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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第10章 テグネール村 7
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ローリッグさんの痕跡 1

 夕方になって、ミケーレさんたちが戻ってきた。

 どんな様子だったのか話してくれたのはバルタサール様。


 4人でローリングさんを発見した低木から痕跡を調べると、《禁忌の森》の奥へ向かって痕跡が続いていたそうだ。多分、どこから入ったにせよ、《禁忌の森》で迷ったのだから、どこへ続いていようと問題ではないのだが、《禁忌の森》の奥は魔獣の数が多くて、魔獣たちの痕跡があちらこちらにあって大変だったそうだ。

 ニルスが言っていたように痕跡はかなり見つけにくいようで、それでも奥に向かって300メートルほど辿ったそうだ。


「その間に魔獣に会ったぞ!」


 突然、バルタサール様がダニエルのように目を輝かせた。


「ポルコという魔獣で、物凄い牙をしていた」

「ポルコ?」

「まぁ、イノシシのように見えるのだがな、それよりは倍も大きいくて大きな牙をしているのだ」


 なるほど、この世界にも猪がいるのだと知識としてインプットしながら、また、それに似たポルコというもっと大きな魔獣がいるらしい。で、その魔獣と初対戦してバルタサール様は興奮しているのだと……。


「怪我はしなかった?」

「いくら大きくとも、あのような魔獣に遅れをとる私ではない」


 「はいはいそうですか」と笑顔の裏でそう心で呟きながら、先を催促した。でも、結果は思わしくなった。


「辿れたのはそこまでだった」

「また、魔獣に痕跡を荒らされてたの?」

「いや、突然無くなっていた……らしい」


 なんと、そこで突然現れたかのように痕跡が始まっていたというのだ。バルタサール様の説明に、ちらりと視界に入ったニルスが、何かを考え込むように眉をひそめていた。


「ニルスはどう思っているの?」

「……木を使ったんじゃないかと思う……」

「木?」

「それは、木の上を移動したと言うのか?」


 バルタサール様は、ニルスの案に目を細めた。

 疑問に思っているのは私も同じだ。広く横に枝をはっている木々があるならそれも可能だろうが、杉や檜のように天に向かって真っ直ぐにとんがり帽子のように伸びる針葉樹は、枝から枝に乗り移るのは至難の技ではないかと思った。私の入った《禁忌の森》では、わりと木々の間隔が広いのだ。

 それこそアッフ……猿のような身軽な動物なら別だろうが……。


 ニルスの意見は、もう一つの問題も孕んでいる。

 自分の痕跡を消したり、なるべく痕跡を残さないように森を歩いたり、そうのうえ木々を渡り歩くとは、

どんな人間なのか? それはどんな環境で生きてきた人間なのか? それともそのような訓練をされた人間がいるのだろうか? その訓練とはどんな趣旨で、誰によって行われているものかのか? と、疑問が尽きない。

 そして、先に話したいた忍者のような訓練を受けた組織の話をしたことを思い出していた。その組織の話に動揺していたバルタサール様は、深刻な顔をして首を振るばかりだった。


 ローリングさんの謎がまたしても深くなっていくが、そもそも、エイナちゃん誘拐事件は私を含めて、ますます混迷していくだけのようだ。







「すげー!」

「何これ〜」


 テーブルを前に、やはり居残ったアッフたちが歓声をあげた。今晩は、エッバお婆さんを招いてニルスにも参加してもらった。今まで普通に使っていた食卓のテーブルに、さらに調理をするために使っているテーブルも足してやっとみんなが座れるようになった。


 本来なら、お貴族様は2階でバルロブさんに給仕をしてもらうつもりだったが、フォンデュが冷めないようにする装置が足りなくて、一緒に1階で食事をすることになった。思いの外、マティアス様はそのことに否定的ではなかったのに驚いた。まぁ、村人の引越しを一緒になってやっているバルタサール様から文句が出るとは、端<はな>から考えてもいない。


