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僕が君を守るから

 ブツンッ! と僕の中で何かが落ちる。心が留め金から外れ、抜け落っこちる。

 そして心がもともとあった場所はポッカリと穴が開き、そこに強烈な喪失感が襲いかかってくる。


(一年? 雪希の命が後一年……? あと一年で、雪希がいなくなる……? は、ははは……)


 何故だか笑いが込み上げる。おばさんが言ったソレは、僕の中でそれは世界一笑えない冗談の筈なのにだ。


「は、ははは……」


「おい、夏輝! しっかりしろ! おい!」


 虚空を見つめる僕の肩を幸輔が激しく揺さぶる。だがそれでも無反応な僕に、幸輔が喝をいれる。


『パチンッ!』


「しっかりしろっつってんだろ!」


 頬の痛みと幸輔の怒鳴り声に僕は正気を取り戻す。


「幸……輔……?」


 混濁した意識が覚醒し、僕は目を見開いたまま幸輔の顔を見る。


「言ったろ、ぶん殴ってでもって。……平気か?」


 幸輔が少し心配そうに僕の顔を覗き込む。幸輔の顔と頬の痛みが僕の思考も一度リセットし、再び思考の再構築を始める。すると認めたくない現実が雪崩の様になって僕に覆いかぶさってくる。


(脳萎縮……、後一年……、気付けなかった僕……)


 どうすれば……どうしたらいいのか見当もつかなかった。どれ一つとっても僕にはどうすることもできない。なら僕は一体何をすればいい?


「夏輝……とりあえず雪希ちゃんに会いに行かないか?」


 幸輔が僕の目を真っ直ぐ見ながら言う。


「雪希ちゃんに……謝りたいんだろ?」


 幸輔に言われ僕はハッとなる。


(そうだ……まずは雪希に謝らないと……)


 どうすればいいかはとりあえず後回しだ。今はまず気付いてあげられなかったこと、一人で辛い思いをさせてしまった事を謝りたかった。何をするにもまずはそこからだ。


「……行こう。おばさん、雪希の病室に連れてってくれませんか」


 僕は立ち上がり、おばさんに向かってそう言う。するとあばさんも少し嬉しそうな顔を浮かべ立ち上がる。


「あの子は本当に幸せ者ね……」


 そうボソッと呟き、おばさんは僕たちと雪希の病室に向かった。


 403号室……扉の横には『新田雪希』のネームプレート。病室まで案内するとおばさんと幸輔は気を利かせて、二人で売店に行ってしまった。


(雪希に……やっと雪希に会える……)


 思えばこんなに雪希と会ってない日が続いたのは高校の『あの日』以来だ。

 僕は嬉しさと不安で口から飛び出しそうになる心臓を落ち着けながら病室の扉をノックする。


『コンコン』


「はい」


 とても久しぶりに聞く雪希の声だった。僕はその声を聞いて、逸る気持ちを抑えきれず勢いよく病室の扉を開ける。ガラガラッと大きい音がし、その扉の向こうには……意外な来訪者に大きな目をパチクリとさせ、キョトンとしている雪希がいた。


「夏……輝……? なんで……?」


 呆けた顔の雪希を見て、僕は今すぐにでも駆け出したかった……抱きしめたかった。

 そんな欲求を僕はなんとか押し込めて、雪希にゆっくりと近づく。


(今の僕には、雪希を抱きしめる権利なんて……ない)


 おばさんに渡されたお見舞いの花束を雪希の顔の前に出し、どもりそうになる唇を慎重に動かす。


「久しぶり……雪希」


 会話……とは言えたものではないが、それでも僕は雪希との言葉のやりとりに胸が暖かくなるのを感じていた。


「なんで……なんで夏樹がここにいるの……?」


 鼻先に出された花束を見つめながら雪希は未だに呆けた顔をしている。でもその瞳にはどこか不安や後ろめたさのようなものが滲んでいた。

 僕はそんな雪希を見て、いたたまれない気持ちになる。


(雪希がそんな顔をする必要はないんだ……。悪いのは全部僕なんだから……)


「雪希に会いたくてどうしようもないって時に、たまたま元暴走族の魔法使いに会ってさ。ここまでカボチャの馬車で連れて来てもらったんだ」


 僕は雪希をこれい以上不安がらせないよう、精一杯優しく、冗談交じりに言う。

 僕の言葉を聞いて、雪希の瞳からほんの少しだけ不安の色が薄まり、雪希は小さく笑う。


「何それ……」


 雪希の笑顔を見て僕は自分が満たされていくのがわかった。


(雪希の笑顔……、ずっと、ずっと見たかったんだ……この笑顔を……)


