第二夜
状況は最悪である。
さて、どこから語れば良いものだろうか。
先日の家族会議において、シーツが紅くなってないから『いたして』いないという姉貴殿の悲痛な主張、それは自らが処女である事を高らかに宣言するものであったが、が受け入れられたことで、俺は親父殿の修正パンチ一発で事なきを得たのは記憶に新しいところである。これが若さか…。
そして一月後、大学にも慣れ、大学生らしい青春、虹色のキャンパスライフなる人生において最も輝かしい一瞬を楽しむ一環において、合同コンパと呼ばれる、男女の出会いの場を提供する素敵イベントに参加する事が出来たのも吉兆と言えよう。
合同コンパ。合コン。すばらしい響きである。俺は友人の(先の事件において俺に姉モノや女教師モノのエログッズ一式を押し付けてきた男)の誘いにホイホイついていって、素敵な女性たちとの出会いに胸を膨らませたこともいたしかたないと言えよう。
我々のメンバーは俺が属する大学の同じ学部の人間、例の友人の意味の分からない人脈で集った男たちであり、突出した美男子はいないものの、昨今の大学生として恥ずかしくない容姿を持つ同士たちで形成された集団である。これならばたった一人に女子が集中するなどという自体は無いであろうことは予測できる。
そうして俺たち6名の戦士たちは女の子との出会い、あわよくばそのままお持ち帰りしてしまおうという下心を心に潜め、合コンの会場となる居酒屋に特攻を仕掛けたわけである。
だが俺はここで一つの事を疑うべきであった。俺の友人が、すなわち前回において家族会議の発端となったDVD等を押し付けてきた男が、この合同コンパを主催した事に。俺はその事により早く気付き、そして相手側の女子のメンバーの詳細を知るべきだったのだ。
そうして俺たちにとっての悲劇、周囲にとっての喜劇は幕を開ける。
居酒屋に現れた女性陣を見たときには全てが手遅れであった。これはいかなる神の采配だろうか? 相手方の女子のメンバーに我が姉貴殿が混ざっていたという、恐るべき現実に直面した俺はいったいどういう顔で彼女を迎えていただろうか。泣き笑いに見えただろうか。
少なくとも姉貴殿の表情は、直前まで友人たちとの会話で笑顔だったそれが、俺を目にした瞬間に凍りついたのを目撃した。そしてお互いの視線が交差し、そして同じ事を思ったという。「どういうことなの?」と。
『俺と姉貴の一夜一夜 第二夜 お姉ちゃんといっしょに合コンへ行こう』 by 矢柄
「「「「「「乾杯」」」」」」
ぎこちない我ら姉弟をしり目に合コンは開始される。俺たちは互いが兄弟であることを言いだせないまま、ドリンクを注文する。未成年にも関わらず酒、オサレなカクテルを注文しだす仲間たちに流されるままカシスオレンジなるものを注文した俺にいかなる罪があるだろうか。
今回の合コンを主催した友人に小声で話しかけ、今回の相手のチョイスについて聞き出すことにした俺は、既に遅きに失していた。今回は新任の女教師の皆さんとの出会いを演出というテーマらしい。なるほど、我が姉貴殿は新任の教師であり、小学校の先生などをしている人物である。はいストライク。
そうして自己紹介などが始まる。苗字は抜きで名前だけの自己紹介。じゅんぐりに自己紹介を終えるとしばらくのフリートーク。姉貴の手前、大っぴらに他のお姉さま方、おそらくは姉の友人、にアタックを仕掛けることもできず、半ば苦行に近い作り笑いをはりつけたまま受け答えを行う。
そうして十数分が経った後、俺は「トイレ」という言葉を吐いて立ち上がる。もちろん姉貴に「来い!」的なアイコンタクトを送ってだ。以心伝心通じたのか、姉貴も立ちあがる。そして俺たちは一緒に席を離れる事に。
