表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

イブの別れ

今日は12月24日。

 

 建物はきらびやかなイルミネーションを着飾り、そこら中からは定番のクリスマスソングが揚々と流れている。そして一夜限りの夢の国を楽しむ幸せそうなカップルや幸せそうな家族。街は最高の賑わいをみせていた。


 その幸せの渦の中心から一刻も早く抜け出したくて、僕は早足に人の合間をすり抜けていく。

 今の僕にこの町並みはあまりに眩し過ぎる。明るい街とそこにいる人たちの輝きは僕という真っ黒な影をの存在を跡形も無く消してしまう。

 今の僕はこの夢の国には相応しくない存在なのだ、そう思い更に歩く速度を速める。


 先ほどから止まる事無く流れ落ちている涙を振り切るように……。



 今日は雪希ゆきと久々のデートの日だった。ここしばらく雪希の体調が悪かったり、都合が悪かったりとすれ違いの日々が続き、イブはどうかな? と考えていた所に雪希からイブに会いたいと連絡が来たのだ。


 僕は待ち合わせ場所の駅前の公園のベンチで雪希を待つ。時計を見ると17時22分、待ち合わせの時間は18時。


(浮かれすぎだろ……)


 そう思ってはいたが頬は緩みは止まらない。カップルで賑わう公園のベンチで一人でニヤニヤ……。


(これじゃ完全に変質者か、ただの痛い人だ……)


 緩んだ顔を誤魔化すため俺は空を見上げる。


(予報じゃ降らないって言ってたけど、ここは空気を読んでほしいところだな)


 空は曇っていて、今にも降り出しそうだ。雪なら大歓迎だが、雨なら間違いなく「神様、空気読みすぎワロタww」というレスが掲示板サイトに乱立することだろう。……僕も含めて。

 

 空に舞い上がる白い息を見上げながら僕はポケットに忍ばせているプレゼントの箱をもてあそぶ。

 さすがに給料3ヶ月分とはいかなかったが、この日の為に貯めておいた僕のバイト代4ヶ月分だ。

 買った時は興奮していて感じなかったが、いざ渡す時間が迫ってくると胃がキリキリと痛みだす。どのタイミングで渡そう? なんて言って渡そう? 先ほどの浮かれ気分はどこへやら、今頭に浮かぶのはそんなことばかりだ。


 (こういうときは他の意見を聞いてみるか?)


 スマホの電源を入れていつも使っているSNSサイトにログインし、コメントを入力する。


「シャイン≫ 彼女にどうやってプレゼントを渡せばいいんだろう?」


 早速レスが帰ってくる。


「ヒロ≫ 画面の向こう側にはプレゼントは渡せませんよ」


「黒猫団≫ ……という夢を見たんだ」


「AFTER≫ 妄想なら精神科、リアルだったら速やかに爆発しろ」


 ……ダメだ、こいつらはアテにならん。

 スマホの電源を落とし深呼吸をする。吐いた息は白い水蒸気となり、イルミーネーションに照らされた空に消えていく。


(やっぱり自分で考えた言葉と行動じゃないと意味ないよな)


 視線を空から正面に落とす、その視線の向こうに人影を見つける。……見間違えようのない愛しい人の影だ。

 時計を見ると17時52分。不毛な妄想と葛藤をしている間にどうやら約束の時間になっていたようだ。

 緊張と興奮で心臓が激しく鼓動する。


『ドクン、ドクン』


(まずい……、プレゼントの渡し方結局何も考えてないぞ……)


 後は出たとこ勝負しかなかった。

 そうこう考えているうちに雪希が俺の目の前まで来ていた。


「ごめんね、待たせちゃった?」


 白い息を吐きながら雪希が言う。


「いやいや、僕もさっき来たところだから」


 どこぞのバカップルの様な会話に心の中で苦笑しながら俺は雪希の顔を見る。


(…………?)


 僕の中にある違和感が生まれる。

 色めく街も、道行く人たちの笑顔も、今僕と雪希の周りにあるもの全てが夢や幸せを創りあげている。

まるで七色に輝く虹色の世界。そんな世界の中で雪希は、透明な色の無い表情だった……。


 表情は無色……、無表情に近い。だが雪希のその瞳の奥から伝わってくるのは悲しみ、怒り、そんな感情を思わせた。

 雪希とは小学生からの付き合いだ。それに恋人として付き合ってからは2年が経つ。それでも未だかつて彼女のこんな顔は見たことがなかった。


「雪希、なんか……あったのか?」


 ただならぬ事態を感じ、俺は雪希に問いかける。

 数秒雪希はそのまま時間が止まったように動かなかったが、やがて下唇をギュっと噛む。僕を真っ直ぐみつめるその瞳からはある決意の様なものが感じ取れた。


「あのね夏輝なつき……、今日来てもらったのはね、その……、大事な話があったからなんだ」


 雪希が意を決したように口を開く。

 だが言葉を選んで喋っているからなんだろうか、歯切れが悪い。

 雪希はどちらかといえば、自分の思ったことはちゃんと言うほうだ。


(なんだろう? 良くない事が起きたのかな?)


