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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第6章 テグネール村 4
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壊れない壷とレギンの興味

 忌々しいことに、村長が言った壊れない壷などは作れない。形あるものはいつか壊れる。大自然の摂理に挑むような『どんなことでも壊れない厩』というお題目は、まさに天に挑戦状を叩き付けるような所業だ。


 私なら絶対にそんなことに関わらない。が、見事に巻き込んでくれたディック町長の姿を思い浮かべては、イラっとしていた。


「それに参加するのは、決定事項なんですね」

「……そうだな……」


 トーレ親方は、疲れた表情だ。もう、考えただけで疲れてしまったのだろう。


 実際、この問題に首を突っ込まざる追えないのも事実だ。ディック町長は、フェルト製品の販路拡大や宣伝を考えると、この先もいろいろと関わることになるのだ。そのディック町長の頼み(?)なのだから、無下にはできないのだ。


「町長さんからの話しなら……断れないよなぁ〜」


 アーベルは、そう言って私に確認を取る。勿論だ。頷く私に、アーベルは親方に向かって、考えると約束をして、お引き取り願った。トーレ親方は、今日はテグネールに泊まり、明日の朝に帰るつもりだったので、明日の朝にもう一度来てもらうことになった。

 去り際の親方の顔は、あまり期待してないようだった。勿論、期待されても困るのだが……。


「もう!」

「どんなことでも壊れない厩ねぇ〜」

「そもそも、そのコンペは意味があるの?」

「……こんぺって何?」

「コンペティションのことで……今回みたいに、『どんなことでも壊れない厩』の設計図をいろいろな職人に提出してもらって、一番優秀な人を決めること……って、そんなことより、どうするのアーベル……」

「オリアンの町長が関係しているなら、断れないだろ?」

「くー、忌々しい……って、もう夜のご飯を作らないと!」


 アーベルに手伝ってもらいながら、私は夕飯の支度を始めた。その間の話題は、勿論壊れない壷の話しだ。


「叔父さんの壊れない壷の話しは置いといて、壊れないに限りなく近い物を作るのが正解なんだと思うな」

「そうだろうね……」


崩れるのはいいのかな?」

「あははは、絶対に壊れないけど、すぐ崩れちゃうの?」

「そんなもの作ったら、殺されちゃう?」

「ディック町長にね」


 木だと日本の建築物を参考にすればいいし、石で作る場合はブロック塀を作るように、積み重ねられた石を金属の棒で貫いて、空洞をモルタルや漆喰で埋めれば良い。勿論、その為には、地中深くまで埋め込まなければならないけど……。

 でも、それは絶対ではないよね。


 そもそも、問題のモルテンソン領地とは、どんな気候風土なのだろうか。雨が多い場合は、木を使うのは問題になる。地震が多い場所は煉瓦や石はかなり危険だ。


「アーベルは、モルテンソン領地ってどんな所にあるのか知ってるの?」

「モルテンソン領地は、ここから一番遠い領地だよ。一番南の海に面した領地で、オリーブ油と塩……そして、魚とかが特産かな……」

「夏になると暴風雨が来るって……」

「うん、そう聞いているよ。海が凄く荒れて、波が高くなるんだって」


 アーベルも勉強で学んだことしか解らないと言う。そりゃそうだよね……、この世界では気軽に旅行できないし、写真も動画もない。なおかつテグネールからもっとも遠い領地だと言う。人の想像は、頭の中にあるものだけで構築されるのだから。


「エルナには良い案がある?」

「うーん……ここの村の建物は、丸太を組んで、ドアとか窓の部分を切り抜いて作るんでしょ? ほかの領地はどうなのかな……」

「お祭りに来る行商の人から聞いた話だと、この村の家の屋根の傾斜はかなりあるんだって。多分、雪がつもりにくいようになっているんじゃないかな。でもね、絶対に積もるから雪降ろしをするんだけど、かなり傾斜があるから大変なんだよ」

「なるほど……」

「モルテンソン領地のことかどうか解らないけど、石を並べるてる所もあるらしいよ」

「屋根に石?」

「うん、海に近くて雨が多い場所だって話しだったと思うけど……」

「随分重くて大変なんじゃないかな? 屋根は平なのかな……それとも山の形なのかな」

「ああ……そこは聞いてないなぁ」


 この国の全部を知るのは難しい。特に地域的な話しなどは行商人や、多領から人が多く来る王都でしか聞けることはないだろう。

 建築の専門家なら知っているのだろうか? 明日はアーベルに親方に尋ねてもらいたいことの1つだ。後、もっと詳しい条件、実際に建てる場所やその周囲の環境、大きさ等々。

 そんな打ち合わせをしながら、アーベルと夕飯の支度を進めた。今晩は、4人での食卓だ、ちょっと手の込んだものを作ろうと思たのだ。

 で、レギンが好きな……と言うのは、後でアーベルに聞いたのだが、シャリアピンステーキが気に入っているようなので、メインはそれにした。おかげでタマネギのみじん切りを大量に作った。肉を摂取するので野菜も多めに作る必要があったので、温野菜を作ることにした。温野菜は主に根菜類だ。マヨネーズを作ろうかと思ったけど、ドレッシングに変更した。理由は、野菜の皮をむいて切るのに疲れたからだ。

