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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第11章 テグネール村 8
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子供たちの仕事

 翌日、朝から大勢の子供たちが押し寄せていた。

 どこにだって? 村長宅にである。


「これ、どうなっているの?」

「わかんないよ」


 それも、じっとしているわけではなく、走り回っているのだ。声をかけようとしても、あっという間に走り去って行く。自然発生的な鬼ごっこだ。


「よぉ、エルナ」

「凄い数だな……」


 ダニエルとブロルが声をかけてきた。

 この騒ぎの割に落ち着いた様子に、この騒ぎの理由を知っていそうだった。だって、ブロルは言った『凄い数だな』と。この事態を知っていなければ、ブロルはこう尋ねているはずなのだ『何が起こっている?』と……。


「これは、どう言うことなのよ、ダニエル」

「母ちゃんや叔母さんたちに頼まれちゃったんだよ、子供を広場に近づけるなって」


 親たちがお祭りの準備を邪魔されないように、ダニエルに押し付けたのは理解できた。でも、それがどうしてミケーレさん宅の敷地で、子供たちが走り回ることになっているのだろう?


「ほら、人手がいるだろう」

「ブロル、どう言う意味?」

「意味? 昨日買った羊の毛を洗わないとだろ?」


 まっ、まさかそんな深い意味があったとは、思いもよらなかった。


「それにさ、羊の毛を洗って金が入れば、お祭りの時に小遣い増えていいしな」

「だな」


 本音を無邪気に晒すダニエルに、ブロルも頷く。

 そうですか、小遣い稼ぎですか……。


 が、ここにいるのは9歳くらいを筆頭に、3歳くらいの子もいるではないか。3歳の子に何をさせたらいいのか、全くわからないのだが……。


「仕事か……」

「ダニエルくらいの子に水汲みをお願いして、女の子には洗うのをしてもらおうと思うけど……」

「小さい子には、桶に羊の毛を入れるとか、洗ったものを運んでもらうくらいだろうね」

「仕事をしてもらっていれば、どこかへ行ってしまうことは無いよね?」

「……もう少し大きい子と2人組で仕事を任せるのはどう?」

「なるほど……」


 アーベルは、大きい子の数人を呼んで、家にある桶を持ってくるように言い、小さい子と少し大きな女の子たちを2人で組ませて、余った子たちにクズ羊毛の洗い方の注意をしはじめた。

 でも、3歳の子供たちは5人もいて、どうしようかまだ決めていなかった。


 私はというと、バルロブさんやラーシュさん、エーミルくんに頼んで大量の水を沸かしてもらった。そして、子供達のお昼ご飯の献立を話し合ったのだ。


「器の数が足りないので、サンドウィッチなど良いのではないでしょうか」

「そうですね……いつもは、四角のパンを半分にしていますけど、今回は、4等分にしてもらえますか」

「そうですね、小さいお子さんだと、口が小さいので中の具材が溢れてしまいますね」

「バルロブさん、野菜なども食べているうちにパンから溢れてしまいませんか?」

「ラーシュさんの言うとおりですね」

「あっ、僕いいこと思いつきました。ポテトサラダを具にしたらどうでしょう」

「おっ、なかなかいい案だな」


 私が色々と言うまでもなく、3人で的確に献立を決めている。最近はエーミルくんも良く意見を言っていて、ラーシュさんにからかわれている場面を良く見かけるようになった。

 メニューを色々考える時、今までの料理を応用すると別の料理になったり、パスタみたいにソースを変えるだけで別の料理になるなど、献立のメニューが増えると楽しいのは理解できる。


 バルロブさんたちにお昼ご飯は任せて外に出ると、アーベルが皆を集めて一人一人に何をするのか説明をしていた。家にあったありったけの桶を出し、その数に合わせてクズ羊毛の入った袋を出し、水を運ぶ用の桶を子供達に手渡してた。


