる気配がない。この国には飢饉はないんじゃないかと思う。多分、この村で採集生活でも、かなりの人を養うことができるのではないかと思う。

 これは、この村に限ってのことなのだろうか?


 収穫を終えた私たちは、道に放り出していた荷車に積み込んだ。


「そうだ、ニルスの所にもパンを持って来てたんだ」

「あっ、そうだね忘れるところだった」


 アーベルが思い出し、私はパンをニルスに渡した。彼の家はお婆さんと2人だから、カゴに敷いてあった布を風呂敷のように対の角を結んで渡した。

 受け取ったニルスは、腕に抱えたパンをビックリした顔で見つめた。


「あっ、軽いでしょ、柔らかいパンなんだよ」

「柔らかい?」


 そのまま、布に手を突っ込んでパンを触ろうとしたので、慌てて止めた。


「ダメ、ちゃんと手を洗わないと」

「……これを家に持って行く」

「うん」


 ニルス少年が、家の中へ入ると、私とアーベルは顔を見合わせて笑った。きっと、今頃、手を洗ってパンを触りまくっているだろう。

 アーベルは、私をニルスの家の隣にあるハーブの畑に手を引いて連れて来てくれた。ニルスにパンをカゴごと渡さなかったのは、ここでも収穫をするつもりだからだ。

 最初に目に入ったのは、苺だった。収穫時期は3〜4月なのだが、やはり苺も今が収穫期かと思うほどの量が実っていた。


「ストロベリーはとって行くだろう?」

「甘い?」

「食べてごらん」


 そう言って、中くらいの大きさの真っ赤な苺を私の口の中に押し込んでくれた。うん、甘い!


「ジャムとか作るんでしょ? お家にはもうジャムが無かったよ」

「そうなんだよ、もう、どうしようかと思ってさ」

「じゃあ、いっぱい採って帰ろう」

「よし!」

「でも、ここは共有の畑だから、あまり捕れないでしょ?」

「う〜ん、でもまだこいつらが、明日には収穫できるようになっているから、そうだなぁ〜、このカゴ一杯分は大丈夫だよ」

「へぇ?」


 アーベルが、明日には実ると言った実は、まだ中くらいの大きさで、まだ白と黄緑の中間色なのだ。これは、後5日は赤くなるのに時間がかかるのではないかと思う。

 昔、ラノベの校正を頼まれた時、タイトルに「チート」の文字が連立していて、異世界や過去に転移などしてしまった主人公が、お約束のように才能あふれ、怖いもの無し状態だった。「異世界転移」の枕詞は「チート」なのだと思ったわけだが、何故に私は除外されているのだろう?

 私の頭の中には、29年分の知識と経験がある。それは、かなりの武器だとは解るが、いかんせん非力の幼女です。どうにかなりませんでした?


 まぁ、それはそれで置いとくとしても、私にはこの世界がチートのような気がする。それって、どうなのかしら? その上、怪しい私という子供に対しても、気味悪いと思っているような態度は誰もしなかったし。


「アーベル、その子がエルナかい?」


 思わぬ声に、私は慌てて立ち上がった。振り返った場所に立っていたのは、ニルスと年配の女性だった。


「エッバ婆さん、こちらはエルナ。エルナ、ニルスのお婆さんのエッバ婆さんだよ」

「えっ、お婆さん?」


 お婆さんとは言うが、50代くらいだろうか、私の両親とそう年は変わりない。お婆さんは流石に失礼だと思った。私はてっきり腰の曲がったような年齢の人かと思いました。


「エルナちゃん、昨日のスープはとても美味しかったよ。今日のパンもとても柔らかくて驚いたよ。本当にいつも悪いね」

「ニルスには、いろんなこといっぱい教えてもらったよ」

「それに、うちの仕事も手伝ってくれるしね」

「そんなことで良いなら、いつでもニルスを使っておくれよ。それでね、アーベル。今晩どうもイェルドの所で生まれそうなんで、ニルスを預かってくれないか?」

「そんなの全然かまわないよ、じゃあ、ニルス行こう」


 こくりと頷いて、ニルスはこちらに近づいてくる。なんだかちょっと嬉しそう。


「じゃあ、明日はさ、イェルドさんの所に差し入れするよ」

「あぁ、ちょっとお待ち。これを持ってお行き」

「えっ?」

「アプリコットのジャムだよ」

「エッバお婆さん、ありがとー!」


 杏のジャムとは、これは嬉しい! さらに、こちらの世界の人のジャムが、私の知っているジャムと同じものか確認できるし。


「足りないものあったら、お言い」

「ありがとうエッバお婆さん」


 見送るエッバお婆さんに、私たちは手を振り家路へとついた。ほら、やっぱりこの世界の人は、子供らしくないはずの私に、奇異の目を向けることはない。柔らかいパンなんて、この世界の人にとっては何でも無い変化なのかな? 私はどこまでやっていいのかまだ解らないのだ。結構、確認してやっているのだが……。