「おおっ、さっそくカップル成立ですか!?」
などという友人の叫び声が響く。奴は後で修正しとかなければならないかもしれない。俺は姉を連れだって席を離れ、影の部分に辿りつくや否や大きく息を吐いた。
「はぁ…、どうしてこうなった」
「お、弟君、これ、どういう事なんですか?」
「知らんがな。俺はダチに誘われて来ただけだ」
「それは私も同じなんですが…」
「まさか一緒になるとはな…」
「どうします?」
「どうしましょう?」
状況的には二択だ。
①「「実は僕たち(私たち)兄弟なんででーす」」と真実を告白する。これはやりようによってはウケる。ただし恥ずかしさは倍増する。そして永遠にネタとして弄られるようになる。
②他人のふりを続ける。恥ずかしさは発生しないが、後日発覚する危険性あり。
「弟君、やっぱり本当の事をみんなに…」
「いや待て、心の準備が出来てない。それをやるのは間違いなく恥ずかしい。最悪、永遠にネタにされて笑われるぞ」
「ネタに…、うん、あの子なら必ずする」
どうやら女教師チームにも笑いの神を奉じる邪教の信徒がいるらしい。俺の方も危険だ。特に姉というワードに反応する馬鹿が一人いる。正直、アレを姉貴に近づけたくないという心も俺の片隅に存在する。少なくとも、俺はアレをお義兄さんと呼ぶ日が来るとしたら迷わずグランドキャニオンでフリーフォールする。
「じゃ、じゃあ、他人のフリを?」
「仕方ない。とにかく互いに不干渉を貫くんだ。そうするしかない」
「そ、そうだよねっ」
この時の判断が後に最悪の結果を生み出すことなど、その時の俺は考えもしなかった。
俺たちは連れだって席に戻る。この時俺は二つの間違いを犯していた。まず、姉貴と一緒に席に戻った事。そして、実はヘタレ姉貴がその時俺の服の裾を掴みながら戻ってきたことに気付かなかった事。これら二つが合コン後半に恐るべき化学反応をもたらすことになる。
そうして合コンはとめどなく続く。俺の目の前には短髪の快活そうなお姉さんがいて、何故か良く聞いてる曲のバンドが同一だったこともあり話が盛り上がる。割とマイナーなバンドで、あのアニメの主題歌うたったとか言わなければ友人たちにも認識してもらえないようなバンドなので、趣味があって嬉しいと感じ会話が進む。
姉の方もお酒を飲みながら当たり障りなくやってるようで一安心。と思っていたら友人(修正予定)が何やら姉貴に対して酒を勧めまくる。まさか、あの馬鹿野郎は姉貴狙いなのか? 酒で酔わせていただいてしまうつもりなのか?
「ねぇ君ぃ、やっぱりぃ、響子狙いなの?」
「は?」
話しこんでいた短髪のお姉さんが突如そんな話を俺に振って来る。ちなみに響子は姉貴の本名である。いや、そうではなく、俺の狙いは貴女ですので、貴女狙いですので! そんな俺の声なき声は無視される。
「だって、さっきから響子のことばっかり見てるじゃない」
「いや、それは、違…」
「響子もさっきの様子じゃ君にご執心みたいだしねぇ。うん、ようし、お姉さんにまかせなさい」
「え?」
「みんなー、そろそろ席替えしよっかー」
この時俺は知らなかった。姉貴を除く女子陣一同が何を考えたのか俺×姉貴を実現するために結託したという事実を。俺の隣に姉貴が来るという訳の分からない配置換えがここで実現しようとは、この時の無垢な俺には分からなかったのだ。
そんなこんなで、
「……」
「……どうしてこうなった」
姉貴は角に追いやられた。そして俺はその姉貴の退路を塞ぐような形で隣に配置された。姉貴は無言でカルアミルクを飲み続ける。しかしその左手は俺の服の裾をしっかりと掴んでいた。周囲がニヤニヤしながら俺たちを見る。やだ、見ないで。そんな目で私を見ないで!!