「みんな、自分の運べるだけの水でいいんだからね、台所で1杯分の熱いお湯と、あとは水だよ。お湯は熱いから気をつけてね」


 アーベルの説明の間、子供達はちゃんと話しを聞いている。アーベルの子供達の捌<さば>き方は大したものだった。伊達に親族にアッフがいるわけではないんだなぁ〜。


「それじゃぁ、みんな、小さい子が怪我をしないように注意をすること。無理をしないでできないことは僕がやるから言ってね」

「は〜い!」

「あ〜い!」


 元気良いお返事が牧草地に響き渡った。

 私も慌てて手伝いに入った。でも、アーベルに言われたことは、ある子供にフェルトの作り方を教えて欲しいと言うことだった。その子は2人で、エレーカとオーラと言う2人の少女だった。大きい子は、茶色の髪を一つにまとめていて、下の子は肩より少し長いくらいで切りそろえられていた。良く似た姉妹は、エリーカが7歳でオーラが5歳だと言う。


「エルナ、エリーカとオーラだよ。リータさんの娘さんだよ」

「おお〜、お父さんどう?」

「今日は、外を歩いてます」

「なんと!」

「エッバお婆ちゃんがもうお外に出ていいって」


 姉妹二人は、嬉しそうな声色で語ってくれた。もう、リハビリを開始していると言うなら、シェルさんはだいぶ良くなっていると言うことだ。


「エリーカとオーラは、リータさんのフェルト作りを手伝っているんでやってみたいんだって」

「そうか、じゃあなんとなく作り方は分かっているんだね」

「はい。でも、お母さんはこれは売り物だからって、そんなに手伝わせてもらえなんだけど、良く見ているようにって、そのうちできるようになるかもしれないって」


 ふと考えて、キムさんが売って欲しいと言っていたのを思い出して、少し商品を増やしてみようと思った。


「じゃあ、アッフたちもフェルト作りに参加してもらおうかな……。アーベル、子供達に羊毛の洗い方なんか教えるのに誰がいい?」

「教えるのって、アッフの中で?」

「そーそー」

「う〜ん……ダニエルは面倒見がいいけど、自分でやっちゃいそうだしな」

「ブロルは、もたもたしているとイライラしちゃいそう」

「ニルスは……」


 と言うことで、アーベルが子供達に羊毛の洗い方を指南する役目になった。アッフたちは、もう製品を作らせた方が良いと言うアーベルが、自ら子供達の先生役を買って出てくれたのだ。

 そのかわり、ヨエルにはエリーカとオーラに手本を見せるために、せっせとマットレスの製品を作ることになった。当家で出たクズ羊毛を洗ったものがあって良かった……。


 私は全体を見ることになった。簡単な仕事だって? いやいや、これは子供が脱走して一人でどこかへ行かないか見張る役目なのだ。子供の総数32人を見張るのは、なかなかに難しいのです。時々、お湯をもらいに家に入る子供や、水を汲みに離れた場所に行く子供。さらに、クズ羊毛の入った袋を持って右往左往する子供達。どこか一点に目を囚われていると、こそっと抜け出すような子供がいると、見落としそうだった。


 全体に動きが止まっているのを見計らって数えてみる。

 よし、まだみんな居る。


「なぁ、エルナ」

「ダニエル、どうしたの?」

「あの洗った羊毛どうするんだよ」

「どうするって……乾かすけど……」

「どこに?」


 普通、羊毛は洗うと大きな板の上で広げて乾かす。もちろん、風で飛ばされないように麻布を広げて両端に石を乗せて防ぐのだ。が、今回はどれくらいの量が完成するのかわからない。

 羊毛を早く洗っても遅く洗っても、彼らの賃金は変わらないのだから、遅い作業はこちらのデメリットなのだが、今回は研修と言うことでアーベルも急がずに丁寧に教えている。何事も最初が肝心だ。


 そんなわけだから、あまり多くの干す場所が必要になるとは思っていない。前記の理由もあるが、もう一つにはダニエルたちの存在だ。


「何言っているの? 洗われたものは、ダニエルたちがマットレスにするのよ」

「ええ〜!」

「それと、エリーカとオーラに作り方を教えてあげてね」

「ちょっと待って、エルナ。それって、今日洗ったもの全部マットレスにするって言うこと?」

「ブロルだったらできるよね」


 二人は顔を見合わせて、大きなため息をついた。


「あのさ、羊の毛を洗うのとマットレスを作るのが同じ代価って、ちょっと不公平だと思うんだよね」

「そうね……今までは、いくらだったかしら……」

「鐘1つで大銅貨1枚の計算」

「じゃぁ、大銅貨5枚?」

「エルナ……そんな大雑把でいいの?」


 ブロルに呆れられた。もともと、儲けなんて考えていないので、商品の何パーセントが材料費や人件費なのか全く考えていませんでした。

 でも、ふと思うと、この金額は村人が稼ぐ金額だ。税金の問題で、あまり高めにすると人手が足りなくなると思うと、なかなか高い設定にできない。だが、あまり低いのも村人の助けにならない……。


