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懺悔

 どこをどう帰ったのか覚えてない。

 気付けば僕は自分の家の玄関の前に立っていた。

 ガチャリと玄関の鍵を開け、中に入る。……まだほんのり部屋は暖かかった。当然だ、つい2時間ほど前まで僕はここではやる気持ちを抑え、今日という1日にいろんな想いを馳せながら出かける準備をしていたのだから。


(まさか部屋が暖かいうちに帰ってくることになるなんてな……)


 誰もいないワンルームアパートの中、1人苦笑する。

 電気を点けることも億劫で、暗闇の中僕はドサッとベットにうつ伏せに倒れこむ。


(やっぱりちゃんと聞くべきだったのかな……)


 今になって後悔が押し寄せる。

 そう、あの時……、泣きながら僕に別れ話をする雪希の瞳を見て、僕は気付いてしまったのだ。


(雪希は嘘を吐いていた……)


 僕と別れたい本当の理由は結局分からなかった。ただ1つ言える事は他に好きな人ができたから別れたいなんてのは嘘っぱちだ。……それくらい嫌でも分かってしまう。


(気付かなくていい事ばかり気付いて、一番気付きたかった部分が分からなかったなんて……)


 心の中で愚かしい自分を皮肉る。だがそんな事も過ぎてしまえば後の祭り。後悔とは必ず物事が終わった後に起こるもので、今更何を思ったところで時間をカセットテープの様に巻き戻すことはできないのだ。


(今日はもう寝よう……)


 ゴロンと仰向けになる。すると上着のポケットに入れていたスマホがベットの脇にゴトッと落ちる。スマホを拾い上げなんとなく先ほどSNSサイトにログインしてみる。みると先ほどの僕のコメントに追加のレスがついていた。


「ヒロ≫ プレゼントは上手く渡せたのかな?」


「黒猫団≫ 未だに音沙汰がないって事は……合唱」


「ヒロ≫ いやいやw上手いこといって今頃ベット(ry


「AFTER≫ 末永く爆発しろ^^」


 好き放題書かれていた。


(こいつら……)


 げんなりしながら読んでいるとふと見慣れたハンネの中に1つ、見たことのない名前が混じっていた。


「Rasn≫初めまして! プレゼントはもう渡せましたか? きっと大丈夫ですよ! 好きな男の人からプレゼントを貰って喜ばない女の子なんていませんって……多分;」


 なんだラ……スン、て読むのかこれ? 

 どうやら新しい仲間が僕のコミュニティーに入ったらしい。

多分丁度良かったんだと思う。……誰かに僕は同情してほしかったのだ。あなたは悪くないと言ってほしかった……、そう、別れた理由は自分のせいじゃないと思いたかった……。

 幸いこのRasnという人は今日初めてこのコミュに来た人だ。多少愚痴を吐いたとしても嫌なら出ていけばいい……、そんな黒い感情を僕はその人だけに読めるDMダイレクトメッセージに乗せて送ることにする。


「シャイン≫ Rasnさん、初めまして!これから宜しくお願いします^^ 彼女の件ですが……プレゼント渡す前に振られちゃいました。なんか好きな人ができたって嘘まで吐かれて……酷いと思いません!? 僕が悪いんでしょうか? でも理由も言ってくれないんじゃ僕にはどうしようもありませんよね;」


 文面にヒシヒシと表れる逃げの感情。自分は悪くない、だからこれはしょうがなかったんだと、そう誰かに言ってほしいのだ。

 少しためらったが、僕はそのまま送信ボタンを押す。そして送信しましたのメッセージ。

 僕は今しがた送った文章を読み返してみる。


(改めて見ても酷い文章だな……)


 自己愛、保守、相手への強制的な同意、この文章には受取人への思いやりや遠慮などどこにもなく、ただ自分の言いたい事をぶちまけているだけの、惨めで滑稽な駄文だった。


(返信は……来るわけないよな)


