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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第6章 テグネール村 4
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その男、ローリッグ

 一呼吸置いて、エッバお婆さんの家は大爆笑の渦の中だった。


「俺は自分の才能が怖かったね、『10歳若返る』って言う言葉をその女性は完全に信じたんだからね」


 《禁忌の森》の男は、追い打ちをかけるようにそう言い、みなの腹筋に圧をかけた。私は子供ではないので、この遠回しな話しのオチをちゃんと理解できている。だが、子供では理解するのは難しい。だから、私は必死に堪えたのだ。


「で、そこの可愛らしいお嬢ちゃんは誰だい?」


 笑いが一段落すると、男はそう言って私を見た。レギンの足の陰から覗いている私と初めて目が合ったのだが、その表情からは、特に変わった様子はない。


「俺の妹のエルナだ」


 レギンの言葉にどう反応するか観察してみるが、表情が動くことはなかった。


「君の食べている料理を作った子だよ」


 ダーヴィッド村長が、追記のようにそう言ったのを聞くと、椅子をガタンと音をさせて立ち上がると、興奮したように言った。私が男の顔を見て、はじめて大きくその表情を崩した。


「嬢ちゃんの料理は凄い美味いな! 特にこのパンはビックリだ」


 エッバお婆さんの所には、ここの所毎食、食事を届けていた。謎の男がいることもあり、護衛で村人が泊まり込んでいるので、エッバお婆さんの負担を少しでも肩代わりをするためだった。

 で、今日になって男は初めて、私の料理を口にすることになったのだ。


「あ、ありがとう……」

「嬢ちゃんは良いお嫁さんになるな! 俺が後10歳若かったらツバを着けとくのになぁ〜」

「自分の歳を覚えているのかい?」


 男の言葉に、村長が質問をした。が、その答えを男は即答した。


「いや、なんとなくだ」


 そう言って笑うので、みんなもつられて笑った。

 歳を覚えていないと言うことは、この男も記憶喪失なのだ。そして、私に対しても何も覚えていない……というか、私のことを初対面のように接している。

 今の所、男からは何も不自然なことを感じることは出来なかった。この村ではあまり見受けられないくらいのおしゃべりで愉快な男だった。これが演技だとすると、とてつもない演技力だ。


「エルナ、彼はローリッグ……行商人をしていたらしいんだ」


 村長はそう彼を紹介してくれた。

 子供を呼んで、彼をわざわざ紹介するのは可笑しいと村長も思ったのだろう、その後はローリッグと呼んだ男を見据えて続けた。


「君を《禁忌の森》で見つけた子でもあるよ」


 その時はじめて、ローリッグは表情を曇らせた。何か思い出したのか、それとも何か心に引っかかったのだろうかと、私は固唾を飲んだ。が、それはどうやら気宇に終わった。


「こんな女の子が、どうしてそんな危険なことを……」


 その心配は万民がすることだろう。

 村長は、ローリッグさんの疑問に関して、川の異変と温泉の話しをした。その為に、レギンが連れて行ったのだと語って聞かせたが、ローリッグさんはまだ眉を寄せたままだった。


 ローリッグさんは、《禁忌の森》が危険だということを、私より知っている。


「だけど、レギンだってまだ大人とは言えないだろう?」

「そうだね、だけどレギンはフレドホルム領地の代表者だよ」

「?」


 村長の言葉に、首を傾げたのは私だけだった。ローリッグさんはたちまち驚いた顔をして、レギンを絶賛しはじめた。


「なんだ、凄いじゃないか! フレドホルム領といやぁ、数多くの有名な騎士の出身領なんだろ、たしか……今の王都の騎士団副団長は、フレドホルムの出身じゃなかったか?」

「そーそー、ビリエル殿のことだね」

「すごいじゃないか青年、いやぁ、只者じゃないと思っていたが、なかなか」


 褒められているレギンは、特別に嬉しそうにするわけでもなく、少し困ったような顔をしていた。

 その訳は、村長がちゃんと説明をしてくれた。

「レギンは喜んでもいいのにね、こんなに不服そうな顔をした領地代表者はレギンだけだよ」

「でも……オヤジが……」

「まだ兄さんとの勝負がついてないって言うのかい?」

「どうゆうこと?」

「レギンが出た試合に、ミケーレ兄さんが不参加だったのが不満なんだよ」


 ねるほど、ミケーレさんは誘拐された自分の娘を1人で取り戻しに行くだけの腕前があると言うのだ。そのミケーレさんとの勝敗がついてないレギンは、自分にとって完全な領地の代表者と思えないのだろう。だから、いくらローリッグさんが褒めても困った顔をするだけだったのだ。

