武器と倫理観
なんと、驚いたことにレギンの武器は鉄製だった。この世界には鉄を溶解させる高温の炉があるらしい。レギンの剣は、代々伝わるもので、練習用のものでも付け焼き刃の武器でもなかった。
この剣は、ロングソードと呼ばれるものに近いと思うのだが、ちょっと大きいような気もするのだ。ダニエルたちが使っているのは、子供用……もとい、小降りのロングソードで、たしかにレギンの持つものよりも一回り小さかった。
子供用と言ったら、ダニエルに凄く怒られた。
あと、レギンによれば、両手で扱う長いものや、幅が広いものも存在している。想像するに、バスタードとかツヴァイハンダーみたいなものか?
だが、レイピアとかフラムベルグみたいな、貴族の決闘に使われるようなフェンシングのような武器は無いと言うのだ。
では、小柄な騎士や兵士はいないのだろうかと考えた。私が見知っている剣を使う人は、レギンをはじめとするこの村の人と、あと、オリアンで見た兵士達、そして、バルタサール様だけだ。
兵士達が使っていたのを見たのは、グレーゲル先生に連れられて、兵士達の訓練を見ていたレギンたちのもとに行った時だ。でも、ごめんなさい……良く見てなかったよ……。バルタサール様は、腰に剣を差していたけど、これもまた、良く覚えていない。
色々と思い出そうと過去の記憶を掘り起こしてみて、実は重大な問題があったことに気がついたのだ。
私は、レギンは身長180センチ以上はあると思っている。16歳にしてはデカいのではないかと思うが、私の世界でも居ないわけではなかった。今まで知り合った人々が頭の中で次々浮かんでは消えて行くのだが……。この世界の人間は、非常に体格に恵まれていると思ったのだ。
だとすると、体格に恵まれていない人は、わざわざ騎士になる必要はないし、なろうとも思わないのだろうか……。
「ニ、ニルスは騎士になりたいの?」
私の唐突な質問に、ニルスは静に首を振った。そして、珍しく言葉を発したのだ。
「守りたい人を守れればいい」
ちくしょー! 男前!!
「じゃぁ、ブロルは?」
ブロルを振り返ると、小馬鹿にしたような顔で宣わった。
「ふん、僕は頭を使うよ」
なるほど……ブロルが言いそうだ……。
「じゃぁ……短剣とかもないのか……」
「いや、短剣はある。ただし、とどめを刺す時にしか使わないな……」
まるで使ったことがあるような口ぶりではないか、レギン。思わず顔を引きつらせてしまったのだが、短剣があると言うのは理解した。タガーのようなものだろう、それでロングソードと渡り合うのは難しい故に、戦いの主要武器ではないだろう。
私の質問に、レギンとアーベルは面白がって、この家にあるあらゆる武器を見せてくれることになった。
休憩を終わらせたアランさんは、武器に全く興味を示さないベアタちゃんとカミラちゃんを連れて、羊の毛刈りを続行している。ヨーンくんとテディくんは、小さくても男の子だ、喜々として着いてきた。
ノルドランデル家の武器は、びっくりする位に数があった。アーベルの剣もなかなかの品物で、レギンのより少し小降りだった。そして、ここで初めて知ったのだが、ヨエルたちの使っている剣は、銅が多く含まれていて、練習用として刃が潰されていたのだ。この剣は、男の子が5歳になると大概の親が与えるらしいのだ。鉄の剣と戦えたら、折れてしまうような安物なので、急に体が大きくなる頃に、それに合わせて新調されると言う。
そして、もう1つの武器であるナイフは、7歳頃にちゃんとしたものを贈られると言う。これは女の子も同じで、女の子は料理などに使い、男の子は森などで狩りをする際に、皮を剥いだり解体をしたりするのだと言う。
ここに来てすぐに、レギンが雑貨屋で子供用のナイフを私に買ってくれた。私は震え上がったのだが、この世界ではやはり必須なのだ。
問題のナイフは、長さ10センチくらいのものだった。それでも私には重いのだ。
まぁ、レギンの家には大小様々な剣と短剣があったが、それ以外の武器は存在していなかった。
まぁ、レイピアなどは、突く武器なのだがら、ロングソードには太刀打ちできないのだろう。そうなると、この世界ではレイピアの存在意義が無い。
この世界の武術は、日本の武術からすると一番遠い場所にあるような気がする。
「弓とか、槍はないの?」
「弓はあるよ、アッフは剣じゃとどかないからね」
「槍はないの?」
「ヤリねぇ〜……確か、80年前には使われていたけど、もっぱら騎士じゃない人が使うものだから、今ではないんじゃないかな?」
80年前……確か、先先代の戦争好きの国王にせいで、魔獣がはびこり、近隣の国を巻き込んでの大戦争をしていた頃だとアーベルが言っていた。
敵と対峙した時に、プロは迷わずに殺しに行くが、普通の農民ではそうはいかない。槍は戦争のアマチュアが使うに都合が良い。相手に近づかなくても殺せるところが、人を殺すことへの忌避を和らげる。
しかし、思いのほか武器の種類が少ないのは、それだけ歴史の中での戦争期間が短いのだろうか?
