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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第10章 テグネール村 7
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ローリッグさんの痕跡 2

 この世界では、王様だろうが何だろうが食後にはお茶を飲む習慣があると言う。もっぱらハーブティーなのだが、このハーブティーは地域によって違っていて、様々なものが使われていると言う。平民は、自分の地域で生息しているハーブを主に使っているからだ。

 私は、緑茶やコーヒーを良く飲んでいたが、ハーブティーを飲むようになったのは、この世界に来てからだ。最初は、なんだか変な香りで味といったら薄くて良くわからないという感想だった。

 チーズフォンデュをたらふく食べて、ご満悦の皆はそのまま恒例のハーブティーを飲んでいた。子供たちが、温めた牛乳に砂糖を入れたものだが、他は身分に関係なく同じハーブティーだ。


「ここいらへんでは、タイムを主に使っているね」


 エッバお婆さんが、テグネール村で良く飲まれているハーブティーについて話していた。このタイムは、私の世界でのタイムと同じなのかわからないが、とにかくタイムというハーブを主原料として、リンゴの皮を乾燥させたものを入れたり、カモミールやミントを入れたりするらしい。

 ハーブティーは、嗜好品ではなく治療の一環としても飲まれているので、治癒や効果によっていろいろなハーブを入れるのだという。


「アップルの皮とは、面白いな」

「アップルの皮は万病の薬と言われているだよ」


 マティアス様は、エッバお婆さんの所に足しげく通っており、良く語らい合っている。何のためにマティアス様がエッバお婆さんの所に行っているのか、ちゃんと理由聞いたことはない。だから、食後も自然とマティアス様とエッバお婆さんはおしゃべりを始めた。


 エッバお婆さんの座席の位置は、中央近辺だった。

 暖炉の近くの席にはミケーレさんはじめ、レギン、エイナ、フランシスがいて、中央はエッバお婆さんやマティアス様、バルタサール様と私、そして、台所の方にアッフたちとお目付役のアーベルが席についていた。ちなみに、少し離れた所に卓を置いているのは、バルロブさんたち料理人の面々だ。

 それぞれお腹いっぱいで和やかな雰囲気の中、私の近辺ではエッバお婆さんとマティアス様のおしゃべりに、耳を傾けるようなかたちになった。最初の話題は今飲んでいるハーブティーのことだった。が、唐突に話題は変わってしまった。


「そう言えば、あのローリッグという子のことだけどね」


 そのきっかけはエッバさんの問いかけからだった。


「何か?」

「あの子、記憶が無いって言っていたけど……もしかしたら、もっと暖かい方の出身かもしれないよ」

「記憶が戻ったのか?」

「落ち着け、バルタサール」


 卓に身を乗り出したバルタサール様を、マティアス様が腕を引っ張って座らせた。

 バルタサール様の気持ちはよくわかる。今日、痕跡を調べてローリッグさんが只者ではないと思ったのは、何もバルタサール様だけではない。私を守るという意味で、ローリッグさんが得体の知れ無い者と思うのは、かなりの不安要素だ。


「あの子が家にいた時に、私はラベンダーのハーブを使ったハーブティーを夜に飲ませていたんだよ。ラベンダーのは沈静効果があるからね、良く眠れるんだ。でも、食後のは、タイムのハーブティーを飲ませるようにしていたんだよ。タイムというハーブは……消化を助けてくれるし、ここいらでは普通に生えているものだからね。でも、あの子は、夜の寝る前に飲むラベンダーのハーブティーが好きだと言うんだよ」