「今晩は何を作るの?」

「えっ?」


 アーベルの食いしん坊発言が無ければ、私の思考はどんどん深みにはまるところでした。考えても仕方ないことではあるのだが、考えずにはいられない。


「コーンポタージュとシャリアピンステーキにしようと思うの」

「ステーキってことは、イーダ叔母さんからもらった牛肉を使うのかな」

「だって、こんなに大きなお肉、早く食べないと悪くなるよ。それとも、レギンとアーベルとヨエルとニルスで、このお肉1食で食べきれるの?」

「まぁ……食べられないことはないかな」


 なんですと! 成人前の男の子4人で、2kg以上も食すのですか?


 まてまてまて、じゃあ、今までの量は少なすぎたのか? そう思い至ると、血の気が引いた。


「アっ、アーベル、今までのご飯の量は少なかった?」

「うーん、すごく美味しかったから、もっと食べれたかもしれないけど……でも、少ないわけじゃないよ」

「ほっ、本当に?」

「何って顔してるのさ」


 アーベルは荷車を引きながら、私の頬をむにゅっと摘んだ。


「エルナの食べれる量は少ないけど、僕たちだって、そんなに食べれるわけじゃないよ」

「でも、このお肉食べれちゃうんでしょ?」

「まぁ、俺たち肉好きだし」


 アーベルは、ニッと、ダニエルみたいに笑った。ニルスもちょっと表情筋が動いたような気がする。

 それは、女子が言う「ケーキは別腹」というアレと同じですか? じゃあ、この恐るべき2kgの肉は、今日1日で無くなるように料理してしまおう。というか、お夕飯で完食ですか?

 皆と顔をつきあわせて、皆の分を切り分けるように、アーベルに頼んだ。よく見たら、もの凄く良い部位ではないですか?


 家に着くと、早速皆を呼んで上等な牛肉を切り分けた。まず、私の200g程を切り落とし、ヨエルとニルスに400g程を切り分けた。残りをやや、アーベルが少なめに切ったのだが、レギンは700gくらいはあると思う。あまりにも大きいので、焼く時間を考えて、レギンとアーベルのはさらに二等分してもらった。ステーキはもうただの肉のかたまりにしか見えない。私の分量はお肉に見えるのに、レギンの分は、サファリパークで見たライオンのエサにしか見えない。


 私とヨエルとニルスとアーベルの4人がかりで、タマネギをみじん切りにした。その数20個。そのうえ、みじん切りよりはるかに小さくみじんぎりにしたので、テーブルがタマネギのみじん切りでいっぱいになった。


 この世界には「おろし器」なるものはない。精々(せいぜい)、チーズおろし器くらいしかない。食材をおろすのは、日本食くらいみたいだ。電気が発明されてから、フードプロセッサーなるものができる間、西洋には食材をおろすことはなかったようだ。


 肉の筋を切り、切り目を入れて、少し叩いて、バーベキューの串のようなもので、ブスブスと指していく。もの凄くて手間だけど、これがお肉を柔らかくする方法その1。そして大量のタマネギの中に漬けて、お肉をさらに柔らくする方法その2。


 この作業をしてつくづく思ったのが、この世界の主婦は大変であるということ。思い返せば、私は、1日のほとんど料理に時間を費やしている気がする。これに掃除と洗濯が加われば、もの凄く大変だ。そのうえ貨幣は生じないのだから主婦の労働というのは、ここ10世紀ほど価値の評価が変わらないと言える。電化製品の普及で、飛躍的に家事が楽になったことくらいかな。


 ああ、それと風呂に入りたい。今のここの季節は秋で、私の住む日本よりもやや寒いけれど、それでもさすがに3日目ともなると、「風呂に入りたい!」と叫ばずにはいられなかった。

《エルナ 心のメモ》

・共有林の川にはビアンという白身ではない魚がいるが、スープに入れるとバラバラになるので、あまり食べないと言う。そもそも焼いて食べる発想があるのか?

・食材の名前は、私のいた世界のどこかの国の言語の場合、それは私の良く知る食材であることがほとんど

・沢ガニのようなもの、シジミのような二枚貝、ザリガニが捕れるようだが、食べるのが面倒なので、村ではあまり食べられない。

・へんてこな植物を教わった、名前は冬ごもり草。

・この世界がチートではないかと思うほど、実りが異常に豊

・エッバお婆さんはまだ50代。

・イェルドさんという知らぬ家で、今夜は赤ん坊が生まれるらしい。

・アプリコットのジャムをGET!

・私の知る男子は、「お肉は別腹」らしい

・風呂に入りたい!

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