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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第10章 テグネール村 7
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キムさんへ協力願い

 早く食事を始めたダニエル、ブロル、ヨエルは、食事が終わるとすぐに飛び出して行った。私たちは食事を続け、ワンコたちにいたずらをされそうにないと見て、レギンが食卓に加わった。


「それで、キムさんに何て説明をするの?」

「もちろん、全て話す」

「……それは、私が知っていること全て? それともバルタサール様たちが知っていることも含めて?」


 バルタサール様はぎょっとした顔をし、隣のマティアス様に肘で突かれていた。


「そ、それは……」

「一度聞いてみたかったんです。私に知らせないのは、私のためですか? それとも自分たちのためですか」

「なっ!」

「エルナ、そんな簡単な問題ではないのだよ。そもそも、君がアルヴィース様かどうかですら、王がお決めになることだ」

「……それは、王様が私がアルヴィース様じゃないって言えば、どんな証拠があっても私はアルヴィース様にはなり得ないということ?」

「そうだ」

「……」

「それに、君に起こったこともまだ、何も解ってはいないのだからね。私たちは、再び攫<さら>われるようなことが起きないため、そして、君の身に何が起こったのかを調べるためにここにいるのだから、決して君の為にならないようなことはしない」


 マティアス様は真剣な表情でそう言う。

 もちろん、私を都合の良いモノか何かのように扱うとは思えなかった。もし、そんな目論見があるのだったら、バルタサール様は人選ミスだ。この方は、本質的に人が良すぎるし、騎士らしく真っ直ぐなので人を謀<たばか>るのには無理がある。そんなバルタサール様が、私が嫌がることをするとも思えない。


 が、王がそう命じたらどうなのだろう? まさか、王に逆らう貴族が存在するとも思えない。唯一の安心材料は、バルタサール様は王は非道なことをしないと信じているようなのだ。そういえば、王様は叔父さんになると言っていたな……。


 もし、バルタサール様が信じる王が、現実に信頼できる人ならば、私の願いが叶うかもしれない。


「エルナ、私は疚<やま>しい隠し事などしない」

「バルタサールの言う通りだ。ただ今は詳しいことを話すことはできない。ある事実から私はもちろん、バルタサールも君に不誠実をすることはできないのだ」


 それを聞いて、ちらりと『私がアルヴィース様だから?』と疑問が浮かんだのだが、そのことに対してはマティアス様は私がアン・キャドを得たことを知っているとしても、あのワンコが私の世界の犬であることは私しか知らない。

 だから、この世界で私がアルヴィース様だと言うことを確信しているのは私の他にはいない。ゆえに、この疑問を問うことは無意味だった。


 そして思うのが「なるほど、やっぱり何かを隠していたか……」と言うこと。

 だけど、私に不誠実を働かない理由がそこにあると言うのだから、それを信じるか信じないかは私の裁量なのだろう。


「……わかった」


 明からさまに安堵の顔をしたバルタサール様を見て、まぁ、信じて良いのだろうと思った。バルタサール様は腹芸もできないし、嘘をつくとを良しとしていない人なので、貴族としてはどうなのかと心配にはなる。


「それと、王様のことだけど……『アルヴィース様はいなかった』と言う方向で納得してくれないかな」


 さっき思ったことを口にしてみる。そして、バルタサール様とマティアス様の顔色を伺った。バルタサール様は驚きで口を開けていたが、マティアス様は意外と冷静だった。

 もしかして、マティアス様は私を公にアルヴィースと公言しないことを考えたのかもしれない。でも、貴族としての反応は、バルタサール様の反応が正解なのではないか?