 もちろん、私にはエッバお婆さんが何を言おうとしているのか、皆目検討がつかなかった。でも、マティアス様にはすぐに理解していた。


「なるほど……タイムはこの国では身分に関係なく良く飲まれているが、ラベンダーは……」

「どう言うこと?」

「タイムなんか、ほっといてもあっちこっちで生えてくるからね。ラベンダーは、もっと暖かい場所でしか採れないんだよ。この国では……確か」

「ヘルナルだ。ラベンダーは、ヘルナルの領地で栽培されている」


 ヘルナルってどこだよ! とマティアス様に突っ込みを入れそうになったが、そこはぐっと我慢。


「では、あのローリッグという男は、そのヘルナル……あるいは……その近在の出身ということか?」

「それか、王都の出身かだね。王都ではなんでも手に入るからね」

「確かに……私の館でもラベンダーを使っていると思う」


 ほほ〜、バルタサール様は王都に館を持っているのか。今、バルタサール様の地位というものが、まざまざと実感できた。こんなんでも、館を構える主人なのだと。

 そんなことを考えていると、バルタサール様が急に私の方に顔を向けて、目を細めた。

 ええ〜! またこんな所でエスパー能力ですか?


 が、バルタサール様が何かを言うことはなかった。なぜなら、マティアス様が爆弾発言をしてくれたからだ。


「ラベンダーは、フュルマン王国の特産品だ」


 バルタサール様はぎょっとした顔でマティアス様を見、エッバお婆さんは何やら考え込む。そして、私はポカンとした間抜けな顔をしていたと思う。


 だ・か・ら! フュルマン王国ってどこだよ!


「まさか……フュルマンが何故?」

「フュルマンが関係していると断言するのは時期早尚だ」

「……そうだ……な……が、彼奴らは、パルムへ逃げ込んだ」

「そうだな」

「パルムのカロッサを東に向かえば、フュルマンだ」

「そうだな」

「ルンデル王国はもちろん、パルムが我が国と事を構えると言うことは想像できない。が、フュルマンとは過去に遺恨がありすぎる……」

「我が国? それとも我が一族か?」


 バルタサール様とマティサス様の会話は、私には何だか訳の分からぬ話だった。出てくる地名や国の事情はもちろん、歴史も全くわからないのだから堪<たま>らない。でも、位置関係は分かっている、時々マティアス様に講義を受けているからだ。

 この国はヴァレニウス王国である。国の西側にはルンデル王国で、同じ血族という関係で仲良しらしい。方や、パルム王国は東側にある国で、貿易などが盛んな小さな国だという。商いに重きを置くパルム王国では、戦争はご法度だという。だから、とりあえずは良好な関係を築いているらしい。


 で、問題のフュルマン王国だが、この国はパルム王国のさらに東側にあり、ヴァレニウス王国とはパルム王国を経由しなければいけない国だ。

 さらに、ノルドランデル家の領地は、川を挟んでルンデル王国と接している。


「ねーねー、ノルドランデル家がどうして一国と揉めるの? 話を聞くかぎり、ノルドランデルの領地は西側にあるんでしょ?」

「今はな……」


 なんと、ノルドランデルの領地は昔は違う場所にあったと言うのか? でも、確か以前に聞いた話だと、ノルドランデルの領地の街・ノルドランデルは、王国の歴史よりも古いと聞いたことがあるのだ。

 この国は、周辺の小国をまとめていくことによって、現在の国になっていると言う。ノルドランデル家も、昔は小国の王だったと言う話だ。と言うことは、800年前もノルドランデル家は現在の領地にいたと言うことだ。


 さて、そんな小国が乱立していた頃、間にパルムという国があるフュルマンという国とどんな接点があるというのか?

 が、マティアス様は『今は』と言った。と言うことは、ノルドランデル家の領地は、一時期は東側の国境近く、それもフュルマンと関係があるような位置にあったのだろう。

 それに、ノルドランデル家の領地が西側にあったとして、果たして800年以上前の遺恨って何?


「すいません……話が全く理解できません」

「ああ……」


 マティアス様は私の質問に答えるために、口を開きかけたが口にした言葉は、「話せば長くなる」と言う一言だけだった。

 だが、私も「はい、そうですか」と流すわけにはいかない。


「でもそれって、私にも関係あるんでしょ?」

「そうだが……しかし、今日はもう遅い」


 ふむ、確かに遅い時間だった。が、まだ、小一時間ほどは大丈夫では?