 スマホの時計を見ると僕がメッセージを送ってから15分が経過していた。

 今頃はとんでもないコミュに迷い込んでしまったと舌打ちしながら、別のコミュにでも流れていることだろう。


 そのままスマホを枕元に置き、改めて僕は寝の体制に入る。

 目を瞑り暗闇に身体を沈める。

 言いたいことをぶちまけて得られるはずの爽快感などはどこにもなく、僕の心にあったのは更なる後悔、自己嫌悪、焦燥感、そんなものばかりだった。


(せっかくコミュに入ろうとしてくれてたのに……最低だな、僕は)


 そしてこれはさっきも感じたことだ。

 そう、後悔とは必ず物事が終わった後に起こるものだ。


『ブゥゥゥッッ!!』


 スマホのバイブの音にビクッとなって目を開ける。このバイブのパターンは先ほどのSNSで俺宛にメッセージが届いた時のものだ。


(まさかあんな腐ったメッセージに返信してくれたのか?)


 ガバッと起き上がってスマホの電源を入れる。全然関係ない人からのメッセージという可能性もあったが、なぜか僕にはあのメッセージへの返信という確信があった。

 再びSNSにログインし、メッセージボックスをクリックする。見るのは少し怖かったが、それでも好奇心の方が強かった。

 一体あの文章に対して、どんな返信を送り返してきたのか? それが例え否定や中傷の言葉だとしても。

 メッセージボックスを開くと、メッセージ1件の文字。送信者は確信通りRasnになっていた。

 ためらいながら僕はメッセージを開ける。


「Rasn≫ 1つお聞きしたいのですが、何故彼女さんが嘘を吐いてると分かったんでしょう?」


 内容は僕の予想の斜め上をいくものだった。

 励ましや同情ではない、身勝手な言い分に対する非難でもない、そこに書かれていたのは何てことない個人的な疑問だった。

 だがこのなんでもない問いかけは僕の心を激しく揺さぶった。 

 何故? そんなのは決まっている。

 僕は再びメッセージを打ち込む。30byteというちっぽけな容量に、嘘や偽りのない僕の溢れ出る本音をのせる。


「シャイン≫ 彼女の事が、大好きだからです。」


 メッセージを打ち込んで送信する。

 雪希の事が大好きだから……。送信した文章を見つめる。そう僕は雪希の事が大好きだった。それは多分今も……。

 そこで僕はふと思う。


(そうか、これってもしかして……)


『ブゥゥゥッッ!!』


 再びスマホのバイブが鳴る。僕は素早くメッセージを開き内容を確認する。内容を読んで僕の予想は当たっていた事を知る。


「Rasn≫ それを聞いて安心しました。正直、シャインさんがここでまた自分を守り、相手を貶めるような事を書いてきたら、もう返信をするのは止めようと思っていました。そんな男振られて当然だと思いますから。」


 そう、この人は僕を試していたのだ、本当に僕がそんな人間なのかを……。

 僕は続きを読む。


「ですが、シャインさんの返信を見てこの人はただ彼女を失ったのが寂しくて、辛くて、悲しいんだと分かりました。

 どっちが悪いのか……些細なことだと思いますが、……シャインさんも気付いてるんじゃないですか?

 だからその現実から逃げたり、自分に嘘をついて同情や同意を求めるのは止めましょう! きっとその後にシャインさんに待っているのは今より更に深い後悔だけだと思います。

  振られても、嘘をつかれても、それでも彼女さんの事を好きだと言えるシャインさんを私は尊敬します。だからシャインさんはその気持ちに、そんな自分に胸を張っていいと思いますよ!」


 先ほど枯れたはずの涙がまた流れ落ちる。この人にはなにもかもお見通しだったのだ。

 僕はスマホを握り締めたままうずくまる。

 涙が止まらない……、感情が抑えられない……、 

 溢れだした感情が僕の口からポロポロと零れ落ちていく。


「そうです……、きっと悪いのは僕です……、こんなことになるまで……、いや、なっても……、雪希の気持ちに気付けなかった……、雪希に何があったのか気付けなかった……、きっと雪希は僕に言ってほしかったんだ……、苦しみに気付いてほしかったんだっ……、何かあったのって……! 雪希のことならなんでも分かるんだよってっ……!」