 デザートは相変わらずプリンだ。林檎のコンポートとか、アップルパイとかにも挑戦したのだが、お気に入りNO1は相変わらずプリンなのだ。


「じゃぁ、明日は、その条件を聞いて……で、どうするの?」

「広い場所で好きに作って良いなら、1つ思い浮かぶものがあるけど……そう言えば、どれくらいお金をかけていいのかにもよるよね」

「あるの!」

「あるよ、だって倒れないってことは立てないってことでしょ?」

「建てないって……厩は建てるものだよ。建てないと出来ないよ」


 ビックリまなこのアーベルは、ジャガイモの皮むきを止めてしまう。


「あはは、それはそうだね」


 勿論、そんな説明でアーベルが納得するはずはないし、『それはそうだね』ではアーベルの好奇心を刺激しただけだ。


「何何、建てないって〜」

「そうだなぁ〜、この世界に洞窟ってある?」

「この近くのフレドホルム領の山には、鉄や銅、石炭を掘っているから、穴とか多いけど……ああ、洞窟って言うのは知っているよ」

「ちょっと待って!」

「なっ、何?」


 今、聞き流せない言葉を聞いた。『この近くのフレドホルム領の〜』って言った。でも、この前は、レギンはフレドホルム領の代表だと言った。このテグネール村はフレドホルム領の村ではないのか?


「この村は、フレドホルム領じゃないの?」

「えっ? 違う違う、オリアンはフレドホルム領だけどね」

「だって、レギンはフレドホルム領の代表だって……」

「ああ、そう言うことか」


 だから、どう言うことだ、ハリー・アップ!


「この村は、王様の領地だよ」

「……?」

「この国は、貴族が治める領地と、王様が直接治める土地があるんだ」

「おお、天領地みたいなものか!」

「てんりょうち?」

「いやいや、何でも無い。で、ここの村は王様が直接治めているのね」

「そうだよ、ちょっと特殊な村だからね」


 魔獣が出る唯一の場所であると言うことなのだろうか。でも、天領地にわざわざするのだったら、ここの騎士を駐屯させればいいのに……魔獣を対峙する仕事(?)を課された村人が可哀想だなぁ。


「この村の他に、モルテンソン領地の真ん中辺にもその……天領地があるよ」

「そこには何があるの?」

「古代の遺跡だって言われている場所だね」

「ふーん……どれくらい前の話し?」

「この王国の創建以前らしいよ」

「おお! 面白そうだ」


 なるほど、特殊な条件の地域は王様の直轄地となるのだと理解した。まぁ、特に変わったことではないね。その上で、何故フレドホルム領の代表という肩書きがつくのかは、簡単な話だった。剣術大会は高校生の運動部の部活のように、「目指せインターハイ!」と同じ構図だった。地域によって代表者を選ぶ、選出するのだ。テグネール村は王様の直轄地だが、王都にわざわざ行くのは難しい。と、言うことで、近くの領地であるフレドホルム領に組み込まれたと言うのだ。


「ねーねー、ところで、倒れない厩の話しは?」


 ちぇっ、忘れてなかったか……。まぁ、ちゃんと話しておかないと、私が困るだけなんだけどね。


「ヒントはね、うちにもあるむろだよ」

「室?」

「ほら、野菜とかを保存しておく場所だよ」

「うん……室だよね……で?」

「室は倒れないよね」

「……」


 そう、室は地下にあるから倒れないのだ。

 もう一度言う、地下にある建物は倒れないのだ。室よりも頑丈に作り、日光を取り入れられるように一方を1メートルくらい地上から出して作るのだ。

 どこから入るの? スロープを作ります。相手は馬なので、緩いスロープにします。


 勿論この構造に問題はある。最大の問題は、雨水だ。緩いスロープには、雨水が流れ込んでしまう。その為にスロープの所々に排水枡を作るのだ。どれくらい水はけが良い土地なのか知りたい所だ。そして、周囲に倒れて屋根を破壊するような大木が無いことを祈る。


「地下の厩か……」

「重要なのは、敷地の風向きと日差しの方向、そして、水はけの良さなんだよね」

「……思いもしないだろうな誰も……建物を建てると言うのは地面の上なのは、疑問にも思わないからね……」


 私の世界には、地下は当然のようにある。地下室、地下街、地下鉄。そうは思ったが、アーベルには言わないでおこう。好奇心旺盛なアーベルに、余計な知識は必要があるのか解らないからだ。












 夕飯の時になって、オリアンから石製工房の親方が持ってきた案件をレギンに話した。その話しは、夕食が終わってからも続いた。

 理由は、言葉で私のしようとしていることが、レギンには理解できなかったのだ。勿論、見たことも想像したこともないモノを想像するのは難しい。そのうえ、言葉で散々説明をしたはずのアーベルが、細かい所で誤解していたりしているのが解ったからだ。

