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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第7章 王都・アンドレアソン 2
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上陸

 国一番の港を目の前に、エイナとフランシスは大はしゃぎだった。フランシスは、目を大きく見開き、エイナは初めてみるものに、感嘆の声を上げている。

 そんな2人を、船縁から海に落ちないようにハラハラし、そばをウロウロしているのは、航海士のウルフだった。そして、そんな航海長を物珍しく、そして面白がって見ている船員たちは、しばらくぶりの上陸に、少なからず心を浮きたたせているのだ。


「海の男も上陸は嬉しいのか?」


 ダークの傍らに立って、エイナとフランシスを見守るミケーレは、豪奢ごうしゃな金色の髪をなびかせている船長にそう尋ねた。


「俺たちは変な生き物で、海に出ればおかが懐かしくなり、おかに上がれば海が恋しくなるのさ」

「……そう言うものなのかもしれない……な……」

「そう言うもんなんです」


 ミケーレには少し解った気がした。長閑のどかな村に住んでいる若い子は、刺激の少ない村の生活から逃れて、王都やフレドホルムの領地の町に行くことを夢見ている。ある者は、ただその華やかさに憧れて、ある者は王都で騎士団に入るため……。

 可笑しなことに、ミケーレ自身はそんなことは思わなかった。フレドホルム領地の代表として王都の剣術大会に出た時も、テグネールに帰りたかった。どこか、ここにいるのが不自然で、落ち着かなくなるのだ。だが、テグネールで村長をやり、色々な子供達を見て来て解ったのは、若い時分にはテグネール村は長閑のどか過ぎるのだと言うことだった。

 だが、歳をとるとみんな言うのだ。「テグネールが一番」だと。でも言葉には、どこか華やかさを求めていた心を、どこかに残しているのではないかとミケーレは感じるのだ。


「随分と世話になったな……特に航海長殿には」


 ミケーレがそう言うと、ダークは笑った。

 ウルフのどこが良くてつきまとうのか、それともあの子達には特殊な嗜好でもあるのかと思ったこともあった。いつも人を引きつけるのは、自分であったと思うのに、何故かエイナとフランシスは、ウルフに親しみを覚えているのだ。エイナは、ダークを見ると「奇麗な髪ね」と言っただけだし、フランシスに至っては、近づいて来もしなかった。

 まぁ、それも面白いことの1つだとダークは感じていた。


「今の有様を見ると、ウルフも満更ではないみたいだしな……ヴィンド神に誓って……」


 ダークは笑いながらそう言った。航海の、船乗りを守護するヴィンド神に誓って嘘ではないと。そして、ミケーレもつられるように笑った。


 ダークがミケーレと甲板から見える海原と、切れ切れに見える王国の大地を見ながら語るようになったのは、つい2日前からだった。

 恒例となりはじめたバルタサール子爵とミケーレの模擬戦が甲板の上で行われた。ダークは、最初は興味などなかった。だがこの日は、明け方に少し海が荒れたせいで、シュラウドの一部が切れたのだ。数カ所のことだったので、かなり時間がかかったが、修理作業を見ていたのだ。その時、バルタサール子爵とミケーレの模擬戦へと視線が動いのだ。


 バルタサール子爵は、若いながらも腕が立つのは確認するまでもなかった。貴族だろうとなんだろうと、騎士団に入り、副団長の地位にあると言うことは、それなりの腕だと言うことだ。騎士団の座は、地位や権力、まして金などでは買えないものなのだ。この世界で、最も公正な判断のもとで選ばれるのが騎士なのだ。

 国王だって、金を出して得た騎士団長に命を託す気はしないのだろう。


 2人が剣を交えている間、観察していたダークにも、やがて解ってきたことがあった。上手く打ち込む数の多いバルタサールなのだが、優位に立っているのはどうもミケーレなのだと感じた。剣術などを学んだ事のないダークだが、海に出れば海賊に襲われることもある。その為に、ある程度は剣の腕を磨いてきたつもりだった。その経験から、ミケーレはきっと全力で挑んではいないと解ってきたのだ。