 だが、マティアス様の口調は、物凄い関連事項があって言葉通りに長くなるのか、それか、私には言いづらいことなのか……どちらとも判断できない。

 凄く気になる所なのだが、今、ここで説明してもらっても、疑問に思ったことをそのままストレートに聞けないと思い至る。そんなことしたら、ますます幼女らしくなくなる。


 マティアス様の中では、私はアルヴィース様だということは決定事項になっているようだった。ここ数日、国のこととかいろいろ教えてもらったが、私がどんな質問をしようとも、引くことはなかった。

 ならば、改めて明日にでも聞いた方が良いのだと諦めた。


「わかりました……明日、教えて下さい」

「うむ……」


 まぁ、今はまだ知ることができない事情とやらがあるか明日になればもっとはっきりするだろう。

 しかし、「ローリッグとは何者?」という謎は、エッバお婆さんの観察によって、南の方の人か、それともフュルマンと言う国かもしれないと言う推測が浮上した。一歩前進と言っていいのかもしれない。


 ふと、そう言えばニルスもローリッグさんのことについて、何か言っていたような記憶が蘇った。


「ねぇねぇ、ニルス」


ニルスは、顔をこちらに向けるとすぐにアッフのたちの輪の中から抜け出して、こちらにやってきた。


「あのさ、ローリッグさんを見つけた日に、なんかローリッグさんのこと言っていたよね」

「……靴」

「ああ、そうだった! ええ〜っと……靴が綺麗だった……だっけ?」

「立派なものだった」

「えっ? 立派って、高そうな靴ってこと?」

「……」


 ニルスは首を傾けた。

 なっ、なにそれ! そんな可愛い仕草もできるの?


「ああ、そうだったね。ニルスに言われて、あの子の靴を調べてみたんだけどね、かなり手の込んだものだったよ」

「手が込んでいると言うのは、我々が履いているようなものか?」


 エッバお婆さんにバルタサール様がそう尋ねた。


「皮はかなり丈夫なもので、足の形に作られていたよ」

「何か、装飾品があるとか?」

「いや、そんな飾りはなかった。でも、靴の下には木型がはめられていて、長い間歩くには理にかなっていると思ったよ」


 混乱していた。靴の下に木型とは?

 この世界の靴は、木靴か革靴である。最初の頃、そう思っていたが、お貴族様であるバルタサール様とマティアス様の靴を見て、ソールがあるのを発見してにたまげたのだ。

 アッフたちが履いている靴と呼ばれる代物は、皮の袋を足首より上で結んだ物……と言っていいと思う。ソールには、補強のためか何重かの皮が敷かれていたが、テグネールのデフォルトである砂利道を歩くと、裸足で歩くのと同じ痛さだと思う。

 レギンやアーベルくらいの年になると、足首から上をゲードルのような布を巻いている。これは、もっとしっかりと皮袋(?)を足にフィットさせるとともに、ズボンのすそがどこかに引っかからないようにするためらしい。

 ミケーレさんやダーヴィッドさんの靴はもっとちゃんとしている……ように見える。ちゃんとつま先の形をしているからだ。が、やっぱりゲードルのようなものを巻いているし、一見してソールがどうなっているのか見えない。


 だが、お貴族様の靴を見て驚いた。靴の下に木製のソールがあり、なんと踵があるではないか。足の部分の皮もちゃんとフィットしたように作られていて、形自体は私たちの世界でも十分に通用する。まして、バルタサール様の靴はブーツである。膝下まであるブーツは、皮に縫い付けられたベルトで、とめられているのだ。


 靴を見て、私はこの世界の身分制度がいかに酷いものなのか、ようやく解った気がした。


「そうだねぇ〜、バルタサール様ほど長くはないが、似ていると思うよ」


 エッバお婆さんはそう断言した。


「まぁ……王都では、商人でも履いているしな……」


 マティアス様はそう言っていたが、当の本人は何やら思案顔だった。

 私はというと、村人たちが履いている靴があまりにもひどくて、酷く憤っている。これはやはり、フェルトの中敷を普及させねばならないと、心に誓った次第である。

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