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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第6章 テグネール村 4
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雨の訪問者

 朝起きて、今日はこの世界に来て初めての雨を体験している。雨が降って、皿や鍋を洗うのが面倒だった。この世界では、洗い場は外にあるのだが、雨脚が弱くなる隙を狙うのだ。お陰で、雨脚を気にしていなければならないので、面倒だと思っていたが、なんと、その日に洗わないこともあるらしい……。

 そして、羊の放牧が無くなった。一応は厩舎の部屋の戸は開けたが、外へ出て行く子と、厩舎から出ずに飼料を食べる子と様々だ。毛刈り予定の子は、なるべく厩舎から出さずに部屋へ閉じ込め、毛刈りが終わった子は好き勝手にさせた。

 結果、羊たちは思い思いに出入りをしている。


 この世界には、合羽は無いが傘はある。が、傘があればと呟いた私に、アーベルは、傘はもの凄く高いのだと教えてくれた。

 私は今、ちょっとした金持ちだ。村の水路を補強し、フェルトの工房を作るために森を切り開き、工房の建物を作る費用は持っている。それでも買えないと言う……。


 雨に濡れるのは嫌じゃないし、実は雨事態は好きなのだ。が、レギンとアーベルがこぞって、私が雨に濡れることをなんとしても阻止しようとするのだ。

 でも、レギンとアーベルが心配するのも解るのだ。この世界の紅葉を見ると、季節で言うと晩秋の頃の様に思える。そして、テグネール村はかなり寒い所にあるのは、雪がどれくらい積もるかの話しを聞いて予測している。が、この晩秋の頃のテグネールでの雨を体験して、冬が近づいていることを初めて実感した。

 とてつもなく寒いのです……息が白いです……。それで雨に濡れたらすぐに風邪をひいてしまうだろう。この世界では、風邪と言って侮るなかれなのだ。レギンたちの母親は、風邪を引いたことによって亡くなったと言うのだ。


「う〜、寒い〜!」


 着せてもらったカーディガンのような重い拷問服の前を合わせて、酵母菌作りを続けた。今日のような気候は、酵母菌作りにはよい実験になる。いつものより多く作って、もう一段高い戸棚と炉の近くの棚と炉の近くの3カ所で実験をすることにした。パン屋と宿屋に売っている酵母菌は、炉の近くの棚で作ることにした。

 明日は、パンを大量に作らないといけない。


 しかし、雨の日は良い。ドアから見える景色はいつもの通りなのに、村が静まり返っている。その様は、ちょっと『崇高』な感じをいつもより感じるのだ。雨というちょっとした天候の変化が、こうも人の生活を変えてしまうことが、自然の凄さを見せつけられた様な気がするからなのかもしれない。各言う私も、いつもの忙しなさとは違い、いつもよりまったりしています。


 何ごともなく、お昼ご飯もレギン兄弟と私だけの食卓になり、話題は羊の毛刈りのことだった。


「わぁ〜、結構、降るね〜」


 なんて言って、雨に濡れながらやって来たのは、マントを羽織った村長さんと見知らぬお爺さんだった。おお〜、傘は無いけど、雨をちょっとだけ防ぐためにマントを利用しているのか……。暢気に関心していると、村長さんはお爺さんを、オリアンから来た石製工房の親方だと紹介してくれた。

 そう言えば、川の補強に石を注文して欲しいと、村長さんにお願いをしていたことを思い出した。そのついでに、専門家にやってもらえとも言ったなぁ〜。


「でね、聞きたいことがあるって言うから連れて来た」


 あっけらかんとそんなことを言う村長だった。

 村長はすっかり慣れてしまったのかもしれないが、私は幼ない子供なのだ。そんな子供の口から、施行技術を語られた親方はどう思うのだろうか? 考えるまでもない。


「ア、アーベル呼んでくるね!」


 顔を引きつらせながら、私は脱兎のごとくその場を逃げた。

 本来なら、アーベルに丸投げしたいが、川の補強工事の概要は、まだアーベルに説明していない。していたとしても、アーベルの年齢の子がその方法を説明してもおかしなことになる。