 その上、レギンはびっくりするくらいの好奇心で、この厩の構造を理解しようと努力している。


 一番早い理解の方法は、現物を見せることなのだが、模型を作る時間が惜しい上に、紙は貴重品なのだ。でも、そうも言っていられないので、1枚の紙を頂いて、図面を書くことにしたのだ。

 しかし、この紙がごわごわで、しかもペンが引っかかってうまく書けないのだ。悪態をつきながら、どうにかこうにか書き終えてみせた。それでも、やっぱり図面だと立体物に想像するのが難しいようだった。


「……室と言うと、夏は涼しく、冬は温かいと言うことか?」

「う〜ん……そうとも言えるんだけど、それは、ちょっと間違ってるかな。室は、年間を通して、同じ温かさだと言うことなんだよ」

「同じ温かさ……か……」

「熱くなったり、寒くなったりするのは太陽がどれだけ長く出ているかによるでしょ?」

「そうだな」

「だから、夏は暑いし、冬は寒い……寒いから雪になるんだよね」

「そうだな」

「でも、土の中はあまり関係がないの……でも、雪が積もっていると、雪の上でなくても冷たくなるのが解る?」

「床に雪の冷たさが伝わるからな」

「そうそう、特に石だとその冷たさが伝わるのが早いよね。土も同じで、冷たさとか温かさを伝えるんだけど、地面から遠いほど、その影響を受けないの」


 説明しているこちらも、結構大変なことに気がついたよ。

 熱伝導は理解しているからいいけど、気候による地表の影響とかは、生活をして何となく解る程度の理解なんだと思う。

 そんな綱渡りの説明でも、レギンは何故だか聞くことを止めないでいる。いつもなら、アーベルの出る幕なのに……。


 結局、アッフたちの手品の箱を持ち出して、その箱のように地面を掘り下げて、石垣で壁を作り、床にも石を敷き詰める……てなことを説明しなければならなかった。


 珍しく興味を示したレギンに、どれだけ通じたのか私には解らなかった。せっかく興味を示したのだがら、理解してくれるといいのだけど……と思うのだが。これまた、レギンがどれだけ理解したのかが私には解らない。

 図面のおかげで、トーレ親方には理解してもらえるようで、このような図面は、家を建てたりする時には作るらしいのだ。後は、アーベルがどこをどの素材で作り、なんでその材料なのかを理解すれば良いだけだった。

 不慣れなペンのおかげで、めちゃくちゃな図面は、アーベルが自分のメモ帳に清書してくれた。なるほど、慣れとは恐ろしい……あの引っかかる紙とペンをアーベルは上手く使えている。

 図面のおかげで、トーレ親方には理解してもらえるようで、このような図面は、家を建てたりする時には作るらしいのだ。後は、アーベルがどこをどの素材で作り、なんでその材料なのかを理解すれば良いだけだった。

 不慣れなペンのおかげで、めちゃくちゃな図面は、アーベルが自分のメモ帳に聖書してくれた。なるほど、慣れとは恐ろしい……あの引っかかる紙とペンをアーベルは上手く使えている。


「よし、出来た!」

「これで明日は大丈夫だね」

「そうは安心できないよ、トーレ親方の目線から見たら、僕達が考えつかないような疑問が浮かぶかもしれないからね」

「そうだね……」


 こんなに用意周到に準備をしても、明日はやっぱり、ドキドキの綱渡りなのだとげんなりする。


「うちは、東側が小高くなっているから、スロープを作らずに済むと思うんだが……」


 壊れない厩の話しをしているのが解った。

 確かに、西から東に道を真っすぐ掘って、突き当たりに室を作ればいい。傾斜や排水を気にするほどのこともない。


「う、うん……そうだね」

「……道を西側が下になるように坂にすれば、雨水の心配はしなくて済むし、何より厩舎の部分がそのまま牧草地になる……」


 うん、そうだね。


「そのうえ、道の入り口まで羊を誘導すれば、後は勝手に厩舎へ入るしな」

「ああ、そう言えば、兄さんは誘導柵が欲しいって言っていたよね」


 誘導柵? アーベルを見ると、私の顔を見て笑いながら説明をしてくれた。もはや、私とアーベルは、言葉を交わさなくても意思疎通が出来るようになっている。もっぱら、アーベルがエスパーじみているのだが……。


 今では、羊を集めるのは難しい仕事ではなくなっている。ベルの音で、ヒツジたちは自分で帰って来るのだ。が、問題は厩舎の入り口から見て、180度のどの位置からも集まって来るので、こちらがせわしなくなる。その上、一度入ったヒツジが、こっそり出て行ってしまうのだ。入り口サイズの道を柵で作れば、逆流してくるヒツジはいなくなるし、誘導柵があれば、ヒツジはもっと早く厩舎に入ることが出来ると言うのだ。

 だが、今の立地では、誘導柵を作る前の群を絞り込む柵まで考えると、放牧の面積が狭くなってしまうのだと言う。


 でも……今でもそんなに大変なことじゃないのに、レギンのこだわりが解らなかった。ぽつりと口からこぼれた言葉を聞くまでは。


「魔獣に襲われることも無くなる……」

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