巻き取られる時間……幸せな時間
春……桜の花が僕らの景色を鮮やかな桃色に染め上げていた。
雪希を病院の中庭に連れだして、桜が散るまで毎日一緒にお花見をした。
会う度に雪希は僕のことを忘れてしまっていたけど、桜を見たときの雪希の笑顔を見ると、そんなことはどうでもよくなってしまっていた。
「来年も一緒にお花見しましょうね!」という雪希の言葉に胸が締め付けられた。
どうか、今だけは涙よ零れないでくれ……空を見上げながら僕は雪希に言った。
「そうだね、来年も一緒にお花見しよう」
夏……湿っぽい梅雨が終わり、世間は夏休みの計画に胸躍らせていた
だが眩く輝く太陽とは裏腹に僕の心にはどんよりとした雲がかかっていた。
学生達が夏休みに入ろうとする直前、雪希は意識を失った。
三日後、雪希は目を覚ました。だが脳の萎縮はこの三日で著しく進んでおり、目覚めた雪希は僕を見てこう言った。
「おじさん、誰?」
目覚めた雪希はまるで幼い子供の様になっていた。
大きい男の人が怖いらしく、僕や主治医が近づくと癇癪を起こしたように泣いた。
おばさんがどんなにあやしても駄目だった。
お菓子をあげる時だけは笑顔で寄って来てくれた。
僕の上着のポケットには常にお菓子が常備されるようになった。
僕のあげたお菓子を食べながらニコニコしている雪希の頭を撫でている瞬間だけが、僕の心を優しく癒してくれた。
秋……焼けるような暑さやセミの声はすっかり身を潜め、周りの木々は鮮やかな色に変化していた。
雪希は寝ていることが多くなった。
お見舞いに行ってる時間、一度も起きないという日が増えた。
いつぞや買っていってあげた焼き芋がとても気に入ったらしく、起きているときはいつも焼き芋をねだられた。
一度、焼き芋を嬉しそうにフーフー言って食べる雪希を見て、涙を堪えて顔を歪めたことがある。そんな僕を見て雪希が言った。
「おじちゃん、おなか痛いの? じゃあ、ゆきがおまじないしてあげる! いたいのいたいの~とんでけ~!」
堪えていた涙が一気に溢れた。
「大丈夫? まだおなか痛い?」と心配そうに僕のおなかを擦る雪希の頭を僕は優しく撫でる。
「うん、もう大丈夫だよ……。雪希ちゃんのおまじないが聞いたから痛いの、どっかに飛んでっちゃった」
笑いながら頭を撫でる僕に、雪希はとても嬉しそうにニコーッと笑いかけてくれた。
僕は……幸せだった。
その日の晩、雪希は再び意識を失った。
五日後、雪希は目を覚ました。
もうほとんど言葉は話せなくなり、こちらの問いかけにも反応を示さなくなっていた。
医者は言った。
「三度目は、覚悟しておいて下さい……」
僕と雪希のカセットテープは少しづつ、だが確実に巻き取られている事を痛感した。
冬……街は純白の衣装に身を包み、鮮やかなイルミネーションがその純白のドレスをより美しく輝かせていた。
何をしても、何を言っても、人形のように雪希は全く反応を示さなかった。
僕は毎日、雪希の隣でいろんな話をした。
初めての出会い……小学校、中学校、高校での出来事……付き合いだしてからの話……毎日、喉がカラカラになるまで語った。
僕は今年のクリスマスイブに、去年渡せなかったプレゼントを渡そうと思っていた。
ささやかながらクリスマスパーティーも企画した。
メンバーは僕、雪希、おばさん、雪希の妹、幸輔の五人。幸輔が「鳥の丸焼き買ってきてやるぜ!」と息巻いていた。
きっと楽しいクリスマスパーティーになる……そう思っていた。
プレゼントの準備も済み、病室の飾りを自宅で作っていた12月24の日の朝……おばさんから僕のスマホに着信が入る。
雪希は……三度目の意識を失った。