 僕は泣きながら電波の向こう側の相手に懺悔する。

 きっとこれは報いだ。雪希が何を抱え、何に苦しんでいるのか、雪希が泣きながら、嘘の別れ話をするまで気付くことのできなかった僕への……。


「でも……それでも僕はっ! 好きなんですっ……! 雪希の事が本当に……、今でも……愛してるんですっっ……!」


 懺悔はやがて僕の心の本音に変わり、僕の唇から取り戻したい過去となって流れだす。


「もう一度手を繋ぎたいっ……、髪を撫でていたいっ……、僕の隣で……笑っていてほしいんです……」


『ブゥゥゥッッ!!』


 握り締めていたスマホにまたメッセージが届く。


「Rasn≫ もしかして泣いているんですか?」


 ははっ……、ホントに何でもお見通しだなこの人は……。

 僕は震える手で返信を送る。


「シャイン≫ Rasnさんのおかげで僕は大事なことに気付けました。……1度、彼女に電話してみようと思います」


 メッセージを送信し、そのままスマホの電話帳を開く。

 お気に入りの一番上……、操作しなれた動作で僕は発信ボタンを押す。

 ツッツッツッと電信音が流れる。そして、


「この電話は、お客様のご希望によりおつなぎ出来ません……。この電話は……」


 ガイダンスが2回流れた後、ツー、ツーという電信音。

 ……着信拒否されていた。


(予想はしてたてけど、実際なってみると結構ショックだな……)


 この調子ではメールを送っても返ってくる確率は低いだろう。最悪アドレスを変えられてるかもしれない。


(直接家に行ったほうが早そうだな……)


 時計を見ると23時42分、さすがに今日は無理そうだ。

 幸い明日はバイトは休みだ。僕ははやる気持ちをグッと飲み込み、明日会いに行くことに決める。 

 そして再びSNSを開きRasnさんにメッセージを送る。


「シャイン≫ 残念ながら彼女と連絡を取ることはできませんでした。なので明日家に行ってみようかと思います。

 今日は本当にありがとうございました! Rasnさんのおかげでいろいろ吹っ切れた気がします。是非これからも良き相談相手としてお付き合いできればと思います。後、今更ですが最初のメッセージは本当に申し訳ありませんでした……。もしRasnさんに何かありましたら、その時は是非僕に相談に乗らせて下さいね! では!」


 感謝の気持ちを込めてメッセージを送る。

 

(そう言えばこの人って男なのかな? 女なのかな?)


 ふと思う。

 文体からすると女の人っぽいが、それだけで判断できないのがネットだ。女の人っぽい文体を書く人なんてそれこそネット上にはゴロゴロいることだろう。


『ブゥゥゥッッ!!』


 そんな事を考えていると再びスマホが振動する。

 僕は届いたメッセージを確認する。


「いえいえ、役に立てて何よりです! こんな私で良かったらまたいつでも相談に乗りますよ^^

 明日は会えるといいですね! でもあせりは禁物ですよ。大丈夫です、もし2人が運命の2人だったとしたら仮に明日会えなかったとしても、きっとまた人生のターニングポイントで会えるはずです。

 ……つい調子に乗って、なんか中二病みたいに事言ってしまいました; ……///。

 では健闘を祈ってます!」


 意外とお茶目なとこもある人のようだ。

 僕は口元を少し吊り上げながらシャワーを浴び、ベッドに潜り込む。

 数時間前のドロドロとした感情は今はすっかり消えていて、疲れもあったのか強烈な眠気が襲ってくる。


(明日は……会えたら……ちゃんと謝れたら……いいな……)


 そんなことを思いながら僕はそのまま気を失うように眠りの中に落ちていった。


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