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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第7章 王都・アンドレアソン 2
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おはよう、エイナ

 ミケーレは、エイナとフランシスを連れて、フランシスの生まれ育った町に戻ってきていた。荷馬車を襲ってエイナを取り返したのが昨日の夕刻だった。取り返したその場にやってきたのは、王都の第4騎士団だった。

 真っ先にミケーレに駆け寄ってきたのは、懐かしい面差しの青年だった。どうやら、我々は、遠いところで血が繋がっていりノルドランデル家の者だった。


 相手は貴族で、第4騎士団の副団長なのだと言うが、ミケーレには子供達を従えて、これからどんな悪戯をしようかと笑っている弟の息子、ダニエルが思い出されてつい、微笑んでしまうのだ。弟は、良くそのダニエルと自分が似ているのだと言う……と、言うことは、この青年と自分もまた、似ているのだろう。


「エイナはどうですか?」

「まだ目は覚ましませんが、寝返りを打ったり、表情を変えたりしています」

「そうですか、それは良かった」


 エイナの容態を気にして、何かと声をかける青年もノルドランデル家の一員だと紹介された。マティアス子爵は、王都で文官をしていると言う話だ。ダニエルに似ているバルタサール子爵とは従兄弟同士で、子供のころから一緒なのだと言った。その表情には、忌々しさが見え隠れするものの、それでもマティアスにとってバルタサールという人間に、何か魅力があるのか、それとも抗えない悪縁が働いているのか、ミケーレには伺い知れない。が、このマティアスという青年も、ダニエルと肩を並べる妹の息子・ブロルにとても良く似ているのだ。


 奪われたエイナは、薬草を飲まされて寝ていたのか、はたまた魔法によって眠らされていたのか、犯人たちがこの場にいないので判断は難しいが、時とともに眠りながら微動だにしないエイナが、今では、むにゃむにゃと何かをしゃべったり、寝返ったりしていた。


「一応、このまま王都に動向していただいて、魔法がかけられていないか見てもらいましょう」

「お心使い感謝いたします」


 このマティアス子爵は、不思議にも平民であるミケーレにも丁寧な物言いをする。その理由を理解したのは、バルタサールの一言だった。

 この町に戻り、改めて自己紹介をした時のことだった。バルタサールに訪ねられたのは、エイナを追う途中で出逢った馬の商人……確か、オーヴェと言っただろうか、その男に何故『アレクシス』だと名乗ったのかと言うことだ。

 勿論、何か深い意味があったわけではない。ミケーレの名前は、ミケーレ・アレクシス・ノルドランデルなのだから。ミケーレの家には、男の子には『アレクシス』とつけられているのは、何も自分だけではない。弟のダーヴィッドもダーヴィッド・アレクシスだし、息子のレギンもアーベルもヨエルも2つの名前を持っている。

 が、多分、何故『ミケーレ』と名乗らなかったのだと訪ねているのだ。


「犯人が、どこの誰とも知れぬ上に、私がミケーレである理由で、娘が攫われたとしたら、私が追っていることを知らせる危険は侵せませんでした」

「……くそ、あの商人に話しを聞いた時、オヤジが1人で動き回っているのかと思ったぞ!」


 忌々しげなその言いようは、バルタサールの父である、アレクシス・ノルドランデル侯爵の人となりを良く伝えている気がする。が、何故、そのノルドランデル侯爵がこの事件に単身乗り込むのか不明なのは、ミケーレの預かり知らぬ所で、このエイナが攫われた事に関係しているのだろうと推測するに留めた。


「ところで、その子供だが……」


 バルタサールは、フランシスを見つめる。当のフランシスと言えば、隣のベッドで寝ているのが、幸せそうだった。特に風呂に入れてやると、ことの外機嫌が良くなったように、ミケーレには思えた。風呂が好きな子供なんて、この世界にいるとは思えなかった。


「村に連れ帰ろうと思います」

「父親は、迎えに来ると思うか?」

「さぁ、どうでしょう。それよりも、死ぬ危険が無い方が大切だと思います」


 フランシスは、念のために治癒の護符が使える騎士に看てもらったのだが、顔の大きな痣と、口の裂傷の他、数多の痣とともに肋骨にヒビが入っていた。ミケーレだけではなく、その報告を聞いたバルタサールも怒りを顔に滲ませた。


「まぁ、何かあれば私に連絡をしてくれればいい」

「ご配慮感謝いたします」


 ミケーレが頭を下げると、バルタサールは嫌な顔をした。


「……普通に話してはくれないか?」

「は?」

「……いや、何でも無い……。いや、何でもあるぞ、その顔で馬鹿丁寧に頭を下げられると、むず痒い! オヤジにそうされているようではないか」


 いや、知らねーし……とは言えず、ミケーレは苦笑いをするしかなかった。まさか、同じ血族であろうと、第貴族のノルドランデル家子息と、しがない僻地の村長では、身分長が歴然だ。もし仮に、2人で良くても周囲が困ることになる。


「して、そのエイナの他に子供はいるのか?」

「はい、3人の息子がおります」

「おお! その子息は強いのか?」

「上の子は、この前、フレドホルム領地の代表になりました」


 そう、レギンは剣術大会でフレドホルムの並みいる剣士を倒した。そして、豆の月に行われた剣術大会にて、フレドホルム領代表として出たはずだ。そうミケーレは思っていたが、それはバルタサールの言葉で否定された。


「いや、ノルドランデル家の者ではなかったぞ」


 驚いたミケーレだったが、豆の月は、ミケーレがエイナを追い始めて翌月のことだ。レギンは、何か思うところがあって、大会を事態したのだと思った。一瞬、過ったのは息子たちに何かあったのではないかと言うことだったが、常に剣に輝いている護符の石に反応する石は、レギンたちを思い浮かべると微弱な光を放っていたのを思い出した。


