表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第1章 テグネール村 1
2/179

でかっ!

 背中から人が体当たりをしてきて、口から出てきた声は「うわぁぁぁ」だった。

 結婚前の女子が出す音ではない。ここは、「きゃぁああああ」ではないのか、やり直しを求める! と、今は冷静になって思えるのだが、その時は「うわぁぁぁ」と声を出していたことより、感じていた事象の方がより重要だった。

 条件反射で、手を前に出す。そうすると、脳が勝手に顔が地面からどの位置で止まるのかを予想する。が、止まらない。と言うか、手を前に出しているのに、手が地面に着かない。どんどん迫ってくる地面。脳が混乱したが、おかしなことをするまえに止まった。


「近っ!」


 地面から10センチ……とまでは言わないが、それに近い距離で止まった。

 呆然と地面を見つめるが、頭は今起きた出来事が理解できていないようだった。思考が空回りをしていることは感じていた。

 たぶん、転んで四つん這いになっている。後ろから、怒り狂ったような犬の声が聞こえてこなかったら、しばらくはそのままの状態でフリーズだっただろう。


 ふわりと、体が浮き上がり、前方に放り投げられたのだ。

 長いようで短いような時間の後、ドンという衝撃があった。これは何が起こったのか視界に映っていたので理解できた。

 誰かが受け止めてくれたのだ。


「早く行け!」


 少し離れた場所から声が聞こえた。そして、さっきより大きくなった犬のうなり声。

 何が起きているのか確認しようと、顔を後ろに向けようとしたが、私を抱えていた人が、私を小脇に抱え直してくるりと方向転換。走り出した。


 何が起きているのかようやく解った。遠ざかる風景は、暗い森の中でダークブロンドの髪の男の人が、オオカミのように大きな獣と向き合っていたのだ。

 ちらりとこちらを確認するために、少し顔を向ける。青い眼が見えた。日本人じゃない!


 その瞬間、何もかもおかしなことに気がついた。

 ここは東京の雪の積もった道路じゃなく、高くそびえる木々が生い茂る森の中だった。

 抱える人が走っているために、ぶらぶらと目の前で揺れる両腕は、小さく、ぷくぷくとしている。慌てて手のひらを顔に向ける。あぁ、この情景は昔に見た光景。20年以上も前の……子供の頃の手だった。手だけが子供の頃に戻ったわけではないのは、起こっていることが理解できずに手のひらで顔を覆ったことで解った。顔も小さくなっている。

 何も理解できず、何が起こっているのかも解らずに、私がその間にできたことと言えば自分の手を見つめていることだけだった。

 我に返ったのは、抱きかかえてくれている人物が、唐突に私を降ろしたからだった。全てが理解の越えたことばかの私は、抱えられた体制のまま姿勢でフリーズしていたものだから、降ろされた状態のままで地面に四つん這いになっていた。


「わぁ、大丈夫かい?」


 自然に立ってくれると思っていたのか、私を降ろした人物が声を上げて、地面に転がる私を慌てて立たせてくれた。

 目の前の少年は、ちょっとの間、私を心配そうな顔で見ていたが、すぐに目の前にある崩れていた煉瓦の壁に、体当たりをして煉瓦を落とした。そして、私を抱え上げて反対側に降ろしてそれに続いて少年も壁を越えて来た。

 薄茶のまっすぐな髪を、煩わしそうに払うと、紫色の瞳で私を覗きこんできた。


「もう少しだから、がんばって」


 私が返事も反応もできないうちに抱き上げ、道を横断して緑の斜面を駆け上がる。視界に、今までいた場所が映る。高さ2メートル弱の煉瓦の壁が延々と続いているのが見えた。でも、あまり暗くて周囲が良く見えない。

 今起きていることが、実はとてつもなく怖いことに気がついた瞬間だった。何故かは解らないが、私は子供に戻っている。知らない場所、明かりも無いような場所を知らない少年に担がれている。

 暗いので、周囲の状況が解りづらいし、どこに向かっているのかも解らない。解らないことばかりで、たまらなく不安になってくる。私ができたことと言えば、担がれながら泣いていることだけだった。