 まぁ、人の賛辞に嬉しそうに喜ぶレギンと言うのも想像できないのだが……。この人は、多分、自分に満足をしない人種なのではないかと思うのだ。


「ミケーレさんが試合に出ていたら、レギンは勝てたの?」


 私の質問に、全く想像したことがないかのように、首を傾げて『解らない』と言った。


「勝てるイメージが湧いてるの?」

「イメージ?」

「ほら、試合の相手を見たり、数度剣を交えた時に、自分はこうやって相手を負かすみたいな事を感じることはないの?」

「……」


 レギンは何も言わなかったが、何故だか私の言いたいことは解ったようだ。

 わたしてきには、このイメージが持てない相手には勝てないと思うのだが……。中学・高校と剣道部に所属していたのだが、同じような腕の子には、どうやったら勝てるのかなんとなくイメージを持てた。それは一重に、その子の弱点だったり、相手の得意とすることを逆手に持って行くことだったりするのだが、もの凄い強い相手と対峙すると、とにかくもう、どこから打て出ていいのか解らないのだ。隙がないと言うかなんと言うか、もう、負けるイメージしか想像できなかった。


「へぇ〜、お嬢ちゃんは凄いこと言うねぇ〜」


 ローリッグさんの一言に、私は『しまった』と思った。いつも通りに会話をしてしまったのだ。ローリッグさんは、私をそのまま受け入れてくれたテグネールの長閑な人々ではないのだ。


「俺の場合は、相手は賊みたいな低俗なヤツらばかりだけど、それでも確かに勝てる気がしないヤツがいたら、荷物を置いて逃げるね」


 ローリッグさんは、私の言葉を肯定するように話しを続けた。

 ローリッグさんは行商をしていて、賊に出くわすことが年に数度あると言う。その時に、相手が自分より強いのか弱いのかをいち早く見抜くことが、生き抜く術だと言う。

 ローリッグさんには、エサに出来る荷があるので、それを捨てて逃げると、大概は助かると言うのだ。


 そんな話しをしながら、ローリッグさんは笑っていた。

 しかし、ローリッグさんは強いのだろうか? 強いとも思えないのだが、弱いとも思えない不思議な感じなのだ。それは、彼が明るくおしゃべりだからなのだろうか。


 良く解らないのだけど、私にはこのローリッグと名乗っている男は、見た目通りの男ではないように思えるのだ。が、それは置いといて、悪い人にも思えないとこも感じていた。

 面白く、口の美味い行商人に見える……と言うか見せているのかもしれないそのローリッグという人間の奥に、さらにいくつもの顔があると思うのだ。これは、わざとそう見せていると言うのではなく、そんな底の浅い人間ではないと言う思いが伝わってくるのだ。


 大人たちの話しを聞くのみに留めた私は、その会話を要約して疑問点を村長に後で尋ねることとし、子供らしく、周囲をウロウロしてみたり、大人しくしていることに徹した。


 取りあえずは、ローリッグという人は、自分をローリッグと言う名前の行商人で、荷馬車に乗って、どこかへ移動中であったと言うのが明確な最後の記憶だと語った。

 過去の記憶を多く無くしているが、自分の子供の頃の話しとか、行商でのこととかは大部分は覚えていて、この国の地理や世情なども覚えていた。一番、記憶が無い部分は、ここ数ヶ月のことなのだと言う。

 お陰で、私との関係もあやふやのままとして、問題は残ってしまった。


 ローリッグさんは、暫くの間、空き家になっていた村の中心部に近い場所で暮らすことになった。

 村長は、ローリッグさんに「気が済むまで」と、長期滞在を許可したのだ。ダーヴィッドさんは、ローリッグさんを無害と判断したのだと思う。でも、私はまだ安心は出来なかったし、厳しい表情を崩さないレギンも、警戒を怠っていないと思う。


 私とレギンは、家に戻るために挨拶をすると、ローリッグさんは改めてレギンと私にお礼を言って見送ってくれた。


「ねぇ、レギン……」

「ん?」

「どう思った?」

「……何も解らなかったな……」


 おっしゃる通りです。


「そうだよね……」

「……エルナ、決して一人で行動はしないでくれ」

「……うん、そうだね」


 彼は人買いだったり、誘拐犯だとは思えないけど、それでも完全に否定できない。もし、彼に記憶があって、私がどこの子か知っていて、誰かに頼まれて、どこかへ行く途中だったとか、彼の子供だとか解れば、まだ対処ができるのだけど……。

