シャイン号
国境の村から、南に向かうとスヴィーウル川に行き当たる。海から随分と内陸になるのだが、川幅は下流までそれほど変わらない。その上、深い川なので大型の帆船が行き交っている。
スヴィーウル川は王国の交通の要である3つの川のうち、一番東にある流れの早い川だ。川の上流にあるワインの一大産地と王都を結ぶ航路としても有名だった。
が、この帆船にワインなど積まれてはいない。積まれているのは、軍馬と王都の騎士団の人々だ。いつもは、荷を受け取り、その荷を目的地に運ぶだけで、時々は人も乗せたりしているが、こんなことは、シャイン号では初めてだった。
船長と呼ぶには随分と若い男が、船首に立って風を受けていた。進む先を見つめる目は険しかった。シャイン号の船長は、荒くれ者を束ねるような感じには見えない。着るものにも頓着をない船乗りの中で、異彩を放っていた。真っ白なシャツは、汚れ1つついていない。ホースは黒なのだが、良く見ると見慣れない模様の刺繍が細かく刺されており、皺もシミも一切見当たらない。
そして、何よりもこの船長を際立たせているのは、キラキラと光る川面のように、太陽の光を受けて輝く黄金の美しい長い髪だった。容姿も整っており、町で見かける劇場の俳優のように見える。が、紫の瞳の奥に見え隠れするものは、ただの優男ではないと語っている。
男の名前はダーク。
事の起こりは、サムエルから大量のワインを王都の港で降ろしている時だった。サムエルの文官とともに運ばれたワインは、無事に商人ギルドに引き渡され、次々と降ろされるワインをダークは港で眺めていた。相棒で、良きパートナーのウルフが船舶ギルドに出向いて、手頃な仕事を見てくるはずだった。それを待っていたのだ。
勿論、良い仕事があればすぐにでも出航するが、そうでないなら、王都で暫く休養しても良いと思っていたのだ。
戻って来たウルフの顔を見て、ダークは嫌な予感がした。普段から笑うことが少なく、子供が泣いて逃げる美しい強面の男は、何やら面倒ごとを持って来たように見えた。それは、すぐに当たっていたのだと解る。
ウルフが、船舶のギルドに立ち寄ると、待っていたとばかりにギルドの奥へ通された。そこで待っていたのは、国王の命令書だった。
王の命令によると、すぐにスヴィーウル川を遡り、ダールストレーム領地の先にある、川が2つに別れる場所で待機をして欲しいとのこと。そして、その後に第4騎士団を引き攣れて王都に戻ると言うことだった。
王の命令を受ける船乗りは限られている。それが、自分たちではあり得ないと言うことも。が、王は命令を下した。破格の報償と、詳しくは語られない事情で、自分たちは王都で行われている秘密裏の何かに巻き込まれたのだと理解した。
否という返事はない。惰性のまま、必要な水と食料を買い集めて船を出した。
川が2つに別れる場所にたどり着いたのは5日後だった。そこに停泊すること3日、伝令がやって来て、次の行き先をサムエルの町だと言われた。そして、船を出し、3日の後にサムエルの港町にたどり着き、それを待っていた伝令によって、すぐさま、先の分岐点をステンホルムへと向かった。いずれの伝令も、領主の文官ではなく王都の文官だった。
何が起こっているかなど、聞く権利はない。唯々諾々と従うだけなのだ。誰かに何かを命令されたり、駒のように使われることのない人生を求めて船乗りになり、危ない仕事もこなして船を手に入れ、船長と呼ばれるようになれば、そんな事に巻き込まれずに済むと思っていた。
たどり着いたのは、スヴィーウル川の上流も上流で、もう国境に近い場所だった。
そこで待ち構えていたのは、王都の第4騎士団と、幼い娘を抱きかかえ、同じ年頃の少年を連れた男だった。
王都の騎士団などと面識を得ることは無いが、最初はこの子連れの男が、騎士団長だと思った。それくらい、平民にしては雰囲気のある男だった。
ダークは、誰よりもこの不思議な雰囲気の男に興味を持ったのだ。