「響一、手前ぇ、はなから響子さん狙いだったのかよ! キョウイチとキョウコでKYO×KYOカップル成立かよ!」
友人(修正予定)はそんな言葉で俺たちをはやし立てる。姉貴はアルコールが回り切って理性が振り切れている。俺は視界が真っ黒になるのを感じた。っていうか何がKYO×KYOカップルだ。姉と弟ですよ! 不健全極まりないカップル成立を応援するなと声を大にして言いたい。
「弟君!」
「な、何だ?」
「あんまし飲んでないようれすね」
この馬鹿姉、舌が既に回っていない。というか、すでに兄弟関係を隠す気はさらさらないようで、俺の事を既に弟君呼ばわりし始めている。ダメだこの姉なんとかしないと。しかして、周囲の女子陣は俺への弟君呼ばわりに何を勘違いしたのか、そういう『プレイ』をしていると思い違いを始めていた。
「私の酒が飲めないのれすか!?」
「いや、俺、酒弱いから」
という俺たち兄弟のやり取りの横から、入れてほしくないチャチャが入る。
「えー、ちゃんと響子お姉ちゃんの言う事聞かないと駄目だよぉ、弟君♪」
「俺、弟君呼ばわりですか?」
「ん~、響子ちゃん以外には呼んで欲しくない? そうなのかにゃ~?」
駄目だコイツらなんとかしないと。というか、ヤバい。良く分からない包囲網が形成されつつある。しかも全員アルコールが入って良く分からないテンションに突入している。シラフを保ってるのは酒量を調整していた俺だけだ。四面楚歌だ。
いや、
「響一…君、あれ、響子の弟って…、え? それじゃ、え?」
だが、救い主はいた。さっきの短髪のお姉さんだ。どうやら彼女は独力で俺たちが実の兄弟であることに辿りついたらしい。彼女は俺と姉貴を見比べて、ポンと手を打って納得したかのように頷いた。そして-
おぞましいまでの笑みを浮かべたのであった。
俺はその笑みを見て背筋が凍るような思いをする。駄目だこの女、このまま俺と姉貴をハメてネタにしようと企んでやがる。最悪だ。裏切られたような気分だ。こうなれば仕方が無い。最悪の事態を避けるため、俺たちが兄弟である事を今、明かさなければ、人生が終わる!
「実は俺たち-「弟君全然飲んでないじゃない! ほら、響子、お酒注いであげて」ちょ、おまっ!?」
俺の一世一代の告白は、短髪のお姉さんに遮られる。そして、何故か姉が持つのは日本酒のとっくり。え、誰ですか合コンに日本酒を投入したのは?
「弟君、のみなしゃい」
「いや、姉貴、俺、日本酒は…」
「「「それいっき! いっき!」」」
あの短髪、いっきコールの音頭とりやがった!? 最悪だ。うるんだ目で酒を注ぐ姉貴。あおる周囲。もはや退路無し。クソ、どうにでもなれ!
「ん…ん…ん、どうだ!」
「弟君、流石れす。じゃあ、もう一杯」
「「「弟君かっこいいー!!」」」
大して酒に強くも無い俺が日本酒を飲むという最悪のチャンポンを開始する。さて、俺の記憶はここで一端途切れる。覚えている範囲では芋焼酎のお湯割りに手を出したところまでだ。合コンで飲む酒のレパートリーじゃないような気がするがそれも後の祭りだ。
そして、話は冒頭に戻る。状況は最悪である。
俺は今、姉貴と一緒に個室にいる。前後の記憶が無いので、ここがどこだか分からないが、なんとなくだが予想はついた。部屋の内装的な意味で、男女がアレな意味で休憩する場所である事は間違いが無い。ベッドが大きくて丸い。きっと回るのだろう。救いようが無いのは、俺の左手には袋に入ったコンドームの束が握られている事だった。
俺は頭を抱えた。何が悲しくて実の姉と一緒にラブホテルに入らなければならないのか?