 ん? 彼は結局、何歳なのだろう。







 何も解決しなかったことを、アーベルに晩ご飯の支度をしながら報告した。

 アーベルがその話しを聞いて、問うたのはローリッグさんは記憶を無くしているのかと言うことだった。


「正直……良く解らなかったよ」

「エルナも記憶を失って、《禁忌の森》で見つかったことを、そのローリッグさんと言う人は本当に知らないのかな?」

「う〜ん……そうだね……寝ているふりして、誰かの会話を聞いていたかもしれないし……」

「う〜ん……それでも自分が記憶を失っているという嘘は、やっぱり意味が解らないよね」

「そうだね……」


 そうは言っていたものの、記憶がない嘘の最もな原因は、いろいろ聞かれたく無いとこだと思うのだ。私がそうだったように……。

 レギンは私には1人で行動はするなと言う。私とアーベルはレギンが言うように注意を怠らないようにしようと確認しあったのだ。


 この村の人はとても良い人たちなのは、私は何度も経験している。悪い人と言うのはどこにでもいるのだが、私の世界の人間を基準にしていいのか? と思っているのも確かだ。だが、ここは国の外れの長閑な村で、人の数も王都とか言う場所とは比べ物にもならないと言う。


 もし、ローリッグさんが悪い人で、私の拉致に関係していて、再びそれを計画しているのだとしたら、それを完全に防ぐことは出来ない。レギンは強いと言うが、それが本当のことであっても。

 レギンが常に私のそばに居続けると、ローリッグさんの拉致計画は成就しないことになるので、私がレギンから離れた一瞬を狙うだろう。私がレギンから離れる瞬間なんか、たくさんあるのだ。私を完全に守るのは、土台無理なのだ。

 私が考える、『エルナ拉致事件』を起こすとなれば、幾らでも考えつくのだ。


 アランさんが、休憩だと言って家に入ってきた。ベアタちゃんは、私が苺を煮詰めて作ったシロップに、冷たい水を入れて出してくれた。アッフたちも欲しがるのではないかと思ったが、外が騒がしいだけで、家の中に入って来る様子はなかった。


「レギンたちは、外で剣の相手をしてあげているよ」

「……休憩じゃないの?」

「何でも、ここの所、剣の稽古をしていないって言い出してね……レギンがそう言っていたよ」


 アッフたちの稽古をしてやる意味がレギンにはあるのだと思った。まぁ、レギンは請われたら断らないとも思うけど……。

 仕方ないので、人数分の飲み物をベアタちゃんに手伝ってもらって持って行ってあげることにした。


 剣の稽古は、家の裏でいつもしていた。

 今は、ダニエルとニルスが本当の剣で戦っていた。それを見守るレギンとヨーンくんとテディくん。ブロルはヨエルと何か話し込んでいて、そのそばでカミラちゃんがどこで詰んできたのか、黄色い花を持っていた。


 まずは、私がレギンの所の4人に苺水を持って行き、ヨンナちゃんがカミラちゃんとブロル、ヨエルに手渡してた。

 勿論、『美味しい!』の合唱がはじまると、ダニエルとニルスも手を休めてやってきた。


 ダニエルとニルスが剣を交えている所を見て、この世界には他に武器がないのだろうかと思った。何故なら、力強いダニエルと、それに比べたら細い体つきをしているニルスは、圧倒的に不利なように見える。その上、持っている武器は同じ、両刃の重そうなものなのだ。


「ねぇ、レギン……武器はこれしかないの?」


 ダニエルに持たせてもらった剣は、私には持ち上げるのがやっとな重い武器だった。当然、振り回すのも不可能でした。

 これで、ダニエルに立ち向かうとなれば、一番、身体能力のなさそうなブロルなんかにとっては、もはやイジメではないか?


 私は、彼らにあった武器はないのかと、素朴な疑問をレギンに聞いただけなのだが、レギンは私を見てぎょっとした顔をした。

「エ、エルナ……そんなものは、エルナには必要ないぞ」


 初めて見るレギンの狼狽ぶりに、こっちの方が慌ててしまった。レギンが私から剣を取り上げると、剣をダニエルに返した。

 そうしてしまうと、少しほっとしたレギンに、レギンが何を慌てたのかなんとなく解ったのだ。


「え〜っと……私は、剣なんか振り回さないよ?」

「エルナを守るのは、俺の仕事だからな」


 なるほど……私自ら剣を振り回すのかと思ったのか……。それは私だって無謀だと思うよ。どうせ、剣に振り回されて、余計な怪我をするのは、目に見える。


「そうじゃなくってね、もっと細くて軽い剣はないのかって言いたかったの。そうじゃないと、ニルスやブロルは大変でしょ?」


レギンは私の言葉に、心底安心したように長い息を吐いたのだった。

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