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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第6章 テグネール村 4
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蒸し器

 私とアーベルは、朝食が済むと宿屋に向かった。トーレ親方に、壊れない厩コンペの案を説明するためだった。会合は、まぁ、上手くいったと言える。親方はことの外気に入ってくれたし、図面も多いに役立ってくれた。

 が、私は全然納得できなかった。自分でも言うのは何だが、奇抜ではあるが、壊れないという一点において、あの案は完璧に近いと思うのだ。だが、親方がのたまうには、


「この奇抜な案は、貴族にはかなり評価が高いぞ!」


 だそうです。

 そこかよ!


 納得いかないと、頬を膨らませる私に、アーベルは頬をつつかれながら家路へと向かった。


「まぁ、物って言うのは人によって、目のいくところは違うんだからさ」

「そうだね……」

「ほら、そんな不機嫌な顔をしないでさ。おかげで、この問題とはおさらばだよ」

「うん……そうだね!」


 アーベルに言われて、それはそうだと納得した。14歳の子に諭されてどうする29歳!

 手をつないで、家に向かう道すがら、水たまりに気をつけて歩く私を、ヨエルなら、注意するまもなく飛び込むのに……と笑われた。

 嫌だよ、泥だらけになるじゃん!


 家に帰って、また総出で羊の毛刈りをするのだ。まだまだ終わりそうになり羊の毛刈りは、農家の田植えとか収穫期と同じくらいの大変さだった。

 麻袋に羊の毛を入れるのに夢中になっていると、いつの間にかヒツジに忍び寄られて、ドン! と体当たりされて羊の毛の中にダイブすることになった。


「エルナ、ヨエルと一緒に、そこの羊の毛を家に持って行ってくれないか?」

「どれどれ?」

「この厩舎に詰んであるやつ」

「解った!」


 ヨエルと、適当に運べるように麻袋に入れては、家の中に持ち込む作業をした。羊の毛なので、重さは無いのだが2つ持つとバランスが悪い。

 今の体では、ヒーヒー言いながら2つずつを運ぶしかないのだ。


「ヨエル、この羊の毛はどうするの?」

「昨日の雨の水分で重くなっているから乾かすんだ」

「乾かすのか……」


 なるほど、言われてみればちょっと重い気がする。となると、羊の毛は目方で売り出すのだから、ちゃんと重さをはかることができないと損をしたりするので、乾かすのか……。

 何度目か、麻袋を家の中に運び込んだ時、丁度、シーラさんが訪ねて来た。


「こんにちは、エルナちゃん。頼まれていたものが出来たのだけど、見てくれないかしら……」


 シーラさんは、腕にかけていた籠から、素焼きのものを取り出した。穴の開いたプレートを4つの足が支えている。そうだ、以前にお願いしていた蒸し器が完成したのだ。


「わぁ〜、凄い凄い!」


 私のイメージよりやや厚みがあるかもしれないが、それでも蒸し焼きに使うには完璧な仕上がりだ。


「お願いされた通りに出来ているかしら?」

「はい、完璧です!」

「よかった〜、今まで作ったことないし……」

「エルナ、これは何?」

「ほら、昨日の夜、温かい野菜を出したでしょ? あれを簡単に作るもの」

「ああ、あれだったら、僕は野菜を食べてもいいなぁ〜」


 昨晩の温野菜をヨエルは良く食べてくれた。生野菜を食べるより、野菜の摂取に問題はあるが、それでも普段から肉の大合唱団の一翼を担っているヨエルにしては、良く食べてくれた。


「……野菜を食べるの?」

「え〜っと……私は野菜は好きだけど、ヨエルはあまり食べないの。だから、野菜を蒸して温かいまま食べてもらったの」

「凄く、野菜が嫌いな子でも食べるかしら?」

「……それでも食べない子は、マヨネーズを掛けるといいじゃないかな」


 シーラさんの質問にヨエルが答えた。実体験を語っている……。


「マヨネーズって何?」

「エルナが作った、野菜に掛けて食べるんだよ」

「塩とかじゃなくって、そのマヨネーズをかけると食べるの?」

「うん、マヨネーズはおいしいよ」


 シーラさんは、何やら問題を抱えているらしい。子供が野菜を食べないと言う、一般的な母親の悩みだろうか?

 そう言えば、シーラさんは既婚者なのだろうか、それとも独身? 旦那さんの話しを全く聞いたことはない。まぁ、この前、アーベルに言われて訪ねたばかりなのだけどね。

 しかし、この世界の人は、結婚している人なのかそうでないのか解りずらい。結婚指輪だとか、解りやすい見分け方はないのだろうか?