 僕の心がポカポカと温かくなっていき、それにつられて僕の目から涙がポロポロと零れ落ちる。


「夏輝!? どしたの!?」


 僕の突然の涙に雪希が声を上げる。僕は慌てて流れる涙を拭う。


「大丈夫、何でもないよ……」


 僕がそう言うと雪希が涙を拭っている僕の手をギュッと掴む。

 柔らかくて暖かい雪希の手……。とても懐かしい感じがした……。


「なんでもないわけないでしょ! 大丈夫? もしかしてお腹が痛いとか?」


 その雪希のどこか言葉を聞いて僕は思わず噴き出す。


「プフッ……!?」


「? えっ、どしたの?」


 なんだかんだ言ってもやっぱり雪希は雪希なんだ、と改めて思った。

 別れても、久々に会っても、……病気になっても、雪希はやっぱり僕が大好きな雪希のままだった。

 僕は雪希の手をそっと握り返す。


「本当になんでもないよ。ただ久々に雪希に会って、顔を見たらホッとしちゃって……」


 泣き笑いをしながら喋っているせいで声が震える。そんな僕を見て雪希が暗い顔で俯く。


「なんで……なんでそんな優しいこと言うの……。私、夏輝のことあんなに傷つけたのに……」


 イブの晩にも聞いた台詞を雪希が再び口にする。


「私たち、もう別れたんだよ……? だから私にはもう、夏輝に優しい言葉をかけてもらう資格はない……。夏輝をあんなに傷つけた私に、そんな資格は……」


 涙声になりながら雪希が自分を責める。握っている力が抜けていく雪希の手を僕は更にギュッと握る。


「違うよ……雪希は何も悪くない。僕に辛い思いをさせないように嘘を吐いてくれた雪希が……悪いはずない……」


 雪希がハッと僕を見る。


「もしかして私の病気のこと……!?」


「うん……全部聞いた」


 僕がそう言うと、雪希の顔に恐れとも諦めとも取れる感情が滲み出る。


「じゃあ私の余命のことも……」


「うん……」


 僕がうなずくと雪希がハァッと小さな溜息を吐き出す。


「そっか……」


「うん、ごめん……雪希」


 僕がそう言うと雪希がブンブンと頭を振る。


「夏輝が謝る事なんて何もない! 悪いのは全部私! 私なの!」


 雪希がここに来て更に強い感情を表す。目に涙を溜めながら必死にこんな僕を庇おうとしていた。

 僕はこれ以上、溢れだす感情を抑えることができず、言葉を遮るように雪希の頭をそっと抱く。フワッと雪希の匂いが僕の鼻をくすぐる。


「夏……輝……?」


「悪いのは僕だ、だから謝らせてほしい。雪希……気付いてあげられなくてごめん……。一人で辛い思いをさせて、本当にごめん……」


 雪希が胸の中でビクッと震える。そしてそれが合図だったかのように大声で子供の頃の様に泣き出す。


「夏輝……夏輝……!」


 これからどうしよう……。なんてつまらない事で僕は悩んでいたのだろう。雪希の頭を優しく撫でながら僕は自分の馬鹿さ加減に心底うんざりする。


(これからどうするかなんて、そんなの決まりきってることじゃないか)


「夏輝……私、夏輝のこと忘れたくないよ! もっと夏輝と一緒に居たいよ! まだ……死にたくないよぉ……」


 小学生の頃のように、泣きながら雪希が胸の内にずっと押し込めていたのだろう感情を吐露する。

 僕は雪希の頭を壊れものに触れるように、優しく撫でる。


「雪希、大丈夫だよ……。こんな僕だけど……ずっと一緒にいる、ずっとそばにいる。だからもう泣かないで」


 お互い泣きながら身体を寄せ合う。弱い僕たちは昔からこうして寄り添い、支えあって、ここまで来たんだ。人は支えあって初めて人になる。でなければただの一、一人きりなのだ。


(そう、僕のやるべき事決まっている……何も変わらない)


 雪希のそばにいる。

 悲しいときは慰めてあげる。

 楽しいときは一緒に笑ってあげる。

 淋しいときは一晩中でも楽しい話をしてあげる。

 ずっとそばにいる……ずっと一緒にいる……ずっと守っていく……。

 大好きな雪希が、これ以上泣かなくて済むように……。悲しまなくて済むように……。


 カラカラカラ……と頭の中でカセットテープが巻き取られる音が再び聞こえる。

 A面を終えたカセットテープが引っくり返り、今度はB面を再生する。

 


 ---そう、僕と雪希の最後の物語を……。---



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