 降ろされても泣いている私は、手で目をこする。

 誤解無きように言っておくが、この状況はパニックになるほど不可解だが、本来の私にとっては泣くようなことではない。と、思考が思っているのだが、何故か私は泣いている。

 泣きながらどこかで、他人事のように思っていた。子供が泣くと、目をこするのは涙を止めるためとか、涙を拭くためではなく、見たくない現実を見ないためではないのか? なんて……。


「もう大丈夫だよ」


 紫色の瞳を持つ少年は、安心させるために笑顔を見せ、少し屈んで頭をなでてくれた。


「名前は? どうしてあんな所に1人でいたの?」


 あぁ、それに答えられたらどんなに良いか。そんなこと、言うわけにもいかず、戸惑っているとドアが大きく開き、ドンという音とともに閉まった。そこにいたのは、私が森で最初に見た人だった。ダークブロンドの髪に青……アクアマリンの瞳。不機嫌そうな顔で私と少年を見つめる。

 青年が左手に持っていた剣には、どす黒い血がついていた。テレビの中の出来事のようにしか感じていなかったが、剣を見つめている私に気がついて、背負った鞘に剣を収め、その鞘を目の前のテーブルに置いた。


(あっ、テーブルの上に何が乗っているのか見えない。私、すごく小さいんだ)


 大人になって子供の頃に馴染みのあった場所に行くと、道路や建物が狭く感じたり、長い距離だった所が実はすごく短い距離だったりと経験する人は大勢いるだろ。が、その逆は決して無い。大人が急に子供みたいに小さくはなったりしないからね。でも、私はそんなこと体験している。巨人の家を訪れたジャックの気持ちが良く解った。

 後からやってきた青年は、そんなことを考えている私の前に膝をついて両手をとった。


「大丈夫か?」


 私はコクリとうなずく。

 私の腕にブレスレットのようなものがあるのを、青年と私が同時に気がついた。細長い銀色の金属板に、小さなリングが連ねてある。2カ所は腕につけるために、もう1カ所は、小さなリングが2つだけ残っていて、最後の一つにも小さなリングが1つついている。明らかに最後の二カ所は繋がっていたと思う。

 青年は、ブレスレットをゆっくり回し、ある一点を見る。そして、私に向かって微笑んだ。


「エルナ……エルナと言うんだな」


 隣に立っていた少年が息を飲むのが聞こえた。


「名前も、似ているんだね」


 寂しそうに笑う少年は顔を歪めた。今にも泣きそうな顔だった。

 そんな顔をされ、「エルナって誰だよ!」と突っ込みそこねた。


「どうして、あんな場所に?」


 何度聞かれても、私には首を降ることしかできない。青年は可愛い子犬を見るような慈愛に満ちた微笑みで、私の頭をなでる。

 一連の出来事が理解できずにいるくせに、自分は子供なのだと気がついた瞬間から、子供に徹しようとする自分がいた。私が子供に戻ったのか、それとも見知らぬ子供に乗り移っているのか、はたまたどんなことになっているのか解らないが……。


「どうする兄さん」

「今夜はもう遅い、明日にでも村長の所に連れて行こう」

「エルナ、誰とも一緒じゃなかったんだよね?」


 コクリと頷いておく。だって、私はさっきまで東京にいたんだよ。


「確かに他の人の痕跡は見つけられなかったが……」


 考え込む青年が、ゆっくりと立ち上がる。

 それを私は目で追っていたが、今気がついたのだが、この青年はとてつもなく背が高い。いや、私が縮んだからなのか、いやいや、それだけではないはず。

 自分がびっくりした顔をして青年を見つめているのは自分でも解っていた。

 私のびっくりしている様が、可笑しかったのか、少年はクスクスと笑い、青年は怪訝な顔で私を見ていた。

 気がついたら、言っていたのだ。まさに無意識の発言だった。


「でかっ!」

<エルナ 心のメモ>

・この世界は私のいた世界ではない

・私はエルナという子供になっている

・ここの住人は髪や眼の色が多くあるようだ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