 雪希の瞳を見つめると、雪希はバツが悪そうにスッと目線を逸らす。


(今のって……もしかして……)


  気のせいだと思いたかった。でも一瞬覗き込んだ雪希の瞳に映っていた何かを決意した目が僕の逃げ道を塞いでいく。


 (無色、悲しみ、怒り、決意、そして僕と雪希の関係……)


 そこから出た結論は、現在の僕の人生において最悪の展開を導きだす。


「なんだよ、あらたまって……。大事な話って何?」


 なるべく平静を装って言葉を返す。そんなはずはない、その理由がない、と必死に自分の考えを頭の中で否定する。

 だが僕の心中は不安と絶望という黒い霧に覆われ、ここから逃げ出してしまいたい衝動に駆られていた。

 そう、僕は次に彼女が何をいうのかなんとなく分かってしまっている。


(わたしと……)


「わたしと……別れてほしいの……っ!」


 外れてほしかった最悪の言葉が見事に雪希の唇と同調シンクロする。

 これほど雪希の事を分かりたくないと思ったことはないだろう。

 でも分かってしまった。ずっと見てきたから、長い付き合いだから、そして何より


 ---目の前で泣いているこの、雪希のことが大好きだから……---


 先ほどの無色だった雪希の顔はくしゃくしゃに歪み、瞳からは大粒の涙が次々と零れ落ちていた。


「……理由を聞いてもいいのかな?」


 努めて平静を装うが、本当は今にも吐き出してしまいそうだった。身体は見えないツタにでも絡めとられた様に動くことができず、まばたきもままならない。冷たい風が目に染みて、条件反射的に瞼が閉じる。僕は下を向いてこの風から、そして雪希から目を反らす。


「……他に、好きな人がね、でき、たの」


 しゃくりあげながら雪希は別れの理由を僕に告げる。


「ははっ……、ならどうして雪希は、好きでもない僕の為に泣いているの?」


 カラカラに乾いた喉から絞り上げるように僕は言葉を紡ぐ。

 ……泣き出して叫びだしたかった。そして何より、悔しくて……悲しかった。


(そう僕は気付いている……、分かるんだ、雪希のことなら……、なのにっ!)


 悔しくさのあまり僕は唇を噛む。 こんなどうでもいいことばかり分かったってしょうがない。雪希が何故こんな事を言っているのか……、僕と雪希にとって一番重要なことが分かってあげられない……、それが悔しくてたまらなかった。

 ジワッと口の中に鉄の味が広がってくる。


「自分が、許せないの……っっ! 一方的に、自分のわがままで夏樹を悲しませている自分自身がっ!!」


 雪希の叫びに周りの人々が何事かと振り返る。でも僕たち二人には周りの目を気にする余裕なんてなかった。雪希はただ泣きながら自分を責め、僕は逃げ出したい、泣き出したい衝動を押さえ込むのに必死だった。


「ねえ夏輝……っっ! どうして怒らないの! わたし罵倒されても、軽蔑されてもしょうがないことしてるんだよ! 夏輝にどんなひどいこと言われたって全て受け止めようって思ってる! だから……っっ!」


「できないよっ!!」


 僕は大声を上げる。雪希に大声を上げるなんていつ以来だろう。決壊寸前の感情の防波堤を深呼吸をして押さえ込む。


(そう、今は壊れてはいけない……)


 今、感情の流れに巻きこまれたら僕は泣き叫んでしまうことだろう。泣き叫びながら雪希のことを壊れるほど抱きしめてしまうだろう。まるで取り上げられたおもちゃを泣きながら取り返そうとする子供ように……。

 自分の世界で一番大切な、大好きな人の前でそんな滑稽な姿……見せたくはなかった。

 「そんなこと……、できるわけないじゃないか……」


 声が震えてしまう。涙が零れ落ちそうだ。


「どうしてっっ!!」


 雪希がまた叫ぶ。


「雪希のことが……大好きだからっ……」


「……っっ!!」


 下を向いたまま僕は答える。雪希が息を飲む音が聞こえた。

 大好きな人を責め立てるなんて、罵る事なんて……、僕にはできない。


「なんで……、なんでそんな優しいこと言うのよっ! そんなのっ……! そんなのって……!」


 震える声で雪希が言う。分かってる、そんなのズルイ……だ。

 そう僕はズルイ事をしている。優しさとは時に人を傷つける凶器にしかならないときがある。僕が優しくする分だけ雪希は傷ついてしまう、自分を許せなくなってしまうだろう。でも雪希を罵倒することなんてできっこない。雪希に自分を許すための罰を与えることは僕にはできなかった。


(違うかな、きっとこれは僕のエゴだ)


 自分だけは綺麗でいようというエゴなのかもしれない。もしくはいつまでも雪希の中にいられるように、こうやって一生消えない傷……僕という存在のくさびを打ち付けているだけかもしれない。


(どっちにしても最低だな……。むしろ罵倒されるべきは僕のほうだ……。) 


「わたしのことはもう、忘れて……。もっと素敵な人の方が夏輝にはきっと似合ってる」


 雪希はそう言うと踵を返し、歩き出す。


「そんなこと……できるわけないよ……」


 僕の呟きが聞こえのか雪希は1度ピタッと止まったが、こちらを振り向くことはなく、そのまま足早に去っていった。

 

 『カラカラカラカラカラ……カチッ!』


 カセットテープを巻き取る音、そして停止する音が頭の中に響く。

 僕と雪希の二人の物語はどうやら全て巻き取られてしまったらしい。


 この日、夢の国の幸せ溢れる渦の中心で、僕と雪希の9年の付き合いにあっけなく幕は下りた……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