私はそれほど武器には詳しくは無いと思う。数少ないRPGゲームの経験からも、武器の種類よりも言われのある伝説の武器の名前の方が詳しいくらいだ。ロングソードやレイピアの違いが解っても、クレイモアなどになると、違いが解らないし、槍などもいくつか種類があるし、斧やメイス、フレイルなんかどうなっているのだろう?
いやいや……人を有効に殺せる武器など、この世界に必要な無いと思いたい。私が率先して、あれこれこの世界では新しいと思われる武器を教える必要があるとは思えない。と言うか思いたくない。
最初はスポーツ感覚で、身体的に不利なニルスやブロルにも扱いやすい武器を……と思っていたが、それは、この世界に新しい武器を生みだしてしまうかもしれない。今になって、そう思い至ると、この世界では剣術は人を殺す技なのだと強く認識した。
私の武器の知識は封印だ、封印!
取りあえず、こんなに武器を出してもらって、『すごいね〜』て終わらせるにかぎる。ダニエルとヨエルは、今までに見たことのない立派な武器に、目をキラキラさせていた。ブロルは、弓の方が得意だと言って、自分の家にある弓をアーベルに話していた。ヨーンくんとテディくんは、レギン監視下のもと、少し剣を触らせてもらって大喜びだ。
それぞれを観察して、私は蚊帳の外であることが解れば良かったのだ。が、皆がそれぞれの興味あることに夢中になっている間、ニルスは、私をじっと見つめていた。
どうやら、ニルスには、何やら嗅ぎ付けた様子だ。すーっと視線を反らしてみたが、それでもニルスには見られているような気がしてならない。
実は、ニルスにとても向いているのではないかと思う武器を私は知っているのだ……。
この世界には、正々堂々と言うルールがどれほどあるのだろうか? 日本では、「背中の傷は恥」だとか「後ろから切り掛かるとは、卑怯な!」とかある。正面から切り合うことこそ、意味があると言うヤツだ。
ここにもそんなことがあるのだろうか。槍の話しをした時に、アーベルは、「騎士じゃない人が使うもの」と、別の話のように言っていた。武器として、槍や弓は一段劣る武器だとの認識だと思う。では、私がニルスにと思った武器は、その一段劣る武器になるのではないか? そうだとしたら、その武器を薦めるのは、ニルスにとって良い結果になるとは思えないのだ。
「ねぇ、レギン……剣を持つ人に、槍で勝負を挑んだら、それは卑怯なことなの? それとも恥ずかしいことなの?」
「別に卑怯でも恥ずかしいことでもない。ただ、騎士が使う武器ではないと言うことだ」
「じゃぁ、騎士じゃない普通の人は、槍とか弓で戦っているの?」
「村が賊に襲われたりした時には、村人が農具を武器に戦ったという話しは良く聞く」
なるほど……。騎士でないなら、武器はなんだって良いと言うことなのだ。
私は、レギンのズボンを引っぱり、口元に手を添えた。「内緒話し」の合図だ。レギンは、微笑んでしゃがむと、私の近くに耳を傾けた。
「レギンだけに話したいことがあるから、あっちで話そう……」
レギンは頷くと、私の手を引いて、風呂場として使っている部屋の隣へと入った。ミケーレさんのベッドがある場所だ。
「あのね、ニルスの体を考えるとあの武器はとても不便だと思うの」
「そうだな」
「ダニエルみたいに力があって、大きな体の人は力があるから、打たれっぱなしになっちゃうよね」
「そうだな……いずれ、ダニエルよりも小降りの剣を作る方がいいかもしれない」