 私は、雨だから外に出ないようにと言われていたのも忘れて、毛刈りをしているアーベルの場所に急いだ。


「アーベル〜大変!」


 厩舎に駆け込むと、相変わらずの麻袋の山でベアタちゃんとヨーンくんが大わらわだった。外に出ていたヒツジたちが、雨に濡れて戻って来るので、刈った羊の毛をすぐに麻袋に入れないといけないのだ。ヨエルも、カミラちゃんとテディくんを相手に、作業になっているのか遊びなのか解らないが、子守りをしていた。


 外から駆け込んで来た私に、慌てたのがレギンだった。


「どうした?」

「村長さんが、石製工房の親方を連れてきちゃったよ」

「?」


 レギンが警戒していることとは違う事態だったので、レギンの頭の中でうまく情報が処理されていないのだろう、今一ピンときていない顔だ。が、アーベルは即座に理解してくれた。


「水路の補修のこと?」

「話しが聞きたいって言うんだけど……」

「ええ〜、叔父さん……兄さん、叔父さんに所にちょっと行って来るよ」

「ああ……」

「エルナに水路の補修の仕方をしゃべらせるのは危険だからね」


 今一理解してないレギンの為に、アーベルがそう言った。


「で、どうする?」

「アーベルに水路の補修の仕方を代わりに説明してもらおうと思ったけど、アーベルだってそんなことを知っていたら怪しまれるよね」

「そうだなぁ〜……本当は、叔父さんに説明して、全部やってもらった方が良かったんだけどね……」

「困ったな〜……いざとなったら、アランさんに協力してもらおうか……今日はちょっと手が離せないってことにして」

「ああ、それいいね!」


 話しの擦り合わせをしながら、アーベルに引っ張られるように駆け出した。いつの間に持っていたのか、麻袋を私の頭にかけてくれた。







 警戒心一杯で、私とアーベルが村長のもとにたどり着くと、相変わらず暢気そうに親方にハーブティーなんかを入れて、話をしていた。

 私としたことが……。


「叔父さん、急すぎるよ〜」


 いろいろな意味も込めて、アーベルがそう言うと、村長さんは笑った。


「2人とも慌て過ぎだよ。今日はね、水路の話しもそうなんだけど、2人にちょっと考えて欲しいことがあってね」

「?」


 なんと、水路の話しは二の次だと言うのだ。


「アーベル、エルナ。こちらはトーレ親方で、親方の親方がうちの村の水路を作ったんだって」


 この村の水路は、80年近く前に作られたそうだ。当時、アレクシス・ノルドランデルに依頼を受けて村の水路を整備したのは、トーレ親方の親方だったそうだ。トーレ親方は、話しでしか聞いていなかったのだが、その後にその親方の工房を継いだので、当時の図面や覚え書きが残っているのだと言う。

 その覚え書きによると、この村の水路は未完成の状態で、雪解けの時期になると川の流れが変わるので、それを調べて激流が水路の壁を削ったりしないように設備を作らなければならなかったのだ。が、戦後のどさくさや村の経済状況など、その設備を作るどころではなくなった。で、その水流を弱めるための設備が作られずに、数年に一度、村ではお決まりの水路の補修作業をすることになったらしいのだ。当然、そんな計画があるのを、今の今まで村人は知らなかったらしい。

 今回偶然にも、私の提案で専門の工房で水路の補修を行うことになり、水路がまだ未完成だと解ったらしいのだ。


「エルナちゃんに専門の人にやってもらうって言われなかったら、そのことに誰も気づかないまま、また、支度月を修繕に費やすことになったよ」

「水流を弱める設備って……大変なの?」

「いや、水の流れが強く、それが側面にぶつかる場所に、障害物を置くだけのことだ」


 アーベルの問いに、トーレ親方が答えてくれた。その設備は、杭を縄で三又に組み水中に並べて、その間に玉石を詰めて作られるらしい。ちょっとした堰を作ると言うのだ。


「それで、お祭りの後に作業をしてもらおうと思うんだよ」


 その堰のようなものを作るのは、私が大量に石や砂利を買うよりも安く済むらしいのだ。そりゃぁ、願っても無い話で反対する理由はない……とすると、本題はここからなのだろう。何やら、私たちに聞いて欲しいことがあるらしい……。