「そうですか……私が無断でエイナを追ったために……可哀想なことをしました」

「なんと! 家の者とは連絡をしていないのか?」

「いえ、少し遅くなりましたが、今頃は息子たちも私とエイナの無事を知っていると思います」

「では、来年を楽しみにしておこう……で、その者の名は?」

「レギン……レギン・アレクシス・ノルドランデルです」


 最後に息子の名を口に出して言ったのは、いつくらい前だったのだろう。懐かしく感じる息子の名前に、ミケーレに抗いがたい望郷の念がわき上がって来るのだった。











 近くの川で待機させている船で、王都への期間命令が伝令の護符によって知らされたのは、つい今しがただった。それを受け取ったマティアスは、再びエルナの行方を考えた。

 エルナ嬢は見つけることが出来ず、犯人は国境を越えてパルマ国に逃げ失せた。残った手がかりは、眠らされているエイナと言う少女の証言だけだ。唯一の救いは、犯人たちも自分たちが運んでいるのが、エルナ・ヴァレニウスではないと知らなかったと言うことだ。

 ミケーレの証言により、班員の首謀者と思われる男は、ヴァレニウス公爵が雇った男だと思われた。今、その男がどうなっているのかは、特に連絡が無いので、この事実を知っているものは、マティアスとバルタサールだけだと言うことだ。

 が、それならあの堅牢な警備でもエルナ嬢が連れ去られたのに合点が行く。やはり、マティアスが最初に推測した通り、内通者がいたのだ。その男の正体が問題だった。


「……」


 疲れた顔のバルタサールが、部屋にノックも無しに無言で入って来た。


「ノックくらいしろ」

「疲れた……」


 昼夜を徹しての行軍に、相手を取り逃がしたと言う精神的ダメージは、彼のバルタサールをも疲弊させたのだ、と思ていた……が、バルタサールが疲れている原因は、あのミケーレという男だった。

 ミケーレ・アレクシス・ノルドランデルと言う、テグネール村の村長は、我が血族。その上、バルタサールが最も苦手とする父・ノルドランデル侯爵の若いころに瓜二つだのだ。『父親に丁寧に話されているようだ』とぼやくのだ。


「知っているか、ミケーレには息子が3人もいるそうだ。一番上のレギンは、剣術大会でフレドホルム領の代表だったらしいぞ」


 疲れたと言って入って来たのだが、嬉しそうにそんな事を話す。


「だが、今年はノルドランデルの家の者で出場したのは、お主だけではないか」

「どうもな……ミケーレ殿は死んだと思われていたらしいのだ」

「……家族に何も言わないで追ったと言うことですか?」

「そうらしい」


 まったく、残った者の心配もよそにイノシシがごとく突き進むあたり、全くノルドランデルだとマティアスも深い溜め息をついた。


「で……エルナはどうなったと思う?」

「犯人たちも、自分が運んでいる者がエルナではないと知らなかったと言うのであれば、どこかで、エイナとすり替わったのではないかと……」

「まぁ……珍しい黒い髪で、背丈も歳も同じくらいだ……まぁ、間違えないとは言えないな……」


 バルタサールは事も無げに言った。マティアスは、もっと重大なことに気がついていないバルタサールを、面白く見ていた。


「私は、エルナ殿にお目にかかってはおらぬので、何とも言えぬが……お主が見て、エルナとエイナは似ているのか?」

「さぁ……エルナはずっと寝ていた……瞳の色も見たことはないし、声も聞いた事はない。その上、俺が最後に見たのは、エルナがもっと小さい頃だ……3歳の時か?」

「入れ替わる……どうやって?」

「!」


 バルタサールは、倒れ込んだ椅子から身を起こした。やっと気がついたかと、マティアスが直接、イサクソン卿へ伝令の護符を贈ろうと提案しかけた。


「そうか、犯人の上前を跳ねる真犯人がいるのか!」


 バルタサールのその言葉に答えたのは、マティアスの深い深い溜め息だった。


「なんだ? 違うのか?」

「国外に逃げた者は、どうしてエルナとエイナが入れ替わったのか理解していなかったとミケーレ殿は言っていたぞ」

「そうだな……」

「アードルフ……ヴァレニウス侯爵の所の新しい文官は、凄く優秀だったと聞いたではないか。そんな男の足下が救えるのか? それはどんな知恵者だ?」

「違うのか……」

「絶対に無いとは言わぬが、それよりも、もっとあるであろう」


 バルタサールは、子供の様に首を傾げた。この男の頭の中がどうなっているのか知りたくはないと思うと同時に、もしかしたら、バルタサールにはその可能性のほうが限りなくゼロに近いことなのかもしれないと思い至った。


「エルナは……目覚めたんだと思うんだか?」






 


 今まで部屋にいたバルタサール子爵は、実に好もしい青年だった。

 自分が貴族の末裔であると言われても、ピンときたこともなく、実感なんてなかった。貴族について聞くのは悪い話ばかりだった。だから、貴族とは関わらないようにしてきたのだ。

 が、バルタサールは、ミケーレの思い描く貴族とは全く違った。

 同じ血族だから、同じような性格だから……どんな理由があるのか解らない。


「……さ……」


 ふいに部屋の中で懐かしい声を聞いた。無意識にベッドを見ると、エイナが目をこすっている。


「……おとう……さん……ここは……」


 エイナが目覚めた。これでもう、何もかも昔の通りだ。エイナを失う恐怖を抱えることもない。

 いろいろな感情が沸き上がってくるのだが、ミケーレが口にできた言葉は、ミケーレ自身にとっても以外な言葉だった。


「おはよう……エイナ……」

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