 この世界に、チーズフォンデュの機器があるわけではない。ここで代用したのは、寒い場所で作業する時に、炭を入れて暖を取る小型の暖房機だった。まぁ、ただの木製の握りがついた取っ手のある缶だ。大きさは、ヤカンを乗せられる程度の大きさだ。その上に底の浅い陶器の壺……壺と言うよりは、くびれも何もない筒型の陶器を置いただけのものだ。

 チーズは、6箇所に設置したが、同じような陶器がなくてバラバラだが、まぁ、それでも何となくうまくいった。


アッフたちが喜んでいるのは、いろいろな食材……とくに、ウィンナーや、葉物野菜や玉ねぎ、パプリカをベーコンで巻いたのようなもの、そして、ブロックにされた香ばしい匂いのするカリカリのベーコンなど、肉類がわりと多いからだと思う。


「これ、どうやって食べるの?」

「みんなの前にある串を使って、こうやって食材を指して、このチーズにつけて食べるの」


 私が、ブロックに切られたパンに串を刺してチーズフォンデュの鍋に漬けてみせた。それを見て、躊躇することなく皆それぞれの串に、思い思いの具材を刺すとチーズにつけて口に運んだ。


「うわぁ〜……こうして食べるとチーズの味がすごいよ。自分で作っているのに知らなかった……」

「うちの宿にもってきてくれているものだよね、こんな味だっけ?」

「ブロルん家の宿に卸しているのと全く同じものだよ」

「前に、エルナが料理に使っていたチーズもアーベルの作ったものだよな……全然、味が違うんだけど?」

「ダニエル、口にチーズがついてるよ」


 大はしゃぎなのはアッフたちだけではなく、エイナも嬉しそうに自分の頬を両手で押さえている。その表情は満面の笑みだ。フランシスも次々と具材を口に運んでいる。「あまり食べない」と言っていたミケーレさんだったが、私が見ているかぎりフランシスは良く食べていたし、最近では顔色も良くなっているようだった。


「エルナ、これは何という料理なのだ」


 お行儀の悪いことに、串を口にくわえたままバルタサール様がそう尋ねた。


「これは、チーズフォンデュと言います。削ったチーズを牛乳で溶かしているんですよ」

「ただ、それだけなのか?」

「はい、簡単でしょ? でも、貴族の方々には馴染みない食事の仕方かと思います」

「そうだな……でが、手っ取り早くて美味しいではないか」


 もちろん、バルタサール様の目がキラキラしているとか、次は何を食べようかとか視線がキョロキョロしているので、気に入ってくれたのは良く分かった。が、マティアス様は少し躊躇しているようだった。

 まぁ、同じ器を誰かと共有するということが初体験なのだろう。

 そんな様子を見て、バルロブさんが持っているお皿に、溶けたチーズを大きな匙ですくって乗せた。


「マティアス様、こちらをどうぞ」

「?」


 そのお皿には、いろいろな具材が載せられていた。そこにチーズをかけたのでフォークで食べることができるのだ。

 当初、この料理を説明した時に、バルロブさんがあまりにも貴族の食事の仕方とかけ離れているので、バルタサール様はともかくマティアス様は難色を示すのではないかと意見されたのだ。それで、考えたのがこの方法だ。

 マティアス様は鷹揚に頷くと、普段通りにナイフとフォークを使って食事をし始めた。

 が、そんな食べ方美味しくないぞ! と叫びたくなった。


「これは……確かに美味だが、私たちが食することは無理だな」


 マティアス様は、一口食べるとそう宣<のたま>ったのだ。

 いや、分かりますよ。お貴族様の食事にしては素朴すぎるもんね。個人的にこっそり楽しむものなら食べることはできるけど、こんな食事をしていると知れると、他の貴族からノルドランデル家の経済状況に疑問を持たれてしまうのだろう。