 いや、バルタサール様は騎士だからの反応かもしれない。騎士……兵士は、どの時代でも国でも自らを考えることのしない兵士が優秀な兵士だ。疑問があっても上官に従わないと、軍としての統率が乱れる。

 でもマティアス様は違う。優秀な文官で異例の若さでかなりの地位にあると言う。そう言う人は、考える力がある。と言うか、考えるのが仕事だ。


「何を言っているエルナ」

「だって、王様の一存で全てが決まるんでしょ?」

「そ、それはそうだが、それを決めるのは王だ」

「いや、だから……そうなればいいなって話」


 まぁ、こんな思考は王政にどっぷりとハマっているバルタサール様に「解れ」と言うのは無理と言うものだ。未来に起こるであろう政治体制を理解しろと言うのと同じくらい難しい。


「キムのことだが……」

「ああ、そうだった。で、キムさんには何を話すの?」

「まずは、エルナがアルヴィース様であること。まぁ、言ったところで『やっぱり』と言うだろうな」

「まぁ……そんな感じはするね」

「次にエルナがアルヴィース様であると言うことは、暗黙の了解で皆知らないことになっているので、他言は無用と釘を刺しておく。王がエルナをどうするのか決まっていないですからね」

「そうですね」

「次に、エイナが攫<さら>われた件を話、賊の本来の目的はエルナだったことを教える。が、たった一つだけキムには悟らせたくないことがある」

「エルナが目覚める前に攫<さら>われたことは教えないと言うことだろう?」


 マティアス様は頷<うなず>いた。

 この事件は、村の誰でも知っている。当事者は村の少女で、その父親は皆の信頼厚い村長だ。一時は死んだと思われていたが、それが生きていたと村は歓喜に包まれた。当のミケーレさんが村に戻った時の村人たちがどんなに大騒ぎしたかと言うのは、まだ記憶に新しい。

 だから、情報収集能力に長けているキムさんならもうその話は知っているだろう。


 賊は、何故か私がアルヴィースだと知っていた。知っているからこそ私を攫ったのだが、目覚める前から誰がアルヴィース様だと知る術があるとするとそれは、この先に登場するアルヴィース様の危険が増す。だが、こちら側にはそれを知ることはできないので、全ての器の子供達を誰かが目覚める為に守らなければならない。今よりももっと厳重に。

 その上、「相手が知る術を持っている」という事実は、もしかしたら、母親が子供を宿した時に、その子が器でいずれアルヴィース様とわかるのではないか? という考えにまで及ぶ。そうなれば、この国ではもうアルヴィース様を守ることは不可能だ。

 

 とりあえず、私が再び攫<さら>われる可能性がある為、王は私の護衛にバルタサール様とマティアス様を遣わした。このことは、一見すると当然のことなのだと思えるのだが、私がアルヴィース様である確証があるのなら、否、その可能性だけでも誰かに奪われそうになったという事実だけでも、騎士達をもっと寄越す方が守ることに関しては随分と楽なのではないかと思っていた。または、早急に王都で匿った方が良いのではないか? と……。だから、最初に私がアルヴィース様だと思ったレギンやアーベル、ダニエルやブロルが私が王都に行ってしまうと思っていた。

 それなのに、やってきたのは貴族の騎士一人と、頭の切れる文官一人だ。

 ちょっと疑問だよね。


 賊の正体はまだ解っていいない。だが、唯の人攫<さら>いや、アルヴィース様の知識を利用しようとする貴族というよりもっと大きな組織を感じる。それ故にこの問題は、とても複雑で危険な話なのだ。

 マティアス様の説明で、納得できた私は、キムさんの件はバルタサール様とマティアス様に任せることにした。私の正体にやその賊について、2人の方が多くを知っているだろうし……。


 2人とそんな打ち合わせをしていると、ニルスとヨエルがキムさんを連れて戻って来た。どうやら、2手に分かれて探していたようだ。


「バルタサール様、御用とお伺いいたしました」


 キムさんは、私たち3人を眺めながらお辞儀をした。キムさんのことだから、何かあると感じているはずだった。

 でも、その前に私はそのお辞儀が気になる!

