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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第1章 テグネール村 1
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お昼ご飯

 家にいてもわかった。遠くで鐘がなった。実は、この鐘の音は、ちょいちょい聞いていた。でも、今回の鐘は長かった。

 目の前で、冷たい甘い牛乳を飲んでいるアーベルに、尋ねようとしたが私が尋ねる前にアーベルは言った。


「あぁ、真上の鐘だ」

「真上の鐘?」

「太陽が真上にきた時にならす鐘だよ、ちょっと長かっただろ」


 以前、心のメモに書いておいたニルス少年の『真上過ぎたら』と鐘の謎が判明。この鐘が聞こえると、正午だと言うことだ。ようやく時間を知ることができた。そして、正午=真上は同義語だったのだ。


「この村では、三番目の鐘、五番目の鐘、真上の鐘、七番目の鐘、夜の鐘は長いんだよ」

「それぞれの鐘の間は、同じ時間なの?」

「そう、二時間に1回鐘が鳴るよ」


 今、二時間といいましたか? 時間区分がちゃんとしていると言うの?

 この家には、時計のようなものが見あたらないけど、鐘を鳴らす人は持っているのか?


「鐘を鳴らしているのは誰?」

「ダーヴィッド村長じゃないかな」


 村長は、時間が解る道具を持っていると思われる。今度聞いてみようと、エルナの心のメモに記載した。


「もう、お昼の準備は出来た?」

「うん!」

「じゃあ、準備しちゃおうか、すぐに兄さんたちも戻ってくるからね」


 私はアーベルと、食事の準備をしはじめた。

 コップとフォークとスプーンをそれぞれの場所に置き、真ん中にまな板として使っていた板を置いた。その上に、釜からオニオンスープ+パン+チーズをアーベルに出してもらう。

 平皿には、焼いた鶏肉に煮詰めたトマトソースを掛け、添え物にフライドポテトを置いた。大きな平皿に、ちょっとスペースが開いているように見えるけど、その部分には、オニオンスープの進化系を置いてくださいと思っている。

 えっ? アーベルが静かだって? 実は、『良い匂い』『美味しそう』『これは何』の3単語が飛び交ったが、五月蝿うるさかったのではしょりました。


「ニルスも呼べばよかったよ」

「ん?」

「真上過ぎたら来るって言っていただろ?」

「そっか……そうだね」


 ダニエルには意地悪言うアーベルだけど、ニルスはお気に入りなんだなぁと感じた。

 コップに甘い牛乳を入れ終わると、ぞろぞろとレギンたちが裏口から入って来た。

 アーベルも五月蝿かったが、掛ける3倍になるとやかましい。


「何だこれ!」

「これ、トーマート?」


 騒ぐ2人を、レギンが早く席につくように言う。みんなが席に着いた頃にレギンが言った。


「ソールとノートに感謝を」


 レギンのその台詞をみんなが復唱する。そして、一瞬だけ目の前で手を組んだ。何やら、食事前のお祈りみたいだった。ソールとノートとは、神のことだろうか? とすると、ここは多神教のようだ。


「うわ〜、なんでヤケイの肉がぱさぱさしてないの?」


 アーベルは、いつも私が考え込んでいると、それを邪魔する。でも、気に入ってくれたようで嬉しいし、アーベルには色々教えてもらえているのだから、やっぱりアーベルはそのままでいいかな。