 私は、この世で最も聞きにくい「結婚しているんですか?」の質問ができなかった。乙女にはとても破壊力のある質問だったりするのだ。世の中には、そーゆー繊細な人もいるのだ。私には無縁だけどね。


「そうなの……ねぇ、エルナちゃん」

「はい?」

「この道具を家でも作って使ってもいいかしら?」

「はい、いいですよ」


 勿論、断る理由がない。


「ありがとう」


 シーラさんにキラッキラの笑顔を向けられた。そうだった、このお人はキラキラの笑顔の人だった。


「じゃぁ、これの使い方を教えますね」

「ええ、お願いするわ」

「ヨエル、ポテト10個くらい持って来てくれる」

「いいよ〜!」


 シーラさんに説明するために、2人で炉に移動した。鍋で沸かしている湯を隣の鍋に10センチくらい入れた。


「この蒸し器の足の高さより少ないお水かお湯を入れてください。そして、この鍋にこの蒸し器を入れます。中で水が沸き立って、この上に吹き出さない程度の水にしてくださいね」

「わかったわ」


 ヨエルが両手にかかえて持って来たポテトを、桶で洗って、蒸し器の上に並べた。


「すぐに火が通りにくい野菜から入れます」

「どんな野菜がいいの?」

「どんなものでもいいですよ、ポテトやオニオン、ウォルテゥル、カプロン、カブ、ラッポラ……キャベツやパプリカもいいですね」

「オニオンやキャベツは、火が通りやすいわね」

「はい、ですから、それは食べる直後に入れるのがいいと思います」


 出来上がる間に、シーラさんに更に頼みごとをしてみることにした。


「シーラさん、この蒸し器はお祭りまでにどれくらい作れますか?」

「お祭り? そうねぇ〜……10個くらいは作れるかしら……」

「これ、大銅貨8枚でしたよね。他の人は買ってくれると思いますか?」

「そうね、野菜を食べない子供のいるお母さんは買うかもしれないわね」


 うふふ、と笑ったシーラさん。なるほど、シーラさんの所には野菜の嫌いな子供がいると見た!


「この蒸し器で蒸したポテトを売ろうと思うんです。そのついでに、蒸し器も売っちゃおうと思って……あっ、シーラさんもお店出しますか? だったら、そちらで売ってもらってもいいです」

「うちは、他のお店でついでに売ってもらうだけだから……」

「特別に作って欲しい人は、後でシーラさんの工房に行ってもらっていいですか?」

「ええ、そうね……その方がいいかもしれない。これって、やっぱり鍋の大きさに合わせた方がいいんでしょ?」

「そうなんです!」


 蓋をされた鍋は、盛んに蒸気をあげている。シーラさんに蓋を開けて見せた。そして、下の水の量を見て、水を継ぎ足すことも可能だと説明をした。

 その後、ポテトができる間、アーベルを呼んでお金を支払ってもらい、シーラさんにアッフたちの出し物の宣伝をしたり、ハーブティーを飲んだりしてまったりした。


 そんなことをしているうちに、ポエトの芯が無くなり完成した。お皿に1つずつのせて、ポテトを4つに割ってバターを乗せた。辺りにバターの香りが漂いだすと、ただのポテトがごちそうに感じるから不思議だ。


「なんだか、凄い美味しそうね……」

「熱いから気をつけてね」


 シーラさん、ヨエル、アーベルに渡して自分のポテトにバターを乗せた。早速口に入れたのは、ヨエルだった。


 大きく目を見開いて、キラキラさせている。それを見て、アーベルとシーラさんもポテトを口に運んだ。


「何これ、ただのポテトだけど……こんな味だったっけ?」

「全然違うよ!」

「本当に……美味しい……」


 うん、美味い! やっぱり料理はさ、素材の味を生かすにまさる調味料は無いんだよね。そして、調味料の選択を間違わなければ、さらに美味しくなるのだ。


「もう、塩だけでもいいかもしれないわね」

「カブとか味が薄いものだと、塩だけだと子供は食べないかも……」


 どんな野菜が温野菜として可能か、どんな調味料がいいか等々、シーラさんと語りあっている間、ヨエルやアーベルはレギンたちに残りのポテトを持って行ってもらった。

 勿論、マヨネーズの作り方も教えた。うちでは、アーベルが頑張って混ぜてくれたけど、シーラさんの家には密封に近い蓋のある陶器の壷があると言うので、それに入れて振るマヨネーズの作り方を教えた。勿論、その密封できる壷を10個程注文させてもらった。時間がかかるので、暇な時にでも作ってくれればいいなって思う。

 密封に近い壷があれば、保存食も保存期間が伸びると言うものだ。


 シーラさんを見送りながら、アーベルに尋ねたくってたまらないことを聞くことが出来た。


「シーラさんって、子供がいるの?」


 答えはNOでした。では、野菜を食べさせたいのは誰なんだろう? まさか、旦那様なのか?

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