「ニルスの長所は素早くて、軽い身のこなしでしょ? だとしたら、重い剣はそのどちらも生かせないと思うんだけど」
「……そうだな……」
概ね、私が思っていたことは間違いないようだ。
「私ね、ニルスの長所を生かした武器を知っているの」
「生かした……武器……」
「でも、問題があって……」
レギンに私の懸念を語った。
この世界より多くの武器を知っていること、そして、それは殺傷能力が高いことなどだ。その知識を広めることは、この世界を危険に晒すこととなり、より簡単で有効に人を殺す武器を生み出すことになりかねない。
が、レギンには通じなかった。「簡単で有効に人を殺す武器を生み出すことの何か問題だ?」とばかりに、首を傾げるのだ。ああ……人を殺すことの忌避感が、やはり私とはかなりの隔たりがあるのだ。
がっくりと肩を落として、どうしたものかと考えた。
「でも、そんな武器を悪い人たちに使われたら大変なことになるよ」
「お互いにその武器を持っていれば問題が無いと思うが?」
「そうするとさ……相手よりもっと凄い武器、更にもっと凄い武器ってなっちゃうよ」
「そうだろうな……」
「そうだろうな」じゃないよ! さらに肩が落ちたじゃないか。
土台無理なのだろうか。私の世界のことは、この世界では先の出来事だ。それを説明するのは、レギンたちに相対性理論を説明すると同じくらい難しいのかもしれない。
「私は、人が死ぬは嫌。確かに、殺されそうになったら、反撃しないと自分が殺されるのもわかるよ。戦争だって、殺さないと殺されるけど、でもその殺した人にだって、大切な家族や、その人が死んでしまって悲しむ人がいるんだよ……」
「だが、戦争だ……それを考えると戦えなくなるな……ならば、自分の大切な人は誰が守ってくれる?」
「……人を守るのは『勇気』だけだと思うんだ……武器を捨てること、人を殺さない勇気。そして、自分が殺した人も、誰かの大切な人だと考える勇気。それが出来ないから、戦争が無くならない。きっと、また絶対に戦争が始まるんだ……」
「……」
理解してくれるのか……いや、理解の及ぶ話なのかは解らない。でも、そう言わずにはいられなかった。
レギンは強いとみんなが言う。きっと、アーベルやヨエルを守ることはできるかもしれない。でも、いずれレギンが居なくなって、その時にレギンが大切にしていた家族は守ることは出来ないのだ。守れるとすれば、「人を殺さない」という倫理観が広まっている世界なんだと思う。
しかし、レギンはまだ16歳だ。どんなにそう見えなくても、16歳に悟れることではないのかもしれない。
「……エルナはどうしたいんだ?」
「私は……ニルスに戦って欲しいとは思わないし、ましてやそれが人だったりするのは嫌。でも、この世界では、魔獣から身を守る必要があることを考えると、ニルスには強くなって欲しいと思う。……だって……ニルスはお婆さんを守りたいと思っているから……」
レギンは、ちょっと優しい笑顔で私の頭を撫でた。
この世界は、私の世界より人の命が軽いのは想像できる。でも、自分が身を置いた世界で人が簡単に殺されるのは嫌だ。私が言っていることは、自分が緑色が好きだから、世界中の人に緑色のものだけっを充がうことを強要するのと同じなのかもしれない……。
レギンとの協議の結果、私がニルスに与えようとしている武器を木製で作成してみて、それが危険なものかをレギンの判断に任せることにした。そして、それがどう使われるのか、私とレギンとニルスだけで検討することになった。だから、今はニルスにも内緒だ。