「じゃぁ、大銅貨3枚にするわ」

「それはどうして?」

「基本の賃金はこのくらいにして、1枚完成するごとにプラスして払うことにするわ」

「それは、出来た品が良ければ多くもらえると言うこと?」

「そう、時間で金額を決めると不公平のような気がするの」

「確かにね……」


 考え込むブロルは、それ以上は何も言わなかった。ダニエルはもともと、大銅貨3枚の金額設定に喜んでいるみたいだし……。

 こちらでは鐘1つは約2時間で、大銅貨1枚といえば、私の便宜上100円としているが、こちらは物価が安いみたいで、野菜や肉を基準に考えれば250円くらいの価値がある。時給750円と聞くと何だが悪徳経営者になったみたいな気分だが、鐘2つ分働いただけで大銅貨3枚は、お祭りに親からもらうお金と同じくらいで、結構な品を買うことができると言うのだ。


 ちなみに、マッツさんのパンは大銅貨1枚、お肉を焼いたものは大銅貨1枚と、食べ物はみんな大銅貨1枚で、かなりのボリュームだと言う。そして、木工工房で作られるおもちゃの類は、大銅貨1枚〜らしい。何を子供が喜ぶのか、私には情報が無いので何とも言え無いが、それでも大銅貨3枚は子供たちにとっては大金らしいのだ。


 子供達は、何が欲しいとかそう言うことではなく、自分で選んでお金を払って買うと言う行為が楽しいのだと思う。普段は自分でお金を使うなんて全くしないらしいからね。


「で、上手くマットレスができたらいくらになるの?」

「大銅貨5枚だね」

「よ〜し!!!」


 ダニエルのやる気が俄然上がるが、申し訳ないがダニエルが大銅貨5枚をゲットできるとは思えなかった。この手の作業に全く向いていないのがダニエルだ。どちらかと言うと、ヨエルやニルスのほうが大銅貨5枚をゲットできるチャンスは多いだろう。

 でも、やる気を削ぐのは良くないので、大銅貨1枚は完成すれば出すと言うことにしよう。もちろん、これはマットレスのもので、座布団は単価が大銅貨8枚なので、完成したのちに出す金額はもっと少なくなる予定だ。


 子供達によって、少しづつではあるが羊の毛が洗われていった。でもまぁ、水遊びみたいなものだ。こちらは風邪をひかないように注意をするだけなのだが、これにはほとほと手を焼いた。

 途中で、毛を洗うのに桶に棒を突っ込んでぐるぐる回すのが効果的だったという発見は助かった。これなら小さい子でも、洗うことができて立ってできるので、すごく楽だろうと思われる。

 アッフたちは、せっせとマットレス作りを進め、リータさんの娘さんたちも鐘1つの間に、最も厚いマットレスを2つ……このマットレスは3枚繋げて完成なのだが、その2つを完成させることができた。リータさんが座布団を作るのを見ていただけあって、なかなか覚えが良かった。が、マットレスを作るのには、アッフたちくらいの年齢ではないと大変だと判明した。いや、ちょっと考えれば解ることだった。最初は座布団くらいにしておけばと猛省した。


 羊の毛は洗われる端から製品になっていき、途中で足りなくなってアーベルと私も洗いにまわった。そのおかげで、最も厚いマットレスが3つほど完成していた。

 え〜っと、確かにダニエルの腕前は普通でした。そして、一番綺麗に作ったのはヨエルだった。ここで、アーベルの独断と偏見……というか、「アッフの中で差ができるのは不味くないか?」という考えから、鐘1つで大銅貨3枚プラス、大銅貨3枚を支払いました。


 ここで作業しているのはすべて子供だ、鐘1つが集中力の限界だった。

 そして、村から聞こえてくる、行商人が来たという知らせで、あっという間に姿が見えなくなってしまった。


 そう言う私も、いそいそと、アーベルと一緒に村の広場に向かったんだけどね。

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