「これ、本当にトーマート?」

「ホントに酸っぱくない!」

「これも食べる?」


 私は靴を脱いで、椅子に立ち上がると、オニオンスープ+パン+チーズを、隣のアーベルに切り入れた。さっそくアーベルは口へと運ぶ。


「これ、朝のスープ?」

「うん、それに、パンを入れてチーズを掛けて焼いたの」

「オニオンの切り方が同じだからそう思ったけど、でも、全然別のものだ」

「チーズを焼くって、美味いな」


 ダニエルも満足そうだ。そういえば、ヨエルもトマトが酸っぱくないと言っていた。とりあえず、3人からは好評を得たようだ。


「レギン、美味しい?」

「ああ、美味しいよ」


 穏やかな微笑みでそう言うレギン、ますます年齢詐称疑惑が膨らむ。

 滞りなく昼食は進み、皆が満足する頃には、結構多めに作ったにもかかわらず、一欠片も残らなかった。


「なぁ、エルナの料理は美味しいだろ?」


 自分のことのように自慢するアーベル。まったくブレない。

 問われたダニエルは、立ち上がると凄い剣幕で言った。


「この料理の作り方を教えてくれよ!」

「えっ?」

「これなら、母ちゃんも元気になる」


 思わぬ台詞に戸惑って、アーベルを見ると悲しそうな顔をされた。と、同時に思い出した。ダニエルの母親は、具合が悪いと言っていたことを。


「ダニエルのお母さんは、どうして具合が悪いの? 病気なの?」

「スサンが産まれてから、寝たり起きたりしているんだ」

「ブリッドもかんばっているんだけどなぁ」


 産後の肥立ちが悪いようだ。産後の肥立ちとは、子供が産まれてから、体がもとに戻ったり、傷ついた箇所が治ったりするのだが、それが思わしくないということ。または、単に栄養状態が悪いためとも考えられる。

 赤ん坊は産まれると、2時間おきに授乳が必要だ。24時間そうなのだから、母親の睡眠も長くて2時間という計算になる。が、そう単純ではない。食の細い子は、満腹になるまで30分以上もかかる。でも、お腹をすかせる体内時計は、きっかり2時間なのだ。そうすると、母親の睡眠が短くなるのだから厄介だ。

 良く、母親が『うちの子、食が細くて』という愚痴も、食べるのに時間がかかるという意味と、時間がかかる故に、食べるという行為に飽きたり、赤ん坊の場合は、吸う行為だけで疲れて眠ってしまったりするのだ。

 ダニエルの母親を、単純に休ませて栄養を与えるだけで済むのか解らない。そして、ブリッドって誰だ?


「じゃあ、お家からお鍋を持って来てくれる?」

「鍋?」

「美味しい(栄養のある)スープを家族のぶん作るよ」

「本当か?」

「うん」

「わかった、今から持ってくる」

「ちょっと待って!」


 慌てて今にも飛び出そうとするダニエルを止める。

 産後の肥立ちが悪い場合、周囲が手伝うことが重要だ。例えば、家事をする者、母親に代わって授乳をさせ者等。それが出来ていないのでは、それをまずやってみることが必要だと思った。

 とにかく、何よりも現状がどうなっているのか知るべきなのだが、ダニエルが全て答えられるのか解らない。それと、これから先の情報は、言っていいのかわからない。子供らしからぬ知識で、尚且つかなり言動がそぐわなくなること請け合いだ。

 この時代と、私の知っている時代を比べ、きっと産後の肥立ちで悪くて亡くなる人は多いはずなのだ。体が弱っていると、風邪や食中毒を起こしたら、まず間違いなく……。人の命がかかっているのだから、言いたいのだが……。


「良く聞いて、絶対に忘れないで」

「?」

「お母さんをベッドに押し込んで、もうベッドにいるのが辛いと言うまで出さないこと」

「うん」

「起きても、重いものを運んだり、階段を何回も登ったり降りたり、息が切れるとかの仕事は絶対にさせちゃダメ」

「うん」

「ご飯はちゃんと3回食べること」

「うん、エルナは、ずーっと食事を作ってくれるのか?」


 2家族分の料理? 一日中料理してないといけないぞ!

 慌ててアーベルを見る。


「そうだ、毎日ブリッドが、鍋を持ってここでエルナと料理を作るって言うのは?」


 だからブリッドって誰?


「ねえちゃんに頼む!」


 ああ、お姉さんなのね。まぁ、それなら助かるかな。


「それと、夜に赤ちゃんにお乳をあげるのは、ダーヴィッド村長さんにしてもらってください」

「はぁ?」


 この『はぁ?』は、ダニエルとアーベルの合唱だ。いや、父親から乳は出ないのは知ってますよ。そんなイタイ人を見るような眼はやめて!


「哺乳瓶ってあるのかな?」

「何それ?」


 ああ、無いんですね。じゃあ、作るしかないじゃない。思い当たるものを探す。


「皮の水入れはある? 旅で使うようなヤツ」

「そう言えば、あったような……」

「それが欲しいです!」


 少し考え込んで、レギンは立ち上がった。どうやらある場所の検討はついているようだ。


「アーベル、ヤギがいるって言っていたよね」

「ああ、5匹いるよ」

「ヤギのお乳はある?」

「あっ、今はまだ。もうそろそろ子供ができるからそれまでは無理だ」

「この村にはヤギのお乳は手に入らない?」

「ヨエル、ブロルの所に行って。聞いてきて」

「ついでに、少しもらってきて!」

「うん!」


 アーベルがヤギ乳が手に入る方法をブロルという人物に丸投げした。言われたヨエルは、食料庫に入って、陶器の入れ物を持って出てくる。


「急がなくていいから、気をつけてね」

「うん」


 私の言うことに、何故か素直に従っている。彼は彼なりに、叔母さんが心配なのかもしれない。


「牛乳じゃダメなのか?」

「ほら、牛乳って飲み過ぎると、お腹こわす人いるでしょ? 赤ちゃんならお腹壊しちゃうよ」

「そっか……」

「へぇ〜、ヤギの乳はお腹を壊さないのか」


 ちょっと気になる言い方だけど、言い訳もすでに考え済みだ。どーんと来い!