 本当に、子供に聞いて欲しいことならいいんだけど……。


「で、アーベルとエルナちゃんに聞いて欲しいと言う話は、トーレ親方に説明して貰うね」


 そう言う村長は、「さぁ、どうぞ」とばかりにトーレ親方に話しを振った。

 歳の頃は50代だろうか、ぼさぼさの茶色の髪を見るかぎりは草臥くたびれたおじさんだが、ブラウンの瞳は、とても鋭く私たち2人を見つめていた。トーレ親方の表情は、「何故、こんな子供に話しを?」と言う困惑がありありと見てとれる。

 でも、私がその親方の話しをちゃんと聞こうと思ったのは、その表情の中には、私たちをバカにしたようなものを感じ取ることができなかったからだ。

 親方は、1つ溜め息をついて話し出した。


「実は、モルテンソン領地のことなんだが……」


 トーレ親方が語った顛末は、実に面倒臭い話だった。相手は貴族なのだから、平民相手に無理難題を押し付られたのだろうと想像をした。

 モンテンソン領地のモンテンソン伯爵は、無類の馬好きらしい。その大切な馬がいる厩が、度重なる暴風雨の到来で、半倒壊・倒壊をするらしいのだ。この暴雨風は、モンテンソン領地の風物詩で、夏を過ぎる度に幾度かやってくると言う。私の感覚では台風のようなものだと感じた。

 で、厩の半倒壊だか倒壊のせいで、馬が怪我をしたり、怯えるようになったり、亡くなったりするそうなのだ。暴風になるとすぐに屋敷へ避難させるのだと言うが……それも凄い話である。


 いろいろツッコミを入れたり、質問をしたくてウズウズしたのだけど、私、我慢したよ。


「その伯爵様は、国中の職人に、どんなことでも倒れない厩を建てた者に報奨金をお与えるとおっしゃったそうだ」

(えっ? トーレ親方に直接依頼されたんじゃないの?)

「最初は、木工職人と家具職人、煉瓦職人らがお互いに話し合っていたんだが……一番丈夫な建材は、石なんじゃないかと言うことになって、俺が巻き込まれることになった。が、石で作れば丈夫てーのは、乱暴すぎる話しだ」


 苦み潰した顔で、トーレ親方はそう話しを終えた。


「……」

「……」


 当然、そんなところで話しを終えられても、アーベルと私には言う言葉が無い。でも、トーレ親方は、その先を話そうとはしないのだ。


 簡単な話しだ。直々に作れと命じられたら、お貴族様に否とは言えないのは解る。でも、その『どんなことでも壊れない厩』を作るのは、誰でもいいと言うなら、そんなことに首を突っ込む必要はないのだ。

 でも、親方はわざわざこんな国外れの村にまで足を運んでいる……用水路の件があったとしても。何やら、参加をしなければならない理由があるのではないかと思われる。


「ええ〜っと……その『どんなことでも壊れない厩』を作らなければならないの?」


 誰も口を出さないので、思い切って尋ねてみた。


「貴族から声を掛けられる機会があまり無い、オリアンのような小さな町の職人は、そう言った依頼を受けてそれを作ることで、その貴族の『用達ようたし』が得られるのが、工房を大きくする手っ取り早い方法だからね」


 私の問いには、村長さんが答えてくれた。まぁ、早い話が全国の職人で競わせて、優れた職人にその貴族の『用達ようたし』と言うはくを着けてやろうと言うのだ。


「でも、親方はあまりその気がないですよね」


 私の言いたいことを、アーベルが代わりに尋ねてくれた。

 そして、アーベルの質問に忌々しそうな表情をして、言い捨てたのだ。


「ディックの野郎……」


 ディック……どこかで聞いたことのある……ディック、ディック……。横に座るアーベルがこちらに顔を向けたのが、視界の隅に映った。私もアーベルを見る。

 見た瞬間に、いろいろなことが解ったよ。ディックとは、オリアンの商人ギルドの長で、オリアンの町長だ。柔らかいパンを作る技術を購入してくれて、フェルト製品の唯一の購入者だ。


 ああ、もう色々と諦めたよ……。

 『どんなことでも壊れない厩』のコンテストに参加する気満々なのは、ディック町長で、良い案が無いのでこちらに丸投げしたのだ。


「壊れない厩なんて、壊れない壷を作るみたいな話しだね。あははは」


 1人暢気なダーヴィッド村長を、私たち3人が忌々しげに見つめるのに、ものの数秒もかからなかった。

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