 片膝をついて、右手の手のひらを左の胸に、左手はついた膝の上に置いた。これが貴族に対する挨拶の仕方だとは思うけど、もしかして、女性は違うのではないかと思う。ドレスを来て片膝を着くって……。平民はドレスなんか来ないけど、私にすれば平民の女性の格好も似たようなものだ。

 後でマティアス様に教えてもらおうと思いながら、私はマティアス様がキムさんに話しているのを黙って聞いていた。いつの間にか、ニルスとヨエルが私の近くまでやってきて、神妙な顔をしてマティアス様の話を聞いていた。


「ねぇ、ダニエルとブロルは?」

「多分、宿屋と広場を探しているんだと思うよ」

「で、ヨエルたちはどこを探していたの?」

「ニルスが、畑の方を探そうって言うから行ってみたらいた」


 畑と言うのは北の街道の南側のことだ。本来の村は、家の周りに畑があるので家々が離れているのだ。しかし、ここテグネール村では家が孤立していると、魔獣に襲われた時に被害が大きくなるので、家々は集まって村を形成している。そのおかげで、畑の場所が遠くなってしまっている。

 北の街道の南側は、はるか彼方まで畑が続いている。おかげで、早朝には村人たちが馬車で自分の畑のある場所にまで向かうのだ。


 まぁ、馬を飼っている家なんてそうそう無いので、村で共有している荷馬車に、近在の村人が乗り込んで畑に向かうのだ。その様は通勤ラッシュ? と言うほどのものだが、私自身はそれとは関係無い仕事に従事している家にお世話になっているので、その様をこの目で見たことはない。なんとなく、「朝は賑やかだな」くらいの感想だった。


 しかし、その事実を鑑<かんが>みれば、北の街道の南側は畑しかない。そんなところに用があるのは、その畑の持ち主か野菜泥棒だけだ。


「キムさんは畑なんかで何していたの?」

「ううん、畑の方から荷馬車で村に帰ってくるところを見つけたんだ」

「だから、畑に行って帰ってきたんでしょ?」

「ううん」


 ヨエルの説明は、理解できるようで理解できない。きっと、自分と相手の当たり前が違うということに気がつかないのが原因なのだから、意識のすり合わせをしないと解決しない。

 だが、今はマティアス様とキムさんとの話が先だ。


「と言うのが今分かっていることだ」

「……なるほど……確かに《禁忌の森》で遭難者が2人というのはただ事ではないですね」

「昨夜は、その男と色々と話していたそうだが?」

「ええ、行商人をしていたというので、最初は商売の話になりましたよ。どんなものをどこで仕入れて、どこで売っていたのかなど、普通の行商人とする話をしました」

「どこか変わった様子や話は無かったか?」

「そうですね……まぁ、口が滑らかなんで、もしかしたら女性を相手にしている商品を扱っていたのかと思いました。まぁ、どこにでもいる商品を扱っているようでしたが……」

「どこで商いをよくしていたとか、そんなことは言っていたか?」

「いいえ……ただ、本人は最初のうちに自分は《禁忌の森》で遭難をして助けられた。その時に、過去の記憶が殆ど失われたと言っていましたから、こちらも、話を聞いている時におかしいとは思いませんでした」

「なるほど……」


 キムさんは、ローリッグさんと話をしていて、特に不信感を抱かなかったと言うのだ。もし、ローリッグさんが記憶喪失だと騙<かた>っていたとしたら只者では無いと思う。

 でも、私にはキムさんのそう言ったものを見抜く力がどれほどなのか解らない。でも、私よりは鋭いだろうけど……。


「どう思う? ローリッグは怪しいと思うか?」

「そうですね……今の段階で唯の商人であるとすると、まぁ、無難に商売をしている商人だと思います。ただし、何かを企んでいて記憶喪失を騙<かた>っているとすれば、それは余程の者だと思います」


 キムさんはそう言って、私に向かって微笑んだ。

 えっ? 何々???


 マティアス様の尋問(?)に全て答えたキムさんは、バルタサール様の願いで、ローリッグさんを探るという任務を与えられた。

 何をどう探るのか、私には全く解らないが、キムさんは快く引き受けてくれた。


「では、ここでエルナ様をアルヴィース・エルナ様とお呼びするわけにも参りませんので、今まで通りエルナちゃんで通させて頂いてよろしいでしょうか?」


 バルタサール様とマティアス様の話が終わると、その場所で私にそう問いかけた。

 答えは勿論、YESだ。

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