 北方の僻地の村長だと言うただの平民の男、ミケーレは、第4騎士団の副団長をなしているのだ。10分ほど見ていた。ミケーレという男は、間違いなく騎士になれる程の腕前なのだ。

 騎士になると言うことは、この国の男なら一度は夢見ることだ。それが何故? その疑問はダークの中で大きくなっていった。そして、2人が休んでいる時にミケーレに尋ねたのだ。


 ミケーレの返答は、ダークには想像だに出来なかった。お陰で、どうして可笑しいのか解らないのに、笑わずにはいられなかったのだ。

 ミケーレは言った。


 本当は、兵士になりたかった……でも、村を離れてでも守るものは無いと……。


 ダーク自身は、仲間には好かれているし、他の船の船長より断然気前が良い。その上、公平であれと自らを戒めていることもあり、船員からはその評価受けている。

 船の船長は絶対だ。それこそ王のような存在だ。それだからこそ、一方的になりがちなのを恐れた。これでも、ダーク一人では船は動かせないと知っているのだ。


(まぁ、ウルフに言わせると、へらへらしていないで、もっと威厳を持てと言われているけどな……)


 この世界は理不尽だと悟ったのは、初めて船に乗った10歳の頃だ。その船の船長は、反吐が出る程嫌なヤツで、自分の思い通りに行かないとダークを殴ったり、給金の上前を跳ねたりするのは当たり前だと思っているようなヤツであった。次に売られるも同然に移った船の船長は、更に最悪で、ダークの扱いは家畜以下だった。

 だからダークは、ここまで這い上がって来た。権力という暴力を振りかざすヤツと対等になるために、自分も権力を手に入れた。少しでも金になることを見つけては、どんな手を使ってもそれを成し遂げて来た。


 が、ミケーレと言う男は、自分とは真逆の人間だった。僻地の村長と王都の騎士とでは、その権力は違う。まして、団長や副団長になった平民は、男爵の爵位を得られると言うのだ。

 理解できないとばかりに首を降るダークを、ミケーレは笑っているだけだった。


 でも、理解できないからなのか、それともミケーレという人間にただ単純に人を引き寄せる求心力があるのか解らなかったが、ダークはこの男を好もしいと思うようるには時間は必要なかったのは確かだった。












 王都の港は、国中からいろいろな物資が運び込まれる場所だ。否、隣国の商船も数多く停泊していた。水先案内人に誘われて停泊したシャイン号は、今まで停泊など許されたこともないような、一等良い場所にいざなわれた。

 驚いたのはそれだけではない。陸では、豪華で大きな6頭立ての馬車が2台と、第1騎士団がその護衛にあたっていたのだ。第1騎士団は王の護衛を任務としている。そのために、平民がお目にかかれる機会など、年に1度行われる剣術大会だけである。

 その騎士団が、第1騎士団がゾンネンゲルプという名の色のマントを翻して、港町で中型のどこにでもある帆船を待ち構えているのだ。金色に近い、太陽のように眩しいそのマントに、港にいる人間たちは、何が起こるのか好奇心に駆られて集まっている。

 その上、港にいる人間で、シャイン号を知らない者はいない。


「くそ……嫌な目立ち方をさせやがって……」


 こぼしたダークの脇をウルフが小突いた。

 騎士団にも上下関係がある。第1騎士団は、当然、全ての騎士団の中で最も優れた者が居る場所だ。第4騎士団を出迎えに、第1騎士団が出て来ることはない。と言うことは、あのミケーレが、王に招かれているのだ。王ではなくても、それに近い者に招かれているのだ。


(それとも……)


 ダークの脳裏に、ウルフにつきまとう2人の子供の姿が浮かんだ。珍しい黒髪をなびかせて、好奇心一杯の少し青く見えるグレーの瞳を見開いて港を見つめている。そして、もう一人の子供、フランシスも舷側から身を乗り出すようにしている。

 この海の沖には、キャラック諸国連合という国が存在する。その国の人々は、褐色の肌に、黒や茶色の瞳をしている。そして、半分くらいの島民が黒髪だ。だが、この国で黒髪の者は少ない。