「私は、本当の美味しい料理と言うのは、素材そのもの味だと思っているんです。新鮮な魚は、生で食べるのが美味しいし、採れたての野菜は生のまま囓るのが美味しいと思うんです」


 生の魚や、野菜をそのまま囓るという言葉に、マティアス様だけでなくバルタサール様もギョッとした顔をした。

 うんうん、そんな食べ方したこともないよね。


「ウォルテゥルは、生のまま囓ると甘いですが、硬いので食べにくいです。それを素焼きにすると、もっと甘みが増しますが、柔らかいですが水分が少なくなってしまいます。煮ると柔らかく瑞々しいですが、甘さはそれほどではありません」

「ふむ、そう言われるとそうだな」

「沢山の素材を使い過ぎると、手をかければ美味しい料理になると言うことはないと思うんですよ? だって、それぞれの食材には、それぞれの味や特性があるんだから、ただ贅沢になっていくだけで、美味しくはなくなっていくと思うんですよ」

「ふむ……」


 マティアス様は、何やら考え込んでしまった。が、早く食べないとチーズが固まっちゃうよ! と思ったのだが、それはバルタサール様が指摘してくれた。


「マティアス、食事中に何やら考え込むのはやめろと言っているだろう」


 お小言を食らわせる側のマティアス様が、反対に注意をされるのはなかなか無いことなのだろう。

 バルタサール様の言葉に、一瞬、ムクれた表情を見せた。


「それに、そんな顔をして食べていては美味いものも不味くなると言うものだ」

「どんな顔をして食べようが、美味い不味いは関係ない」

「いやいや、それは違うぞ。周りを見てみろ、皆嬉しそうではないか。食事とは、こうした風景を言うのだ」

「お前は、兵たちと長く居すぎだ」


 なるほど、バルタサール様は他の騎士団の人たちと一緒に食事をすることが多いのか。騎士団の人の中には平民が大勢いると言うからね。大勢でワイワイ騒ぎながら食事をすると言うことが、お貴族様方とは違うのだとすると、その食事の風景は自ずと知れると言うものだ。

 私も皆でワイワイと食べた方が美味しいと思うので、大人しくバルタサール様の言葉に何度も頷いた。


「もういい、お前も早く食べないと、目の前のものが減っていくぞ」

「なに?」


 きっと、ここにダーヴィッド元村長がいたら卒倒していただろう。なんと、ダニエルがわざわざバルタサール様の目の前の皿から、ウィンナーを失敬しているのだった。


「ダニエル、自分の前にあるものから食べろ」

「だって、バルタサール様の前にあるのはウシの肉のウィンナーだろ?」

「む、そうなのか?」

「俺に前にあるのって、ブタの肉なんだよ」

「それなら、仕方あるまい……どれ、私にもその豚のウィンナーを……」

「あっ!」


 遠慮なく、いくつものウィンナーを串に刺してしまったバルタサール様。

 呆れるやら、微笑ましいのやら……。


 そう言えば、動物の腸に粗挽きにした肉を詰め込むものをすべてウィンナーと言っているが、私の世界ではちゃんと分類されている。


  ウィンナー 羊腸を使用したもの。

  フランクフルト 豚の腸を使用したもの。

  ボロニア 牛の腸を使用したもの。


 そして、ソーセージとは、上の3種のほか、各地にあるそれに類似しているものの総称なのである。

 ちなみに、この分類は日本のものだけど……。

 でも、中身は鶏肉とかひき肉の方が癖がなくていいと思うんだけど。


 そんなこんなでワイワイと食卓を囲んでいると、色々なことを忘れてしまう。本当は、せっかく皆で集まっているのだから、エイナ誘拐事件について意見を交わすチャンスなのだが、そんなことは誰も口にしなかった。


 詳しい事情を一番知りたがるはずのマティアス様ですら、そのことを尋ねもしなかった。


 



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