それより短髪さんにはバレているのだろうか? 実の姉弟でラブホテル入りましたなんてネタを握られでもしていたら、一生頭が上がらなくなる。姉は俺の傍らで眠っている。何気に全裸になっていて目のやりように困る。
「ん…、ふぁ…」
「起きたか、姉貴よ」
「…ん、うぐぅ、気ぼちわるいです」
「トイレ向こう」
「はい。ありがとうです弟君」
姉貴殿はのそりのそりとトイレに向かう。そうして一通り胃の内容物を下水口に流し込むと、少し正気になって帰ってきた。
「あの、弟君。ここはどこでしょう」
「姉貴、どこだと思う?」
「私たち二人には縁があってはならない場所だと愚考します」
「だいたい正解だ」
「で、なんで弟君は裸なんですか?」
「え?」
改めて自分を顧みる。裸だ。どうしようもないほど裸だ。悲しいほどに何一つ付けてやしない。いや、着けている。装着している物がある。俺の息子に装備されたコンドームという名の帽子っぽい何か。はは、何の足しにもなりやしねぇ。
「弟君、殴っていいですか?」
「いや、いや待て、自分を顧みろ。お前も全裸だ」
「え?」
姉貴は自分を改めて見下ろす。姉貴は裸だった。生まれたままの姿だった。俺のように余計な装備品は無かった。すっぽんぽんだった。それを認めた姉貴はみるみる顔を真っ赤にしていく。そして、悲鳴を上げてバスルームへと駆けこんだ。それを見送り、俺はふうと息を吐く。そして周囲を見渡した。
「ふむ。ところで俺の服はどこいった?」
服もパンツもありゃしない。夢もキボーもありゃしない。いや、何で無い。どこに置いてった? まさか姉と弟二人で夜の街をストリーキング? 変態じゃないか。圧倒的に変態じゃないか!? 装備がコンドームだけとか全裸を超える変態じゃないか!? いや、落ち着け、ここには服を脱ぐ場所がある。バスルームだ。
「姉貴! 俺の服、バスルームにあるか?」
「…ありますよ」
ようし、肯定的な解答が返ってきた。これでストリーキングの線は消えたという事だ。いやぁ良かった。危うく兄弟そろって猥褻物を陳列するところだった。恐ろしや恐ろしや。しかし、姉の帰りが遅い。服を着替える前に風呂に入ってるのだろうか?
「なぁ、姉貴、風呂入ってるの?」
「ううん、私たち、もうお風呂入ったみたいです」
ふむ、変な回答である。風呂に入っているのかと問うて、返ってきた答えが既に入ったという答え。え、それどういうこと? 頭の悪い弟君の脳では理解しきれません。姉貴の声も少し元気がなさそうである。
「姉貴、服着た? 俺も着たいんだけど?」
「……」
無言でバスルームへの扉が少し開く。そして何故か、姉貴の携帯電話がその隙間から差し出された。俺は意味が分からないとクエッションマークをつけながらその携帯電話を受け取る。そこには携帯電話の写真機能によって撮られた俺たちの姿があった。
ま、まあ、落ち着け俺。この写真は風呂場で撮られている。防水機能付きの俺の携帯電話ならいざ知らず、姉貴のスマートフォンでは撮れないはずの画像がそこには映っている。つまりこの画像はニセモノだ!
「弟君の携帯電話で撮った写真みたいです。それを私の携帯にメールで添付して…」
「……落ち着け俺」
今日の事は無かった事にすればいい。姉貴と俺の秘密だ。墓まで持っていくクラスの機密情報という事にすればいい。この写真だって、データーなのだから簡単に消せるはずだ。冴えてるな俺。天才的だ。
「このメール、手当たりしだいに知り合いに送られてます」
「……は?」
履歴を確認する。ここで恐るべき事実が判明。俺の知り合いにもメールが送られている。画像添付で。しかも、両親の携帯電話にまで送られている。え、これ、どういうことなの?
バスルームの扉から死んだような顔をした姉貴がのっそりと現れた。彼女はそのままのっそりとベッドに沈み込むように倒れた。俺は息子に帽子をかぶせただけの格好で状況を図りかねていた。画像はとても陽気なものだった。
泡にまみれていた。
笑顔の俺が写っていた。
姉貴はダブルピースをしていた。もちろん笑顔で、俺に抱きかかえられて。
二人とも裸だった。全裸だった。風呂に入っていた。泡にまみれていた。いけない部分はデフェンスに定評のある泡が守っていた。何の救いにもならない。きっとそれは、名状しがたいハイテンションの元に実行された悪夢に他ならなかった。
そして、メールの文章を読む。
『僕達、私達、結婚します!』
意識が闇にのまれた。