 ダークの相棒のウルフは黒髪だが、彼の血の半分はキャラック出身の母親の血が入っているので、ちょっと理由は違う。が、ミケーレの連れている少女は、顔立ちはこの国の人間なのだが、髪が黒かった。そして、もう一人の子供も黒髪だ。それも黒い瞳の……。

 この国では、黒の髪と黒の瞳の持ち主は、魔法の力を持っているとされているのだ。それ故に、ある者は崇め、ある者は恐れる。だが今では、そんなことを言うのは、ダーグの祖父母の世代なのだ。


 ミケーレの連れている子供が、2人ともミケーレの子供だと確認したわけではないが、2人の子供どちらも黒髪なんて言う話は聞いたことが無かった。港の噂話や、眉を寄せるような怪しげな話しを聞き慣れているダークも聞いたことは無かった。

 王都……否、王宮で何か起こっているのだとしたら、あの2人の子供が原因なのではないかと、ダークは感じていた。


「まぁ、王宮で何が起こっているのか知りたくもないしな……。接岸したら、俺たちの任務は終わりだ」


 ダークの言葉に、ウルフは頷いて、接岸の準備が滞り行われているのかを監視するため離れて行った。

 それと入れ替わりにやって来たのは、バルタサール子爵であった。その横には、見慣れた少年、ヨーナスも付き従っている。


「ダーク船長、なかなか面白い旅だったぞ」

「恐れ入ります、子爵殿にそのようなお言葉を賜り、今、安堵いたしました」

「だから、その子爵殿もバルタサール殿も止めろと言っているのに……」


 ダークがこの船旅の間、言葉を交わしたのはミケーレだけではない。バルタサールは、持ち前の人懐っこさで、ダークを振り回してくれたが、最後の方では、ダークもこの貴族騎士を好もしい青年だと感じていた。裏表がなく、表情を顔に出し、間違ったことをした時は、相手が平民だろうがなんだろうが謝罪をする。そんな真っすぐな性質は、ダークだけではなく船員たちを驚かせ、すっかり魅了してしまったのだ。

 バルタサールと乗船してきた、従兄弟であり幼なじみであると言うマティアス子爵曰く、バルタサールは子供なだけだそうだ。そして、ノルドランデル家の男は、半分はそんな子供のまま成長してしまうらしい。

 思わず吹き出したダークは、「失礼」と言って取り付くろってみたが、その場をすぐ退去せざるおえなかった。暫くは、船長室に籠って笑いが収まるのを待たなければならなかった。


 子供のまま大人になれるのは、ある意味、貴族の特権だ。食べるに困ることもなく、何不自由なく守られて成長した証しだ。が、ダークはバルタサールをそう見ない。なぜなら、バルタサールの従者であるヨーナスに言わせれば、バルタサールはもの凄く厳しく育てられたと、父から聞いたのだと語ってくれたのだ。

 バルタサールの父は、第1騎士団の団長であった。それ故なのか、それとも家風なのか解らないが、負けること、自分より弱い者を虐げることに厳しかったらしい。今のバルタサールからは想像できないのだが、子供の頃はやんちゃで……ここは、理解できた。馬に無理な道を歩ませ、馬が足を痛めたことがあった。それを聞いた父親は、自分の相棒になる馬に気遣うことも出来ないのでは騎士にはなれないし、それは許されないと、丸一日、食事も与えずに、厩に籠らせて馬番の仕事をさせたそうだ。


「ですから、数日の空腹をご存知ですよ」


 微笑んで、そのくせ誇らしそうな顔をするヨーナスは、ダークに色々と語ってくれたのだ。その後に、それ以来、バルタサールは贅沢はしないが、美味しいものを求めるようになったと、追加情報を教えてくれた。


 最後まで、ちょっと距離の置いた態度のダークに不満そうにはしていたが、バルタサールは笑顔で立ち去った。

 その姿を見送りながら、戻って来たウルフがそばで立ち止まった。


「暫く停泊するのか?」

「そうだな……」


 この先のことは、ダークにも解らない。海の者は、風の向くまま気の向くままなのだから。


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