 まぁ、その前にレギンが戻って来てしまったのだが……。


「エルナ、これでいいか?」

「あー、それは……胃袋?」

「ああ」


 レギンが持って来た皮の水筒は、この時代の旅の必需品だ。ヒツジやヤギの胃袋などで創られていて、それを乾かして水を入れて持ち歩くのだ。


「アーベル、スサンは産まれてからどれくらいたつの?」

「え〜と……」

「豆の月の1番目の……」

「水の日! じゃあ、今は色の月の一番目の命の日だから25日目かな」


 豆の月と色の月? これは月の名前なのか?

 まぁ、あとで計算してみれば、月の日数とか解るかもしれない。


「ここからが最も大事なことだから、忘れないでね」

「うん」

「スサンは良くお乳を飲む子?」

「わかんない」


 解んないのかよ!

 ダーヴィッド村長さん求む!! そう心の叫びを聞いたように、アーベルは鋭い声でダニエルに命じた。


「ダニエル、お家に行って、お鍋と村長かブリッドを連れてきて」

「うん!」


 なんて明るい笑顔で答えるの? うわぁ〜、これは責任重大だ。


「何でダニエルは覚えようとしないのかなぁ。だから文字をいつまでも覚えないんだよ」


 プーっと頬を膨らまして、アーベルはぼやく。

 しかし、心で叫んだのがアーベルに解ったのか、少しどきりとした。

 エスパーですか?


「他にすることはあるか?」

「ううん、村長さんに説明するだけだから」

「そうか」


 レギンはそう言うと、炉の近くにあった、私がすっぽりと入るような大きさの桶を持って来た。

 何が始まるのかと見ていると、その中に食事に使った皿やスプーンを入れ出した。私も慌てて食器を入れる。アーベルもつられて鍋を両手に持つ。

 これから、水場で洗う作業をするのだ。


「これからは、どんな仕事をするの?」

「俺は、壁の修理と柵の点検だ」

「僕は、ヒツジ小屋の掃除と寝わらの交換」

「チーズは出来た?」

「上手く出来たよ」


 そんなことを話しながら水場に向かう。私も取りあえず、村長が来るまでは暇なので、アーベルかレギンを手伝うつもりだ。

 しかし、あんなことをぺらぺらと喋った割には、レギンもアーベル無反応で、少し肩すかしを喰らった気分だ。

 最低でも、アーベルから『どうしてそんなことを知っているの?』くらいは覚悟をしていた。子供の知る知識ではないし、私は記憶喪失ということになっているのだ。


 水場に到着すると、早速鍋を洗ったのだが、この石けんはなかなかの優れものだった。油なんか簡単に落とせないだろうなぁと思っていたが、たっぷりと石けんの泡があれば、あっという間に落ちてくれる。

 これなら、洗濯物でも使えるかな?……あぁ、気がついてしまった。


「服の洗濯はしないの?」

「今日はしない」

「今日は? と言うことは洗濯物があるの?」

「だから、今日はしないよ」

「私がやろうか?」

「ええっ! エルナは小さいから無理だよ」


 どんな洗濯だよ。それとも大量に溜めているいるのか? 明日は、是が非でも洗濯をしてやると、心の誓った。

《エルナ 心のメモ》

・2時間という言葉がある

・2時間ごとに鐘が鳴る

・三番目の鐘、五番目の鐘、真上の鐘、七番目の鐘、夜の鐘は、長く鳴る

・鐘を鳴らしているのは村長さん、村長さんは時計を持っている?

・「ソールとノートに感謝を」と食事の前に言う、今日の朝はそんなこと言わなかったよな

・ソールとノートは神の名前なのか?

・ダニエルの母親は、スサン(弟? 妹?)を産んで産後の肥立ちが悪い

・スサンが産まれたのは豆の月の1番目の水の日から、今日、色の月1番目の命の日の間が25日

 計算してみたら、色の月は30日だった。

・バカにしていた石けんは、とても優秀だった

・洗濯は重労働なのか、それとも大量に溜め込んでいるのか?

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